65日目 新たなる使い魔
65日目
ギルの目に濃いクマが。つまらない。
ギルを起こして食堂へ。今日もなんだか微妙に天気が悪い。雲が多くていつ振り出してもおかしくない感じ。雨の匂いもぷんぷんしたし、ハイキングするには最悪の日取りだったと言えるだろう。
朝食のデザートにチョコレートチップのソフトクリームをチョイス。バニラの甘い香りとチョコの底なしの甘さ、そして時折混じるカリッとした食感が最高にグレート。やっぱりなんだかんだでチョコチップは外れが無い。俺の密かなるジャスティスだ。
……でも、一度好きっていうと、『ほれ、これ好きじゃっただろう!』ってミニリカが毎回同じものをお土産とかに選んだりするから困る。いくら好物でもさすがに毎回同じはちょっと……ねえ? ババアロリは考え方が凝り固まってるからやーね。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』ってうまそうにチョコチップソフトクリームを食いまくっていた。あいつの場合、お口を盛大に汚すうえ、『あーん♪』してやってる俺の指まで舐めてくるから油断が出来ない。何度手をヨダレでべとべとにされたことか。ガキにそんなことされても全然うれしくないっていう。
あ、ロザリィちゃんが『おそろいだねっ!』って同じようにソフトクリームを食べていたっけ。で、自分の口の端をつんつんと指さし、『私もパパに甘えたいなあ……!』ってキラキラした瞳で見てくるの。
この感じはキス……じゃなくて、ナチュラルにお口を拭いてほしいだけだろうと辺りをつけ、お口を拭いてあげたら(びっくりするくらいにお肌がきれいですべすべだった)、『よくできましたっ!』ってキスしてくれた。わーぉ。
なんだろうね、クリームとチョコとハートフルピーチが入り混じった複雑で底抜けに甘い味がしたよ。あの味を知っているのはこの世で俺だけだと思うと、なんかすんげえ照れくさくてドキドキしてくる。俺やっぱりもうロザリィちゃんなしじゃ生きていけないわ。
そうそう、ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。ヒナたちもギルのジャガイモの大皿に首を突っ込んでジャガイモを食っていた。珍しくヴィヴィディナもジャガイモを食っていた。ジャガイモを食う化け物二匹に雛鳥が六匹と言う構図に見えるのが悲しいところである。
なんとなくやる気が無かったので、午前中はクラスルームでダラダラする。最近ずっと休日も忙しく、常に何か事件とかが起きていたから、今日くらいは何も考えずにゆっくりしようと思った次第。天気が天気だけに、ルマルマのほとんどが同じように思い思いに過ごしていたっけ。
しかし、魔系の休日がそんな平和に終わるはずもなかった。
動きがあったのは、お昼を食べるにはまだだいぶ早い時間。俺が俺専用ロッキングチェアに座って膝の上のちゃっぴぃのほっぺをむにむにし、クーラスが優雅にソファで刺繍を楽しみ、フィルラドがエッグ婦人のケツを追っかけ、ポポルが浮遊魔法陣で無駄にふわふわして遊び、その近くの定位置でジオルドがのんびりと読書を楽しみ、そしてギルが笑顔でスクワットしていたところ、『おっじゃましまーす!』って天使の声が。
まさかクッキーを焼いたわけでもないのにピアナ先生が遊びに来てくれるとは。しかも、魔力の気配的にグレイベル先生もいる。いきなりのサプライズに驚きを隠せなかったよね。
で、温かく二人を迎えようと入り口を見て──気付く。
グレイベル先生が誰かを背負っていた。『ひぇっ!』ってジオルドの悲鳴。
「来ちゃった♪」と言わんばかりに、いつぞやのアビス・ハグが先生の背中の上で身をくねらせていた。
さすがにびっくり。なんであのアビス・ハグがルマルマにやってきたのか。今まで先生たちが授業で使った魔物を連れてきたことなんて一度もないのに。
しかもしかも、本当にびっくりなのはここからだったりする。そう、ピアナ先生はジオルドを見てにっこりと笑い──
『──約束通り、今日からこの子はジオルドくんの使い魔だからね!』……って言ったんだよね。
あの時のミーシャちゃんの絶望の表情を、俺は生涯忘れることはないだろう。可哀想に、ミーシャちゃんは眼に大粒の涙を浮かべて、膝から崩れ落ちていたよ。
もちろん、ジオルドも大慌て。普通の使い魔ならまだしも、今回はあのアビス・ハグ……見た目も性格も良いけどちょっと病んでいて、ジオルドをトラウマになるくらいに強く抱き締めたあの個体だ。
『な……なんで俺のところに……!?』ってジオルドが問いかける。『…こいつ、あの日のお前のことが忘れられないらしくてな。お前のところへ行かせてくれ、行かせてくれないのなら死んでやる……と、うるさいんだ』ってグレイベル先生は無表情で答える。
『でも、使い魔にするなんて……!?』ってジオルドは食い下がる。『えー? いくらでも貰ってやるっていってたじゃん?』ってピアナ先生が返答。「あらやだ、情熱的……ぽっ」とでも言わんばかりに、アビス・ハグがほっぺに両手をあてて身をくねらせた。
『ないです! 身に覚えないです! 何かの間違いです!』ってジオルドは冷や汗をかきながら反論する……も、あの麗しの天使ピアナ先生が間違いなんて犯すはずがない。
『病気と借金以外なら何でも貰ってやるーって約束してくれたよ? ……この前の飲み会の時にね』ってピアナ先生の言葉に、ジオルドは膝からがくりと崩れ落ちた。完全に自業自得じゃねーか。
『完全に記憶にねえ……』って言ってたけど、たぶんホントのことなんだろう。あいつ酔っぱらうと陽気になって気が大きくなるからね。
さらに、アビス・ハグはジオルドが手に持っていた本を見て「あっ、それは……!」とでも言わんばかりに目を輝かせ、そして頬を赤らめた。魔物のくせに本に興味があるのかと思いきや、意外な事実が判明する。
ジオルドの奴、このアビス・ハグの頭から摘み取った……真愛花を押し花にして栞にしていたらしい。そして、アビス・ハグにとってあの花はエンゲージリングと同じ意味を持っている。
『アッ……』って声を漏らすジオルド。「うれしい……!」って言わんばかりに目に涙を浮かべ、にっこりと笑うアビス・ハグ。『運命だね!』って悪戯っぽく笑うピアナ先生。『…両想いのようで何よりだ』ってジオルドの肩をぽんぽんするグレイベル先生。
……あいつ、なんでわざわざアレを押し花にして使おうと思ったのか。大半の人はすぐに捨てるか、せいぜいがちょっと活けて楽しむ程度だったんだけど。几帳面な性格が捨てるのを許さなかったのだろうか?
『基本的にはドリアードと同じだからね! お日様とお水があればだいじょーぶ! 愛に餓えてさえいなければ大人しいほうだし、もちろん普通のお食事もおっけーだよ!』、『…最低限、人にケガをさせないようにこちらで仕込んでおいた。…愛に餓えてさえいなければ大丈夫だろう。一日一回くらいは愛情をこめて抱き締めてやれ』……そんなことを言って先生たちはアビス・ハグを呆然とするジオルドに引き渡し、そして去っていく。
『は、ははは……』って抜け殻のように笑うジオルドを、アビス・ハグは心底嬉しそうに、目の端に涙を浮かべて抱き締めていたっけ。一応加減は出来ていたけど、だいぶヤバそげな音が聞こえたような?
ちなみに授業でも触れられていたけれど、アビス・ハグの足は根っこみたいなものだから、歩くのはかなり難しいらしい。ぶっちゃけ赤ん坊のそれと大差ないとのこと。
実際、あのアビス・ハグもよちよちと歩いていた。胸が重くてバランスが取れないのか、しょっちゅう転んでいたよ。
「に、苦手なのよね……」とばかりにハイハイの体勢を取っていたけれど、おねーさんぶる性格とその姿とのギャップが刺さったのか、何人かの男子が顔を赤らめていた。俺はロザリィちゃんとステラ先生一筋だから大丈夫だったけど。
結局、『ほら、自分で決めたんだからちゃんと責任取れ』ってアルテアちゃんがジオルドに促したため、しばらくはジオルドが抱っこして移動させることで落ち着いた。アビス・ハグは俺よりも身長(?)が高いから、移動するだけでも結構大掛かり。
腹をくくったジオルドはお姫様抱っこでの移動を試みたんだけど、アビス・ハグ的には正面からの抱っこが好みらしい。「抱いて♪」とばかりにきらっきらした瞳をして腕を開いていたっけ。
……たぶんだけど、ジオルドが覚悟を決めたのは抱っこした瞬間だと思う。あいつ、それまでは少し呆然というか、諦めが入ったような表情だったんだけど、アビス・ハグを抱っこした瞬間に匠の目つきになったんだよね。
そうそう、『おうおう、実に羨ましいですなあ』ってクーラスがジオルドを煽っていた。見た目だけならアビス・ハグは綺麗で優しくておっきなおねーさんなのだ。魔物だというその一点を気にしないというのなら、まさに理想の恋人ができたと言えなくもない。
他の男子も『これから毎日ハグするんだろ? かーっ、見せつけてくれるねえ!』、『あんな人に甘えられるとか……さすがはジオルドさんですね』ってニヤニヤ笑いながら煽りまくっていた。
夕飯食って風呂入ったあとの雑談中、アビス・ハグの名前をどうしようかという話題に。
せっかくだから組長として名付け親に立候補するも、『そいつだけはやめとけ。エッグ婦人やロースト達のことを忘れたのか?』ってアルテアちゃんに名指しで言われる。ヒナたちも猛烈なケツフリフリの抗議と共に強かにケツをくちばしで突いてきた。ひどい。
『じゃあ俺が!』ってポポルも立候補したんだけど、『お前も共犯じゃねーか!』ってフィルラドにケツビンタされていた。
結局、ジオルド自らが名前を考えることに。アビス・ハグが「一番最初の、そして永遠のプレゼントはあなたからもらいたいの……!」とでも言わんばかりの表情をしたためである。
ジオルドはいくらか考え、『……アリアシャルテでどうだろう?』と顔をあげる。中々に由緒正しそうな上品な名前。あいつらしいセンスだと思う。
そんなわけで、あのアビス・ハグはアリアシャルテって名前になった。愛称としてアリア姐さんってみんなから呼ばれている。なんで姐さんなのかは知らぬ。
それにしてもまぁ、ルマルマにもずいぶん使い魔が増えたものである。それも、夢魔、鳥、蟲(?)に続いて植物と来た。バラエティ溢れまくっていると言わざるを得ない。
今回は一応人型なうえに聞き分けもよさそうだから、新たに何か拵えたりするってことはないだろう。エサ代もほぼかからない。トラブルについては……たぶん大丈夫だろう。
『使い魔ぁ……! あたしも使い魔欲しいのぉ……!』ってミーシャちゃんがめそめそ泣いていたのだけはちょっと心配だ。まさかここにきてジオルドに先を越されるとは思ってもいなかったのだろう。今日はずっとアリア姐さんを見て羨ましそうにしたり、ポロリと涙を流したり、そして歯をギリギリして女の子がしちゃいけない表情をしていたっけ。
そんなミーシャちゃんのことなんで知らないとばかりにギルは今日もクソうるさいイビキをかいている。歓迎の品として急遽用意した特殊栄養剤……の失敗作でも垂らしておこう。おやすみ。
※燃えるごみは飼えない。魔法廃棄物も元あった場所に還す。