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64日目 腕立て伏せバトル

64日目


 ギルがモヒカン。触ってみたら、意外とちくちくしてなかった。


 ギルを起こして食堂へ。今日は外でざあざあと雨が降っていたため、食堂内が微妙に暗い。人がちょっと少ないこともあり、どことなく不気味な雰囲気が漂っていた。


 そのせいか、何人かがアエルノのところのクリスタルリッチにビビって軽い悲鳴を上げる。クリスタルリッチはちょっとしょんぼりしていた。おっかない顔をしている割には心が繊細らしい。


 さて、そんな中でモーニングのカフェオレを楽しんでいたところ、『おはよっ!』って眩しい笑顔のロザリィちゃんがやってきた。腕の中にはちゃっぴぃもいる……けれど、ロザリィちゃんはそんなのお構いなしに俺に抱き付いてくる。わーぉ。


 『きゅ、きゅう……!』ってちゃっぴぃは少し苦しそうだった。でもまぁ、苦しみとしてはこれ以上にないくらい贅沢なものだろう。


 『お天気悪いから、せめて明るく振る舞わないとね!』とはロザリィちゃん。自らもカフェオレをチョイスし、腰に手を当てて一気に飲み干す。『これは苦くないからねー?』ってちゃっぴぃにもカフェオレを飲ませていた。


 なんか微妙に俺のカフェオレと色合いが違うと思ったら、ロザリィちゃんってばちゃっぴぃの成長を考えてミルク多めのカフェオレにしているらしい。『いっつもミルク多めのにしてるよー? ……でも、ミーシャは冷たいミルクはそんなに好きじゃないから、これだとあんまりはんぶんこできないんだよね』って言っていた。


 思わず納得してしまった俺を、どうか許してほしい。たまにしかめっ面でミルクを飲んでいたのには、そういう意味があったというわけだ。


 ちなみに、ポポルもミルクはあまり好きじゃなかったりする。乳臭さが無ければ大丈夫っぽいけど。


 そうそう、ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。『雨の日はジャガイモに限るよな! だってこんな楽しい気分になれるんだぜ!』ってたいそう笑顔。いつも通りである。


 雨であったため、今日は大人しくクラスルームで過ごすことに。午前中は無難に再レポートの修正を行う。今回は新しいレポートを作る必要もないし、再レポートも二つしかないから楽と言えば楽。キイラム先輩からもらった資料もあったし、意外にも午前中だけで終わらせることが出来た。


 せっかくなので、マジックスパーギヤの製図も進めておく。なんだかんだであれだけまだ終わってなかったんだよね。まぁ、この調子なら提出期限までには楽勝で間に合いそうだけれど。


 そうそう、フィルラドの野郎が人目をはばからずに『手をケガした状態で頑張ってるんだから、何かご褒美欲しいな……』ってアルテアちゃんをチラチラ見ながら言っていた。ケガしている腕をプラプラさせているところを見るに、どうやらこの前のシキラ先生のアドヴァイスを実行しようとしているらしい。


 アルテアちゃん、『……頑張ったら、膝枕でのお昼寝を許さないこともない』って葛藤した様子で言っていたっけ。それを聞いた途端、フィルラドはすごい勢いでレポートを書きまくっていたよ。


 せっかくなので俺も『午前中にこんなに頑張ったんだから、何かご褒美が欲しいな……』なんて、フィルラドの真似をしてロザリィちゃんに言ってみた。が、ロザリィちゃんは『ケガしてないし、そもそも──くん、楽勝で終わらせたよね?』って俺のおでこをこつんってするばかり。絶望。


 しかし、次の瞬間にくちびるに柔らかい感触が。文字通り吐息のかかる距離に真っ赤な顔のロザリィちゃん。


 『──くんにはご褒美あげられないけど、私が頑張るためのご褒美が欲しいです……!』ってすんげえ照れてはにかみながら言われた。最高かよ。


 そのままロザリィちゃんに手取り足取り腰取りレポートについて教えまくる。言うまでも無く密着状態。すんげえやわらかい。良い匂いも。俺の顔のすぐ横にロザリィちゃんの顔があるし、吐息や髪が首筋に当たってくすぐったいし、もう勉強を教えるどころじゃなかったよね。教えたけど。 


 残念だったのは、『きゅーっ♪』って辛抱堪らなくなったちゃっぴぃが俺たちの間に割り込んできたことだろうか。あの野郎、いっつも俺たちの間に挟まりたがるんだけど、何か新手の嫌がらせのつもりなのだろうか?


 そんな感じで午前を過ごす。午後も引き続きロザリィちゃんのレポートを見ていたけれど、なんだかんだでおやつの時間前には全部終わらせることが出来た。


 おやつの時間頃、暇を持て余し過ぎたギルがクラスルームの端で腕立て伏せを始めだした。何が面白いのか、ミーシャちゃんはその背中に座り、ケラケラと笑いながらおやつのハゲプリンを食べていた。


 『もっと! もっともっとなの! もっと早く、もっとリズミカルになの! ギルなら出来るって信じてるの!』ってミーシャちゃんはとてもうれしそうにギルの背中を叩いていたっけ。


 ギルの奴、『任せろハニー!』ってすっげえ盛り上がっていたよ。この俺でさえ動きを目で追うのがやっとだった。


 さて、そんな感じでギルを眺めていたところ、『きゅーっ!』ってちゃっぴぃが俺にも腕立て伏せをやれと──正確には、自分を背に乗せて腕立て伏せをやれとせがんできた。こいつ何考えてるの?


 もちろん、“えっ、嘘、やってくれないの……!?”とばかりに泣かれそうになってしまえば、俺に選択肢なんてあるはずがない。しょうがないのでローブを脱ぎ、しぶしぶ腕立て伏せの体勢に入ってちゃっぴぃを背中に乗せた。


 ……ちゃっぴぃの場合、乗るって言うよりかは俺の上にうつぶせに寝そべるって言った方が正しいか。掴むところがなかったからか、あいつってば俺の首に手を回してきたんだよね。一瞬絞め殺されるかと思ったよ。


 さて準備は整った……と思ったところで予想外の出来事が。ギルが『せっかくだから腕立て伏せバトルしようぜ!』などと超笑顔で言い出してきやがったのだ。


 あいつマジ何考えてるの? こんなの勝てるわけなくない?


 とりあえず、道連れを増やそうとフィルラドに目を向ける。『悪いな、今はお楽しみ中なんだ』ってフィルラドはアルテアちゃんの膝枕の上。しかも頭を撫でられている。『……ごめん、約束は守らなきゃいけないから』ってアルテアちゃんは真っ赤になりながら告げた。


 それじゃあジオルドは……と思ったら、『俺は上に乗せる相手がいないんだが? あ? おい、何とか言ってみろよ』ってすごまれた。おっかない人ってやーね。


 クーラスも『女子にレポート教えてる方が何倍も楽しいに決まってるだろ?』ってレポートを教えつつ観戦体勢。あいつ、女子と友達のどっちが大事だと思っているのか。


 こうなりゃポポルでもいいやと最後の希望に縋る。『俺ハンデとして重り係やるね』ってあいつはギルの背中に収まった。『男女のバランスとらないといけないよね!』ってパレッタちゃんもポポルをぎゅうぎゅうと押し込んでギルの背中に。どういうことなの?


 そんなわけで、俺&ちゃっぴぃ、ギル&ミーシャちゃん&ポポル&パレッタちゃんによる腕立て伏せバトル。ヴィヴィディナの悍ましき金切り声を合図に、戦いが始まった。


 『ちょれえちょれえ!』ってギルはすごい勢いで数を重ねていく。ポワレ、ロースト、グリルのケツフリフリカウントも一気に加速。やつらのケツのキレをもってしても追いつかないレベルで、ギルもポワレたちもその動きに残像が出来ていた。


 一方、俺はあくまで一般的な範囲内。普通に少しずつ腕立てしただけ。『がんばれーっ!』ってロザリィちゃんの声援が無ければ、きっと五十回もこなせなかったことだろう。


 俺のカウント係であるピカタ、マルヤキ、ソテーもあまりケツがフリフリできずたいそう不満げ。気合を入れろとばかりに俺の手を突いてきやがった。マジ何なの?


 というか、思った以上にちゃっぴぃが重くなっていた。前はもっと軽かったと思うんだけど。


 俺の背中で楽しげに笑うあいつに、『ちょっと太ったか?』って聞いたら、『ふーッ!』って思いっきり首筋を噛まれた。泣きそう。


 結局、二百回ほど腕立てをしたところでギブアップ。思いっきりどさりと崩れ落ちた。最後の力まで振り絞ったために、文字通りもう腕が動かない。ぷるぷる震える。ラスト十回なんてマジできつくて、めちゃくちゃゆっくりやってなんとかギリギリって感じだったよ。


 当然のごとく、勝負は俺の負け。ギルはまだまだ余裕そうで、汗をかいた様子もない。こっちはすんげえ汗だくで、汗で手が滑るくらいに床が濡れたってのに。


 とはいえ、ちゃっぴぃを背中に乗せたうえでここまで出来たのだから、十分に健闘した方だろう──なんて思っていたら、ここにきてまたまた予想外の事態が。


 『え、え、なになに?』ってロザリィちゃんの不思議そうな声。『きゅーっ♪』ってロザリィちゃんの手を引っ張るちゃっぴぃ。そのままあいつはとてとてとロザリィちゃんをこっちに連れてきて──


 ──『きゅ!』と、ロザリィちゃんに俺の背中に乗るように促し、そして大変満足そうにふんす、と鼻息を漏らした。


 『え……いや、さすがにこれは……』って困惑するロザリィちゃん。『大人一人は普通の状態でも無理だろ……』ってクーラス。『おう、ここは男を見せるときなんじゃないのか?』ってフィルラドの頭を撫でながらニヤニヤとこっちを煽ってくるアルテアちゃん。


 もちろん、ここで芋を引く俺じゃない。ちゃっぴぃを乗せられてロザリィちゃんを乗せられないなんて真似、できるはずがない。


 『大丈夫、問題ないよ』って微笑んだら、ロザリィちゃんはおずおずと、『お、お邪魔しまーす……』って俺の背中に乗ってきた。


 いやはや、新しい感覚にホント気絶しそうになったよね。背中にすんごく柔らかいのが当たっているし、俺の肩のあたりをロザリィちゃんが可愛い手で押さえているの。


 ロザリィちゃんに元気をもらっているような感じもしたし、あの暖かな重さがとても大事なようで、しかもそれでいて俺の全てを包んでくれているような……ああ、自分で何を言ってるのかわけわかんなくなってきた。


 まぁ、最高だったってことが伝わればいい。それ以上は、逆にあの素晴らしさを汚してしまうことになる。


 で、早速腕立て。一回俺の体が上下すると、甘い香りと艶やかな髪が俺の首筋に。暖かな重みの位置が移動して、幸せな気分に。『わぁ……っ!』って優しい声が耳に心地よく、もう何も考えられなくなる。


 ……しかし、悲しいかな。そんな感覚をずっと味わっていたかったのに、三回目でそれは唐突に終わりを迎えてしまった。力が無くなって思いっきり手が滑り、せめて体を入れ替えてロザリィちゃんを受け止めようとして──。


 ──『きゃーっ♪』って俺の腕の中にロザリィちゃんが。くちびるに甘くて柔らかい感触も。


 そのまま二人でドシャって崩れ落ちる。幸いにも、俺が下敷きになれたためロザリィちゃんにケガは無し。ロザリィちゃんの匂いと、その暖かな重みを全身で受け止めることが出来て最高に幸せでした。


 そうそう、『事故だからしょうがないよね♪』ってロザリィちゃんはずっと俺の胸に顔を埋めていた。そのまますーはーすーはーくんかくんかしまくっていた。『事故だから……これは事故だから……! ちょっとまだ立てないだけだから……!』ってとろんとした顔で言っていたっけ。


 正直めっちゃくすぐったかった。すんすん鼻を押し当ててくるものだから、ものすごくドキドキしたよ。……いつもより食いつきがよかったのは、すーはーすーはーくんかくんか、ひいてはイチャイチャするのが久しぶりだったからだろうか?


 そうそう、俺も腕が疲れ切っていたせいで、ロザリィちゃんの背中に回ってしまった腕を動かせなかったっけ。たまたま偶然抱きしめるみたいな形になっていたし、いい感じのポジションを探そうとして何度かキスすることになったけれど、これは事故だからしょうがない。


 なのに、『結局イチャイチャするんじゃねえか!』、『体よく利用されたな……あのバカップルはやっぱり年季が違う』って言われたのがわけわかめ。偶然の事故なんだからしょうがなくない?


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。……最後になるけど、一応ここに書いておこう。


 いいか、ロザリィちゃんは天使の羽のように軽い。腕立てをたった三回しかできなかったのは、俺の腕がゴミクズのクソのミジンコ以下の貧弱だったからってだけだ。そこのところ、勘違いしないように。


 ギルは今日も大きなイビキをかいてスヤスヤとねている。俺の腕は未だに疲労が残っているけど、こいつは全然そんなものを感じていないらしい。あのあともずっと三人を乗せて腕立て伏せをしていたのに。やっぱ根本から筋肉の造りが違うのだろうか?


 今日は疲労回復剤でも詰めておく。一応俺も病み上がりだから、今日はさっさと寝ようっと。みすやお。

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