60日目 危険魔法生物学:土蛭魚の生態について
60日目
俺の白髪が増えてる。どういうことなの。
ギルを起こして食堂へ。俺のステキな金髪に白髪が混じっているのがわかったのか、食堂に着くなりポポルに『なんかお前老けた?』などと聞かれてしまった。白髪と言ってもどうせそんな大した量じゃないだろう……なんて思っていたけれど、『いや、想像以上にヤバいよ?』って思いっきりブチィッ! って白髪を引っこ抜かれてしまう。
ポポルのおこちゃまサイズの手とはいえ、一握り分も取れてしまっていた。俺がハゲたらあいつは一体どう責任とってくれるのだろうか。
しかも、『きゅーっ♪』ってちゃっぴぃまで面白がって白髪を探し出す始末。俺の肩車にすっぽり収まり、髪を選り分けてブチブチ引っこ抜きまくっていた。ヒナたちもそれに興味を持ったのか、俺の頭に飛び乗ってきて器用にもくちばしで白髪をくわえて引っこ抜きだす。
……奴らに引っこ抜かれたそれ、毛根までしっかりついていた。もう泣きそう。
なお、俺がおこちゃま達に白髪を引っこ抜かれている間も、ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。たぶんコイツ、どんな爺になっても毎日のジャガイモは欠かさないと思う。こいつがジャガイモを食わなくなるのだとしたら、それはおそらくこいつが死ぬときだろう。
今日の授業は美白のお肌の天使ピアナ先生と、偉大なる兄貴グレイベル先生の危険魔法生物学。ピアナ先生はフィルラドを見て、『問題なさそうでよかったよ! ルマルマは奇跡的に一回も重傷者が出たことなかったから心配だったんだ!』ってにっこり笑っていた。
そのあまりのエンジェルスマイルに思わず俺の心が浄化される……って一瞬思った後に、先週のシキラ先生の話を思い出してしまう。なんだかんだ慌ただしくてすっかり忘れていたけれど、まぁつまりはそういうことだ。
とりあえず近くの樹に思いっきり頭を叩きつけて忘れてみようと試みた。が、俺のクレバーな灰色の脳細胞が優秀過ぎたため、忘れることは叶わず。結果的にピアナ先生をドン引きさせただけで終わってしまう。ちくしょう。
『…知ってしまったのか』ってグレイベル先生が妙に優しく肩を叩いてくれた。もう俺この人に一生ついていきたい。
さて、今日の授業は何をするのかしらん……と期待に胸を膨らませていたところ、グレイベル先生は『…もう始まってるぞ?』等と宣いだした。もう悪い予感しかしない。
パターン的に考えて、すでにヤバそげな魔法生物が放たれており、俺たちを襲ってくるっていうアレだろう。グレイベル先生の言葉を聞いた瞬間にはルマルマのメンツで密集形態をとり、互いが互いの背中をカバーできる位置についた。
幸いにも、今のところ敵はその姿を見せていない。これなら先制攻撃をされることはないだろう……なんて思っていたら。
『ん……ッ!』ってロザリィちゃんの小さい悲鳴。嘘だろ。
慌てて振り向く。俺の後ろに──俺たちの真ん中で守られる形になっていたはずのロザリィちゃんなのに、敵の攻撃を喰らっていた。何か剃刀状のもので切り付けられたのが、ローブの一部がすっぱりと裂け──そして、ふくらはぎのあたりがざっくりと切られている。
そこにつっと流れる血を見たとき、文字通りぷっつんしたよね。
『どこいんだゴラァ!』って周囲に魔法をぶっ放す。認識阻害か、あるいは透明か……いずれにせよ、範囲攻撃ならばよけきれないと思った次第。
が、手ごたえ無し。まさか上空からの急襲かとアルテアちゃんとポポルが射撃魔法と連射魔法を空にぶっ放しまくるも反応なし。
そして、そうこうしている間に次の犠牲者が。『み……っ!』って声を漏らすミーシャちゃん。太もものあたりがぱっくりと切られていた。
敵の攻撃の正体がつかめない。敵の本体すら補足できない。一方的すぎるそれに、ルマルマの全員に戦慄が走った。
幸いなことに、そこまで攻撃力が高いわけじゃないらしい。急所さえ守れば一撃でやられるってことはない。実際、『ちょっとチクっとしただけで、全然痛くはないよ』、『見た目が派手なだけなの!』って二人は言っていた。
とりあえず、追撃を止めようとクーラスが俺たちの周りに罠魔法を展開する。しかし、罠魔法は反応せず、『んっ……!』ってパレッタちゃんの膝辺りが切り裂かれた。
『真空の刃による遠距離攻撃か……!?』ってあたりを付けたフィルラドが召喚魔法でロックゴーレムを召喚。奴らを文字通りの岩楯にして防御を試みる。が、今度はアルテアちゃんの脛から出血。
『薄くて鋭い刃物みたいなやつだ! 実体はある!』ってアルテアちゃんが攻撃の正体をつかんでくれた……けど、現実問題としてなにも見つけられていない。真空の刃じゃないってことがわかっただけマシか。
とりあえず、わかっているのは実体があり、かつ遠距離攻撃でもないらしい、ということだけ。それでいて俺らの守りを尽く突破して攻撃してくるとか、超一流の暗殺者かよって思った。
しかも、話はそれだけにとどまらない。
『──えっ!?』ってロザリィちゃんのびっくりした声。『ちょ、それ……!』って震えながらミーシャちゃんを指さした。
ミーシャちゃん、いつのまにやら血だらけになっていた。切り傷は一つだけだったはずなのに、気づけば五つ以上に増えている。
『う、嘘なの! こんな、こんな……!?』ってミーシャちゃんは軽くパニック。自分でも気付かない間に攻撃されていたらしい。しかも、『そういうロザリィもなの!』って絶望の情報も追加される。
よくよく見れば、アルテアちゃんもパレッタちゃんも傷が増えていた。膝から下が血で真っ赤になっていて見るからに痛々しい。『傷は浅いし、痛くも無い……けど!』、『血が止まらぬ!』って聞きたくない言葉がセットで着いてきた。
そのうえ、『うそ、私も……!?』、『今日のタイツ、お気になのに!』、『高かったのよコレ!』って次々に女子の悲鳴が。どうやら気づいていなかっただけで、かなりの女子が攻撃を受けていたらしい。彼女らの足はみんな血で真っ赤になっており、酷いところでは軽く水たまりみたいになっていた。
俺たちはもうすでに、敵の術中にハマっている。なんらかの攻撃を受けているのは確かであり、それを見破れない限り──負ける。
『…そろそろ助けてやろうか?』とはグレイベル先生。しかし、このまま何もできずに先生を頼るのはあまりにも情けない。
せめて、最後に一矢報いようと試みる。『ギル! 全力で地面をぶん殴れ! 他の奴らはなるべく広範囲に全力の魔法をぶっ放せ!』って指示を出した。
どんな相手にせよ、地面が揺れたら体勢を崩す。ちょっと知恵があるのなら、空に逃げるだろう。動けないのならそれでいいし、空中に逃げたのならそこを仕留めるだけだ……という、作戦とも呼べないような代物だ。
で、ギルが『オラァ!』って地面を殴った。局所的に地面が揺れ、そして俺は【浮気デストロイ:レプリカ】をなるべく広範囲にぶっ放す。
大地が割れ、空にルマルマたちの大魔法。濛々と立ち込める煙に、収まる襲撃。
見えない相手だったけど、これでようやく仕留められたと、そう思った。
実際、文字通り地上にも空中にも逃げ場はなかっただろう。ポポルが連射魔法を全体にかけていたし、他のみんなだって範囲重視で魔法を使っていたし……少なくとも、何かしらのダメージを与えることが出来たはずだった。
『…惜しい。が、悪手だ』ってグレイベル先生の言葉が、信じられなかったね。
止まっていたはずの襲撃が、次の瞬間に激化する。さっきよりも明らかにペースが速くなり、女子たち(の、主に足)がどんどん血塗れになっていった。
『…タイムリミットだ』ってグレイベル先生が大地のスコップを地面に叩きつける。びっくりするくらい広範囲の地面が隆起……っていうか、空中に浮かび上がった。そのままずずずず、と音を立てて圧縮していき。
気付けば、大地のキューブの上に複数の魚がぴちぴちと跳ねていた。
こいつが敵の正体であり、今日学ぶ魔物であるらしい。名前は【土蛭魚】とのこと。見た目も大きさも普通の魚とそこまで変わらないけれど、トビウオみたいな羽状のヒレ(剃刀みたいな切れ味アリ)があり、魚のくせに口がヒルみたいな吸盤(?)状かつスパイクのような歯が円状に連なって生えていた。
以下に、その概要を示す。
・土蛭魚は地面の中を泳ぐ魚である。その泳ぐ速さは水中を泳ぐ魚となんら遜色は無く、モグラのように通った後にトンネルなどができることもない。また、時折“水面”から飛び跳ね、翼状のヒレを広げて地上を滑空する。実は地上に憧れているという噂がある。
・土蛭魚が滑空を行うのは、主に食事のためである。翼としても用いているその鋭いヒレを使って地上を歩く獲物の足を切り裂き、獲物の血を啜るのである。自分も憧れの地上を歩けるようになるために、地上の生き物の血を吸っているという噂がある。
・土蛭魚は吸血の際、最初にヒレで敵を傷つけ、次に口で血を啜るという二段階の手順を踏むが、これは獲物に自分の攻撃を悟らせないためである。ヒレの根元には特殊な麻酔毒の分泌腺があり、この麻酔毒には獲物に痛みを感じさせなくする効果があるほか、血液の凝固を阻害する効果もある。ヒレで獲物を切りつけると同時にこの毒を注入することで、獲物に気付かれない一方的な攻撃を可能とする。獲物に痛みを感じさせない優しい自分なら、いつか地上を歩けると信じているという噂もある。
・土蛭魚は地中からの急襲により獲物を傷つけ、獲物が出血多量で弱ったところで飛びつき、ゆっくりとその血を啜る。噛みつかれても痛みを感じないことが多く、気づけば血でパンパンに膨らんだ土蛭魚が無数に体にくっついていることも少なくない。食事以外に地上に出ないのは、憧れの地上の空気に慣れていないからだ、という噂がある。
・土蛭魚は匂いで獲物を探しているらしい、ということがわかっている。そのため、一度出血してしまうと血の匂いを辿って延々と追跡してくる傾向がある。地上暮らしの生物に深い嫉妬を覚えているだけだという噂もある。
・魔物は敵。慈悲は無い。
要はコイツ、モグラとトビウオとヒルをごちゃまぜにしたような生き物らしい。地中からの急襲で獲物に気付かれることなく血を流させ、ゆっくりとそいつを啜るという何ともネクラな生き方をしているようだ。
が、魚としての特性があるせいでずいぶんと厄介なことになっているっぽい。血を吸うヒルも、地中を進むモグラも、動きはどちらも遅いしね。
というか、地中にいたのなら俺たちの攻撃が当たるはずもない。壁だって無意味。そりゃしてやられるわな。
『…あれ以上続いていた場合、今度は直接体に噛みつかれていただろう』、『攻撃も一瞬だから、避けるのも大変なんだよね。避けられたとしても、すぐに地面に潜るか、飛び出た勢いのまま遠くに行っちゃうし……』とは先生たちの談。人は往々にして足元の注意が疎かになりがちだから、知識と知っていても気付くのに遅れることが珍しくないのだとか。
でもって、もしも夜の森なんかで襲われてしまったら、大変な状態で朝を迎えることになってしまうんだって。考えたくもねーや。
ただ、幸いにも岩盤を泳ぐことは出来ないらしい。泳げるのはあくまで土か砂のどちらかであり、地中の障害物が少なく、かつふかふかな土やサラサラな砂……まぁ、泳ぎやすい土質であるほどその遊泳能力も格段に上がるとのこと。
『…攻撃能力そのものは低いし、特別危険な能力を持っているわけじゃない……が、シンプル故にハマれば強く、気づかなければやられる典型例だ』ってグレイベル先生は言っていた。実際、マジでその通りだったから言葉も出ない。
うん、ギルの地割れは一見有効っぽかったけど、そのせいで土蛭魚はより泳ぎやすくなっちゃったんだよね。発見のチャンスも増えたっちゃ増えたけど、高速スピードで泳がれたら俺たちにはどうしようもない。
あ、あとフィルラドが召喚したロックゴーレムの中にもしっかり【侵入】していたらしい。グレイベル先生に言われてフィルラドがそれをバラすと、中からイキのいいのが三匹ほど飛び出て来たよ。岩の中は泳げないんじゃなかったの?
なお、タネさえ割れてしまえばさしたる敵でも無かった。普通に地中に攻撃したり、出てきた瞬間にしこたま蹴っ飛ばすだけで問題なし。
ギルに蹴飛ばされた土蛭魚は、その事実に気付く間もなく空の彼方へ消えていった。
そうそう、なんで女子ばかりが襲われたのか気になったので聞いてみたら、『…匂いで敵を探すって言っただろ? 証明はされていないが、どうも女の汗から生じる匂いがこいつらの好みに合うらしい。…中でも、女の足の匂いが一番好みだという推測もなされている』ってグレイベル先生が教えてくれた。
昔、それぞれ男女の蒸れ蒸れのブーツ、洗ってない肌着、ずっと使っていたタオルケットなどを用いて土蛭魚の好みを調べたクレイジーな学者がいたのだとか。あくまで統計的な結果ではあるのだけれど、男よりも女──それも、女の蒸れ蒸れブーツの食いつきが一番よかったそうな。
調べたやつも土蛭魚も、とんだ変態だと感じた瞬間だ。
『…あと、男だとスネ毛がある』ってグレイベル先生が付け加えてくれた。たぶん、吸血の際の舌触り(?)の問題だろう。どっちにしても変態には変わりねーや。
授業後、ちょっとしたオマケとしてピアナ先生が『女子限定だけど、捕まえ方を教えちゃうよっ!』っておもむろに自らの靴を脱ぎだした。天使も裸足で逃げ出す美白かつとぅるとぅるなおみ足が、熱い太陽の下にさらされてキラキラと輝きだす。
思わず目が奪われてしまった俺を、どうか許してほしい。
さて、先生は座り込み、軽く掘った穴に足を突っ込んだ。土がくすぐったかったのか、足を入れた瞬間に『ひゃっ……』って声を漏らしたのが超かわいかった。
で、ややあってから引き抜くと……そこには先生のおみ足に吸い付く土蛭魚が。思わずそこを代われと言いたくなったよね。
『地面にそのまま足を入れた場合、麻酔をしないで直接血を吸いに来るから。……もし万が一森とかで遭難した場合、下手に動き回って狩りをするよりもこっちのほうが安全だったりするからね』って言いながらピアナ先生は土蛭魚を引き離す。その言葉通り、傷口はすごく小さいし、血もほとんど出ていない。
どうやら土蛭魚はヒレで傷口を作っておかないと満足に吸血できないっぽい。ヒレによる出血ができるから本来の吸血能力が弱くなったのか、それとも吸血能力が低いからヒレによる出血を試みるようになったのか……難しいことは考えないに限る。
なんだかんだでその後は女子限定で土蛭魚釣り大会に。女子全員が素足になり、太ももを惜しげもなく晒して穴に足を突っ込むさまは、美しくありながらも異常な光景だったと言えよう。太ももマニアのジオルドはにっこりだったけどな!
ちなみに釣果はかなりいい感じ。食いついた瞬間は『ちょっとくすぐったかった!』(ロザリィちゃん談)とのことで、そのまま驚いて足を引き抜くだけでバンバン釣れるのだとか。
ミーシャちゃんはケラケラ笑いながら釣り(?)を楽しんでいたけれど、クラスで一番釣りの上手いミーシャちゃんよりも大漁だった女子は、『なんかいろいろとフクザツな気分……』ってぼやいていたっけ。
なお、ポポルやギルといった一部の男子も穴に足を突っ込んだけど、土蛭魚は一匹も釣れなかった。ポポルだけは『……一瞬なんか、触れたかも?』ってアタリがあったものの、それ以外はマジでうんともすんとも言わない。
スネ毛が原因なのか男の匂いが原因なのか……あの場でギルのスネ毛を剃って再チャレンジすべきだったと、今になって後悔している。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。夕飯はみんな土蛭魚の塩焼き。グレイベル先生の話では『…マズくはないが小骨が多い。非常時以外でわざわざ食べたいとは思わない』とのことだけれど、男子一同&ミーシャちゃんが『絶対食べたい!』って熱望したんだよね。
熱望した理由? 書かせるな恥ずかしい。
ただ、『どんな羞恥プレイよ……!』、『絶対イヤ……! 選ばれるのも嫌だけど、選ばれないのも相当ショック大きいわよ……!』って一部の女子が断固反対の考えを崩さなかったため、折衷案として誰が釣った土蛭魚なのかはわらかないようにしようってことに。
味としてはやっぱり普通。マズくはないけどおいしくもない。焼き加減と塩の具合こそよかったものの、小骨が気になって気になってしょうがない。しかも微妙に無視できそうでできなさそうな大きさだというからタチが悪い。
骨を炙れば肴として面白みが出てくるかも……って感じだけれど、わざわざそうまでして楽しもうとも思えない。せいぜいが珍味ってところだろう。
まぁでも、俺が喰った土蛭魚はロザリィちゃんが釣った土蛭魚だから最高にデリシャスだった。俺は愛の力を信じてる……っていうか、愛魔法を感じられる土蛭魚をチョイスしたから間違いない。たぶん、吸血したロザリィちゃんの血を通して移ったのだろう。
ギルは大きなイビキをかいている。なんだかんだで今日は男子があまり活躍できなかったのが悲しいところ。女子は雑談中ずっと足のケアをしていたっけ。傷そのものはすごく浅かったとのことだけど、『痕になったら絶対いや!』ってみんなが言っていたよ。
土蛭魚をうまく使えば美脚王者決定戦ができるのではないか……と、夜だからかすごくくだらないことを思いついてしまった。とりあえず、ギルの鼻に土蛭魚のヒレでも詰めておく。みすやお。