58日目 義務と誇りと
58日目
ギルの腹にサラシ(?)が巻かれている。ちょっとカッコいいのが悔しい。
ギルを起こして食堂へ。なんだか微妙に疲れが残っていたので、今日は簡単にシリアルをチョイスしてみる。『きゅ! きゅ!』ってちゃっぴぃがオリジナルブレンドのシリアルを作らせろとせがんできたので、ここはひとつ使い魔いらしいところを見せてみろと託してみることにした。
出来たそれはいたって普通。まぁ、シリアルだけをブレンドするなら、よほどのことがない限りキワモノなんて出来るはずもない。あいつの好みなのか、干しブドウとチョコのそれが多めだったのか少し印象に残っている。
そうそう、フィルラドもシリアルを食ってたんだけど、やっぱりまだ手が動かしづらいのか、途中でスプーンを落としてしまっていた。で、それを目ざとく見つけたアルテアちゃんが『……今日だけ、だからな』ってフィルラドの手の代わりとなって『あーん♪』してあげていた。
なんだろう、フィルラドもアルテアちゃんも赤くなってたけど、恋人がイチャイチャしているというよりかは、母親がダメ息子の面倒を見ているような……いや、妻がダメ夫の面倒を見ているような気がしてならない。
『もう一回くらい保健室送りにされてもいいかもなぁ……!』ってフィルラドのつぶやきは、必死で『あーん♪』しているアルテアちゃんの耳には入っていないようだった。もしも聞こえていたら、フィルラドはただでは済まなかったことだろう。
アルテアちゃん、ロザリィちゃんやミーシャちゃんと言った女子に囃したてられていて、それどころじゃなかったんだよね。
当然のごとく。ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。なんかいつも通り過ぎる光景で、これこそがルマルマの平和な日常の象徴ではないのかと一瞬思ってしまった。
午前中はみんなのレポート作成のサポート……ぶっちゃけフィルラドのレポートの手伝いをすることに。いつもはともかくとして、今回は不可抗力の事故なのだから、組長として、友人として存分に力を貸してやろうと思った次第。
やはり参考資料よりもわかってる人から教わる方がやりやすいのか、フィルラドは何度も俺(と、アルテアちゃん)にいろんなことを聞いてきた。ぶっちゃけ俺(と、アルテアちゃん)の言われるままに書いていただけともいう。まぁ、まだペンを握る手が覚束ないから、そうでもしないと今日中に自力で書き上げるのは難しかったんだけどさ。
あの野郎、人がせっかく教えてあげているのに、ずっとデレデレとアルテアちゃんのことを見ていたっけ。アルテアちゃんはアルテアちゃんでちょっとテンション(というよりムードか?)がアレだったから、普通にフィルラドに密着し、そしてじろじろ見られてもなんか嬉しそうに笑っていたし。女の子ってよくわかんねえや。
午後もぼちぼちそんな感じで過ごす。これなら意外とおやつの時間には終わりそうだ……なんて思ったところで、『お客さんだよーっ!』って我らが女神の声が寮に響いた。
ステラ先生に連れられ、ポシム先生とキイラムがクラスルームにやってきた。しかも、キイラムはいつになく真面目な表情。
空気が一瞬にして引き締まる。メンツ的にもタイミング的にも、用件なんて一つしかない。自然と俺&フィルラド&アルテアちゃん&ステラ先生、そしてキイラム&ポシム先生が対面するような感じで席に着くことに。
で、開口一番、キイラムが『本当に申し訳なかった』ってアルテアちゃんに頭を下げた。いったいどういうこっちゃ?
当然のことながら、アルテアちゃんは『頭をあげてください!』って声を上げる。しかし、『いいや、けじめはつけないと』ってポシム先生まで頭を下げた。意外過ぎる事態に経緯を見守っていたルマルマ全員が首をかしげることに。
ともあれ、『わ、わかりましたから!』ってアルテアちゃんが二人の謝罪(?)を受け入れたことでいったんは落ち着く。でもって、本題に入ることになった。
やはりというか、内容は一昨日の事故の経緯についてだった。昨日一日かけて破損したMICなどを調べてみたところ、なんかよくわからん異常みたいなものを見つけることが出来たのだとか。配線ミスによって変な魔力が流されたことでそれは生じてしまったらしい、ということまでわかったそうな。
『それってやっぱり、私のせいじゃ……』ってアルテアちゃんの顔がくしゃりと歪む。すかさずポシム先生が、『いや、本来なら配線ミス程度じゃあそこまで酷くはならんのですよ。実際、他のグループであんな爆発起きてないでしょ? みんなミスしまくってるのに』と切り返す。
『我々でいろいろ検証してみたんですけどね、どうも経年劣化によって内部に……まぁ、異常な魔法要素が溜まりやすい状態になっていたって認識でだいたいあってます。厄介なのは、事前のチェックの段階では問題が表面化しておらず、たまたま偶然、あなたの班にあの部品が配られ、たまたま偶然、あなたの実験の際に臨界点を超え、奇跡に近い確率で異常かつ複雑な共鳴現象を引き起こし、そしてあの爆発事故につながったのですよ』……とポシム先生は宣った。
ぽかんとするアルテアちゃんに対し、キイラムが『つまり、防ぎようのない事故だったんだ。君が自分を責める必要も、気に病む必要もない』って概要をまとめてくれた。
しかもその上で、『それでなお、俺たち監督側にはお前たちを護るという義務があった。悪いのだとしたら、その義務を果たせなかった──先生たちも含めた、俺たち監督側のミスだ』ってキイラムとポシム先生はフィルラドにも頭を下げる。
なんか、学生側にはわざわざ教えていないんだけど、キイラムらティーチングアシスタントの上級生には実験補助を行う上での優先順位ってのが決められているらしい。一番が学生の守護、二番が学生を脅かす脅威の排除、三番が先生のサポートで、四番(優先順位最下位)が学生の実験の補助なのだとか。
で、その第一を達成できず、フィルラドにもアルテアちゃんにも怪我をさせてしまったから、こうしてキイラムは責任を感じて謝罪しに来たそうな。
……別に謝る必要なんてなくない? キイラムがいなければ、たぶんパレッタちゃんもひどい目に遭ってたよね? あの状態であそこまで動いてくれたのに、どうして責められると思うのか。
しかも、よくよく考えてみたら……アシスタントの優先順位の中に、自分の身の安全が入っていない。文字通り、奴らは自分よりも俺たちの身の安全のことを考えてくれていたのだろう。
『いや、俺が下手に手を出さなきゃみんな無事だったわけですし……』ってフィルラドがおずおずと語り掛ける。昨日からちょっと不思議に思ってたけど、なんかあの爆発の直前、ポシム先生がアルテアちゃんに表面強化をかけようとしていたらしい。先生の魔法なら、例え爆発が直撃してもアルテアちゃんは無傷であったのだとか。
が、そこにフィルラドが割って入ってしまったため、放たれていた先生の魔法がすこし反れてしまった。アルテアちゃんにかかるはずの表面強化のいくらがフィルラドにかかってしまい、アルテアちゃん自身は無防備なまま。
で、体が中途半端にコーティングされていたために、フィルラドの左右でのダメージの受け具合が異なり、そして指は粉微塵にならずに綺麗に吹っ飛んだ。頭や体が無事だったのも、コーティングがそっちに集中していたためだろう。
フィルラドはそこまで一息に語り、『……だから、俺が出しゃばらなければ、アティがこんな思いをすることも、先生たちの手を煩わせることもなかったんだよな』って苦笑い。
しかし、『いや、そんなのはあくまで推論で、一学生であるお前に先に動かれた段階で、俺は仕事を失敗してるんだよ。本当なら俺の方が先に気付き、対処しなきゃいけなかったんだよ』ってキイラムは悔しそうに告げた。いつもからは想像できないガチ過ぎる表情のため、フィルラドは言い返せず。
しかもキイラム、再びアルテアちゃんに向き直り、『謝りたいことがある。本当なら近くにいた俺が、君も含めてかばえなきゃいけなかった。だけど、間に合わないからあの子だけを俺は選んだ。……俺は確かに、君を一度見捨てた』……って、深々と、床につかんとばかりに頭を下げた。
繰り返しになるけれど、パレッタちゃんをかばえただけで十分にすごいことなのだ。なんでこの人、今日に限ってあんなにも自己評価が低かったのだろう。
もちろん、アルテアちゃんは逆に恐縮するばかり。【見捨てた】なんて言われても、そんな実感有るはずもない。『お願いだから、普段の先輩に戻ってください……!』って訴えていたっけ。
最終的に、もう一度ポシム先生とキイラムが頭を下げ、そして会談は終了。ポシム先生はまだ仕事があるらしく、そのままさっさと帰ってしまった。
キイラムの方はちょっと残ってグダグダと駄弁っていたよ。雰囲気は元通りになり、『あああ、ちくしょう……! マジで情けねえよ……!』ってクッションを抱えて悶絶。おやつに出したハゲプリンを一気食いして、『いやもうマジで、二度とケガさせねえから! このプリンとメルティの笑顔に誓うから!』とか言っていた。
あ、メルティって例のキイラムの年の離れた妹らしい。奴のロリコンの原点だろう。
で、お詫びってわけじゃないけどフィルラドとアルテアちゃん、パレッタちゃん、ついでにポポルのレポートを見てあげていた。もうほとんど完成しかけていたけれど、『こことここはこう直しとけ』ってサービスたっぷりな指導。なんだかんだで結構責任を感じているのかもしれない。
そうそう、雑談の最中、キイラムがフィルラドに『なあ、なんでお前はあの時の異常、俺よりも早く気づけたんだ?』って聞いていた。なんでも、異常に気付いたのはフィルラド、キイラム、先生(キイラムと先生はほぼ同時だったらしい)の順であり、距離的にもそれなりに離れていたはずのフィルラドがどうして自分たちよりも早く気づけたのか、ずっと不思議に思っていたそうな。
が、答えなんて決まりきっている。フィルラドは当たり前のように『──そんなの、ずっとアティだけを見ていたからに決まってるじゃないですか』って爽やかに笑って答えていた。
アルテアちゃん超真っ赤……なのはいいけれど、実験中にそれってどうなんだろ? セリフだけはすごくグッとくるものがあるのに、本人の性格が残念過ぎるのが困る所だ。
ちなみに、キイラムは『俺は特有の異臭がしたから気付けた。先生の場合、もはやある種のセンスだろうな』って言っていた。
『……匂いなんてしたっけ?』ってアルテアちゃんは首をかしげていたよ。距離的な問題か……と思ったけど、アレに一番近かったのはアルテアちゃんだ。
それに仮に匂いがしたところで、最初にキイラムがいた場所は匂いが届くにはちょっと離れすぎているような気がしなくもない。
いずれにせよ、いち早く異変に気付き、そしてすぐに行動に移れるってのはすごいことだと思う。なんか今日だけでキイラムを……キイラム先輩を見る目が凄く変わったよ。
俺もあの人のロリコン以外の部分を見習おうと思う。今の俺にはない実力と機転、そして仕事に対する責任感と誇り。魔系としてのそれを、いずれ必ず身に着けなくては。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中はハゲプリンを作成した。明日のレポート提出の際に上級生にお礼の気持ちを込めて色着けて渡しておこうと思う。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。週明けを目前に夜更かししちゃう俺ってばマジ悪い子。あとはクッキーのラッピングを済ませれば終わり。なーんか体の芯に疲れが残っているから、さっさと終わらせてさっさと寝よう。
ギルの鼻には壊れたMICの破片でも詰めておく。ポシム先生が記念にってくれたんだけど、アルテアちゃんもフィルラドも受け取らなかったんだよね。グッナイ。
※燃えるごみを出しておく。魔法廃棄物はまた来週……だったはず。