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57日目 フィルラドの帰還

57日目


 そろそろ夜明け。実験レポートは書き切った。アルテアちゃんたちが起きる前に、なにか軽くお腹に入れられるものでも作っておこうと思う。……あったかいオニオンスープにでもするか。


 疲れ切っていたのか、アルテアちゃんたちが起きたのはいつもよりだいぶ遅め。すでに起きていたジオルドやクーラスと言った別のメンツが俺特製のオニオンスープを飲んでいたころ。


 『フィルは……?』って聞かれたので、『まだ何の連絡も来ていない』とだけ答えておく。下手に嘘をつくよりかは、正直に話した方がいいと思った次第。


 ただまぁ、一晩ぐっすり寝ていくらか落ち着いたのか、アルテアちゃんは顔こそくしゃっとゆがめたものの、取り乱したりはしなかった。もしそうなら、アルテアちゃんの腹の上で寝ていたヒナたちが大変なことになっていただろう。


 とりあえず、起きた四人にオニオンスープを飲ませる。誰も言葉を発しないし、何の反応も示さない。せいぜいが、ミーシャちゃんが舌を火傷しかけて涙目になっていたくらいだろうか。


 朝食を済ませた後は実験レポートを片付けることに。事故があってもレポートが無くなるわけじゃないし、そもそもとして遊ぶ気分になれるはずもない。かといって何もしないで暗い想像をしてしまうくらいなら、何か別なことに集中させた方がいいと思ったんだよね。


 最初は気の進まなさそうなアルテアちゃんだったんだけど、『フィルラドが帰って来たら、見せてあげなきゃいけないだろう?』って言ったらペンを握ってくれた。で、パレッタちゃん、ポポルも交えてレポートの作成……正確には作成の手伝いを行っていく。


 午前中はそんな感じでひたすらレポート。クラスの全員がクラスルームでレポートを書いていたように思える。一応、アルテアちゃんも含めてみんなが小さくぽつぽつと会話するようになっていたから、傾向としては悪くなかったのだろう。


 簡単に昼餉を済ませた後も作業を続ける。昨日から続く暗い雰囲気に不安になったのか、ちゃっぴぃが『きゅー……っ』っておずおずと俺の背中にひっついてきた。エッグ婦人とヒナたちもそわそわしていて、ずっとアルテアちゃんの周りをウロウロしていたっけ。


 事態が動いたのはおやつの時間頃。


 何とも喜ばしいことに──フィルラドが帰ってきた。それも、千切れかけた腕も吹っ飛んだ指も元通りになっている。


 『よう、心配かけ──』ってフィルラドが声を上げようとした瞬間、アルテアちゃんが駆けよってフィルラドを強く抱き締めた。びっくり仰天するフィルラドにもお構いなしに、『うわぁぁぁん……!』ってずっとずっと泣きじゃくっていた。


 『ごめん……! 本当にごめん……! 私のせいで……っ!』って顔を涙でグシャグシャにしながらアルテアちゃんは嗚咽を漏らす。『あ、アティ? なんかちょっと大袈裟すぎない?』ってフィルラドは困惑の表情を隠せないでいた。


 『ホントに、ホントにフィルだよね……! だいじょうぶ、なんだよね……っ!』って涙を流し続けるアルテアちゃんに対し、『えっ、マジでなんでこんなになってるの!?』って騒ぐフィルラド。


 しかしまぁ、さすがは元祖爽やか系イケメンと言うべきか、フィルラドはアルテアちゃんの状態が普通でないことをすぐさま察し、アルテアちゃんの体を優しく抱き締め返す。そのままアルテアちゃんの頭も撫でて、『──大丈夫、ずっとここにいる。俺はどこにもいかないよ』って耳元で囁いていた。


 アルテアちゃん、号泣。そして感極まったのか、人目もはばからずにフィルラドに情熱的なキスをした。


 フィルラドは真っ赤になっていた。そして、フィルラドの後ろにいたステラ先生は『あ、あうあう……!』ってそれ以上に真っ赤になっていた。


 さて、アルテアちゃんが落ち着いたところで事の経緯を聞くことに。


 何でも、フィルラドの治療そのものは昨晩のうちに終わっていたらしい。ピアナ先生の応急処置が適切だったために、千切れかけた腕も吹き飛んだ指もドクター・チートフルがあっという間に治したそうな。『状態も良くて、きちんと処理されてたからねー……。痛いことが難点だけど、あれって一番いい方法なんだよね』ってステラ先生は言っていた。


 当のフィルラドは『正直アティをかばったところまでしか記憶が無いんだよな。で、気づいたら手足がすっげぇ痛いしベッドの上だしでだいぶビビった』って言っていた。


 で、フィルラドは今日の朝のうちには目覚め、いろいろ諸々検査をし、こうして戻ってこれる運びになったそうな。ステラ先生は担任としてその検査に付き添ったりしていたらしい。


 あ、腕も指もまだ多少の違和感が残って動かしにくいものの、そのうち普通に動かせるようになるとのこと。『今は突っ張る感じがして感覚もちょっと鈍くなってるけど、別に痛みは感じねえな』ってフィルラドは言っていた。なんにせよ、完治するなら十分である。


 なお、フィルラドが俺たちに話をしてくれている間も、アルテアちゃんはずっとフィルラドに引っ付いたまま……というか、抱き付いたまま離れなかった。泣き止んではいたけれど、フィルラドと離れたくない気分だったらしい。


 『ごめんな、心配かけちゃって。……っていうか、下手に手を出さないほうがよかったっぽいよな。はは、なんかカッコ悪ぃな……』ってフィルラドは自虐(?)風に笑う。直後にアルテアちゃんが『そんなことあるもんかっ!』って声を上げた。


 『あれが爆発したのは私のせいだ。私が回路でミスをしたから、あんなことになったんだ。本来、ケガをするのは私の方だったんだ! ──それなのに、フィルは私なんかをかばってくれた。私なんかのために、そんなケガをすることになった。そんなフィルがカッコ悪いだなんて、誰にも言わせない』ってアルテアちゃんは続ける。フィルラドの腕を取り、『本当に、本当に……ありがとう』って小さな声でつぶやいた。


 フィルラドの顔超真っ赤。いつになく真剣かつデレる(?)アルテアちゃんとその空気に耐え切れなくなったのか、『そ、そんなに感謝してくれるなら、なんかご褒美とかほしいな~?』などと言い出した。


 こういうところでおちゃらけるとか、案外あいつもヘタレだと思う。


 さて、いつもなら『バカなこと言ってるんじゃない』ってアルテアちゃんの顔面ケツビンタが飛んでくるところだけど、今日に限っては様子が違う。


 アルテアちゃん、目元を真っ赤にしながらも、『……じゃあ。なんでも、していいよ』って小さな、されどはっきりした声で告げた。


 『な、なんでもしていいの!?』ってフィルラドはすごい食いつき。『えと、その、お尻とか触っても……?』って冗談めかして放たれた言葉に、アルテアちゃんは小さくコクリと頷く。


 クラスルーム中がざわめいた。まさか気高きアルテアちゃんが、ここまで堕ちてしまうだなんて。


 フィルラドがごくりと生唾を飲む音が、はっきりと聞こえた。目に見えてわかるほどに震える手(緊張なのか、後遺症なのかは不明)が、アルテアちゃんのお尻に向かって伸びていく。その指先がアルテアちゃんに触れよう……として。


 『……触ってもいいけど、揉むのは絶対に許さない』ってアルテアちゃんはにっこり笑って言った。『……えっ』ってフィルラドの動きが止まる。


 どうやら最後の最後で、理性が表に出てきたらしい。それでこそ気高きアルテアちゃんだと思う。


 『……正直、ちょっとくらい触られても、何なら揉まれてもいいとさっきまでは思っていた。……でも、今のフィルの目は、なんかやだ』とはアルテアちゃん。そりゃあ、ヤバい顔した男に尻を揉まれて気分が良いわけないか。


 『り、リハビリだと思って……! ほら、手を動かしたら治りも早くなるし!』ってフィルラドはしつこく食い下がる。アルテアちゃん、『触るだけならいいって言った。……下心が無くなったら、揉ませてあげる』ってつーんってそっぽを向く。


 フィルラドが男である限り、たぶんそんな日は一生来ないだろう。


 実際あいつ、ひとまず落ち着いて解散した後も、どさくさに紛れて何度かアルテアちゃんのお尻触ってたしね。ケガをした腕だとはとても思えないあの早業、俺じゃなきゃ見逃しちゃってたよ。


 まぁ、アルテアちゃんも宣言通り、それに関しては許容しているようだから、外野の俺がどうこう言う必要はないだろう。なんだかんだ言って、今日はあの二人のイチャイチャを存分に見せつけられた気がする。


 そうそう、ある意味当然のごとく、風呂においては男子全員がフィルラドの体験談(アルテアちゃんの尻ではなくてケガの具合や保健室での出来事)を聞こうと群がっていた。学年初の重傷者ゆえに、ある種の英雄(?)的な扱いになってたんだよね。


 ほとんど何も知らされていないアエルノやバルトはもちろん、現場にいたティキータの連中も『保健室に行ったあとどうだったんだ?』ってすごく興味津々だったっけ。


 フィルラドの奴、だいぶげっそりとした顔をして『正直、もう二度とあそこには行きたくない』って話しだす。


 『俺が一番軽傷だったんだ。あそこに運び込まれていた上級生はもっと重傷だった。手足が呪われて腐ったり、腕がぐちゃぐちゃにねじれていたり、ヤバい寄生蟲に寄生されていたり……でも、連中はそれを気にしてすらいなかった』……とのこと。どうやら、ドクター・チートフルの保健室は昨日も満員御礼だったらしい。


 『見た目もそうだけど、それ以上にヤバかったのが奴らの声だ。「腐ったくらいで保健室に送るんじゃねえ……!」、「今じゃなきゃ取れない触媒があるの……! ここから出してよぉ……!」、「あのクソ蟲どもがァ……! まとめて醸してやるぞコラァ……!」って、奴らは一晩中、延々と怨嗟の呪詛を呟いていたんだよ。……ずっと、ずっと、ずっとだ』ってフィルラドは疲れ切った表情で語る。上級生の恨みつらみを聞かされ続けたために、精神的にかなり疲弊したらしい。


 最終的に、『あいつらみんなマジでクレイジーだ』ってフィルラドは話を締めくくった。おつかれさまです。


 さて、みんながはけた後に『実際のところ、どうなんだ?』ってフィルラドに聞いてみる。『……アティにはああ言ったけど、やっぱかなり動かしにくいな。パスタはまだ食えねえや』との回答が。見た目的には問題ないけれど、新しく繋げ直した故に、単純に【動かし慣れていない】状態にあるのだとか。


 『でも、マジで傷自体は問題ないんだぜ? チートフルの話じゃ、二週間もすれば前と同じように動かせるって。積極的にリハビリすればもっと治りが早くなるらしい』とフィルラドが続けたので、『そっちじゃなくて、もう一つの方は?』って返しておく。


 『……やっぱり、気づいてたか』って言われた。『ああ……クッソ痛くて死にたくなった。正直、どうして死んでないのか不思議なくらいだ』ってあいつはガチガチと歯を震わせる。


 『全身が弾けるような熱い痛みも、氷柱に内側から串刺しにされるような凍てつく痛みも……腕が千切れかけてたのも、指が吹っ飛んだのも、全部全部覚えてる』って顔を青くして語っていた。


 ピアナ先生の応急処置の時、フィルラドの意識は確かに戻っていた。正確に言えば、あの激痛で意識が戻ったのだろう。


 あの時のあの反応は、そういうことだ。ほかならぬ俺だからこそ、それがわかる。というか、あんな風に体が反応しているのに【何も覚えていない】はずがないのだ。


 だいたい、【一晩中上級生の声を聴いていた】って時点で、最初の説明と矛盾しているし? みんな気付いているのかいないのか、突っ込んでいなかったけどさ。


 アルテアちゃんの前で虚勢を張っていたのはやっぱり間違いなかった。もしありのままアルテアちゃんに話していたら、それこそアルテアちゃんの精神が持たない。


 そうでもなきゃ、あそこまでわざとらしくとぼけたり……シリアスな場面でふざけたことを言ったりしない。こいつは確かにヒモクズだけど、それくらいの分別はある。


 でも、本心から『だからやっぱり、揉ませてくれるのが一番の治療になるんだよなぁ……』とか言ってるから、いろいろこいつは終わっていると思う。いやまぁ、メンタルケアとしては強ち間違ってもいないのだろうけれども。


 ふう。なんか変則的かつごちゃごちゃしているけど、今日はこんなもんにしておこう。正直徹夜明けだからかなり眠い。文章が読みにくい気がするのも、きっといくらかはそれが原因なのだろう。


 ギルは今日も大きなイビキをかいている……そういや、昨日はあいつの鼻になにもいれていなかった。被害が無いのは僥倖だけど、ピンクの鼻息を吹き出し続けているのが気になるところ。これって一日で効果が切れるんじゃなかったの?


 まあいい。眠いから寝る。なぜか手元にあった包帯の欠片でも詰めておこう。おやすみねらるうぉーたー。

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