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56日目 魔法回路実験:実験4 魔法集積回路を用いたマジカル制御

※中盤以降に残酷な表現があります。ご注意ください。

56日目


 ギルの鼻息がピンク色。ユニーク。




 くそ。まさかこんなことになるとは。どうせ今夜は寝るつもりはないし、アルテアちゃんも泣き疲れて寝ちゃったから、この空き時間を使って日記を書くことにする。


 ギルを起こして食堂へ。今日はなんとなくホットドッグをチョイスしてみた。固めのパンとバジルがしっかり効いた大きいウィンナーの相性がばっちり。ケチャップとマスタードをたっぷり使っちゃうのが俺のひそかな贅沢である。


 そうそう、ロザリィちゃんもミーシャちゃんとホットドッグをはんぶんこして食べていた……んだけど、ケチャップとマスタードの比率で意見の相違があったらしい。『ピリ辛もおいしいもん!』、『わざわざあんな辛いのつける必要なんてないの!』って二人ともがほっぺをまん丸にして抗議していた。


 だったら半分ずつそれぞれ好きなようにデコればいいんじゃないか……と思ったけれど、それはそれで彼女らの美学に反するらしい。女の子ってよくわからない生き物だ。


 最終的に、我らがオカンのアルテアちゃんが『朝からケンカなんてしなさんな』って二人の頭をはたき、『私のホットドッグを好きにしていいから。それで互いに半分ずつ私にくれれば解決だろ?』って自らのホットドッグを差し出していた。アルテアちゃんのこういうところはすごく尊敬するべきだと思う。


 あ、ウチのおこちゃまポポルはケチャップのホットドッグ添えを食ってたよ。ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。ちょっぴりマスタードやケチャップをつけてやる辺り、俺って優しいと思う。


 さて、今日の授業は魔法回路実験。実験もとうとう四回目という後半に入った。これからますます複雑な回路になっていくけれど、今の俺たちにはカチコミで入手したレポートの資料がある。


 問題なのは、資料だけじゃ実験そのものを乗り切れないことだろう。世の中理論通りに行くことなんてほとんどないのだから。


 内容だけれども、今日は魔法集積回路(通称MIC)……より正確に言うならば、これを用いたマジカル制御について学んだ。


 俺もちょっと詳しいことはわからないんだけど、この世の中の魔法回路はアナログ回路とマジカル回路の大きく二つに分けることが出来て、マジカル回路はよりシステマチックな制御が行える、すなわちガチな魔道具に組み込まれるものらしい。ぶっちゃけ一般的な意味のすごい魔道具ってのは全部マジカル回路で構成されているそうな。


 『あーたね、モノホンの魔道具って言ったらこれを知らなきゃ話にならないんですよ。なのに知らない人間がこのように多すぎるわけでしてね、まぁこちらとしても全部を教えるのは事実上不可能ってわかっているわけですが、それでも魔系として全く知らないのはありえないんですよ。だからまぁ、基本だけはしっかり押さえて、現場の人間に舐められない程度の知識は身に着けておいてほしいところなんですよね』ってポシム先生は言っていた。あの独特の話し方、なんかちょっとクセに……ならないや。


 ともあれ、実験を進めていく。今回新たに使う部品は先程述べた魔法集積回路。今までの部品と同様に指でつまめるくらいの大きさで、直方体の両端にそれぞれ七つ、計十四の針みたいな足がついている。


 詳しいことは省くけれど、魔源と繋げる足とアースする足、そして二つの入力(足)と一つの出力(足)から成るゲートが四つ……以上の要素が足の内訳であり、これによってMICは構成されている。


 このゲートってやつの考え方が厄介。マジカルに物事を考える必要が出てくるとのことで、【入力Aの結果と入力Bの結果の組み合わせで出力が決まる】っていう機能があるらしい。


 当然のごとくこのゲートはいくつかの種類に分類される。両方の入力が実であるならば実を出力し、それ以外は虚を出力するという【MAND回路】、MAND回路と全く逆の結果を出力する【NMAND回路】、入力のどちらかが実であれば実を出力し、入力の両方が虚であるならば虚を出力する【MOR回路】、MOR回路と全く逆の結果を出力する【NMOR回路】、入力が一つであり、入ってきた入力をそのまま反転させる【MNOT回路】などがあるそうな。


 もうこの時点で頭おかしくなりそう。いきなり出てきた虚、実って言葉の意味が不明だし、論理的に考えて実で入ってきたものを虚で返すって意味が解らん。それって普通に回路を止めてるだけじゃないの?


 そんなわけで早速ステラ先生に質問。先生は『んーっとね……平たく言えば虚実ってのは魔力が流れてるか流れてないか、それだけのことなの。でもマジカルの世界ではね、この虚、実という二つの区分だけで全てを表すことが出来て、何もかもを制御することが出来るんだよっ!』とのこと。深淵なる魔導の世界を語るステラ先生はジーニアスキュートで最高でした。


 ちなみに、わかりやすい覚え方として『掛け算的に扱えるのがMAND、足し算的に扱えるのがMORって覚えるといいよ! 虚に実をかけたらゼロになっちゃうでしょ? でも、足すのなら実になるし!』ってステラ先生が教えてくれた。わかりやす過ぎて泣きそうになった。


 一応、これだけなら法則に則ってパパッと処理するだけなんだ……って思えなくもないけど、当然それで終わるはずがない。なんともクレイジーなことに、出力したものをそのままループさせて入力に入れ直したり、上記ゲートの入出力を複雑に組み合わせることで、なんかいろんなことが出来るらしい。


 『直流魔力なのにマジックライトダイオードを点滅させられたり、点滅の間隔を周期的にズラすことが出来たり……回路の状態を記憶させることも、作用量を目標値に沿って自動制御させることもできるかな! 今ある部品だけでも、割と本格的な魔道具っぽいことができるんだよ! ……回路は複雑になっちゃうけどね!』ってステラ先生は言っていた。


 ……なんで論理的に魔力の有無を返すだけなのに、回路の状態を記憶させることができるのだろうか? 『マジカルの世界は奥が深いし最初はとっつきにくいから、つまずいちゃう人が多いんだよね……』ってステラ先生は悲しそうに言ってたけど、この俺でさえちんぷんかんぷんとかどういうこと?


 ともかくまぁ、概念が理解できたところで回路を組み込んでいく。MICの説明図(?)が酷くわかりづらく、どの足がどれに対応しているのか判別するのにすごく手間がかかった。マジックトランジスタと同じくパッとわかる目印が無いし、そもそもブレッドボードの目が細かいから作業そのものがやりづらい。


 MICの種類によって使用されているゲートやその組み合わせ、さらには入出力の場所だって全然違うし、MANDのMICもMORのMICも見た目がそっくり。デザインしたやつをマジで呪いたくなったよね。


 最初の測定は理論通りに出力が行われているかどうか調べるってやつ。回路を組むこと自体は面倒だったけど、測定に関してはすごく楽。有るか無いのかを調べるだけだし。


 その後はさっき先生が言っていたマジックライトダイオードの点灯制御について行う。MICを組み込むことで、魔源そのものは一定のものを使っているのに、その先にある複数のマジックライトダイオードの点滅の周期をそれぞれ変えることが出来るらしい。


 具体的には、ちっ、かん、ちっ、かん、ちっ、かん……って普通の奴と、ちっかん、ちっかん、ちっかん……ってちょっと速いやつと、ちかちかちか……って速いやつと、ちちちちち……ってめっちゃ速いやつになるそうな。


 これを魔力の発振と呼ぶらしい。で、事象を観察して発振原理を考察し、さらにはこのちっかんちっかんの周期をわかりやすく記したタイミングチャートなるものを作成しろとのこと。もうどうにでもなれ。


 MICが登場して回路が今まで以上に複雑になったから、教室はいつも以上にざわざわしていた。どの先生たちもひっきりなしに生徒に呼ばれて教室中を小走りで走っていたし、上級生もあちこちを巡って回路のチェックやサポートをしていた。ポシム先生も一番前で全体の進行を管理しつつ、壊れた部品を直したり、的確にミスを見抜いて指導したりしていた。


 そんな最中……唐突に、それは起こった。


 俺のつたない文章じゃ表現しきれないから、あらかじめ宣言しておく。これから述べる事柄は、本当に全部一瞬のうちに起こったことだ。


 そう、あれはちょうどマジックライトダイオードの発振がうまくいかなくて、魔材研の上級生に回路をチェックしてもらっていた時のことだった。


 俺の目の前の席で回路を組んでいたフィルラドが、いきなり杖を抜いた。


 ほぼ同時に、『やべえッ!!』ってキイラムの声。何らかの異常事態が起きたことは明らかだった。


 躊躇いも無くフィルラドが魔法を使おうとする様子を見て、こいつ錯乱でもしたのか、いや、なんか化け物でも見つけたのか、それとも回路に何か不備があったのか──なんていろんなことが頭の中をよぎり、フィルラドをぶちのめすか、結界による防御を試みるか、時間の遅くなった世界で思考する。


 で、気付く。


 フィルラド、こっちを見てないし、回路の方も見ていない。


 でもってキイラムの叫び声も、フィルラドに向けて発したものじゃなかった。


 二人が見ていたのは──アルテアちゃんとパレッタちゃん。より正確に言うならば、二人の手元にある、明らかに異常な魔力振動を発している魔法回路。


 刹那の間に、それは魔力膨張を一気に加速させ──。


 ──そして、盛大に爆発した。


 一瞬目の前が真っ白に。なんとか自分に結界を張ることは出来たけど、俺にできたのはそれだけだった。


 あの威力なら、爆心地にいた二人はひとたまりもない。ひとたまりもないどころか、下手をすれば……。


 必死になって目を凝らす。煙の隙間から、ちらりとわずかに見えたそれ。


 パレッタちゃんは無事だった。キイラムが抱き寄せ引き倒し、かばったらしい。何が起こったのかわからないとばかりに、パレッタちゃんはキイラムの下で目をぱちくりさせていた。


 意外なことにアルテアちゃんも無事。ローブも髪も煤けていたけれど、普通に立っている。


 ……いや、呆然と立ち尽くしていたって方が正しいだろう。


 『あ、う……?』ってアルテアちゃんが漏らした声。


 アルテアちゃんの目の前に、血だらけのフィルラドがいた。


 しかも、左手の指が三本吹っ飛んで、右腕が……半ばから千切れかけている。まだいくらか煙が残っているというのに、プラプラと頼りないそれから真っ赤な血が滴り落ちるのと……白い骨が露出しているのがはっきり見えた。


 無言のまま、フィルラドは魔法陣からずるりと崩れ落ちる。どうやら、自らを座標召喚することで、アルテアちゃんを身を挺してかばったらしい。


 『う……ぃや……っ!?』ってアルテアちゃんはいやいやをする赤ん坊のように首を振る。目の前のそれが信じられないのだろう。いや、パニックになるまいと必死に堪えていたのかもしれない。……あるいは、ただの精神的逃避行動か。


 いずれにせよ、震えながらフィルラドに手を伸ばそう……として。


 『ぼさっとしてるなぁッ!!』、『ぼさっとしてるんじゃねぇッ!!』ってポシム先生とキイラムの怒号が飛んだ。


 次の瞬間、キイラムが猛烈な勢いで起き上がり、叩きつけるのと変わらないくらいの勢いでアルテアちゃんを引きずり倒す。


 ほぼ同じタイミングでアルテアちゃん、フィルラド、キイラム、パレッタちゃんにポシム先生の表面魔法による表面強化がかかった(フィルラドは一部がすでにコーティングされていたため、二重コーティングになっていた)。


 そして、アルテアちゃんを引きずり倒したキイラムは、獣の如き素早さで──未だ異常魔力を漂わせるブレッドボード上の部品を引っこ抜き、ブレッドボードそのものも教室の端へと振り払った。


 文章ではこう表現しているけれど、実際は引き抜く動作と振り払う動作がほぼ同時だったことを記しておく。ぶっ壊しても構わないとばかりの勢いだったけど、キイラムはピンポイントかつ速やかに、ヤバそうな部品をブレッドボード(魔源)から引っこ抜いていたんだよね。


 で、すっ飛んでいくそれらすべてにまとめて表面強化封印、簡易解析結界、大地のドームが放たれる。あ、大地のドームにわずかに遅れて結界魔法が放たれていたんだけど、タイミングが悪かったのか大地のドームに弾かれていた。


 ここでようやく、事態は一応の落ち着きを見せた。危険物はポシム先生、キート先生、グレイベル先生の魔法による三重の封印が施され、ややあってからキート先生が『……もう大丈夫です。爆発の危険はありません』って解析結果を伝える。


 ここで初めて気づいたんだけど、あの規模の爆発の割りに熱も衝撃も感じないな……と思ったら、ステラ先生が教室全体に結界を張ってくれていたほか、アシスタントの上級生全員が、近くにいた二年生をまとめて守っていた。ノエルノ先輩は鏡魔法で、他の上級生も各々の得意魔法や結界で……文字通り、それには一部の隙も見当たらなかった。


 所々とはいえ、グレイベル先生やキート先生の守護魔法も放たれていたっけ。たぶん、危険物処理と生徒の守護を同時にやったんだろう。


 もちろん、爆発の危険性こそなくなったものの、これで終わりであるはずがない。──重傷のフィルラドが、残っている。


 泣きじゃくるアルテアちゃんを押し退け、ステラ先生がフィルラドの頭の近くに腰を下ろす。そして、奴の頭を自らの膝の上に乗せる……っていうか、太ももで挟んでがっちりと固定した。いつのまにやら先生は自分のローブの端を切り裂いており、くるくると丸めたそれをフィルラドの口に突っ込む。


 グレイベル先生も、フィルラドの両足を大地魔法も併用してしっかり抑え込んでいた。


 そして、ピアナ先生がフィルラドの横へと着く。『ごめんね……痛いのは少しだけだからね』って先生が植物魔法を放つと、大癒の凍花が空中に咲き誇った。ピアナ先生はそれをいくつか摘み取り、ぱくっと食べる。


 口の中でくちゅくちゅ、もにゅもにゅと魔力を込めつつ唾液で練り上げ、そして。


 フィルラドの傷口に、キスをした。


 気絶しているはずのフィルラドから、『──ッ!!』って声にならない悲鳴が上がる。動く力なんてないはずなのに、いっそ恐ろしさを覚えるくらいの勢いで、フィルラドの体が跳ね上がろうとする。


 ステラ先生がフィルラドの口に布を詰めた意味を、グレイベル先生が魔法を使ってフィルラドを拘束した意味を、ここで初めて知った。


 先生にキスされたフィルラドの傷口が、次々に凍って──いや、傷口に氷の花が咲き乱れていく。どうやら血止めと火傷治しの効果、それに状態を悪化しないように保全する効果もあるらしい。


 ただ、フィルラドの反応を見る限り、氷が伝わるその瞬間に激痛が走るのだろう。アルテアちゃんはすっかり取り乱していたため、ノエルノ先輩が鏡魔法でぶん殴って気絶させていた。


 『残りはどこ?』って応急処置を終えたピアナ先生が声をあげる。上級生の一人が『あっちのほうまで吹っ飛んでましたけど、形は大丈夫そうです』ってフィルラドの指を持ってきた。


 ピアナ先生は『ありがと』ってそれを受け取り、傷口を丁寧に舐め、そしてぽいっと口に入れて全体を凍らせていく。


 同時にグレイベル先生が『…お前のケガはどうなんだ?』ってキイラムに声をかける。フィルラドの次に重いケガをしたのはキイラムだ。ある意味じゃ当然の流れだろう。


 キイラム、『俺はちょっと焦げたくらいなので大丈夫です。……こっちに余裕があるなら、一緒に診てもらってもいいかもって感じですかね?』って事もなげに言っていた。


 ……あいつの右腕から右肩にかけて、かなり大きな火傷でべろんってなってたんだけど。たぶん、最初にパレッタちゃんをかばったときに負った傷だろう。


 というか、あんな状態でアルテアちゃんを引きずり倒したり、ブレッドボードを振り払ったりしていたのか?


 結局、フィルラドはキイラムに背負われて保健室に運ばれていった。付き添いはピアナ先生。


 そしてルマルマの連中もティキータの連中もざわつく中、『はい、それじゃあ実験再開しましょうか。さっさとやらないと終わりませんからね。まぁ事故もあったことだし、気を引き締めてやってくださいよ』ってポシム先生が何事もなかったように告げる。


 グレイベル先生も、『…こういう時だからこそ落ち着け。お前らの目的が何なのか、決して忘れるな』っていつも通り。キート先生も、『安心してください、何があっても死なせはしませんから』って言っていた。


 その後何があったのかは、俺もほとんど覚えていない。重い空気の中、ひたすらいつも通りに……いや、いつも以上にバカ騒ぎしてこちらの元気を出そうとしてくる上級生の力を借りつつ、何とか無理矢理実験を終わらせたはず。


 いつ爆発するのかトラウマになりかけている連中がほとんどだったけど、それでもみんなが最後まで実験を終わらせられたのは、間違いなく上級生の励ましがあったからだと思う。


 あ、アルテアちゃんはノエルノ先輩の付き添いのもとどこかの空き教室で横になってたらしい。互いにペアがいなくなったポポルとパレッタちゃん(二人ともフィルラドの姿をモロに見たせいで精神状態が酷そうだった)は二人一緒に実験することになり、ステラ先生がほぼ付きっ切りで面倒を見ていたよ。


 一応の授業時間終了後、レポートを受け取りにバルトとアエルノの連中がやってきたんだけど、俺たちの異様な様子を見て何かを察したらしい。組長であるシャンテちゃんとラフォイドルがクラスメイトに『レポート受け取ったらさっさと帰ってね』、『アエルノに空気読めないバカはいないよな?』って声をかけてくれた。


 で、何があったんだ──って聞かれたので、ゼクトと一緒に情報を共有しておく。『……そっか』、『……わかった、こっちも気を付けるように声をかけておく。……チートフルは名医だから心配いらねえよ』って二人に肩を叩かれた。


 ふう。ちょっと疲れた。けど、あとちょっとだから書き切ってしまおう。


 夕飯も風呂もみんな暗い空気。誰も言葉を発しないまま、雑談もせずにみんなさっさと自室に引きこもった。


 クラスルームに残っていたのは夕飯の時間ごろに目覚めたアルテアちゃん。女子のみんなが声をかけても泣きじゃくるばかりで、頷いたりして反応こそしてくれるものの、自分から話しだすことは一切しなかった。


 ずっと、ずーっとクラスルームでフィルラドの帰りを待っていた。泣きながら待っていた。


 フィルラドがいつ帰ってきてもいいように……ってことなんだろう。アルテアちゃん自身は保健室に行きたかったみたいだけど、ステラ先生が『ごめんね、面会謝絶だから』って許してくれなかったんだよね。


 『心配なのはわかるけど、今夜はちゃんと休んで?』ってステラ先生はアルテアちゃんの頭を軽く撫で、ぎゅっと抱きしめる。そして、夜なのにも関わらずいずこかへと去ってしまった。


 おそらく、フィルラドの様子を見に保健室に行ったか、あるいは今日の事故のゴタゴタなんかを片付けに行ったのだろう。


 別れ際、『──くん、アルテアちゃんをよろしくね?』って先生に言われたから、俺はその任務を全うするだけだ。


 結局、アルテアちゃんは徹夜でフィルラドの帰りを待つことにしたらしい。組長的に考えて、俺もそれに付き合うことに。何かあったときにすぐに動ける冷静な人は必要だし、なによりこの状態のアルテアちゃんを一人にすることは絶対にできない。


 ある意味予想通り、ロザリィちゃん、ミーシャちゃん、パレッタちゃんもアルテアちゃんに付き合うと言い出した。そして、ギルも俺に付き合うと言い出し、意外にもポポルまで『……今日は徹夜でレポート仕上げたい気分だ』ってクラスルームに留まった。


 ……が、ずっと泣きじゃくるアルテアちゃんを見て思うことがあったのか、『……やっぱ部屋戻るわ』ってギルとポポルは帰っていた。まさかあいつらにそんな配慮の心があったとは。


 なんだかんだでアルテアちゃんは泣き疲れてぐっすり寝てしまっている。ロザリィちゃんもミーシャちゃんもパレッタちゃんも、精神的に疲れていたのかぐっすり寝ていて起きそうにない。


 あるいは、気分を落ち着かせるために飲ませたホットミルクが効いたのかもしれない。ソファの上に四人で固まっているものだから少々寝にくそう。……とはいえ、今はその温かさこそが、アルテアちゃんに必要なのだろう。


 この日記はみんなが寝静まったころに書いている。クラスルーム内だけど、これなら人にバレることはない。いい感じの眠気覚まし&時間つぶしになったのではなかろうか。このまま実験レポートの作成でもして……夜で寂しいから、景気づけに【暖炉の魔女の子守唄】でも魔歌歌唱しておくか。


 フィルラドの回復を強く祈る。 

20180525 文章の誤りを修正

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