55日目 発展触媒反応学:テスト返却
55日目
ギルの髪の毛がロング&逆立っている。マジちくちく。
ギルを起こして食堂へ。天井に届かんばかりのロングちくちくヘアにみんな目をまん丸にして驚いていた。『ちょっとそれどうなってんだよ……』ってティキータのゼクトも興味深そうにギルの髪を触っており、あまりにちくちくなそれにうっかり手を傷つけてしまっていた。
なお、当のギルとしては結構不満そう。『髪の毛を鍛えたら誰だってこうなるだろ? それより筋肉の方を見てほしいんだよなあ……』ってマッスルボディを惜しげもなく晒す。見慣れているから誰も気にしなかったけど。
朝食は朝から贅沢にハンバーガーをチョイス。大きめにハンバーグと新鮮なトマト、それに魅惑のとろけるチーズが使われていてマジデリシャス。ハンバーガーってたまに無性に食べたくなっちゃうから困る。
もちろん、俺のお膝の上のちゃっぴぃは、具がたくさん詰まった真ん中の一番うまいところで『きゅーっ!』って尾っぽで俺の背中を叩き、『あーん♪』の構えを取ってきた。まぁ、ハンバーガーに限って言えば(比較的)野菜もしっかりとってくれるから、別にいいんだけどさ。バカでかい口を開けて、『きゅーっ♪』ってうまそうに食ってたよ。
そうそう、そんな様子を見て、ロザリィちゃんが『ちゃっぴぃってば、朝からご機嫌だねっ!』ってちゃっぴぃの口をふいてあげていた。『ママもパパに甘えたいなあ……!』なんてチラチラとこっちを見てくる始末。当然のごとく残りのそれをロザリィちゃんに差し出そうとしたけど、『朝はしっかり食べないとダメだぞっ!』っておでこをツンと突かれてしまえば、俺にはもうどうすることもできない。
ちゃっぴぃの一口がもっと小さければ、自然にイチャイチャできたのに。やっぱりそろそろ一人で食べる練習をさせるべきだろうか?
なお、ギルはいつも通り『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。結構な勢いで頭を動かすものだから、ロングちくちくヘアが天井を傷つけそうになっていてひやひやした。天井の掃除とか修繕って面倒くさいんだよね。あと、おこちゃま二人にピクルスを異物混入されていたっけ。
さて、今日の授業はキート先生の発展触媒反応学。内容としてはテスト返却であり、キート先生は開始早々『悪くはない。悪くはないのですが……良くもなかったです』と宣った。
初歩的なミスや授業中に口酸っぱく注意したところ、さらには練習問題として扱った問題をそのまま出したのにミスをする人がいたらしい。『なぜか平均点は予想よりちょっと高めでしたけど、手放しで喜べる状態ではありませんね』とのこと。
当然のことながら、俺はだいたい八割ほどとれていた。が、なぜか最初の一問でケアレスミスをしていた。マジかよ。
俺の答案を見て、クーラスが『一番簡単な出だしで間違えるとか……』って煽ってくる。奴の答案は一問目は正解していた……ものの、二問目で間違えていた。
『二番目で間違えるのも大差ないぞ』って煽り返したら、『それもそうだな』と普通に返される。『俺はオトナだから、お前みたいに変にムキになったりしないんだよ』とも言われた。その段階でムキになっていると思ったのは俺だけだろうか?
なお、ポポル、パレッタちゃん、ミーシャちゃんはだいぶヤバい感じ。赤点こそ免れたものの、『期末で頑張らないとヤバいです。まぁ、期末は中間より難しいので……大事なものを天秤にかける準備はしておいてください』って死刑宣告をされていた。あ、三人ともなぜか応用問題は解けていたのに、最初の基礎問題でミスしまくってたんだって。
その後は普通に問題の解説が行われ、解けなかった問題を解答して提出するって流れに。これに関しては書いていてもつまらないから、ここまでにしておくとしよう。
授業の終わりに、なんとなくキート先生に『ウェリタスみたいな精神攻撃に対する対抗法って何かありますか?』って聞いてみる。理論派のキート先生なら、クレイジーじゃないまともなことを教えてくれると思った次第。
が、返ってきたのは『何度も喰らってればそのうち慣れますよ。あるいは、もっとヤバい体験をすることですかね?』などという、シキラ先生と大差ない答えだった。絶望。
『人間はですね、一度ギリギリの体験をすると、自分の限界値ってものを理解できるんですよ。限界を知っているからこそ、「あれよりマシだ」ってそれ以下のものに耐えられるわけですね』とのこと。すでに手遅れだったらしい。
『大丈夫! 卒業するころにはみんなその辺をわきまえた立派な魔系になってますから!』ってフォロー(?)されたけど、それって卒業するころにはみんな立派なクレイジーになってるってことに他ならない。俺、理性や倫理まで捨てる覚悟はしてないんだけどな。
夕飯食って風呂入った後の雑談中、ネグリジェ&ストール姿のステラ先生がやってきた。ひゃっほう。
週末じゃないのに珍しいと思ったら、『この前ウェリタスを授業で学んだって聞いたから……』ってステラ先生は優しく笑った。『みんな、怖い思いをしたんでしょ? 悲しいことや、辛いことを思い出しちゃったでしょ? ……ごめんね、本当にごめんね』って潤んだ目をこする。
で、『クーラスくん、おいで?』ってちょいちょいとクーラスを手招き。きょとんとしたまま近づいたクーラスは、次の瞬間思いっきりステラ先生に抱きしめられた。
『大丈夫……クーラスくんには先生が、みんながついているから。怖い時は泣いていいんだし、誰かに甘えてもいいんだよ?』ってステラ先生は慈愛の微笑みを浮かべながら、ぎゅっとクーラスを抱きしめ、そしてその背中をポンポンと叩いていた。
クーラスの野郎、真っ赤になって放心状態になっていた。……まぁ、今回くらいは大目に見てやるか。
さて、その後もステラ先生は男女問わずにみんなを抱きしめまくる。『もう大丈夫だよー……』って優しく頭を撫でたり、『先生がついてるからへーきだよー……』ってほおずりしたりもしていた。赤くなって恥かしがる男子に対しては、『先生もアレはちょっと苦手でね……授業のあと、悲しくなって一人でわんわん泣いてたんだから』って子供をあやすように語りかけていた。
ステラ先生の聖母感が凄まじい。やっぱり俺、この人の生徒で本当によかったわ。冗談抜きに、先生に憧れ、尊敬している。そして、出来ることなら先生みたいに純粋に人を慈しむことが出来る人間になりたい。
ステラ先生がロザリィちゃんを抱きしめ、アルテアちゃんを抱きしめ、ポポルも、ギルも……なぜかちゃっぴぃやエッグ婦人も抱きしめた後にとうとう俺の番に。先生は『いつもお疲れさま! ……たまには、子供に戻っていいんだよ?』なんて言いながら、優しく、だけど強く俺を抱きしめてくれた。
柔らかくてあったかくて、ロザリィちゃんとはまた違う先生の匂い。すごく落ち着くというか、ずっとこのまま抱き締めてもらって、そのままゆっくり微睡みたくなってしまうような気分。
先生の髪が首筋にかかってくすぐったくって、その息遣いが、服越しからでも感じられる先生のとくとくという鼓動が──その何もかもが、怖いものなんて何もないんだと、自分はこの人に守られているんだという安心感と癒しを与えてくれた。
これが本物の慈愛というやつなのだろうか。もはや聖母という言葉ですらステラ先生を象徴することは出来ない。
……恥ずかしいことに、あの時の俺は泣いてしまっていた。自分でも思った以上に、あの幻影に堪えていたのだろう。俺もまだまだ、自分の過去のトラウマを克服できていないのだ。……というか、たぶん一生あれからは逃げられないのだと思う。
だけれども、ステラ先生はそんな俺の涙をぬぐって、ただただ優しく笑いながら抱きしめてくれた。あの時ほど安心しきったことが、今までにあっただろうか?
なんだかんだで、ステラ先生は他の人より長めに俺を抱きしめてくれていたと思う。とはいえ時間というのは過ぎるものであり、やがてステラ先生は体を離した。名残惜しさが半端なかったことをここに記しておこう。
『先生もね、寂しくなった時や悲しくなった時に、先生の先生にこうしてぎゅって抱きしめてもらったの。……何も言ってないのに気付いてくれて、ずっと、ずーっと優しく抱きしめてくれて……それがすっごくうれしかったんだぁ……』ってステラ先生は思い出を語ってくれた。だからこそ、自分が教師になったときはこうしてみんなを抱きしめようと思っていたのだとか。
ともあれ、ステラ先生のハグのおかげでクラスの全員がだいぶすっきりした表情に。今後どんな怖い思いをしようとも、ステラ先生の温もりがあればどうにでもなるだろうって本気で思えるくらい。
思うに、こういうふれあいこそが、真に絶望や恐怖に対抗するために必要なものなんじゃあるまいか。
ちなみに、興味本位で『先生が映し出された怖いものって何だったんですか?』って聞いてみたところ、なぜかステラ先生はかあっと赤くなり、『べべべ、別によくある普通のものだよ!? き、気にしなくていいんだからっ!』ってあわあわしだした。いったい何が映し出されたのか、ちょっと気になる。
なお、最後に先生はもう一度みんなを軽くハグしてから『あんまり夜更かしはしないで、早く寝るようにね!』ってクラスルームを去っていった。わざわざ自分の時間を割いてまで俺たちを気にかけてくれたことに、どう感謝の気持ちを表せばいいのか。とりあえず、今度焼き立てのジャムクッキーでも貢ごうと思う。
こんなものにしておこう。ステラ先生のおかげで今日はぐっすり安眠できそうだ。ギルは今日も安らかに大イビキをかいているので、更なる安眠を願ってドリームスモッグを詰めておくことにする。おやすみ。