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54日目 発展魔法陣製図:マジックスパーギヤの製図【4】(絶望)

54日目


 ギルの口からアロマのかほり。出てくる場所、もうちょっと考えられなかったのだろうか。


 ギルを起こして食堂へ。昨日が昨日だったため、今日はすっきりさっぱりクーラスオリジナルブレンドのハーブティーを頂く。昨日のクーラスの様子がちょっと気になる感じではあったけれど、女子の母性(?)によって癒されたからか、今日は割といつも通りな感じだった。


 なんだかんだでウチの女子って母性本能が強いというか、母性溢れる人が多いと思う。ただ、『……不謹慎だけど、ああやって頼りない表情でお願いしてくるのを見て、ちょっとゾクゾクした』とか言ってるからいろいろと終わっている。純情な正統派の恋人たちって俺とロザリィちゃんくらいしかいないんじゃあるまいか。


 ギルはもちろん『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。『ハニーも一緒にジャガイモ食おうぜ!』ってミーシャちゃんを気遣う様子も見せていた。『気持ちだけ受け取っておくの。あたし、別にジャガイモそこまで好きじゃないから……』ってミーシャちゃんは断っていたけれど。


 今日の授業はシキラ先生の発展魔法陣製図。入って来るなり『なんかシケたツラしてんなぁ? 酒でやらかしたのか?』ってニヤニヤ聞いてくる。忘れていたのを思い出してしまったのか、頭を抱える人間がいっぱいいた。


 『大半の人間が飲み過ぎて、その場では大丈夫でしたが二日酔いで酷い有様に』って告げたら、『貰いゲロがけっこういただろ? あと、女子が無茶苦茶言って男子トイレも占拠しなかったか?』などと、割と心当たりのありすぎることを指摘された。もしもジオルドが最初の犠牲になっていなければ、間違いなくそうなっていたことだろう。


 ともあれ、授業はいつも通り進んでいく。なんだかんだで忘れていたけど、今日でマジックスパーギヤについては最後らしい。カチコミがあっただけにいつもより時間が少ないように思えなくもない。


 ただ、マジックスパーギヤに関していえばもう聞くことはない。そもそもとして例の資料を俺たちは持っている。計算書を書くのはだるいし、俺の場合は他の人とは文字通り桁違いの牙数のマジックスパーギヤを描かなくちゃいけないけれど、いずれにせよやり方がわからなくて詰まるってことはない。


 実際、それは他のクラスでも同じようで、『最近は誰も質問に来なくてこの時間暇なんだよなァ……シューン先生の面白エピソードもどれをどのクラスに話したのかわからなくなっちまうしよぉ……』ってシキラ先生はぼやいていた。この人、同僚を話のネタにすることに何のためらいもないらしい。


 で、せっかくなので『そんなに暇なら、ウェリタスへの対処法を教えてくださいよ』って話を振ってみる。先生、『相変わらず良い度胸してんな!』って実に嬉しそう。『鏡でイチコロだってグレイベル先生は言ってなかったか?』って聞いてきたので、『我が身一つだけで何とかする方法を知りたいんです』と答えておく。


 やはりというか、シキラ先生レベル……というか、大人たちみたいに経験を積んだ魔法使いなら、ウェリタス程度の魔法生物は楽勝らしい。『最初はヤバい魔法生物だって思うだろうけど、あの手の精神攻撃は物理的実害はないからな。搦め手を得意とする狡い野郎は逆にやりやすい』とのこと。


 とはいえ、厄介なのはその搦め手そのもの。簡単に打破できるなら、搦め手とは呼ばれない。そのことを告げたところ、シキラ先生は大変含蓄のある言葉を仰ってくださった。


『恐怖に慣れろ。痛みに慣れろ。絶望に慣れろ。それ(●●)を恐れろ──しかし臆するな』


 搦め手を使うやつに対しては──いいや、それ以外に関しても、常にそれを心掛けておけばだいたいどうにかなるらしい。また、『この道を進むうちに、ちょっとやそっとのことじゃ動じなくなる。恋人の姿をしていようと両親の姿をしていようとブン殴れるようになるし、死にそうなことも平気で出来るようになる。……なんつうかな、魔道を極めるうちに、肉体と精神、そして魂が独立しているような……ようは、物理的にも精神的にも魔法的にも、自らを俯瞰し、明確なコントロールができるようになるんだよ』……というお言葉も頂いた。


 ……その実演として、シキラ先生は俺たちの目の前で、自らの小指を何のためらいも無く折って見せた。


 『ホレ見ろ。めちゃくちゃ痛いけど、死にはしないってわかってるからな。大なり小なり似たようなことお前らもやってるだろ? 慣れりゃどうってことないって!』ってニッコリ笑顔。


 『幻覚打破のための気付けにちょうどいいんだけど、もう慣れちゃったから三本くらい折っても効果が薄いんだよな!』などと、冗談抜きに痛がっている様子が無い。『これで授業サボってドクター・チートフルのところに遊びに行けるぜ!』とまで言っていた。


 ……魔系を極めたらこんな風になってしまうのだろうか。俺、こんな人間にはなりたくないや。


 ちなみに、シキラ先生は『実は危険魔法生物学では、純粋に強い魔法生物ってのはあまり扱われねえんだ。ただ強いだけなら、魔系ならどうとでも出来るからな。だから、基本的には初見殺しや対処法を知らないとどうしようもない奴を扱うんだぜ』とも教えてくれた。言われてみれば、今まで習った生物ってみんなそんな感じの奴ばかりの気がする。


 さて、書きたくないけど、ここに絶望の情報を書いておこうと思う。これはある代の男子学生の大半のトラウマ(ウェリタスによる確認済み)となり、シキラ先生自身も『この世はクソそのものだと思ったね』と吐き捨てるほどのことだ。


 きっかけは、『どうせならユニコーンとかを学びたかったなあ……』って女子の発言だ。シキラ先生は耳ざとくそれを聞き取り、『いや、数年前まではあったんだよ……』との衝撃の事実を教えてくれた。


 『正確にはピアナ先生が赴任した年までだな。……ユニコーンの授業でな、当時新任であったピアナ先生にウチで面倒を見ていたユニコーンが喜々として近づいて行ってよぉ……そんで、先生を背中に乗せようとして』……ってシキラ先生は言葉を区切る。


 『──次の瞬間、絶望の表情をして崩れおちた』って言われた瞬間、クラスの男子全員が絶望の表情をして崩れ落ちた。


 『そのユニコーンは再起不能になったよ。そんなバカなことがあるのかって、こんな小さな可愛い先生なのに、どうしてだよって……最後までそんな縋るような目をしていた』……ってシキラ先生は続ける。


 ピアナ先生、そのあとサッと目を反らし、ユニコーンに植物魔法で混沌茸の胞子を嗅がせ、『こ、この子ちょっと調子悪いみたいだねっ!』って誤魔化したのだとか。嘘だろ。


 ……ちくしょう、ラギか? ラギなのか? やっぱあの野郎、一回くらいはぶん殴っておくべきだった!


 結局、ユニコーンは再起不能、男子も血涙を流して再起不能、そして女子が大いに盛り上がってしまったため、授業続行不可能になったらしい。


 今まではグレイベル先生が力づくでユニコーンを躾けていたけれど(実はユニコーン、あくまで女好きというだけであって、屈服させれば男でも乗れるらしい)、ユニコーン自体が非常に大きな精神的ショックによって弱り切ってしまったために、以降のカリキュラムでも扱えない状態になっちゃったんだって。


 『あんときはグレイベル先生が大変そうだったなァ……。ピアナ先生のメンタルフォローに、男子学生全員のメンタルフォローだろ? ついでにユニコーン代わりの教材も探さなくちゃいけないし……。あの人から飲みに誘われたの、マジであの時だけじゃね? 朝まで結構な量を二人で飲んだっけ』ってシキラ先生は言っていた。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、男子はショックに打ちひしがれるものと、ラギに対する殺意で満ち溢れるものに二極化していた。


 あのギルでさえ『今日は腕立てだけにするか……』って意気消沈し、フィルラドも『いや、わかってはいたけど……突きつけられると結構クるな……』ってどんより。おこちゃまポポルも『よく遊んでくれた親戚のねーちゃんが、チャラい男のところに嫁いじゃった気分だ』ってしょんぼりしていた。


 なお、殺意に満ち溢れていたのは俺と我、私と僕。俺はギル・マテリアルやオステル魔鉱石の準備をしていたし、我はステキにヴィヴィディナに侵された触媒を用意した。私は呪詛の言葉をつぶやいていたし、僕はずっと歯をギリギリとしていたっけ。


 ……ロザリィちゃんをはじめとした女子は、『新任の時でそれってことは……! つまり……!』、『きゃあ……! ロマンチックぅ……!』、『今度絶対聞き出さないと……! うん、後学のためなら仕方ないよね!』ってやたらと盛り上がっていた。


 俺たちの天使を奪われたというのに、一体どうしてあそこまで目をキラキラさせることが出来るのか、俺にはちょっと理解できそうにない。


 ギルは悲しみにくれた大きなイビキをかいている。俺も日記をつけていたら無性に悲しくなってきた。どうしてこんなにも心が痛むのだろう。初めて会った時からピアナ先生とラギがくっついていたのなら、こんなに悲しい思いをすることなんてなかったのに。


 将来を約束してるのなら、周りにヘンに期待を持たせる前にさっさとくっつけってんだよバカ野郎。ラギのヘタレ。根性無しの甲斐性なし。やっぱあいつにピアナ先生を任せたのは尚早だったか?


 とりあえず、ギルの鼻には憤怒のオドを詰めておく。この怒り、そして正義の鉄槌がラギの元へと届きますように。

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