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46日目 危険魔法生物学:エニグマフィアの生態について

46日目


 ギルの鼻からぬめぬめしたものが。……鼻水、なのか?


 ギルを起こして食堂へ。奴の鼻下が妙にテカついていることを目ざとく発見したミーシャちゃんが、『ちーん、するの!』ってギルに鼻をかませてあげていた。ミーシャちゃんみたいな子供体形の娘がギルのような筋肉の世話をしているのを見ると、なんだかすごく違和感を覚える。普通は立場が逆……と思ったけど、逆なら逆で事案発生みたいに思えるのが悲しいところだ。


 朝食はなんとなくマルゲリータをチョイス。朝からピッツァはちょっと重いかな……なんて思ったりもしたけれど、全然そんなことはない。トマトの酸味とチーズの旨味がいい感じに活きていて普通にペロッと平らげてしまった。シンプルなおいしさはやっぱり侮れないよね。


 そうそう、今日も膝の上のちゃっぴぃに『あーん♪』していたんだけど、出来立てのマルゲリータだったからか、ふうふうしたのに熱いチーズがあったらしい。喜々としてそれにかじりついたちゃっぴぃが『きゅうんっ!?』って悲鳴を上げて泣き出した。


 なだめすかして落ち着かせることがどれだけ大変だったか。あいつずっとぴーぴー泣いてるし。ひしっとしがみついてきて離さない上、俺のローブで涙とか鼻水とか拭くものだから俺のエレガントなファッションが大変なことになっちゃったよ。


 まぁ、優しい俺はずっとあいつの背中を叩いて頭も撫でてやったんだけどさ。あ、その時一緒にオロオロしていたロザリィちゃんもまとめて抱きしめたっけ?


 ちなみにだけど、落ちたマルゲリータは床をカサカサとはい回るヴィヴィディナが美味しく頂いていた。今日はマイルドにゲジゲジ形態。『ママほどじゃないけど、この子もそれなりに色欲あっていいかんじ』ってパレッタちゃんがヴィヴィディナを体に這わせながら言っていたけど、それってどういうことだろう?


 あ、ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。こいつはたぶん暴食を捧げ……いや、すでに頭がジャガイモになってるから、司っているのは【暴食】じゃなくて【ジャガイモ】だろう。ギルはそういうやつだ。


 さて、今日は天使ピアナ先生と兄貴グレイベル先生の危険魔法生物学。この授業には中間試験が無いから気分も楽と言えば楽。その代わり毎回ヤバそげな生物と戯れることになるけれども、天使が微笑み、そして兄貴が見守ってくれているというだけで最高の授業であると評価せざるを得ない。


 実際、『テスト大丈夫だったー? 先生は応援しかできないけど、応援だけならいくらでもできるよっ!』、『…大したことは出来ないが、困ったことがあるならいつでも言え』ってあの二人は言ってくれた。どうしてクレイジーばかりのこの魔系の巣窟で、この二人は比較的まともでいられるのか不思議なくらいである。


 肝心の内容だけれど、『…今日はこいつだ』ってグレイベル先生が持ち出してきたのは、ミーシャちゃんがぎゅーっ! ってやるには大きく、ポポルがぎゅ! ってするには固く、ジオルドがぎゅっ! ってするには柔らかくて、ロザリィちゃんがぎゅーってしてもなんかフィットしないな……って感じのよくわかんない黒い球体。


 実際、ピアナ先生がぎゅっ! ってその球体を抱きしめて見せてくれたんだけど、大きさが中途半端なために違和感が凄まじかった。基本的には黒色なんだけど、どうやら微妙に濃淡があるらしく、同時に少しばかり鏡面のように反射して周りを写しているから、真球のはずなのに所々が歪んで見えるってオマケつき。


 この球体、エニグマフィアと呼ばれるものらしい。『…一応は魔法生物らしい』、『魔法植物かも、って説もあるんだよね』とは先生。見るからにただの球にしか見えないけれど、どういう形であれ生きているってことだけは確定しているのだとか。


 以下に、その概要を示す。



・エニグマフィアは球体状の魔法生物である。その全てが謎に包まれているという噂である。


・エニグマフィアがどういう存在なのか、どういう生態なのか、その一切が不明である。実は極度の恥ずかしがり屋という噂もある。


・魔物は敵。慈悲は無い。



 うん、マジでこれだけしか言われなかった。『わかってることがまるでないから、解説しようにも解説できないんだよね』ってピアナ先生は苦笑し、エニグマフィアを抱きしめたり撫でたりする。なんか一瞬身動ぎ(?)したり、表面がぶわって(?)なったりしたけれど、イマイチ法則性が見られないし、必ずしも同じ動きをするってわけでもない。なにより違和感が凄まじいし、挙動は見せても変化はしない。


 『…魔法学界の一番の謎と言ってもいいかもしれん』ってグレイベル先生がエニグマフィアを上に放り投げる。そのまま普通にすとんって落ちて来た。マジで普通のボールと同じ挙動……だけれど、その後に俺に向かって軽く投げられたエニグマフィアは、なぜか複雑怪奇な軌道を描いてアルテアちゃんの胸にダイブ。


 『生命の鼓動を奏でるなり』ってパレッタちゃんがエニグマフィアに耳をあてる。『……何も聞こえないけど、なんか温かくなってきた?』とのこと。『俺にも聞かせて!』ってポポルが一緒に耳をあててみれば、『……パレッタの腹の音が聞こえるんだけど』ってあいつは呟く。意外にも真っ赤になったパレッタちゃんが奴の頭を叩いたことは書くまでもない。


 で、今度はジオルドが『こういうのは叩けばだいたいどうにかなる』ってエニグマフィアをペンペンと叩く。ついでにヒナたちもケツをフリフリしながらヘドバンによる高速嘴アタックをエニグマフィアに叩き込んだ。


 次の瞬間、エニグマフィアからバジルをたっぷりきかせたのであろう焼き立てチキンの香が。よく見れば、非常に揮発性の高いのであろう分泌液が出ているのを発見。そいつが揮発するのと同時に焼き立てチキンのかほりが強くなることを確認。どういうことなの?


 その後もいろんな人がいろんなアプローチをエニグマフィアに施すものの、その結果はまちまち。同じことをしても違う結果が返ってきたりこなかったりする。いずれにせよ、その全てが普通のそれではなく、単純に現象そのものだけを見ても、違和感バリバリであったことをここに示しておこう。


 ちなみにギルがエニグマフィアをぎゅっ! って抱きしめたところ、なぜかエニグマフィアが二つに分裂した。しかも分裂した直後に一つがシャボン玉のように浮かび上がり、そして弾けて消えるっていうね。


 あ、もう片方はロザリィちゃんの腕の中に瞬間移動していたよ。なぜか表面に金属製の産毛(?)みたいな粒粒があって、『なにこれ……?』ってロザリィちゃんが磨いた瞬間、本体が急激に黒ずみ始めたっけ。


 『結局これ、なんなんですか?』って先生たちに聞いてみる。ある意味予想通り、『先生たちもよくわかんない』って答えが返ってきた。


 なんでもこいつ、ある日突然どこかに現れて、そしていつの間にか増え、そして消えているらしい。先人たちの偉大なる研究の結果、【何らかの魔法生物であるらしい】、【謎そのものを司っている……かも?】、【違和感こそが特性……だったらいいなあ】の三つだけが辛うじて分かったけれど、それ以降の進展がまるでないそうな。


 『…もうわかっただろうが、こいつが何なのかはまるで判明していない。再現性はないし、ありとあらゆる魔法法則も物理法則も捻じ曲げることが出来る。何の役にも立たないが、かといって安全であるという保証も出来ず、生物的な挙動を示すこともあれば、タダの石ころと変わらない時もある』、『人間の魂が封じられたものだとか、異世界から来た生物だとか……いろんな噂があって、いろんな人が調べているんだけどね。結局気にしないのが一番だって結論になることが多いんだよね』って先生たちは言っていた。


 とにもかくにも、わけがわかんない存在らしい。あるだけで違和感が凄まじいし、この説明でしっくりくるようにも、こないようにも思える。


 この漠然としたスッキリしない感だけは全員共通のようで、クーラスも『見てるとなんか無性にイライラしてくるというか、据わりが悪いんだよなあ……』ってエニグマフィアを杖で突いていた。エニグマフィアがなぜか杖にくっつきだすのが本当にわけわからん。


 『何か一つでもこの子のことがわかったら、懸賞金いっぱいもらえるよ!』ってピアナ先生がエンジェルスマイルを浮かべる。懸賞金で一緒にバカンスに出かけたいと思ってしまった俺を、どうか許してほしい……なんて思っていたら、エニグマフィアの表面に【ぜったいにゆるさない】って浮かび上がってきた。ちょうこわい。


 『…今日は息抜きも兼ねて、お前らにはこいつの調査を行ってもらう。……まぁ、今までにない自由な発想で適当に戯れてくれればそれでいい』ってグレイベル先生が言ってくれたので、その後は普通にエニグマフィアでボール投げして遊んだ。


 解説しようにも解説しようがないから、先生としてもこういう扱いにしかできないらしい。ただ、一応はいきなり爆発したり、いきなり腕を噛み千切られたりした事例があるため、危険魔法生物ってことで覚えておかなきゃいけないのだとか。運んでいる途中にいきなり重くなり、エニグマフィアが沈みむことで出来た大穴から熱湯が噴き出てみんな大火傷……なんて事故もあったとのこと。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、エニグマフィアについてクラスの見解を聞いてみるも、結局みんな言うことが違ったため結論は出なかった。ボール投げ中も普通のボールとして動いたかと思いきや、なぜか空中で静止したり、カタツムリみたいにノロノロ地面を動いていたりもしたっけ。生物のようにも魔法体のようにも思えるけれど……ああ、ホントにあの違和感、どう表現すればいいのだろう?


 ただ、そんな謎の挙動を示すものだから、ボール投げは大いに盛り上がった。どういう風に動くのかドキドキワクワクするし、狙うときも狙われるときも常にスリル満点。下手すると投げた瞬間に反転して顔面にぶち当たって来たりするしね。


 あの凛々しきアルテアちゃんでさえ、『逃げるなよ、フィル!』って喜々としてフィルラドにエニグマフィアをぶち当てよう……として、縮小したエニグマフィアを服の中に入れてしまっていたっけ。投げた瞬間に『ひゃんっ!?』ってアルテアちゃんが赤くなって座り込んだものだから、男子全員首をかしげていたよ。


 あ、ミーシャちゃんだけは、『うちの子に……なってくれなかったの……』ってめそめそしていた。授業中、ずっと『ウチの子になってほしいの!』ってエニグマフィアに語り掛けたりおやつのクッキーをあげたりしていたんだけど、エニグマフィアはうんともすんとも言わなかったんだよね。


 使い魔であればわけわかんない謎の球でもいいとか、いい加減ミーシャちゃんも拗らせてきていると思う。近いうちに何とかしないと、それこそギルレベルの奇行をしだすかもしれない。何かしら対策を考えておかないと。


 ギルは今日も大きなイビキをかいている。なんか微妙に眠いので、今日はこのままさっさと眠ってしまおう。奴の鼻にはエニグマフィアの小さな欠片を詰めておいた。おやすみ。

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