42日目 魔法回路実験:実験3の解説
42日目
半熟卵になっていた。俺的にはもうちょっと柔らかめの方が好みだ。
ギルを起こして食堂へ。朝の挨拶もそこそこにミーシャちゃんが『卵、どうなったの!?』って聞いてきたので、『俺だったらもっと完璧な半熟卵にできたと思う』ってありのままを告げたら、思いっきりわんわんと泣かれた。『ひどいの……! あんまりなの……!』ってぴすぴす鼻を鳴らす始末。なにこの罪悪感。
しょうがないので、おばちゃんに無理を承知でキッチンを貸してくれるように頼みこむ。ゆで卵を作るだけだと告げたところ、『それくらいなら別にいい』とのお言葉を頂けた。早速俺のテクでパーフェクトなゆで卵を作り、塩コショウも準備してミーシャちゃんの元へと持っていく。
『そういうところだぞ』ってアルテアちゃんに呆れたように言われたのがわけわかめ。ミーシャちゃんも、『……さすがにドン引きなの』って恐ろしいものを見るかのようにこちらを見てきた。その割には普通に美味そうにゆで卵を食べていたけれど。
なお、ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。『茹で卵は半熟と固ゆで、どっちが好きだ?』って聞いても『ジャガイモかな!』って返す始末。あいつ、もしかしてジャガイモを食いすぎて脳筋がジャガイモになったんじゃあるまいか。
さて、今日の授業は魔法回路実験。今回は前回の魔法実験の解説。解説は誰がしてくれるのかとドキドキしながら待っていたら……我らが天使ピアナ先生がやってきた。ひゃっほう。
『その、あの、最初に言っておくけど……。先生ね、魔法回路はすーっごく苦手なの……。うまく説明できなかったらごめんね……』って始まる前からしょんぼりしていたので、『先生の説明はきっと完璧ですよ。理解できない僕たちのほうが悪いんです』って微笑んでおく。『資料を強奪した人の台詞とは思えないねえ……』って頭をぽんぽんされた。もっとぽんぽんしてほしかった。
肝心の内容だけれど、やっぱりマジックヒステリシスがメイン。これが交流回路に起因して生じるものなのか、はたまた別の理由に因るものなのかはともかくとして、『えーっとね……最初の状態と、何らかの変化を施した状態とがあって、終わりの状態から初めの状態へと戻そうとする時に、最初とは違う経路をたどってしまうことをヒステリシスがあるっていった……り?』ってピアナ先生は泣きそうになりながら説明してくれた。
『じゃあ、元の状態に戻ることが出来ればヒステリシスは生じないって言えるんですか?』って聞いてみたら、『ううん、ルートが違えばヒステリシスは生じてるの。それはたまたま元の状態に戻ったってだけで、ルートが違ってしまうって時点で元の状態じゃないわけで……ううん、なんて言えばいいんだろう……!』ってたいそうもどかしそうな様子。うんうん悩むピアナ先生も最高にエンジェルでした。
あくまで推測だけれど、おそらくマジックヒステリシスとは単純な動作の有無ではなく、直前の動作の影響が残る……って感じのアレではないだろうか。普通だったら行きも帰りも経路に変化がないはずなのに、同じように動かしていても帰りにだけ変化が生じ、そして行き着く場所が変わってしまうというのなら、それはもう前回の結果が今回の結果に影響を及ぼしているとしか考えられない。
『えっとね、マジックコンデンサがあったでしょ? あれのおかげで魔力の充填、放出のタイミングがマジックコンデンサを着けてない時と比べてズレるの。あの交流魔力は正負を周期的に切り替えているから、それでマジックヒステリシスが生じるんだけど、マジックコンデンサが負のタイミングで貯め込んだ正の魔力を放出してくれるから……! あと、いい感じのタイミングで魔力の充填もしてくれるの……!』ってピアナ先生は必死になってマジックヒステリシスの原因とその防止回路の説明をしてくれた。
正直全然よくわかんなかったし、ブレイクダウン魔圧との関係もさっぱりだったけれど、これはきっと俺の脳みそが出来損ないのミジンコなゴブリン以下のクソだからだろう。本格的な座学をするピアナ先生はちょっと新鮮で素晴らしかったってことだけははっきりと覚えているけれど。
ちなみに、『マジックヒステリシスがあるってことは、魔力のロスがあるってことだから! 何とかして防止しなきゃいけないの! とりあえずこれだけは覚えておいてっ!』ってピアナ先生は最後に概要をまとめてくださった。非常にわかりやすいお言葉に全俺が癒された。
なんだかんだでちょっと早めに授業は終了。『ごめんね……先生はこれ以上、ちゃんとした説明は出来ないよぉ……』ってピアナ先生がめそめそしだしたためである。学生時代の地獄の実験を思い出し、悲しい気分になってしまったらしい。
もちろん、それを放っておく俺じゃない。秘蔵のおやつのクッキーをさりげなく差し入れする。『ホントありがと……』からの、『じゃむくっきぃ……じゃ、ないけど……おいしぃよぉ……』って弱弱しく笑うピアナ先生が可愛かったです。
なお、『言い訳かもだけど、先生とグレイベル先生は実践派だからこういうのは本当に苦手なの。キート先生やアラヒム先生がバリバリの理論派かな。詳しい説明はキート先生に聞いてね?』とのこと。シューン先生は理論派よりの実践派で、ヨキが実践派よりの理論派らしい。で、ステラ先生とシキラ先生が理論も実践も高レベルなハイブリットタイプなんだって。さすがはステラ先生だ。
授業後、実験室へと赴きキイラムたちからレポートを返してもらう。黄色のレポート、ピンクのレポートが悲惨であるのは予想通りだったけれど、なぜか水色のレポートが返ってこない。
驚くべきことに、『うん、おめでとう。合格だ』ってキイラムに背中を叩かれた。『やりゃあ出来るじゃん? 無駄なことを書かずに、導かれる事実だけを書けばいいんだよ』とのこと。
割と適当に書いたつもりで出したのに、まさかアレでよかったとは。シキラ先生にカチコミをかけた意味がなくな……りはしないか。
水色のレポートが合格になったのは俺、クーラス、あとアルテアちゃん。ジオルドはその場で修正すればすぐに受け取るって言われていて、実際ちょちょいと直してすぐに合格を貰っていた。他のメンツも比較的軽微な修正だけらしく、『これならすぐに直せるよ!』ってロザリィちゃんも嬉しそうに笑っていた。最高の笑顔だった。
ティキータの連中もそんな感じ。俺やクーラスみたいなパターンはいなかったけど、ジオルドパターンは何人かいた。やっぱりみんな、なんだかんだで行きつくところは同じだったらしい。『例年よりちょっと遅め……いや、こんなもんか? 合格が一人出てくるとどんどん続くんだよな』ってキイラムは言っていた。
そうそう、『……ほらよ、例のブツだ。シキラ先生から預かってきた』って例のブツを貰った。『苦労しただけの成果にはなったか?』って聞かれたので、『おい、それは共通財産だろ!』って群がってきたティキータの連中と中身を確認してみる。
製図の課題も、過去の実験レポートも、試験の過去問もあった。今回のマジックヒステリシス云々についてもしっかり記載されている。ひゃっほう。
『これで……なんとか生き残れる……!』ってゼクトも嬉しそう。『これでお休みの日にデートできるね!』ってライラちゃんがうっかり口を滑らせて真っ赤になっていた。俺たち、もしかしてこの二人のイチャイチャのためにあんな死闘をする羽目になったのだろうか?
もちろん、ノエルノ先輩には『あの時助けてくれてありがとうございました。今度何かお礼をさせてください』って言っておいた。ノエルノ先輩、『後輩を助けるのは先輩の役目だし、私自身、シキラ先生に一発くらい魔法を撃ちこみたかったからね。気にすることはない……って言いたいけれど、プリンを作ってくれると嬉しいかな?』って穏やかに微笑んでいた。
『あんなに鏡を展開し、一つ一つを精密に操作できるのもすごいですし、多重コーティングで破壊魔法を防ぐってのもノエルノ先輩の案なんですよね?』って嘘偽りない称賛の言葉を送ったんだけど、『あの手の話は授業でも習うことだし、ティキータのみんなが魔力コーティングを頑張ってくれたからね。私の鏡魔法だけじゃ無理だったよ』ってノエルノ先輩は謙虚な姿勢を崩さない。
これが本物の先輩の風格って奴だろうか。憧れるってのは、きっとああいう感情のことを言うのだろう。
ちなみにだけど、そんな姿を見習わせたいどこぞのロリコンは、『カッコつけてるけど、こいつ、お前らがいなくなった直後に盛大に鼻血を噴いてぶっ倒れたからな。どんだけ見栄っ張りだってんだよ』って腹を抱えてゲラゲラ笑っていた。
『……怒るよっ!』って言葉と同時に鏡が数枚頭に叩き込まれていたのは書くまでもない。書いたけど。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。今週は罠の準備に始まり、アビス・ハグとふれあい、そしてシキラ先生とガチバトルまで行うというかなりハードなスケジュールだった。おまけに来週は普通に試験。やらなきゃいけないことは多いし、疲労もたまっているけれど、なんとか頑張っていきたいと思う。
ギルは健やかにクソうるさいイビキをかいている。キイラムをしたたかに打ち付けた際に砕けた鏡の欠片でも鼻に詰めておこう。おやすみ。