40日目 発展魔法陣製図:マジックスパーギヤの製図【2】(自由への反逆)
40日目
ギルが俺に抱き付いていた。地味に花のいい香りがするのが最高にイラつく。
ギルを起こして食堂へ。今日は景気づけとして、朝から贅沢にエビフライをチョイスする。こんな時間のオーダーにも関わらず、『学生が食べたいものを食べさせるのがあたしらの仕事だい!』って出来立て熱々サクサクのエビフライを作ってくれたおばちゃんにマジで感謝。あの人、下手したら一番この学校で頑張ってる人かもしれない。
なお、エビフライを喜々として食していたところ、『きゅ! きゅ!』ってちゃっぴぃにエビフライゲームをせがまれたため、しょうがなく乗ってやることにした。あの野郎、ゲームの趣旨をわかっていないのか、二回とも普通にバクバク食べてきたんだけど。
ちなみに、三回目は『いざ、尋常に!』ってちゃっぴぃの後ろに並んでいたロザリィちゃんとプレイした。今日も今日とてマジプリティ。あの笑顔だけで一日ハッピーになれるといっても、決して過言じゃないだろう。
結果? 最後に甘い香りと柔らかい感触があった、とだけ。乳臭いガキのそれとは比べるのもおこがましいくらいだったよ。
そうそう、大事な事なので『ルマルマの誓いすんぞ』ってみんなに号令をかけた。どうやらこの一言で今日が決行日だということをみんなが察したらしく、『……いよいよ、だな』、『必ず、成功させるぞ』、『これが終わったら……伝えたいことがあるんだ』って言いながらギルの大皿から一つずつジャガイモを取って食していく。
書くまでもないだろうけど、ギルは普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。みんなが一個ずつジャガイモを取っていっても、まるで気づいちゃいなかった……いや、むしろ、三十個程度は誤差の範囲ということなのだろうか。実際、マジでそれくらいの量はあるし。マジであいつの胃袋どうなってんだろ?
あ、そうそう、例のデザートも食しておいたよ。ただ、こちらに関してはお薬と一緒に食べるか、後に回すってことでみんなで合意したけれど。普通に食べたら大変なことになっちゃうもんね。
さて、今日の授業はシキラ先生の発展魔法陣製図。『おーっす、今日も今日とて書きまくろうぜ!』って先生はいつも通り上機嫌に製図室に入ってきた。
で、最初のお話が始まる……前に、手を挙げて発言の許可をもらう。『どうした、何かあったのか?』って聞かれたので、『課題の件なんですが、魔系らしくきちんと最後までやり通す──そういう認識でよろしいですか?』と聞いてみた。
『おう、男に二言はねえぞ? 俺も、お前もな?』と微笑まれたので、『目的のためなら手段を選ばない──それこそが、魔系ですよね?』と続けて質問。
『ああ、その通りだ。さらに付け加えるなら、例え死んでも杖を離すなってのが魔系の美学だ』ってシキラ先生は何かを察したように杖をちらつかせる。そして、『──言いたいことがあるんだろ? 言ってみろよ』って、挑発的にこちらを見つめてきた。
そんなわけで、『言いたいことなんてありません──魔系なら、行動で示すだけです』って指ぱっちん。あらかじめ先生の椅子に仕込んでおいたクーラスの罠魔法(俺の付与魔法による強化済み)がシキラ先生を拘束。仕掛けたこっちがびっくりするくらいに魔法でガチガチになっていた。
『な、ん……ッ!?』ってシキラ先生が声を上げるのと、俺たち全員が杖(一人だけ拳)を先生に突き付けるのはほぼ同時。『──わかってますよね? 製図課題と、それから実験レポート……過去の資料とか、あるんでしょう? ああ、ついでに試験の過去問も頂きましょうか』ってクレバー&ダークに微笑んでおいた。
試験やレポートでヤバいなら、答えを奪えばいいじゃない。俺が──俺たちが導き出した結論はそういうことであり、そのための準備は全部やった。土日の間の仕込みはすべて、シキラ先生から過去の資料を奪うためのものだったのだ。
しかし、さすがというべきか、シキラ先生は一瞬で落ち着きを取り戻す。『──そういうの、嫌いじゃあねえ。正直最近はイイコちゃんばかりで退屈していたところだ。お前みたいに刃向かうやつを、俺は確かに心待ちにしていた』と拘束でガチガチになっているのにもかかわらず余裕そう。
そして、『俺に勝てたら、チャンスはなくはない。だが──ここで魔法をぶっ放してみろ。製図台も、今ここにあるお前らの課題も、何もかもがおしゃかになるぞ? ──それでいいならやってみろ』って挑発してきた。あれだけ杖を向けられていたのに、あの人どれだけ自信にあふれているのだろうか。
もちろん、先生直々の許可を得られたので遠慮なく魔法をぶっ放させてもらうことに。吸収魔法、召喚魔法、連射魔法、罠魔法、具現魔法、愛魔法、射撃魔法、変化魔法、呪、刃魔法、音魔法、雲魔法、針魔法、鍵魔法、食魔法、環魔法──さらには製図室中に仕掛けておいた大連鎖魔法陣、連結複合魔法陣による魔法がシキラ先生を襲う。
そりゃもうびっくりするくらいの爆音。文字通り製図室の壁を吹っ飛ばした。ただ、残念ながらシキラ先生は無事であるようで、『てめえらマジでやりやがったな……ッ!?』って空中でぴんぴんしてる。シャツにちょっと皺がよったくらいで、特にダメージを与えられた様子はない。
拘束されたままの状態で外の地面に降り立ったシキラ先生は、『おい! 製図室を壊したってのがどういうことかわかってんのか!? てめえ、俺の責任問題になるんだぞ!』ってガチギレ。そして、ガチギレした瞬間に『うっ……!?』って膝をつく。
何のことはない。今日の先生の朝のデザートのプリンに、ちょっとだけお薬を盛らせてもらっただけである。例の魔系殺しの薬とギル要素をステキにミックスした代物で、形態としてはプリンのエッセンスとまるで変わらないというスペシャルな代物ね。
書くまでもないだろうけど、おばちゃんに渡したアレである。おばちゃんが約束通りアレでプリンを作り、そしてシキラ先生がそれに飛びついてくれたのはまさに読み通り。おばちゃんは最近プリンづくりに凝っているって話をしていたし、シキラ先生も多少フレーバーが違っていたところで特に気にしなかったはずだ。自分の計算がドンピシャすぎて怖いぜ。
さらにさらに、俺はここでステキな追加情報もプレゼントする。皆と共に空いた壁から外に出て(飛べる奴が飛べない奴を補助した)、『製図室を壊した? よく見てくださいよ』って今出てきた場所を指さす。
『なん、だと……!?』ってシキラ先生は呆然。俺たちが出てきたところは、製図室じゃあなくて、その隣の──空き教室だったのだから。
『幻覚魔法……!? 嘘だろ、たかだか二年生のガキの魔法に俺が騙された……!?』ってシキラ先生は信じられないものを見たかのように俺たちを見てきた。もちろん、俺たちがシキラ先生を騙せるほどの効果を持つ幻覚魔法を使えるはずがない。
この幻覚魔法を使ったのは、ステラ先生だ。この前のあのとき、パレッタちゃんはステラ先生に『製図室でヴィヴィディナが粗相をしたから、綺麗にするまでこっそり空き教室を製図室に見えるようにしてほしい』って頼んだんだよね。
俺たちがやったのは、人目を盗んで空き教室に魔法や罠を仕込み、シキラ先生を呼び出したという、それだけのことである。これだけでもう、シキラ先生は【なぜか空き教室に向かい、なぜかその教室の壁をぶち破り、そして動けなくなっている間抜けな教師】ということになる。学生部とあんまり仲良くないみたいだし、俺たちが口裏を合わせれば後はもう大丈夫だろう。
で、『ご心配なく。責任問題にはなりませんよ。ただ、少しだけ大人しくしてもらいたいだけです』って優しく杖を向け、『一応、これもつけてもらいましょうか』って懐からあるものを取り出した。
あるものとはもちろん、ステラ先生が着けていた魔法の枷──の、レプリカである。先生がお昼寝している間、俺&ジオルド&ギルで頑張って作ったんだよね。
『やってくれたなァ……!?』ってシキラ先生は激昂。ただ、興奮したせいで余計に魔系殺しの薬が回ったらしい。そうでなくとも、魔法の枷を付けられたせいで体が重いのだろう。普段つけている分に加えてさらに新しいのを付けられたとなれば、もうろくに魔法は使えないはずだ。
ちなみにだけど、レプリカは本来のそれほどの力はない。けれども、俺とギルの吸収魔法&寄生魔法が入っているから、着けているだけでじわじわと魔力を奪われていくグレートな仕上がりになっている。おまけにあくまでレプリカかつオリジナリティもあるため、ステラ先生の責任問題にもならない。配慮が行き届きすぎている自分が怖いぜ。
ただまぁ、それでなお、シキラ先生は諦めが悪かった。薬&枷でろくに動けないだろうに、懐から触媒を取り出そうと手を動かす。すかさずポポルが『それ、もーらいっ!』ってくすねて、パレッタちゃんが『呪っちゃえば触媒なんて使い物にならないよね!』って触媒に呪いをかけたけれど。
ろくに魔法は使えない。頼みの綱の触媒も使えない。今回はきちんと事前準備をしたし、詰めが甘いところも無い。何をしでかすかわからないクレイジーが相手とはいえ、完璧な仕込みだと評価せざるを得ないだろう。
──そう思っていた、俺がバカだった。
『く……くく……ッ』って先生が唸り声を上げていたのね。俺ってばてっきり、悔しくて歯をギリギリしているものだと思っていたのよ。自分で言うのもなんだけれど、グランウィザード相手にここまで完璧に策が通って、ほぼ無力化したようなものだったからさ。
たださ、『くく……くくく……あーっはっはっは!』ってシキラ先生がすんげえ笑い声をあげたの。マジで腹を抱えてゲラゲラ笑っていたの。もうね、ルマルマのみんながぽかんとしていたよね。
『いやはや……! 腹の底から笑わせてもらったぜ……! ここまでやったのも、ここまで笑わせてくれたのもてめえらが初めてだ! これだけでもう、何もかも許してやりたくなっちゃうよな!』ってシキラ先生は眼に涙を浮かべながら笑う。そして、『だけど──まだまだ甘い』ってポポルがブルっちゃうくらいに悍ましい笑みを浮かべた。
『ただの強がりですね。触媒も無い、魔法もろくに使えないあなたなんて怖くもなんともない』って言い返す。が、『ちょうどいいハンデだな。──ちょっぴり本気になるけど、恨んでくれるなよ?』ってシキラ先生は目にヤバい光を宿した。
そして、『俺が触媒を使うのは──そうでもしないと手加減が出来ないからだぜ?』って杖も何も使えない状態で、魔法を放った。
『嘘だろ!?』ってクーラスの悲鳴。シキラ先生を拘束していたはずの罠魔法がぶっ壊れた。『これでも喰らうの!』ってミーシャちゃんが放ったクレイジーリボンが、一瞬でチリのようになる。ジオルドが具現魔法で具現化したダイダラボッチの大目玉も、アルテアちゃんの放った射撃魔法も、フィルラドが召喚魔法で呼んだ魔物たちも──何もかもが一瞬でチリとなり消え去った。
シキラ先生の得意魔法、破壊魔法だった。ありゃヤバい。
『オラオラどうしたァ!? もっと俺を楽しませてみろや!』ってシキラ先生は笑いながら魔法をぶっぱなしまくる。魔力そのものはほんのわずかのはずなのに、先生の破壊魔法は俺たちの魔法を尽く破壊しつくした。
どうやら魔法の性質として【破壊】があるらしく、基本的に何でもぶっ壊せるらしい。手加減できないって言葉のヤバさをここに来て実感する。
俺の吸収魔法で包み込めば吸収し尽くせる……って思ったけど、触れた瞬間に跡形も無くぶっ壊れる。ヴィヴィディナならあるいは……って思ったけど、破壊魔法に触れたヴィヴィディナの群体が『ギャアアアアアアア!』って悍ましい金切り声をあげて粉々になった。
それでもギルの筋肉ならなんとかしてくれる……と、ギルにアイコンタクト。ギルの奴、『オラァ!』ってシキラ先生に殴りかかった。シキラ先生も、『やっぱ男なら肉弾戦だよなァ!』って破壊魔法を体にまとってギルと拳を合わせる。
『ぐう……ッ!?』ってギルが押し負けた。拳の勢いを、威力をも【破壊】されたらしい。もちろん、拳にまとわせていた寄生魔法も破壊しつくされ、シキラ先生にはほぼダメージは与えられず。『拳の威力だけじゃ、お前は倒せないよな!』ってシキラ先生は満足そうだったけど、ギルの拳は破壊魔法により血だらけになっていた。
さすがにヤバい。破壊されなかったギルの拳がすごいのか、寄生魔法をぶち抜き、拳そのものの威力も破壊してダメージを与えた破壊魔法がすごいのか。いずれにせよ、グランウィザードの実力を体感した瞬間だ。
その後はもう、防戦一方。俺たちは何とか勝機をつかもうと各々で散り散りとなり、ゲリラ戦法的に逃げながら多角的に魔法をぶっ放しまくる。しかし、シキラ先生は『つまんねえ真似してんじゃねえよ!』って全部を破壊魔法で壊しつくした。
なんなのあの人? 性格的にクレイジーな奇策ばかり使ってくると思ったのに、普通に正面突破の正攻法で全部ブチ破ってきたんだけど。シンプルに強い故にもうどうしようもなかったよね。
途中、女子の一人が勇敢にも『う……撃てるものなら撃ってみなさい! 生徒をケガさせたらタダじゃすまないでしょ!?』って魔法を放とうとするシキラ先生の前に躍り出る。クレイジーリボンさえ跡形も無く消失させる魔法を生身で喰らえば、なすすべもなく死んじゃうことは確定的に明らか。誰もが先生は攻撃しないだろう──って思った。
が、『勇気だけは褒めてやるぜ!』ってシキラ先生は普通に魔法を放つ。女子の服(お腹の部分だけ)が破壊魔法で壊された。服だけを破壊するとか、意外と繊細で器用な真似をしやがって。
で、シキラ先生はにんまりと笑い、『次は全部を破壊する。俺的にはそっちのほうが──!?』……って言ってる間に『やれるもんならやってみろぉぉぉ! 責任問題にしてやらぁぁぁ!』って当の女子がそのまま先生に突っ込んで近距離から魔法をぶっ放した。
ここに来て初めての有効打。大したダメージは与えられなかったとはいえ、一撃を入れられたというのはかなり大きい。みんなの士気が回復した瞬間でもある。
が、『あっぶねえ……!?』って立ち上がったシキラ先生が魔法を放つと、追撃を加えようとしていた女子が『あ、え……?』ってぺたんとその場に座り込んでしまった。
『う、動いてよ……! 動きなさいよ、私の足!』って何度も立とうと頑張っていたけれど、ピクリとも動かない。もはやここまでと諦めがついたのか、自爆覚悟で杖を振ろうとするも、『させねえよ』ってシキラ先生が指先をちょいと動かした瞬間、だらんって腕も降りた。
『手足は封じた。もう大人しくしてろよ?』ってシキラ先生が女子に背を向け、俺たちに狙いを定める。『ひゃめるにゃぁ!』って女子は口で落とした杖をくわえ、魔法をぶっぱな──そうとして。
『油断ならねえよなあ、ホントに。魔系らしくて最高だ』ってシキラ先生が後ろを見ずに魔法を放つ。その波動が女子を包んだ瞬間、『ふにゃあ……』ってその女子はスヤスヤと寝こけてしまった。
明らかに破壊魔法じゃない。そもそもとして、破壊魔法は紫色だったのに今の魔法は緑色だ。どういうことなの?
『責任問題にされそうだから、女子は早めに退席してもらうぜ? セクハラはガチでヤバいんだ。俺のポリシーにも反する』ってシキラ先生はその緑色の魔力の波動を放出する。『みぎゃーっ!?』ってミーシャちゃんがやられ、『左腕をもってかれたッ!』ってアルテアちゃんが叫び、そしてパレッタちゃんが『この感じ……!』って使い物にならなくなった両足を抱える。
シキラ先生、疲労魔法の達人でもあった。充分手加減できるじゃねーかって思った瞬間だ。
『知ってるか? グランウィザードクラスともなれば、得意魔法が二つあったって全然おかしくないんだぜ?』ってシキラ先生は疲労魔法をぶっぱなしまくる。ちょこまか動いて連射魔法による牽制をしていたポポルもそれにつかまり、思いっきりずっこけて顔をすりむいていた。
『疲労魔法で動けなくして、そして破壊魔法で跡形も無くぶっ壊す。それが本来のスタイルだが……まぁ、今回はそこまでガチになれないし、薬や枷があるからこの程度だけどな!』ってシキラ先生は狂ったように笑っていた。あの人、生徒に向かってなんてことを言っているのだろうか。
こうなったらもう、最後の手段しかない。先生がジオルド&クーラスをいたぶっている隙をつき、ロザリィちゃんと愛のキス。初めて愛魔法を受けたときのことを思い出して愛を活性化させ、愛魔法仕込みの魔法を放った。
ただし、浮気デストロイじゃあない。
俺とシキラ先生が黒い茨の鳥かごに閉じ込められた。いつぞやアエルノのロベリアちゃんが使った、自分も攻撃できなくなる代わりに相手の身動きを封じるという薔薇魔法だ。
『お? なんか割と丈夫だな?』ってシキラ先生は破壊魔法をぶっ放す。愛魔法、吸収魔法、薔薇魔法、それにちょっぴりの寄生魔法で強化されていたからか、ビキビキとヤバそげな音がしたものの何とか鳥かごは壊れなかった。術者も何もできなくなるという条件付きの魔法であること、さらにはシキラ先生自身が弱体化されたうえでスタミナをそれなりに消費していたことも理由ではあるのだろう。
結局のところ、俺たちの目的は資料の強奪だ。時間さえ稼げればそれでいいのである。
『長くはもたない! 誰か早く盗って来い!』って声を上げる。ホントなら俺が動ければ一番なんだけれど、鳥かごに閉じ込められてるからしょうがない。
『そうそう、早くしないと──脱出しちまうからな?』って隣から聞こえてきた声を、俺は生涯忘れないだろう。
うん、普通に隣に先生がいた。自分の鳥かごも、俺の鳥かごもぶっ壊してこっちに来ていた。
ありえない。おかしい。派手な魔法を使った気配はまるでなかったというのに。周りで見ていた連中も、『わかんねえ! 破壊魔法じゃなかった!』、『そもそも魔力の気配をほとんど感じなかった!』って騒いでいた。
で、気づけばぽん、ぽん、ぽんと手足を叩かれる。途端に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまった。まず間違いなく疲労魔法。疲れて動けないってレベルじゃなかったよね。
『おっと、こいつを忘れちゃいけねえな』ってシキラ先生は俺の杖を奪い、『うぅ─っ!』って威嚇するロザリィちゃんに放り投げる。
そして、『どんな頑丈な魔法物体でも、設計強度に達する前の魔力でぶっ壊れることがある。長い時間のうちに何度も繰り返して魔力に晒されると、それが微小なものであったとしても、やがてモノそのものが疲労し、そこから亀裂が生じて壊れちまうんだ。これを魔法疲労破壊と呼ぶ。後期の授業で出るだろうからよく覚えておけ』と、いきなり謎の講義を始めだした。
『……もし、長い時間ではなく瞬時にギガサイクルの繰り返し浸食魔力を与えることが出来たなら? もし、その魔力が破壊魔法と疲労魔法だったら?』って続き──
『──壊せねえものなんて、ないんだよ』って締めくくった。その瞬間に、鳥かごの全てがチリとなって消えうせた。
さすがに冷や汗をかいた。あの人の魔法は確かにすごいけど、それ以上に微小魔力を瞬時にギガサイクル単位で与えられるほどの繊細な魔力コントロールがすごい。しかも、周りで見ていた俺たちに気付かれないくらいの小ささって言うから驚きだ。
しかも、今のシキラ先生は薬と枷でかなりバッドなコンディションになっている。……もし万全な状態で、周りにはっきりわかる大きさの魔力で魔法疲労破壊を使われていたら、一体どうなっていたのだろうか。
グランウィザードってこんな化け物ばかりなの? 正直、勝つビジョンがまるで見えなかったよね。
誰もが諦め、そしてルマルマのメンツが一人、また一人と倒れていく。後に残ったのは俺とロザリィちゃん、そしてギルだけ。俺はもちろん動けないし、ロザリィちゃんはかろうじて愛魔法で動けているような状態。ギルもボロボロだし、そもそもとして有効打を与えることが出来ない。
『ちったぁ楽しめたぜ──あばよ』ってシキラ先生が破壊魔法を俺たちにぶっ放す。どうやら俺たちが纏う愛魔法、吸収魔法、寄生魔法をぶっ壊し、魔法的に裸にするつもりらしい。
そして、ここに来て信じられない出来事が。
ああ、このままロザリィちゃんの腕の中で倒れるのも悪くない──と目を瞑ったら、『諦めないで! 信じて、いるんだからっ!』、『親友らしくないぜ!』ってボロボロの二人に突き飛ばされた。
どんっていう衝撃、そして体が浮き上がる感覚が妙にゆっくりに感じた。俺の目の前で二人がにっこりと笑い、そして破壊魔法に飲み込まれようとしている。
たしかに俺はその軌道から逃れられたけど、こんな結末なんて望んじゃいない。一人で生き残るくらいなら、ロザリィちゃんと、ギルと死ぬ方を選ぶ。もう二度と一人で生きたくなんてない。
でも、俺の体は動かなかった。心は今までにないくらいに昂っているのに、体はピクリとも動いてくれなかった。当然だ、疲労魔法でくたくたにされているのだから。
あれほど自分の無能さを呪ったことはないだろう。あれほどもっとまじめに勉強して修行しておくべきだったと思ったことも無いだろう。
そして、あれほど勝利の女神ステラ先生に感謝を捧げようと思ったこともないはずだ。
『グルゥォォォアアアア!』ってどこからか銀の狼が躍り出て、二人の首根っこをパクッてくわえ、その場から助けてくれたんだよね。
『てめえ──!?』ってシキラ先生はその狼に向かって魔法をぶっ放しまくる。狼は華麗に走り回ってそれを避け、負傷者たちをひょいひょいとくわえて回収していく。女子だけしか回収していなかったところを見ると、たぶんあいつオスなんだろう。
さすがにシキラ先生も倒れた(ひとまとめにされた)生徒を攻撃するつもりはないらしい。狼は少し嫌そうに俺を背中に乗せ、そしてシキラ先生の前をぐるぐる駆けて攻撃のチャンスを伺いだした。
──そして、それ自体がブラフだった。
『オーケー。準備は完了だ』ってどこからかノエルノ先輩が。『俺たち、仲間だろ?』ってティキータ・ティキータの連中が。『…アビス・ハグに抱きしめられて動けない。こいつぁ困った』ってアビス・ハグに抱き付かれながらも普通に歩いているグレイベル先生が。
いつのまにやら、俺たちを囲んでいる。
グレイベル先生の大地魔法により地面が隆起し、シキラ先生を取り囲む。狼がぴょーんと飛んでその壁の上に着地すれば、ピアナ先生の植物魔法による茨が土壁の囲いをより強固にし、逃げられないようにした。
『…一応、止めるスタンスだけはとっておかないとマズいんで』、『これに懲りたら、もう飲み会で変にエキサイティングしないでくださいね!』ってグレイベル先生とピアナ先生が苦笑していた。
もちろん、『なぁに、わかります! それに、ぶっ壊せばいいだけですからね!』ってシキラ先生が上に向かって破壊魔法をぶっ放す。しかし、『それ、頂きますよ』ってノエルノ先輩が鏡魔法で生み出した増幅反射大晶鏡で受け止めた。
破壊魔法なのに、受け止めていた。
『やっべぇ……!』って、ここに来てシキラ先生の笑顔が固まる。『オマケはまだまだありますよ?』って言葉に周りを見てみれば、さっきからぶっ放されていた破壊魔法はすべて多重展開された鏡で反射され、件の大晶鏡に集まり始めていた。
キンキンと絶え間なく反射することでタイミングを計っているらしく、あともう少しすれば全ての破壊魔法が同じタイミングで大晶鏡に集まることは確定的に明らか。
『こんなんでも、一応友達だからな!』ってゼクトが鏡に付与魔法をかけまくっていた。ティキータの連中も、自分の魔力で鏡を強化しまくっていた。どうやらあの多重展開された鏡すべてを何重にも魔力でコーティングしているらしい。
そしてついに、全ての魔力が大晶鏡に集う。『行っけぇぇ……!』ってノエルノ先輩が声をあげ、一点に集わせた破壊魔法をそのままそっくりシキラ先生に跳ね返した。
『……まぁまぁ面白かったぜ。今回はお前らの勝ちってことにしておいてやるぞ』って、意外にもシキラ先生は笑ってそれを受け入れる。文字通り、一切の抵抗もしていない。そのまま破壊魔法はシキラ先生を巻き込んで地面に衝突。
文字通り地面に大きな穴が空いていた。巨大なスプーンで抉ったかのように断面がきれいで、その場にあった土が完全に消失していた。破壊魔法マジヤバい。
いくらシキラ先生でも、さすがにこれじゃあ死んでしまったか──と思いきや、『いや、あの人はこの程度で死ぬタマじゃない』、『ガウ!』ってノエルノ先輩、そして銀の狼が声を上げる。
実際、『…この処理、どうします?』、『できれば全部先生にお任せしたいんですけど……』、『まぁまぁそう言わずに! 地面を均すくらいはお願いしますよ! 私たちの仲じゃないですか!』ってシキラ先生はピンピンしてグレイベル先生たちと話していた。
その傍らには大きな大きな禁晶蜘蛛──ルンルンがいる。どうやら最後の瞬間、ルンルンが糸を飛ばしてシキラ先生を引っ張り出したらしい。『この子、私たちが来る前からこの場で周りを見張っていたよ。学生部に気付かれないようにするのと、周りに変な被害が起きないようにしていたんだろうね』とはノエルノ先輩の談。
『ついで、いつでも君たちを襲えていただろう。シキラ先生はいつでもこの子をけしかけられたわけだし』って言葉を聞いて、最初から最後までシキラ先生に遊ばれていただけだと理解した。
ちなみにだけど、『この前のキミの言葉が気になってね。それとなく鏡を外に飛ばして見ていたらあんなことになっていたから、急いでやってきたんだよ』ってノエルノ先輩は言っていた。そこで隠れて作戦を練っていたティキータの連中と合流し、あの鏡魔法を展開しつつチャンスを伺っていたそうな。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。結局今日はほぼ一日シキラ先生と戦っただけだった。製図には一切手を付けていないのにここまで疲れるとはいったい誰が思ったことだろう。いつものお風呂がいつも以上に心地よく感じたっけ。
あ、そうそう。例の課題の資料だけれど、明日以降に貰えるって話になった。『それなりに楽しめたからな! 二年生なのにここまで楽しませてくれたのはお前らが初めてだぜ!』ってシキラ先生は言っていた。これ、三年生以上はもっとヤバいことをしでかしたって認識でいいのだろうか?
ちょいとまとまりがないけれど、ずいぶんと長くなったし疲れてもいるからここまでにしておこう。まとまりがないって書いたそばからアレだけど、あの狼って結局なんなんだろう? 今日も最後までミーシャちゃんが愛おしそうにぎゅーっ! って抱きしめたりほおずりをしたりしていたっけ。
ミーシャちゃんは狼に抱き付きながら羨ましそうにノエルノ先輩を見ていたんだけれど、俺の中のエンジェルがノエルノ先輩の使い魔じゃないって囁いているんだよね。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。なんだかんだでこいつもボロボロだ。でも、破壊魔法をまともに喰らってケガをするだけで済むなど、唯一普通に対抗できていた。ギル自身のレベルが上がれば、あるいはシキラ先生を普通にぶん殴ることが出来るのかもしれない。
一方で俺は、ほとんど何もできなかった。得意魔法であるはずの吸収魔法は尽く破壊しつくされ、最後だってロザリィちゃんとギルにかばわれる始末。ノエルノ先輩たちが助けに来てくれなかったらと思うと、今でも自分の情けなさに吐き気がしてくる。
ちょっとは強くなったと思い上がっていた自分が恥かしい。もっともっと魔法を覚えて、経験を積まなくては。先生に勝てるくらいに、いや、先生を余裕であしらえるレベル──いやいや、グランウィザードの集団をあくびしながら倒せる力をつけないと、ロザリィちゃんを護るなんて夢のまた夢だ。
ナターシャにも、ミニリカにも、テッドにも、ヴァルヴァレッドのおっさんにも──宿屋の連中の全ての得意分野で勝てる実力が欲しい。宿屋の連中がまとめて襲い掛かってきても倒せる実力が欲しい。欲を言うのなら──マデラさんに勝てる実力が欲しい。
それくらいじゃなきゃ、ロザリィちゃんを、ちゃっぴぃを、ステラ先生を全ての脅威から守ることなんてできないはずだ。
戒めを込め、ギルの鼻には俺の怒りと憤り、そして誓いの意志が込められた吸収魔法を詰めておく。
強く、ならなきゃ。
20180509 サブタイトル修正