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4日目 危険魔法生物学:アンブレスワームの生態について

4日目


 奴の鼻から干乾びた腕がこんにちわしている。とりあえず握手して窓の外へとブン投げた。……前にも似たようなこと、あったような?




 書くのがすこぶる辛い。精神的にかなりキツい。だけれども、気を紛らわせるためにもちゃんと書こうと思う。


 ギルを起こして食堂へ。最近あったかくなってきたからか、起きるのがすこぶるつらい。お布団さんがマジぬくぬくでずっと引き籠っていたくなる。まあ、そんなことしたらマデラさんの地獄の百連ケツビンタが飛んでくるんだけどさ。


 朝食はシリアルをチョイス。なんとなくそういう気分だったので、ちゃっぴぃにシリアルの配合を任せてみた。あの野郎、『きゅーっ♪』って笑いながらいろんなものを適当にぶち込んでいく。しかも何を思ったか、ミルクを注いだ後にギルのジャガイモをぶち込もうとしてきやがった。


 もちろん、『それはお前が喰え』って嫌がるやつを押さえつけて無理やり口に入れる。『きゅぅぅぅぅ!』って思いっきり泣いて暴れられたけど、これも躾の一環だからしょうがない。優しいロザリィちゃんが『私もはんぶん食べてあげるから、ね?』ってミルク浸しのジャガイモを半分請け負ってくれていた。


 『ロザリィちゃんが無理することはないよ?』って言ったら、ロザリィちゃんってば『……わ、私も同じように食べさせてほしいな?』って上目づかいで甘えてきた。あまりの可愛さに心臓が破裂しそうになる。どうしてロザリィちゃんはこうもかわいいのだろう。あ、ロザリィちゃんだからか。


 なお、直後に『こんの、バカ娘がっ!』ってアルテアちゃんがロザリィちゃんの頭をぺしっとはたく。『きゃんっ!?』ってロザリィちゃんが可愛い悲鳴を上げた。ミーシャちゃんが『おこちゃまの教育に悪いの!』ってぷんすか怒り、パレッタちゃんが『ママの色欲、ごちそうさまです♪』って昂るヴィヴィディナ(ムカデ形態)にロザリィちゃんのそれを捧げていた。


 そしてちゃっぴぃは、『ふーッ!』って俺の顔面をおもっくそひっかいてきやがった。クラスの男子の連中(特にクーラスとジオルド)も『朝からイチャつきやがって……ッ!』って舌打ちしてきやがった。なんで俺がこんな目に合うのか、まるで理解ができない。


 今日の授業は危険魔法生物学。担当は……前回に引き続き、頼れる兄貴グレイベル先生と我が天使ピアナ先生。ひゃっほう。


 『今年もみんなの担当になれたよー!』って女子たちとぴょんぴょん飛んで喜ぶピアナ先生がめっちゃかわいかったです。


 さて、この危険魔法生物学だけれど、基本的には今までの魔法生物学とあまり変わらないらしい。ただ、今まで以上に危険な魔法生物を扱うことになるから、ゆめゆめ油断はするなってグレイベル先生が言っていた。


 ……今までもかなり危険な生物を扱っていたと思うんだけど、その辺はどうなんだろうか。


『…前もそうだったが、今回からはより怪我をする機会も増えるし、精神的につらいことも多くなる。ちょっとの油断で自分だけでなく周りも怪我をさせてしまうこともある。だから、授業中は絶対にふざけるな。そしてもし、この中でどうしようもなく仲の悪い人間がいたとしても、この時間だけはそれをすべて忘れろ。決していがみ合ったり邪魔しあったりするな。…もしそんなことがあれば、俺の実力を持ってそいつらはこの場より排除する』


 ……ってグレイベル先生が話してくれたんだけど、最後の瞬間のガチ殺気がヤバかった。クラス全員硬直したし、正直俺も足がちょっとブルッた。マジで一瞬殺されるかと思うくらいに先生の表情が怖かった。


 ピアナ先生は『ちょっと大げさに脅し過ぎだけどねー』ってのほほんとしてたけど、あの殺気を受けてのほほんとしていられるってすごいと思う。


 前置きが終わったところでさっそく今日の授業。今日のテーマはアンブレスワームっていうミミズっぽいような芋虫っぽいような何か。丸々ぷっくり太っていて、全身は鮮やかな黄緑をしている。所々にオレンジの斑点があり、その上さらになんかぬちょぬちょしたのを全身から分泌していた。


 ありていに言って、ミミズと芋虫の気持ち悪いところを合体させて濃縮させたようなやつ。大きさこそ普通のサイズだったけど、限りなく気持ち悪い。パレッタちゃんだけは狂喜乱舞していたけれど。


 とりあえず、授業メモを以下に記しておく。



・アンブレスワームは魔法蟲の一種である。主に森の奥深くに単独で生息し、何もなければ小さな縄張りの中でゆっくりと過ごしていることが多い。動きは非常に遅く、通常時は普通の虫となんら変わらない。とりあえず出来るだけ関わるな。


・アンブレスワームは幼虫形態(通常時)と成虫形態(激昂時)の二つの姿を持つ。しかし、通常の昆虫に見られる変態を行わず、条件を満たさなければ一生幼虫形態であることもある。何をしてでも関わるな。


・アンブレスワームは全身から粘液を分泌しているが、これは体表を外部刺激から守るためである。この粘液は非常に敏感であり、過度な物理的刺激、魔法的刺激、そして乾燥が起こるとたちまちのうち活性化し、アンブレスワームを成虫へと変化させる。命が惜しければ関わるな。


・成虫になったアンブレスワームは非常に凶暴である。見つけたらさっさと逃げろ。


・魔物は敵。慈悲はない。



 意外にもスカスカな説明にびっくりする。なんかヤバそげってのは伝わってくるものの、どんな生物なのかってのがあんまりよくわからない。危険な魔法生物なんて腐るほどいるし、具体的にこいつにはどんな特徴があるというのか。


 そんな風に思っていたら、『…見たほうが早いな』ってグレイベル先生がなんか特殊な虫篭を持って来て、その扉を開けた。中からはうじゃうじゃとアンブレスワームが出てくる。ちょうキモチワルイ。


 なんかちょっと体表が赤っぽくなっていると思ったら、『…成虫になる寸前までストレスを与えてある』って先生が教えてくれた。それって大丈夫なのだろうか。


 『…アンブレスワームの成虫への変態メカニズムは、その分泌液が大きな影響を持つ。具体的には、分泌液の刺激を通してアンブレスワームは危険を察知し、凶悪で強力な成虫へと変化する。…だからこそ、森の奥深くという、分泌液が自然には乾燥せず、敵も比較的少ないところに生息する』ってグレイベル先生は話を続ける。


 なんかよくわかんないけど、成虫にしたらまずいって話だったので、『じゃあ安全な幼虫の間に殺せばいいんじゃないんですか』って質問してみる。


 すると、『…こいつを始末する方法は限られている。物理的刺激はダメだし、魔法による攻撃もダメだ。それをしたが最後、こいつらは七日七晩大暴れし、近隣地域に甚大なる被害をもたらす』との返答が。何それすっごくデンジャラス。


 聞けば、成虫のアンブレスワームはカマキリとカブトムシとハチをミックスしたかのような姿らしく、魔法耐性も抜群で、全生命力と怒りのエネルギーをそのまま破壊衝動に置き換えて行動するらしい。目につくものを手当たり次第にぶっ壊し、七日七晩暴れに暴れ、最後は自爆して卵をそこら中にまき散らすそうな。


 『…だが、幼虫の間に殺すってのは間違っていない』ってグレイベル先生はアンブレスワームの前で、こう、四つん這いになる。いきなり何をするのかと思いきや、驚くべきことに先生はそのままアンブレスワームに顔を近づけ、頭からばくっとかみ砕いてしまった。


 俺たちがドン引きする中、先生は口の端からオレンジ色の液体を垂らしつつ、それをゆっくり咀嚼する。で、ごくっと喉を動かし、青臭くて吐き気のするような吐息を漏らしながらこう告げた。


『…魔法がダメなら物理的手段を。過度な物理的刺激がダメなら大きくない物理的刺激を。乾燥がダメなら、呼気でそれを防げばいい。これが一番、安全かつ確実な方法だ』


 いや、ヤバいって思ったね。確かにその通りではあるんだけど、だからと言ってあのワームを生きたままむしゃむしゃするっていう発想がおかしい。女子の大半がこの段階で涙目だったし、男子も吐きそうな顔をしているやつが何人もいた。


 そして、俺たちの目の前には怒りのボルテージマックスのアンブレスワームがうじゃうじゃいる。『…もう、わかるな?』とグレイベル先生。戦慄が走ったよね、うん。


 『……ほ、本気なの?』ってミーシャちゃんがピアナ先生に問いかける。ピアナ先生、困った様に笑いながら『嫌かもしれないけど、必要な事だから』って自分も四つん這いになった。


 そして、んべって舌を出して、地面を這うアンブレスワームを舌でちょいちょいと突き、パクッと食べた。


 ざわっとした声が上がる。あのピアナ先生が這いつくばり、口の端からワームの体液を垂らしている。『やるべきこととやりたくないことは別物。大丈夫、毒はないし死にはしない。慣れれば楽勝だから』って疲れたように笑っていた。


 『優しく舌で絡めとるようにして食べるのがコツかな?』って言ってたけど、その瞬間を正面で見られなかったことがひどく残念だ。まぁ、あの時は皆そんな浮ついたこと考える余裕なんてなかったんだけどさ。


 さて、ピアナ先生がそこまで覚悟(?)を示したからには俺たちもやらないわけにはいかない。みんな適当にアンブレスワームの前で四つん這いになり、そのタイミングを計る。


 もちろん、中々実行に踏み切れないやつが多数。せめて手が使えればいいのに、と思わずにいられない。口だけしか使えないってなるとどうしても無様でやりづらい体勢になっちゃうし。


 そもそも、あんな気色悪いものを食べろってこと自体に無理がある。


 で、とりあえずぱくっとやってみたけど、口の中で暴れるし食感も最悪だし分泌液もゲロマズだしでこれ以上にないくらい不快だった。


 味そのものは普通の芋虫とあまり変わらないんだけど、青臭さと生臭さがミックスされて今まで体験したことのないゲロマズさと異臭を醸し出している。しかもなんだか妙にクリーミー。おまけに見た目通りねばねばで、喉に絡みついてすごくむせる。


 さっさと噛み潰そうとしたら、『…ゆっくり噛み潰さないと成虫になるぞ』ってグレイベル先生に言われる。一気に噛むと過度な物理衝撃として認識され、アンブレスワームが変態してしまうらしい。もちろん、口の中で成虫になられたら俺の命の保証はない。


 『…じっくり、大好きなものを味わってかみしめるかのようにするのがコツだ』とはグレイベル先生の談。こんな生き物を生み出した神様を呪いたくなった。


 こうね、もぞもぞ動くのをゆっくりゆっくり、ぷち……って噛み潰すの。ぎゅっと静かに圧死させる感覚って言えばいいのだろうか。一回噛むたびに体液がどぴゅって出てきて口からあふれるし、完全に殺さないまま飲み込むのも危ないし、口の中に爆薬を入れられてるみたいなもんだし、俺にはあの不快感をこれ以上書き表すことは出来そうにない。


 とりあえず、完全に死ぬまで丁寧にゆっくり全身を咀嚼しなきゃいけないってことだけは覚えておいてほしい。それがどれだけの苦痛なのかは、体験したやつにしかわからないだろう。おまけにあいつ、無駄に生命力が強かったんだよね。


 さて、俺とギルとパレッタちゃんは普通にクリアできたんだけど、他のメンツはみんなためらっていた。『…単位はいらないのか?』って言葉でようやくフィルラドとポポルが動いたんだけど、それでもワームに口をつけることができない。


 長い長い時間のあとにようやく口に入れるところまで行ったと思ったら、そこからもまた長かった。必死になってさっさと噛み潰そうとするポポルを、グレイベル先生は『…死にたいのか?』と顎を力づくで押さえて止める。ポポルはじたばたもがいていたけど、当然先生の拘束から逃れられるはずもない。


 つーか、ガチでみんな泣いていたよ。泣きながらワームを咀嚼していたよ。俺、なんだかんだみんながあそこまで泣いているのって初めて見たと思う。


 男子はまだマシだったんだけど、それよりひどいのが女子たち。みんなガチ泣きで、どうしても出来なくて、それでもがんばってがんばって……やっぱりだめで、上手く口に入れる覚悟が無いために、顔中を泥だらけにしている。


 アルテアちゃんもミーシャちゃんも泣いてたけど、一番ひどかったのはロザリィちゃん。虫が大嫌いなのに、こんなことをしなくちゃいけないのだ。泣きたくなるのも頷ける。


 冗談抜きに怯え切った表情をしていて、涙をポロポロ流していて、『助けて』ってこっちに視線で訴えてくるの。でも、『助けたら全員退学にするから』ってピアナ先生もグレイベル先生も俺に言うの。


 『ごめんね、ごめんね。辛いだろうけど、やらなきゃいけないことだから……』ってピアナ先生も泣きそうになりながらロザリィちゃんを諭しているの。それを見て、なんかもう俺まで泣きそうになった……っていうか、見ていられなかったよ。


 で、ピアナ先生に押さえつけられ(?)、さらには舌をぐいって引っ張り出され、半ば無理矢理ロザリィちゃんはアンブレスワームを口にした。


 『~っ!』って泣いて暴れて抵抗しても、『今吐き出したりしたら死んじゃうよっ!』って先生に押さえつけられいるものだから、言われるままにゆっくり咀嚼するしかない。


 最終的に、全員ボロボロになりながらもアンブレスワームを処理することに成功。終わった後、ロザリィちゃんは気絶していた。『がんばったね……!』ってピアナ先生は泣きながらロザリィちゃんの頭を撫でていた。


 あまり詳しく書くのは憚られるけど、女子の大半がその場で吐いていた。残りの人は物陰で吐いていた。というか、吐いていなかったのは俺、ギル、パレッタちゃん、ジオルドくらいだと思う。


 『…すまんな』って最後にグレイベル先生が頭を下げた。口直しのミックスジュースを受け取りに行ったとき、『仕事ですし、しょうがないですよ』とフォローを入れておく。『…そう言ってもらえると、助かる』ってグレイベル先生は言っていた。


 余裕のあった俺にはわかる。授業中ずっと、先生たちは心苦しそうにしていた。おまけにジュースを受け取った時だって、先生の手のひらにはくっきりと四つの内出血の痕があった。手を強く握りすぎたためだろう。嫌な仕事を押し付けられて、先生も大変だと思う。


 ふう。無駄に長くなってしまった。あの場を正確に書き表せたとはとても思えないけど、あまり詳しく書くとマジでグロテスクになるからここまでにしておこう。正直、俺も精神的にかなり疲れているんだよね。


 ロザリィちゃんの容体がちょっと心配。今日はほとんどの人が夕飯を食べずにそのまま部屋に引きこもっちゃったし。ロザリィちゃんは気絶したまま部屋に運び込まれてそのままな気がする。


 とりあえず、今日はもう何も考えたくない。危険でヤバい授業だって聞いていたけど、まさかここまでとは。大きなイビキをかいて寝ているギルの鼻には安らぎの花を詰めてみた。


 明日にはみんな元気になっていますように。おやすみなさい。

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