38日目 魔力学:テスト前自由演習
38日目
ギルの歯がきんぴか。なぜ?
ギルを起こし、レポートを提出するために学生部へ。今日も今日とて上級生&ピアナ先生は眠そうで、そして俺たち二年生はぴりぴりと殺気立っている。ティキータの連中は三回目のレポート(黄色)を忌々し気に提出していたし、バルトとアエルノの連中も何度も修正しすぎてボロボロになりつつあるレポート(水色&ピンク)を見て沈痛な面持ち。
『だいぶそれっぽくなってきたねー……』ってピアナ先生は可愛らしくあくびしながら言っていた。もうそろそろ、用紙を追加しすぎて長めの紐じゃないと束ねられないレポートが出てくるころだそうな。『二年生全員分に、修正込みのを含めた三回分くらいの量でしょ? 持って帰るだけでも一苦労だよー』とのこと。実際、宿屋のプロである俺でも一度にこの量を持ち運ぶのは無理だろう。
あ、そうそう。今日もやっぱりキイラムたちが『今日もステキなサービス労働だ』ってグチグチ文句を言っていたから、『おつかれさまです、よかったらどうぞ』って休みの間に作っておいたクッキーセットを渡しておいた。
『まずはお前が一口食え。話はそれからだ』ってすごまれたのが未だに解せぬ。あいつら俺のことを何だと思っているのだろうか。
ともあれ、言われたとおりに一口食べてみる。さすがは俺と言うべきか、サクサク感と優しい甘さのコンビネーションが最高だった。口当たりもいいし、何というか手が止まらなくなってくる。物欲しそうに見ていたちゃっぴぃにも与えてみれば、『きゅーっ♪』ってあいつは俺の指まで舐めてきた。
『えっ、マジで普通のクッキーなの?』、『その使い魔の食べかけをくれよ!』って驚かれたのが未だに解せぬ。『いや、昔、レポートの八つ当たりとして上級生にカチコミをかけた学生がいるって話を聞いたものだから……』ってノエルノ先輩が教えてくれたからいいけれど、もしかして俺って信用なかったりするのだろうか?
で、『これからも、何があっても普通に指導していただくか、温かく見守ってくださいね』と笑顔で伝えておく。『……なんだろう、凄く怖いよ』、『……えっ、死ぬ気? それとも学校辞めるの? もしそうなら、俺がその使い魔の面倒見てやるよ!』ってノエルノ先輩とキイラムに言われた。とりあえずキイラムには若ハゲの呪を放っておいた。
その後は食堂でサンドイッチを受け取るだけ受け取って例のカビ臭い教室へ。先生が来るまでの短い時間でなんとか腹に詰め込んでしまおう……と思ったけれど、やっぱりカビ臭すぎて食欲が激減。サンドイッチって元々匂いの強いものでもないし(だからこそチョイスしたんだけど)、どうしても食べようって気にはなれなかった。
そんなこんなをしている間にアラヒム先生の到着。確認するまでもないけど、今日の授業は魔力学ね。
さて、今日は一体何をするのかしらん、出来れば簡単な内容だと嬉しいな……なんて思っていたら、アラヒム先生は特大級のドラゴンの糞を投下してきた。
『今日は自由学習とします。魔力学の勉強に限りますが、各々好きなようにしてもらってかまいません。私はここにいるので、わからないことや質問したいことがあったら遠慮なくどうぞ。……この件で分かったとは思いますが、来週は中間テストを行います』……って、中間テストの宣告をされちゃったんだよね。
さすがにやべえって思った。レポートも製図も、やることなんて腐るほどあるのに一週間後にテストが待ち構えている。授業内容は今まで以上に複雑怪奇になっているのに、休日はレポートに付きっきりでテスト勉強の一つも出来ていない。
そう、来週はテスト週間なのに、俺たちはまるで勉強していないどころか、課題だってばっちり残っているのだ。これを絶望せずにどうしろというのだろうか。
ともあれ、嘆いていてもしょうがないので勉強を行う。必死になりすぎてすっかり忘れていたんだけど、机に置きっぱなしになっていたサンドイッチが目に入ったらしく、『……飲食は禁止なんですが』ってアラヒム先生が熱魔法を教室全体にぶっ放した。
突然の奇行に結界を張る余裕なんてあるはずがない。ちゃっぴぃをローブの中にかばい、ロザリィちゃんを抱きしめて、我が身を盾にするだけで精いっぱいだった。
が、全然熱くない。それどころか、なんかちょっと香ばしくていい匂いがする……というか、部屋の中のカビ臭さがだいぶ和らいでいた。
『今日だけの特別ですよ?』ってアラヒム先生がにっこり笑っていた。どうやら熱魔法でカビを焼き殺し、そしてサンドイッチを熱々の出来立てホットサンドにしてくれたらしい。
先生はサンドイッチをひとつつまみ、『ああ、賄賂を受け取ってしまいました。これで私もあなたたちも共犯です。……学生部にタレこんだら許しませんからね?』って顔に似合わないおちゃめな表情を浮かべていた。
あの人のこと、ちょっと見直したかもしれない。なんか普通に優しくてびっくり。『レポート作業にテスト勉強もしなきゃいけないのですから、これくらいのご褒美があってもいいでしょう。幸い、今年は脱落者も造反者もいないみたいですしね』って言っていた。
なお、これでゆったりとサンドイッチを食べられると思ったら、『すぐにカビ臭さが戻るのでさっさと食べてしまいなさい』と言われてしまった。実際、マジですぐにカビ臭くなってきたから困る。ちいちゃなお口でサンドイッチを食べていたロザリィちゃんは途中で涙目になり、その一口を飲み込むのにすごく辛そうにしていた。
ちなみに、ギルは『うめえうめえ!』ってバケツ一つ分のジャガイモを喜々として貪っていた。『それはもうつまみ食いと言うレベルじゃないと思うのですが』ってアラヒム先生がやんわりとたしなめていたんだけど、悲しいかな、普段こいつが食べる量を考えれば、この程度はおやつ程度にしかならない。
『先生……ッ! どうかこいつで見逃してください……ッ!』ってギルは大変葛藤した様子でジャガイモを先生に貢いでいた。もちろん、それは蒸かしただけのただのジャガイモである。アラヒム先生、ぽかんとした様子でそれを受け取っていたっけ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。内容が薄い気がするけれど、テスト勉強しかしていないしこんなものだろうか。今週はプランの実行もしなきゃいけないし、今日はさっさと寝ることにする。
ギルの鼻には教室の床に落ちていたこんがりジャガイモでも詰めておくことにする。なぜかすでにうっすらカビが生えているけど気にしない。みすやお。