37日目 下準備
37日目
ギルの筋肉の説得力が限界突破。これはもう頷くしかない。
ギルを起こして食堂へ。今日もやっぱり休日だからか人気は少なく、いる人たちも顔が暗い。バルトやアエルノの連中も終わらないレポートにすっかり参っているのだろう。元気なのはそこらを走り回っている使い魔たちくらいだ。
朝食はなんとなくサンドイッチをチョイス。景気づけのためにちょっと大き目な、肉と野菜がふんだんに使われているものを選んでみた。野菜のしゃきしゃき感と甘辛い味付けの施された柔らかい肉がパンの風味と絶妙にマッチしていてなかなかにデリシャス。ここ最近のサンドイッチの中で一番おいしかったかもしれない。
ギル? 『うめえうめえ!』ってジャガイモを食ってたよ。あいつ、一年前に入学してから毎日ジャガイモばかり食っているけどいい加減飽きないのだろうか。逆にジャガイモ以外を食べだすのも、それはそれで不気味なんだけれど。
そうそう、食後のゆったりとした時間を過ごしていたら、ロザリィちゃんが『うぇぇ……』ってカップをもって悲しそうな顔をしているのを発見。チラッとこちらと目があうと、『──くぅん……!』って縋るように目をぱちぱちさせてくる。いくらなんでも可愛すぎやしないだろうか?
ともあれ、事情を聴いてみる。『ブラックに挑戦してみたけど、やっぱりダメだった……』とのこと。やっぱりロザリィちゃんの舌はあまり苦いのを受け入れられないらしい。『眠気覚ましに良いって言うから、飲めるようにしたいんだけど……』とはロザリィちゃんの談。
とりあえず、『残すのはもったいないから、ね?』って渡されたそれをありがたく頂くことに。ナチュラルな間接キスや飲み回しに心臓どっきどき。もはや今更って感じではあるけれど、悲しいかな、俺は毎日ロザリィちゃんに惚れ直しているから、未だにこういう些細な事でも照れちゃうんだよね。
酷く残念だったのは、すでにそのカップの縁がちゃっぴぃのヨダレでレロレロになっていたことだろうか。『きゅぅぅ……』ってめそめそしていたけれど、苦いとわかっていてなぜロザリィちゃんの真似をしたのかまるでわからない。
午前中はロザリィちゃん、ギル、ちゃっぴぃと共にピアナ先生の元へ赴くことに。職員室にいるかも、って思ったんだけど、ロザリィちゃんが『この時間なら、たぶん準備室の方かも』って教えてくれた。
俺もあんまり詳しく知らないんだけど、ピアナ先生とグレイベル先生は仕事でよく使うからって準備室を半ば私物化し、俺たちで言うクラスルームみたいな存在としているのだとか。『お料理を教えてもらうのもいっつもそこなんだよ!』ってロザリィちゃんは言っていた。
で、準備室へ。ロザリィちゃんの言った通りピアナ先生とグレイベル先生がいた。グレイベル先生は『…ちょっと朝の運動をしていた』とのことで、目に見えてわかるほどに汗だくでシャツがぐっしょり。普通にぽたぽた床に滴るレベル。
ピアナ先生は春らしいファッションの私服姿で非常に可愛く、『グレイベル先生みたいなむっさい男って汗臭くてやんなっちゃうよね!』ってエンジェルスマイルを浮かべていた。
グレイベル先生が一息ついたところで(ロザリィちゃんの目を気にしたのか、隣の部屋で着替えていた。『いつもは私がいるのに脱ぎ出すんだよ!? それって酷くない!?』ってピアナ先生は怒っていた)お話タイムに。差し出されたお茶で唇を湿らしつつ、キリッと表情を引き締めた。
伝えるべき要件はただ一つ。『これからも、何があっても普通に授業をしてください』とだけ。あまりに当たり前のことだったからか、グレイベル先生はひたすら無言で、ピアナ先生は『……それ、だけ?』ってぽかんとしていた。そんな姿もエンジェルだった。
『もちろん、タダでとは言いません』って昨日大量に作ったそれをピアナ先生の前に置く。中身なんて見えるはずがないのに、ピアナ先生は『そ、それって……!』ってそわそわしだした。俺がこくりと頷くと、『せ、せっかくだからみんなで食べよっか!』って最後の自制心で言葉を紡ぐ。
『じゃむくっきぃ……!』って嬉しそうにクッキーを頬張るピアナ先生は、とってもとってもかわいかったです。
ともあれ、用件はこれで終了。大漁のジャムクッキーをお土産として渡し、お暇させてもらうことに。
『結局何だったの?』って最後にピアナ先生は聞いてきたけど、ギルが『親友の言葉通りですよ! これが証明っす!』ってマッスルポーズを取ったことで丸く収まる。『な、なんか知らないけどすっごい説得力……!』、『…一瞬まさかとは思ったが、この筋肉なら信じられるな』って二人ともが俺のお願いを疑うことなく受け入れてくれた。
午後はクラスルームでステラ先生が来るのを待つ。新しいクッキーを焼いていたところ、その匂いに釣られて『みんな、レポート頑張ってるー?』ってステラ先生がやってきてくれた。ひゃっほう。
もちろんというか、ステラ先生は笑顔を浮かべながらもどこかそわそわしていて落ち着きがない。クッキーの香りがするのに、俺たちが誰一人としておやつタイムをしていなかったのだから、ある意味当然だろう。
『先生、ここ教えてください! ここさえ終わればおやつなんです!』ってポポルがステラ先生に突撃。先生はにっこりと笑ってポポルの指導を行う……も、それが終わった頃合いを見計らってミーシャちゃんが『あたしもここわかんないの! 教えて、先生!』って休む間もなく突撃する。
最初はにこにこ受け答えしていたステラ先生だけど、おやつを焦らされまくったからか、『ね、頑張るのもいいけど、そろそろおやつにしない?』ってぎこちない笑顔で提案してきた。食欲に負けちゃうステラ先生も最高だと思います。
で、ここで計画通りおやつタイムに。『今日はちょっと奮発しちゃいました。お土産に渡す分もいっぱいあるので、遠慮なくどうぞ!』って俺が特製ジャムクッキーを貢ぎ、『最近納得のいくブレンドを見つけたんです。よかったらどうですか?』ってクーラスが爽やかにオリジナルハーブティーを貢ぎ、『いつもお仕事お疲れ様です……肩、凝っていませんか? よろしければ、揉ませてくださいませんか?』ってアルテアちゃんが穏やかに笑いながら先生の肩を揉む。
『じゃむくっきぃ……!』ってにこにこし、『わ、ホントにおいしい! 先生これ好きかも!』って飛び切りの笑顔を浮かべ、『あは、ちょ、くすぐったいよぉ……!』って嬉しそうに身をよじり。やがてステラ先生はお腹いっぱい&気持ちよくなったからか、すやすやと小さな寝息を立て始めた。
『……やったのか?』とはクーラス。『いや、普通に疲れていただけだろう。ロザリィと同じくらいに肩が凝っていたよ』とはアルテアちゃん。アルテアちゃんはしゅるりと抜き取ったそれを『後は任せた。私は先生と添い寝するから』って俺、ギル、ジオルドに託した。
で、フィルラドが召喚したセイレーンの夢心地の子守唄がクラスルームに響く中、俺、ギル、ジオルドで秘密の作業を行う。作業中、『プランには賛同したけど不埒な真似を認めたわけじゃない』って女子にガン見されていたのが未だに解せぬ。あれで匠ジオルドの腕が鈍ったらどうするつもりだったのだろうか。
実際、『……時間的に結構厳しいな』ってジオルドは言ってたし。まぁ、それでも仕上げてくれるところが匠らしいと思う。
夕方ごろになって先生は目覚めた。ロザリィちゃんとアルテアちゃんにぎゅっと抱きしめられて寝ていたからか、『……なんかすっごくよく寝たーっ!』って嬉しそう。『えへへ、お昼寝につきあってくれてありがとね!』ってロザリィちゃんとアルテアちゃんをぎゅって抱きしめていたっけ。
『先生、あまり無防備に寝るのはよくありませんよ?』ってアルテアちゃんはフィルラドのケツをひっぱたきながら先生に微笑む。なんかフィルラドの奴、子守唄係のくせにステラ先生の寝顔をガン見しようとしていたのだとか。
ロザリィちゃんも『せんせえ、いつも暑いと寝ぼけて上のボタン外しちゃうでしょ? ここで寝るときは気をつけよ?』ってステラ先生に『めっ!』ってしてた。
何それ初耳なんだけど。見逃してしまった自分が酷く恨めしい。あと、フィルラドには腹痛の呪をかけておいた。
ちなみに、件のボタンはロザリィちゃんがついでにつけ直したとのこと。『心配してくれてありがとね! でも、先生は皆を信じてるし……ちょっと恥ずかしいけど、みんなならそれくらいはいいかな!』って先生は言っていた。この人本当の女神なんじゃないだろうか。
ただ、最後の最後で想定外の事態が。『……みんな、先生に何か隠してることあるでしょ? ……ううん、何かお願いでもしたいのかな?』ってステラ先生に核心を突かれてしまう。やべえ。
『これだけあからさまにいろいろしてくれたんだもん、何かあるってすぐにわかったよ!』と、先生は大きなお胸をはってドヤ顔をなされた。自慢げなステラ先生も最高だと思います。
しかし、天は俺たちを見捨てなかった。機転を利かせたパレッタちゃんが『実は、ヴィヴィディナが粗相をしちゃって……先生にこっそり何とかしてほしくって……』としょんぼりしながら話し出す。
結論から言うと、『なぁんだ、そんなこと! それくらい、先生がなんとかしてあげるよ! だって、先生はみんなの先生だからね!』ってステラ先生はそれを了承してくれた。俺たちに頼られたのが嬉しかったのか、ステラ先生はそのままお土産のクッキーを持って上機嫌に帰っていく。
『これで完璧。ヴィヴィディナの名誉を捧げたのだ、失敗は許されぬ』ってパレッタちゃんは速攻でヴィヴィディナを件の場所へと放っていた。予定外だったとはいえ、事態はなんだかんだでいい方向に進んでいる。これならなんとかなる……だろう。
夕飯の時、おばちゃんに『来週の──に、これを使って朝のプリンを作ってくれませんか?』って頼み込む。『お世話になった先生にサプライズとして送りたいんです』と理由を述べ、イケメンスマイルを浮かべておく。
しかし、さすがはおばちゃんと言うべきか、『あんたなら一人で作れるだろ? どうしてわざわざ?』って聞いてきた。『……実は、僕たちもそれを食べて見たくて。多めに集めたので、当日は僕たちの分も作ってくれると嬉しいです』と照れくさそうに答えておく。
『おばちゃんのテクニックが詰まったプリンを食べてみたいってのも本音ですよ』っていう事実と、『これがその証拠っす!』ってギルがマッスルポーズを取れば、おばちゃんは『よしきたまかせろ!』って引き受けてくれた。
嘘は言ってないから問題ない。策士過ぎる自分が怖いっていう。
その場でちょちょいと打ち合わせを行い、雑談して風呂入って今に至る。これで大きな準備は整った。あとは明日の朝を無事に乗り切り、グレイベル先生たちの魔法生物学がどうなるかってところだろう。今のところバレる気配はないし、このままなんとかしたいところではある。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。保険として用意したアレが通用しなかったのも嬉しいところ。今の俺はピュアな頃の俺ではあるけれど、それでも本当の意味であの頃の俺ではないのだ。悪いことをすれば心が痛むんだよね。
ギルの鼻には勝者のソーマを詰めてみた。何もかもがうまくいきますように。
※燃えるごみは敗北者。魔法廃棄物も負けわんわん。