359日目 あの日見た川のヌシを求めて春釣り
359日目
ギルに悪魔の牙が生えている。ギル味が足りない。
ギルを起こして食堂へ。なぜか珍しくヴァルのおっさんとテッドも普通にあの時間に起きていた。しかもその割には仕事スタイルではなく、休日なラフなスタイルというよくわからん事態。あいつら休みの日は基本的にかなり遅くまで寝ているというのに。
不思議に思っていたところでギルが自慢げに躍り出た。極上のポージングを決めながら、『今日はみんなで釣りに行こうぜ!』って宣言。『実はもう、昨日の段階でマデラさんに弁当とかの仕込みを頼んであるんだ!』ってちょう笑顔。
奴が言っていたサプライズってのはこのことだったんだろう。もちろん、ミーシャちゃんはちょう大喜び。『ギル、だーいすきっ!』ってギルによじ登ってほっぺにキスしていた。何とも微笑ましい光景である。
『あの日見た川のヌシ、今度こそ釣り上げるぞ』、『久しく釣りしてなかったし、ちょうどいいだろ』っておっさんもテッドもやる気満々。普段の仕事もこれくらいやる気出してくれればいいのにと思わずにいられない。
そうそう、ロザリィちゃんも『……釣りデート、久しぶりだね?』ってにっこり。言われてみれば、冬休みはそれどころじゃなかったし……なんだかんだで夏休み以来の釣りになるのだろうか。二年生になってから、休みの日にまともに休めないケースが多い気がする。
ちゃっぴぃは露骨にぶんむくれていた。『きゅぅ……』ってすんげえシブい顔。仮にも女の子がその顔するのはどうなのよってくらい。
『行きたくないならここで待っててもいいぞ』って気を利かせたのに、『……きゅ』ってあいつは俺の背中に抱き着いてきた。好きでもない釣りに付き合うよりかは、ミニリカに遊んでもらったりアイス奢ってもらうほうがよっぽど楽しいと思うんだけど。
ともあれそんなわけで本日の予定は決定。『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪るギルと同じく、各々全力で朝食を頂いた後に出発。『夕飯のおかずの心配はしなくていいの!』、『むしろおすそ分け先を探しておくべきだな』って、ミーシャちゃんとおっさんの自慢げな宣言と共に俺たちはいつもの川へと出発した。
ちなみに、メンツは大体いつも通り。俺たちとリアとテッドとおっさんと、そしてルマルマ壱號である。
川の環境はそこそこ。朝方はともかくとして、日中はけっこうあったかい。風が吹かなければ日光浴してもいいくらいで、絶好のハイキング日和と言ってもいい。根性のある花は普通に咲いているし、全体的に春のかほりがぷんぷん。
さっそく釣り開始。俺とロザリィちゃんで釣竿を一本。『どうにも釣りは苦手なんだよな……』、『アティはせっかちだからね』ってアルテアちゃんとフィルラドで一本。『じゃんじゃん釣りまくってやるの!』ってミーシャちゃんはまさかの一人で三本。『俺だって負けないもんね!』ってポポルも一人で二本。
クーラス、ジオルド、テッド、おっさんもやっぱり一本ずつ。なんかあいつらの場合、貫禄(?)がありすぎて普通に休みの日に遊びに来たパパたちって感じ。少なくとも若さ弾けるフレッシュな学生のようには見えなかった。
なお、ちゃっぴぃ、リア、パレッタちゃん、ステラ先生は一緒に花畑的なところで遊んでいた。アリア姐さんが心地よさそうに日光浴し、ステラ先生たちが嬉しそうに花冠を造っていたのを覚えている。花と戯れるステラ先生は文字通り花の女神の如き美しさであったことをここに記す。
釣果の方はなかなかにすごかった。なんだかんだで俺、釣りの結果よりもロザリィちゃんとのイチャイチャを楽しもうとしていたんだけど、糸を垂らした瞬間に結構な食いつきが。びくびくって竿が引き込まれて、慌ててそれを止めようとしたロザリィちゃんと手が触れ合う。きゃあ。
んで、そのまま二人で引き揚げてみる。小魚……というには大きく、大物というには小さいそいつを釣り上げることが出来た。『まずまずの滑り出しだねっ!』ってロザリィちゃんはにっこり。可愛い。
魚の口から針を外そうとしている間にも、『うぉぉっ!?』ってアルテアちゃんの声が。『落ち着いて、アティ!』ってフィルラドがサポート。互いに釣竿を握ってえいやと引き上げてみれば、俺たちのそれより小ぶりではあるもののまさかの二匹同時ゲット。
勢いはまだまだ止まらない。『やっべ、なんかめっちゃ釣れるんですけど!』ってポポルも盛大に釣り上げまくり、『入れ食いだな!』、『こんなに釣れるの初めてじゃないか!?』ってクーラスとジオルドの方もバンバン釣り上げる。おっさんたちの方も同様で、『もう一本竿もってくりゃよかった……!』、『おいおい、魚籠足りるかコレ……!』ってホクホク。
実際、いっそ不気味に思えるレベルで釣れたからね。ロザリィちゃんが適当に釣竿を振るうだけでも普通に釣れる。待ち時間なんてほとんどない。テクニックも何もあったものじゃない。
あまりにも釣れ過ぎるものだから、『……ホントは待ち時間に、──くんとおしゃべりするのを期待していたんだけどなあ』ってロザリィちゃんに甘えられてしまった。わぁい。
もちろん、それに応えない俺じゃない。ちょうどこっちが気になっていたのだろう、リア、ステラ先生がすんげえこっちをちらちら見ていたので『休憩するので、ちょっと変わってもらえませんか?』って声をかけてみる。『い……いいの?』ってステラ先生は不安そうだったけど、こっちが快く頷いたら途端にぱあっと笑顔になった。可愛い。
そんな感じでステラ先生とリアが一緒に竿を握る。『わ、わ……! すっごい食いついてきてる……!』、『こ、こんなに手ごたえおっきいの……!?』って二人も白熱。とりあえず後ろから抱きしめるようにしてサポートに入ろうとしたところ、『ふーッ! ふーッ!』ってちゃっぴぃにひっかかれた。なぜ?
俺たちが盛り上がりを見せる一方で、ミーシャちゃんの方もすさまじかった。あんな小さな体なのにどうして……と思えるくらいに釣竿をブンブン振り回し、そして気づけば小魚がぴちぴちとそこらを跳ねている。『──雑魚に興味は無いの』ってミーシャちゃんは手柄を自慢にすることも無く、そいつらはヒナたちの血を血で洗う争奪戦の獲物となった。
なお、「へっへっへっへっ!」ってアホ面して尻尾をブンブン回すグッドビールが嬉しそうにそのおこぼれにあずかっていた。マジでミーシャちゃんがバンバン釣り上げるものだから、グッドビールのおやつ(?)には事欠かなかったんだよね。
そのころにはもう、すっかり俺は針に餌をつける屋さんになってしまっていた。ロザリィちゃんはああいうの触れないし、リアは下手くそ。そしてステラ先生にあんなもの触らせられるわけがない。初心者でも好きなだけ釣れるものだから、もうすっかりみんな夢中になっていたっけ。
冷静なロザリィちゃんがみんなの魚籠を回収。『う、わー……ルマルマ壱號に乗り切るかなあ?』ってコメントが。みんなの魚籠がいっぱいになっていたから、マジで持って帰るのを心配しなくっちゃいけない感じであった。ミーシャちゃんが捨てたのも含めたら絶対に無理だった。
俺的にはこれで結構満足だったし、ちゃっぴぃもリアたちがガンガン釣るものだから、途中で『きゅーっ♪』って混ざって嬉しそうだった。他のメンツもホクホク顔で、この段階で今日の夕飯に思いを寄せていた奴もいる。
が、ミーシャちゃんは不満だったらしい。『……全然ダメなの。ヌシは未だに姿すら見せないの』って険しい表情。釣り人としての矜持が現状を許さない、と言ったところか。
このころになって、いつのまにやら姿を消していたギルが登場。なぜかパンツ一枚。さすがに寒中水泳なんてアホなことしてたわけではあるまいな……と思ったところ、『ちょっと上流の方から泳いできたけど、ヌシっぽいのはいなかったなァ……』との回答が。マジかよって思ったよね。
どうもギルの奴、ミーシャちゃんに白熱したバトルを楽しんでもらいたいがために、ヌシをここまで追い込もうとしていたらしい。『魚自体は結構いるんだけど……これなら、学校のいつもの湖の方がよっぽどデカい奴いるぜ』とのこと。さすがに釣竿をこん棒代わりにして釣りをする奴の言うことは違うって思った。
『いっそお前がヌシのフリしてミーシャちゃんの竿を引っ張ったらどうだ?』って冗談を言ってみる。『いいなそれ!』ってあいつが川に飛び込んだ。冗談の通じない筋肉はこれだから困る。
結局、釣果そのものは今までにないくらいの大漁……だったけど、ミーシャちゃん的には『ヌシと対決すらできなかったの……』ってちょっと不満そう。そういう割に、一番釣り上げていたのは彼女で、そして俺たちの中で一番大きいものを釣り上げたのもミーシャちゃんだった。
『た、楽しくなかったかな……?』ってギルにしては不安そうにミーシャちゃんに声をかける。『……楽しかったの!』ってミーシャちゃんはにっこり。ヌシと戦えなかったのは残念だけど、それはそれとして久しぶりに釣りができたのと、何よりあのギルがミーシャちゃんのためにこの場をセッティングしてくれたってのが堪らなくうれしかったらしい。
『……ご褒美上げるの!』ってミーシャちゃんがギルにキスしてた。キスしてから「あ、やっちまった」って感じで眉間にしわ。単純に、ギルが川臭かったからだろう。あいつ殆どずっと川の中で泳いでたしね。
帰り道が結構大変だった。ルマルマ壱號に盛大に魚籠を乗せ(もちろん、アリア姐さんのスペースだけは確保)、それでも乗り切らなかったのは男子一同とテッドとおっさんで運ぶ。俺はさらにその上でおねむなリアをおんぶする羽目となり、そして心優しいロザリィちゃんはやっぱりおねむなちゃっぴぃをおんぶしていた。
一番デカい魚はギルが担いでいた。『ポポルのほうがいい筋トレになるな!』とのこと。『お望み通り筋トレ手伝ってやるよ!』ってポポルもはしゃいで反対側の肩によじ登っていたっけ。
宿に戻った後はさっそくマデラさんに調理を頼む。『まさかホントに大漁だとは……』ってさすがのマデラさんもびっくり。ナターシャやミニリカ他、釣りに参加していなかったメンツも『こんなに釣れたの、初めてじゃない?』、『あああ……! これなら一緒に参加すればよかったぁ……!』って誉めたり悔しがったり。
夕餉は盛大におさかなパーティー。フライやムニエル、フィッシュアンドチップスがこれでもかと登場するまさに魚の祭典。巨大な丸焼きこそなかったものの、テーブルの上にこれでもかと並べられた魚料理はとにかく圧巻の一言。豪華でゴージャス、まさに宴と形容すべきグレートな仕上がりだったと言えよう。
『おさかなおいしいの!』ってミーシャちゃんはご機嫌で魚料理を喰いまくっていた。『うめえうめえ!』ってポポルがフィッシュアンドチップスのチップス抜きを食っていて、同じく『うめえうめえ!』ってギルがフィッシュアンドチップスのフィッシュ抜きを喰いまくっていた。二人合わせてちょうどいい感じである。
もちろん、ちゃっぴぃやリア、その他冒険者も盛大に食いまくっていた。お酒も入るものだからそりゃもうどんちゃん騒ぎ。『こいつぁ俺が釣った魚だぞぉぉぉ!』ってジオルドが盛大に手を振り上げ、『きゃあ、すごーい!』って酔ったアレットも歓声を送る。アレクシスは『パパも……カッコいいところ見せたかった……』って泣きながら酒を飲んでたけどな!
全然どうでもよくないけど、俺はババアロリに魚の蒸し焼きの骨を取らされていた。『全然近くが見えないんじゃ……夕方からは特にのう……』ってミニリカはしょんぼり。あの年で逆にバリバリ見えるほうがおかしい。老眼ここに極まれり。
というか、あいつがしょんぼりしていた理由の大半が【昔みたいに魚に遠慮なくかじりつけない】からである。夜の薄明りの中で小さい骨が見づらくなることについては全然気にしていない。『お前が取ってくれるから、別にそんなの構わんの!』ってあいつにこにこしてたし。『私はもう、お前の顔さえきちんと見られればそれで十分じゃ!』って酔っぱらってべたべたしてきたりもしたし。
悲しいことに、柔らかさじゃなくてなんかこう硬かった。リアと同じ感触。そのうえで酒臭いとか完全に下位互換でしかない。世の中は無常である。
そうそう、嬉しいことももちろんあった。『今日はおつかれさまーっ!』ってロザリィちゃんがウェイトレス姿だったの! 『流石にこれだけの量をひとりでお料理するのはマデラさんも大変だし……その、将来を考えて……ね?』ってロザリィちゃんは恥ずかしそうににっこり。秒速百億万回惚れなおしまくった。
そのままロザリィちゃんは働きまくる。『宿屋の看板娘のお酌がほしいのはどいつだぁーっ!? 手料理は数量限定だぞぉーっ!』って周りを煽り、次から次に注文を貰いまくっていた。もちろん俺もお酌してもらって上機嫌。これで一緒に酔えたらどれだけよかったことか。
『パパはお酌されたがりだねぇ?』ってロザリィちゃんは何度も何度も俺にお酌してくれた。他の連中は割と早めに潰れていた……のは、ここぞとばかりに高くて強い酒を引かされたからだろう。このあたりの判断は流石マデラさんと言ったところか。
ちなみに、俺のクラスメイト達はロザリィちゃんのお酌を遠慮していた。『俺のロザリィちゃんの酒が飲めないのか?』って凄んでみれば、『だからだよ』ってみんなに言われた。どういうこっちゃ?
しかも、お酌じゃなくて普通に配られたものには手を付けていたし……あいつらの価値観がイマイチよくわからん。
いやはやしかし、揚げ物と酒の相性があれほど幸せだとは。あそこにいた全員、いつも以上に飲み食いしていた気がする。ステラ先生もロザリィちゃんからのお酌でほわほわしちゃっていたし、アリア姐さんも結構いろいろ飲み食いしていたし……ああ、あの臨場感を表すことのできない自分の文才が恨めしいぜ。
盛り上がりが凄まじかったからか、いつもに比べて比較的早い時間にみんなダウン。飲みまくっていたテッドとおっさんはだらしなく床で寝ていたし、ナターシャとミニリカも(見た目だけは普通の)女がそれはどうなんだってくらいなありさま。腹だして寝こけるってあいつらに羞恥心はないのだろうか?
悲しいことにアレットとアレクシスも似たり寄ったり。こいつらの場合、リアを抱っこして壁にもたれかかっている分まだマシか。チットゥは死んだように眠っていたし、ルフ老は身内の恥過ぎて他人様には見せられない表情で寝ていたっけ。
もちろん、我がルマルマのメンツも全滅。飲んでいた連中は当然として、ザルなポポルも気持ちよさそうにスヤスヤ。あいつの場合、おなか一杯になって気持ちよくなったってのと、今日一日ずっと釣り竿を振っていて疲れたってのもあるのだろう。紛うことなきおこちゃまである。
結局、起きていたのって俺とギルとステラ先生とマデラさんくらいだろうか? そのステラ先生もお酒のせいでずっとお顔がまっかっかで、『うー……一人で歩けるけどぉ……そのぉ……』ってなんかもじもじ。甘えたい気分だったのだろうか?
でも、宴会終わりのみんなが寝こけている中、一人だけ起きていて静寂と黄昏を楽しむあの感じ、実は結構好きである。なんかちょっと大人っぽくてカッコ良くない?
ともあれそんなわけで、その後は寝こけた連中を部屋にぶち込んでいく作業に入る。僭越ながら、ロザリィちゃんをお姫様抱っこで運ばせていただいたのと、ステラ先生をおんぶで運ばせていただいた。もうめっちゃ柔らかくってあったかくって本当に幸せ。『うう……恥ずかしいぃ……!』って真っ赤なステラ先生が最高に可愛かった。
ほかの連中? 男連中はギルが運んで、女連中はヴィヴィディナが群体になってなんとかしてたよ。ちなみに夕餉の残りはヒナたちが寝ぼけながらもピーピー突いていた気がする。
『あとはこっちでやっておくから、あんたももう休みな』ってマデラさんに言われたので、その後は普通に風呂入って部屋に戻った。俺が風呂から上がるころには食堂もすっかりきれいになっていて、さっきまでそこで宴会が行われていたとはまるで思えないくらい。なんで普段から魔法を使って片づけをしてくれないのか、それが昔から不思議でならない。
だいたいこんなものだろう。日中はしゃぎすぎたのと、夜も結構はしゃいで夜更かししてしまったため、この俺でさえそれなりに疲れを感じてしまっている。日記の内容も読み返してみるとまとまりがないというか……イマイチいつものキレがないような?
とりあえず、書き忘れたことだけはないはず。もうちょっと思い出深いところをより魅力的に書き上げる技術が欲しいところだ。
ギルは今日もやっぱりスヤスヤとクソうるさいイビキをかいている。せっかくなので今日は魚の鱗でも詰めておこうか。ちょっと大きめで陽にかざすと虹色にキラキラ輝いて綺麗なんだけど、喜び勇んで欲しがった割にちゃっぴぃがすぐに飽きちゃった奴ね。おやすみなさい。




