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356日目 トリノ襲来

356日目


 ギルの腹が盛大に鳴り続けている。それだけなの?


 ギルを起こして食堂へ。朝から盛大に鳴りまくるギルのおなかにびっくりしたのか、『ど……どうなってんの?』、『さすがはギルなの!』ってリアとミーシャちゃんがギルのおなかに耳を当ててその音を楽しんで(?)いた。ギルはギルで『朝から俺の腹筋を楽しめるとか、すっげえ贅沢なことなんだぞ!』ってアホみたいなことを言っていたり。


 風呂掃除をしていてもギルの腹の音は遠くから微かに聞こえてきた。今日も風呂掃除に来ていたフィルラドは、『ここ結構防音しっかりしていたよな……?』って不思議そう。俺たちがアクアカーニバルを開いても問題ない程度にしっかりしているだけに、改めてギルの腹の音の偉大さが気になったのだろう。


 風呂掃除後に朝餉の仕込みの応援に行く。なんかギルが『うめえうめえ!』ってジャガイモをつまみ食い(バケツ一個分ほど)していた。『なんかねえ、マデラさんが「ジャガイモでいいならつまみ食いしてもいいよ」って言ったんだよね』とはロザリィちゃん。


 実際、それで少しだけ音も小さくなった……けれど、元がデカいから大して変わらない。人間の体ってすげえなあって思った。


 朝食の時間、珍しく冒険者共も全員揃っていた。休みの奴も関係なし。『なんか、朝からすごい音が聞こえて……』、『それ聞いてたら、なんかこっちもおなかが空いてきて……』とのこと。そのためか、いつになくスープをおかわりする人も多く、食べ放題のパンも減りが早い。


 そしてやっぱり、ギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを喰いまくっていた。『俺これならいくらでも食べられちゃうもんね!』ってなぜか妙に自慢げ。ちゃっぴぃといいギルといい、なぜかたくさん食べられるのが偉いことだと思っている節があるのはなぜなんだ?


 今日も仕事はぼちぼちそれなり。女子は基本的にお休みで、男子も役目を伝えられた人はそれをこなす……って感じだけど、今日は特に案件はなし。何かの修理も衣服の修繕も無く、そしておつかいとかもマジでない。『掃除でもするか……』ってジオルドが日光浴をするアリア姐さんの様子を見がてら掃除をしていたくらいかな?


 で、お昼ちょっと前くらいにイベントが。『よう、やってるかい?』ってトリノがやってきた。どうやらこの前のアレは社交辞令でも何でもなかったらしく、『私だってたまには他所様の作った飯を食いたいんだ』とのこと。


 んで、マデラさんと軽く挨拶。『この場所で、客と店の関係で話をするなんて何年ぶりだろうね?』ってお互いケラケラ笑っていた。普段は寄合所か、あるいはマデラさんの方がトリノの方へ出向くし、用件だって仕入れの話や最近の状況の確認、あとはショバ……じゃない、「お気持ち」の寄付くらいでしかないし。


 今更ながら、おつかいがなかったのってトリノの方からこっちにくるってわかっていたからか。言ってくれればいいのに。


 トリノはさっそく、『噂のスープ、よろしくね』ってマデラさんに注文。『あんたに話した覚えは無かったはずなんだけどねえ』ってマデラさんも苦笑。ババア同士の謎の友情(?)を垣間見た気がしなくもない。


 さてさて、お客様が来たとあっては俺も対応しないわけにはいかない。サービスのレモン水を配りつつ、老い先短い独り身の寂しい婆の話し相手となるべく席に着く。『あんた今失礼なこと考えただろ』って頭を叩かれた。なぜバレた?


 『さっきも思ったけど、まぁずいぶんと賑やかになってるねぇ……』ってトリノはあたりを見渡す。クラスメイト達はもちろん、日光浴しているアリア姐さんに、無駄にグッドビールに抱き着いているちゃっぴぃ、ぴーぴー鳴きながら足元を爆走するヒナたちに、我関せずとばかりに明り取りの窓のところで微睡むエッグ婦人、そして悍ましい人形のような形に擬態して壁に張り付くヴィヴィディナ……と、さながら魔物の展覧会みたいな有様になっている。


 『おつかいのばーちゃんじゃん!』ってポポルもこっちに気づいた。『あ、お久しぶりです』ってジオルドも頭を下げる。ギルは無言で笑顔のポージング。どうやらトリノの所へのお使い経験があるのはこの三人らしい。『成人祝いってわけじゃないけど、飴玉をあげようね』ってトリノは三人にオレンジの飴を上げていた。俺のは?


 で、だ。


 『さて……あんたの嫁っこ筆頭はどの娘かね?』ってトリノはニヤニヤ。『そういやぁ、先生も来ているんだったか。ここは一つ、そっちにもあいさつさせてもらおうかな?』ってさらに俺を煽りにかかる。この年のババアはみんなこうだから困るよね。


 ちなみに、この話題が出た瞬間にロザリィちゃんとステラ先生がぴくって反応していた。でもって、なんかさりげなーくこっちへと距離を詰めて、所在なさげにちらちらこっちを見ていた。そんな姿が二人とも超かわいくてステキだった。


 トリノの奴、『この中に二人ともいるんだろ?』って俺に確認を取ってきた。何故か普通にちゃっぴぃとリアとミニリカまでもがさりげなくこっちに来てたんだけど、あいつらマジで何を考えていたんだ?


 ややあって、しっかりと周りを見定めたトリノは、『……あの娘だ、間違いない』って自信満々に言い放って──


 『あんたが、──の恋人だね?』ってちょう笑顔でステラ先生を指さした。大正解である。


 『えっ、やんっ、そのぉ……っ!』ってステラ先生はちょうまっかっか。『間違いなく、──の好みのドンピシャだ。どうだ、当たってるだろ?』ってトリノは超自慢げ。


 『耄碌したなあ、ばーさんよぉ!』ってテッドが煽らなければ、きっとそのままステラ先生は名実ともに俺の恋人となっていたことだろう。


 テッドがぶん殴られた後、ステラ先生が『わ、私は違いますぅ……っ!』って真っ赤になって弁明。『……えっ、そうなの?』ってトリノは目を真ん丸にしてびっくり。『……ミニリカとナターシャの良いところ取りみたいな娘だったから、まず間違いないと思ったんだけど』……などなど、アホみたいな戯言を抜かしやがった。


 ステラ先生があのババアロリとアバズレに似ている? そりゃ、身長やロリっぽい雰囲気はミニリカと似ているかもしれないし、金髪と胸はナターシャと似ているかもしれないけれど、でもそれだけだ。あの包容力や聖母感、可愛らしさにおねーさんちっくなところ……ステラ先生の魅力は留まることを知らないし、あのババアロリやアバズレには到底真似できるものでもない。何故トリノにはそれがわからんのか。


 『ホントは私が恋人でーす♪』ってロザリィちゃんがネタ晴らし。『ありゃ……こっちのほうだったか。いや、言い訳っぽいけどあなたの方かもと思ってたんだよ。あなたもやっぱり、こいつの好みのタイプだし』ってトリノ。


 『しってまーす♪』ってロザリィちゃんは上機嫌。これが余裕ってやつか。


 『優しいおねえちゃんみたいなタイプが昔から好きだもんね、あんた』ってトリノにはさらに煽られた。『後でちょっとその辺詳しくお願いします!』ってロザリィちゃんもノリノリ。トリノがアホみたいなことを言わないことを、あの時マジで心の底から願ったっけ。


 『さて……じゃあせめて、先生の方は当てないとだね。さすがにそれを外したら耄碌してるって言われてもおかしくないし』ってトリノは気合を入れる。『若い先生ってのはどっかで聞いたんだ。でもって、見知らぬ顔でそれらしいのは……』ってトリノはさらにきょろきょろ。すんげえ自慢げにちゃっぴぃが近づいてきたのはマジでなぜなんだ?


 『──今度こそ、間違いない。あの人だ』って──


 ──トリノは、アルテアちゃんに手を振った。


 『お世話になってます、先生!』ってトリノはアルテアちゃんに向かってにっこり。『こいつ、なかなかひねくれていて扱いが大変でしょう? 気にせずガンガンものを言って全然かまいませんからね!』ってなぜか俺の保護者の如き振る舞い。こいつもいい加減俺を子供扱いするのは止してほしいんだけど。


 『は、はぁ……その……』ってアルテアちゃんも困ったように愛想笑いをしながら相槌。まさか自分がそう思われるだなんて思ってもいなかったのだろう。動揺しすぎていつものアルテアちゃんらしさが無く、そしてトリノの言葉を否定することもできないでいた。


 一方でステラ先生は。


 『……っ! ……っ!』ってなんか涙目。そしてかーっとお顔が真っ赤になっている。「それ! それわたし!」……とでも主張すべくトリノの視界の端でとんとん背伸びしてアピールしていたけれども、トリノの目にはまるで入っちゃいなかった。


 そりゃまぁ、アルテアちゃんのほうが背は高いし、元々大人っぽい感じはある。あの時アルテアちゃんも掃除を手伝っていてきりっ! ってしていたし、一方でステラ先生はオフモードでふんにゃりしていた。俺もステラ先生のことを知らなければ、年下のおねーさんとしか思わなかったことだろう。


 『も……もうダメだ、我慢できねえ!』ってテッドがゲラゲラ笑う。『ごめん、さすがに俺もちょっと無理だ』ってフィルラドも笑う。『トリノ、お主……ホントに耄碌したのう……!』ってミニリカも涙を流しながらくすくす笑っていた。


 『え……? こ、こっちも違うの……!?』ってトリノは呆然。『せ、先生は私ですぅ……っ!』ってステラ先生が真っ赤になりながらトリノの裾をくいくいひっぱった。『一応、私もここにいるみんなと同い年で、まだ学生の身分ですよ』ってアルテアちゃんもやんわりと説明を入れていた。


 その後はまぁ大変だったね。冒険者連中はゲラゲラ笑ってるし、ちょっと拗ねちゃったステラ先生をトリノが必死になだめていたし……アルテアちゃんも、『そうか、私は先生と思われるほど老けて見られるのか……』ってしょんぼりしていたし。


 『はー……いやでも、この娘が偉い魔法の先生だなんて普通は思わないだろう? いくら若いって言っても、そこらの町娘と変わらないじゃないか。……アレか、魔法で若さを維持してたりするのか、ミニリカみたいに特殊な一族の出身だったり?』ってトリノ。


 『ま、魔法も使ってないし、普通のお家の出身です……!』って必死になって如何に自分が大人かアピールするステラ先生。最高に可愛かった。ホントにマジで。


 『羨ましい限りだよ、まったく……』ってトリノはステラ先生の頭をぽんぽん叩いていた。全くもってその通りである。俺もステラ先生の頭をぽんぽんしたかった。


 最終的に、スープを持ったマデラさんが盛大にけらけら笑いながら登場。『あんたもそろそろ後継者を考えることを本格的に勧めるよ』って言ってた。スープを飲んだトリノは、『……ホントにそうしたほうがいいかもわからんね。この味も、何から組み立てられてるのかもうわかんないや』って可笑しそうに笑っていた。逆にわかったら驚きである。


 だいたいこんなものだろうか。夕餉の時間、アルテアちゃんが『よっ、アルテア先生』、『せんせい、今度宿題とか教えてーっ!』って女子たちに煽られていたのを覚えている。『ガキども、罰としてレポート追加でくれてやろうか!?』ってアルテアちゃんも意外とノリノリだったけどね。


 一方でステラ先生も『えへへ……学生と間違われちゃったぁ……♪』、『そっかぁ、先生もまだまだイケる、かぁ……!』ってあの時になってふにゃふにゃと顔を崩していた。よく考えてみれば、まだまだ学生でも通じるってことの方がはるかに嬉しいことだと気づいたらしい。『あんたのとこの先生、自己評価が低いって言うか、客観的に自分を見るの苦手だったりするの?』って珍しくナターシャがまともなことを言っていた気がする。


 ふと思ったけど、今更ながらナターシャとステラ先生って同じくらいの年齢か? 俺とナターシャが十個離れているかどうかくらいで、ステラ先生もそれくらいだった気がする。本人曰く「もうおばさん」とのことだけど、二十代半ば……はピアナ先生の来歴から逆算するとちょっと厳しいから、二十代後半くらいって所か?


 可能であればステラ先生のホントの年齢を知っておきたいところ。そうでなくても、未だ学生と間違えられるレベルの美貌を保っているステラ先生マジすごい。若作りじゃなくてマジで若いんだもん、ミニリカにはとてもできない芸当だ。


 ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。思えばいつの間にかコイツの腹の音も聞こえなくなっていた。イビキに腹の音まで追加されちゃたまらなかったし、悪くない結果だと言えよう。


 今日はちゃっぴぃが俺のベッドに潜り込んでいる。今日も冷えるし一晩抱き枕の刑に処することにしよう。ギルの鼻には……手の平の中の空でも入れておくか。みすやお。

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― 新着の感想 ―
[一言] > 可能であればステラ先生のホントの年齢を知っておきたいところ おいおい、マデラさんにしばかれるぞ……いや、すぐにしばかれろ 男のマナーだろそれは 本命:ギルの鼻の穴の中が虚空 対抗:ギル…
[良い点] かーッ!書き手はやっぱりミニリカとナターシャの事が大好きなんだねぇ(ニヤニヤ) まぁ、ちっちゃい頃の初恋が近くにいる年上のおねーさんってのはある種の通過儀礼みたいなもんだからね ちゃっぴ…
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