355日目 (比較的)まじめなフィルラド
355日目
ケツの痛みがすっかりひいた。が、代わりに顔面をぶん殴られたかのように鼻が痛い。人をおちょくっているのだろうか?
ギルを起こして食堂へ。今日も今日とて朝のお仕事。昨日が昨日だっただけに、ロザリィちゃんとマデラさんの間でギスギスした雰囲気がないか……と不安ではあったけれども、割と二人はいつも通り。
『なんか、本気で怒ってくれて……家族なんだなあって思えて、それはそれで嬉しかったり?』って顔を赤らめて微笑むロザリィちゃんが最高に可愛かった。一方でマデラさんも、『あんたが代わりだったとはいえ、ケジメをつけて手打ちにしたんだ。それで終わった話だろう?』って宣う。言われてみればそうだった。
面白いことが一つ。男風呂の掃除をしようとしたら普通にフィルラドがいた。客として湯船に浸かっていたんじゃなくて、ズボンを捲りまくった風呂掃除スタイルね。『いや……なんか、マジに手伝わないとヤバい気がして……』とのこと。
『ジオルドは修繕や補修ができるし、クーラスは裁縫ができるだろ? ギルはいろいろ使えるし……そう考えると俺、ウェイターと皿洗いばかりで特技ってものが無いなって思って……』っフィルラドにしては珍しくマジな感じで悩んでいた。つまるところ、その辺の埋め合わせをするために風呂掃除をしようと思い当たったのだろう。
『ポポルだってそんな感じだろ?』って言ったら、『いやでもあいつ、おつかいで許されてる感あるじゃん?』って返された。たしかにあいつのおつかいは微笑ましくて、それだけでよくがんばってますね感がでている。時折あいつが同い年だと思えなくなるから困る。
ともあれそんな感じで二人で風呂掃除。今日のフィルラドは普通にイケメンだったから働きっぷりはそこそこ。鍛えてやれば使えないことも無かろうって感じ。
男風呂の清掃終了後は女風呂の清掃の応援……に行きたかったんだけど、女風呂清掃担当のアルテアちゃんより『フィルは来なくていいから』とお達しが。
『……ようやく、まともになってくれたって嬉しかったんだけど。始めて幾許もしないうちに足とか尻とか見るばかりで手が全然動かなくなった。そんな奴を掃除とはいえ女風呂に入れさせるわけにはいかない』ってアルテアちゃんは言っていた。
どうもフィルラドの奴、最初はアルテアちゃんと一緒に掃除をしていたらしい。が、アルテアちゃんの足と尻をガン見するばかりで全然手を動かさなくなったから、アルテアちゃんの方が見切りをつけてリアが掃除している女風呂へと移動したようだ。
『一応初心者なんだから、お前がサポートに行くべきだったんだぞ』ってリアに言ったら、『そうしようと思ったんだけど、アルテアおねーちゃんに止められた』って言われた。『情操教育のためだ』って言われてしまえば、俺も言い返しようがない。
『いやでも……見ちゃうだろ。あんなに足出してたら見ちゃうだろ。逆にお前、見ないのは失礼だろ』ってフィルラドはみっともなく言い訳。気持ちはよくわかる。これがロザリィちゃんだったら俺だってそうしていた。
……今更ながら、アルテアちゃんが女風呂に移動したのは「見られるのが嫌だったから」ではなく「フィルラドが手を動かさなかったから」である。奴が手を動かしている間はむしろ見られていようと問題なかったってわけだ。二人きりの時のアルテアちゃん、結構そういうところあると思う。
朝食はみんなで取る。『いいにおーい……!』って朝の焼きたてパンの香りにうっとりするステラ先生が最高に可愛い。『先生ね、焼きたてパンの匂いで起きるのがとっても好きなの! なんかすごく幸せな気分になれるよね……!』って本当にもう幸せそう。これから毎朝焼きたてパンを用意しなくては。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って美味そうにパンを食っていた。ジャムもバターもたっぷりつけてくれと尾っぽで俺を叩いて促し、終始『あーん♪』の構えを崩さない。膝の上でふんぞり返っているだけで何もかもしてもらえるってんだから、子供と言う生き物は得だと思う。
ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。『ほら、お前も食えよ!』ってグッドビールにもジャガイモを投げ与えていた。遊んでもらっていると勘違いしたグッドビールは、それから何度もジャガイモを投げてくれとせがんでいたっけ。
その後はぼちぼち仕事。ナターシャとチットゥとテッドに昼飯を持たせて送り出す。他のメンツは軒並み休み。あいつらほど稼ぎが良いからこそできる芸当……なんだけど、金遣いも荒いから貯金はできないしツケも溜まっているという人としてヤバい状況。何度俺が財布の管理をしようと思ったことか。
ここでも珍しく、フィルラドは率先して宿屋前の掃除をしてくれた。『お前どうしたんだよ!? 悪いもんでも食ったの!?』ってポポルが心配するレベル。『ここらでひとつ、アティにカッコいいところ見せようと思ってな!』ってあいつは平常運転だったけどな!
ちなみにミルク噴きのイケメンとはいえ、フィルラドも黙っていれば普通のイケメンだ。普通に通りの掃除をしているだけで、通行人のマダムや冒険者の女からの視線が集中していた。『偉いわねえ、よかったらこれでもどうぞ!』ってリンゴとかもらってたり、『おにーさん、そこの宿屋の人? ……泊ってあげるから、ちょーっと軽いデートでもどう?』って声をかけられていたり。
いやはやまさか、あいつにあそこまでの集客効果があるなんて。普段は宿屋の中でダラけて過ごしているだけに、周りからして見れば物珍しさもあったのだろう。「良い子にしてれば、けっこう悪くはないみたいなのよね」……とでも言わんばかりに、日光浴中のアリア姐さんも感心した様子だったっけ。
『……………………』って、アルテアちゃんがすんげえ無表情でそんなフィルラドを眺めていた。宿の中からだったから、フィルラドの方はまるで気づかず。『あ、アルテア?』、『お顔がだいぶヤバいことになってるの』ってロザリィちゃんとミーシャちゃんは心配そうに声をかけ、『……新たなるママディナ誕生の予感か?』ってパレッタちゃんは嬉しそう。ヴィヴィディナも歓喜の金切り声を上げていた。
午後もそんな感じ。なんとなく仕事をしつつぼーっとしていたところ、リアがミニリカの髪の毛を弄っているのを発見。ただし髪を整えているとかそんな感じではなくて、例えるなら髪に引っ付いた蜘蛛の巣を取るような、そんな感じ。
『何やってるんだ?』って聞いてみる。椅子に乗ってミニリカの頭を弄っていたリアが、『……これ、答えてもいいやつ?』ってミニリカに聞いていた。確認を取るのは良いことだと思う。
『や、その……今朝、ちょっと白髪を見つけてしまってのう……目立つところはもう無いとは思うんじゃが、その、念のために……な?』ってミニリカは恥ずかしそうにもじもじ。
ババアロリなんだから白髪があるのは当たり前……むしろ、普通だったらとっくに全部真っ白でもおかしくないというのに。真っ黒の今が逆におかしいとすらいえるレベル。あいつホントに自分の年齢わかってるのかな?
ちなみに成果は『これまでに四本も見つけたよ!』とのこと。『毛根まで見事に真っ白! すっごくきれいだったの!』とリアも嬉しそう。『うう……褒めてくれてはいるのじゃろうが、フクザツな気分じゃ……!』ってミニリカはちょっと悲しそう。
『真っ白なのも、それはそれで神秘的な感じがして悪くないんじゃないか』ってなんとなくフォローを入れたら、『え……そう? ほ、ほんとに?』ってミニリカは何故かすごく嬉しそう。『そっか、そっかぁ……! ふふ、神秘的な路線も好きかぁ……!』ってすごくふにゃふにゃ笑ってた。ババアロリは何考えてるかよくわからんけど、適当に褒めておくだけで機嫌がよくなるから楽でいい。
完全に余談だけど、真似をしたくなったらしいちゃっぴぃが『きゅーっ♪』って俺の髪を引っ張ってきやがった。白髪を探して抜くとかそんなレベルじゃなくって、思いっきり鷲掴みにしてぶちィッ!! って。確認するまでもなく七、八本は持ってかれた。若くて毛根が鍛えられていなかったらもっとやられていただろう。危なかった。
『きゅ!』ってちゃっぴぃは嬉しそうに抜いたそれを俺に渡してきた。「ほめてほめて!」って言わんばかりのすんげえ期待に満ちた眼差しと笑顔。あの時俺どうすればよかったんだろう?
なお、髪の毛はロザリィちゃんとリア、そしてミニリカの手に。ロザリィちゃんはともかく、他二人が何に使うのか知るのがすごく怖い。
『取ろうと思えばいくらでも取れるけど、せっかくちゃっぴぃちゃんがくれたし』、『既に何本も持っとるが、まぁ多くて困るものじゃないしの!』って言われて、俺ってばマジに怖かった。ここの宿屋、もしかしなくても俺以外みんなヤバいやつなのか?
だいたいこんなもんだろう。あ、夕餉の時間はフィルラドはフリーだった。というか、アルテアちゃんがフィルラドの隣をがっちりキープしていて、いつになく甘えているというか……まぁ、そういう感じだった。お酒も普通に入っていて、『……フィルは、他の人のことあんまり見ちゃダメだよ』って赤くなっていたっけ。
『うひゃあああ……! 見てられない……!』って言葉の割にロザリィちゃんは嬉しそう。『きゃあああ……! 青春てやつだわあ……!』ってアレットもすんげえ楽しそう。『こ、こんなのナマで見られるとは……!』ってミニリカもワクワクした様子を隠さず、『あ、あうあう……!』って刺激が強すぎたのかステラ先生はずっと目をぐるぐる回していた。
『なんだかんだであいつも【敵】なんだよな』、『許せねェ』ってジオルドとクーラスの顔がすごいことになっていたのをここに記す。
どうもアルテアちゃんとフィルラド、俺たちの見えないところでけっこうイチャついていたっぽい。夜の見回りの時に男部屋行ったんだけど、つるし上げにされている割にフィルラドの奴すんげえ幸せそうだったんだよね。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。あいつにしては珍しいことに、『……そろそろハニーとデートしたい気分なんだけど、親友、何かいいプランとかないかなあ?』とか言っていた。俺の知る限り、ギルとミーシャちゃんがデートするのなんてそれこそ数か月ぶりの話である。そろそろこいつも危機感を抱いたってことだろうか?
まぁいい。ギルの鼻にはグランドエコーを詰めておく。グッナイ。




