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353日目 最高のラブレター

353日目


 壁の向こうから嫉妬に満ちた恨み節が聞こえる。ここ角部屋のはずなんだけど。


 窓の外にキンキンに冷やした聖水をぶちまけてから食堂へ。今日もいつも通り仕事の流れをマデラさんに聞いたところ、『朝の仕事をざっくりやったら、あとは流れで適当に』とオーダーを頂いた。ステラ先生も遊びに来ていることだし、あまり仕事詰めなのもよろしくないだろう……との判断。まさかマデラさんにこんな慈悲の心が残っているとは。


 ともあれそんなわけで朝の仕事に励む。非常に嬉しいことに、今日はなぜか、冬だというのにロザリィちゃんが割と短めのスカートで食事の支度を行っていた。『寒くないの?』って聞いてみれば、『そうやって心配してくれるのがだいすきっ!』ってほっぺにキスされた。わぁい。


 ちなみに、短いスカートな理由は『その……アルテアもミーシャたちも、お仕事で足出してるから……』とのこと。確かにアルテアちゃんは風呂掃除、ミーシャちゃんとパレッタちゃんは洗濯物の踏み洗いで足を出している。


 きっとロザリィちゃん、一人だけ厨房と言う比較的暖かいところで作業していることに気が引けたのだろう。そして寒い思いをしている友達のことを想い、自らも同じ格好をすることで心は共に在ると証明したかったのだ。


 友達想いなロザリィちゃんがマジで健気で可愛くて俺の心臓のドキドキがヤバい。こんな素敵な娘が俺の恋人だなんて、もしかして俺は夢を見ているのではあるまいか。


 ただ、なぜか老害らしく早起きなミニリカが『……小説だったら、むしろ大好物な展開なんじゃがのう。リアルでやられるのを見るのは……その、やっぱり何か違うんじゃあ……!』ってめそめそしていた。思えばこいつも、舞踊衣装の関係で割とガッツリ生足を出している。年寄りなんだから年相応の恰好をしてぽんぽん冷やさないようにしろよって思った。


 仕事そのものは特に問題なく終了。いつもの時間に起きてきた連中と朝飯を食す。今日はオニオンたっぷりのどっしりしたスープ。やっぱ寒いときはこれに限るよね。


 俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って美味そうに食っていた。そしてふうふうしながらちょっとずつスープを飲むステラ先生が本当に可愛い。あまりにスープが美味しくて慌ててしまったのか、『ちょっと舌火傷しちゃった……!』って涙目で舌を出しているところがもう素敵すぎて最高。かわいい。


 ギルはやっぱり『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。今日は珍しくフィルラドもジャガイモ。『なんかたまに無性に食いたくなるんだけど、三口も食べれば飽きるんだよな』とのこと。齧りかけのそれはヒナたちがピーピー鳴きながら争うようにして突いていたっけ。


 さて、今日もぼちぼち仕事をしようかな……と思ったところで、『おうお前らちょっとそこに直れ』ってアルテアちゃんからお達しが。フィルラドだけでなく、まさかの俺たちも巻き添え。ここから始まるカタストロフィの匂いに困惑を隠せなかった。


 で、目の前に置かれたのが便箋とペン。いつぞやロザリィちゃんがラブレターに使ったのとほぼ同じ奴。『昨日の件、反省しているならそれを目に見える形で示してもらおうか』とのこと。


 まさかわざわざこの類の便箋に反省文を書かなくてはならないのか……と男子一同たいそうビビる。が、ここでクレバーな俺はリアをちょちょいと手招き。『昨日の夜、女子部屋で何やってた?』って聞いてみた。


 『ファッションショーがすごく盛り上がって、それからこの前のラブレターの話になったの! もう、すっごくすっごく楽しかったんだから!』ってあいつは満面の笑み。つまりはそういうことなのだろう。


 疑うまでもなく俺の愛のラブレター(ちゃっぴぃに宛てた十通とリアに宛てたやつ、そして過去の忌まわしきもの)が晒されたと思うのだけれど、その辺の落とし前はどこで着ければいいのだろうか?


 ともあれ、ケジメを着けましょうってことで男子一同ペンを握る。『俺たちは誰に書けばいいんだ?』ってジオルドとクーラスは切れ、そしてギルのペンは普通に折れた。あんまりである。


 とりあえず俺についてはばっちり。正直便箋の余白が足りないくらい。あんな小さな紙一枚にロザリィちゃんへのこの想いを綴れだなんて、到底不可能な話である。万の言葉を操れたとしても、ロザリィちゃんから貰った愛のほんの一欠片すら返すことはできないだろう。


 フィルラドとポポルはもうダメかもしれない。『授業でもないのに作文なんてやってらんねえよ……』、『愛の言葉とか意味わかんね』って、すでに書く前からやる気が見受けられず。ようやっと書き上げたと思って確認してみれば、【とってもかわいいと思いました】、【素敵な笑顔が素敵だと思いました】、【これからも仲良くしてください】……などなど、子供だってもうちょっとマシなものが書けるんじゃねってレベル。


 あまりにも酷く、受け取る人間が不憫に思えたため俺が添削してみる。文字数を稼ごうとするな、形容詞を使うならそれとセットで自分の気持ちと比喩表現を使うようにしろ、冗長な文はやめろ、ちゃんとはっきり「好きです」、「愛してます」の言葉は明記しろ……などなど、ラブレターの作法を叩き込みまくる。


 あの野郎ども、『俺出だしの挨拶書く』、『じゃあ俺締めの挨拶書くから、あとで見せ合いっこしよう』とかクソみたいなこと言いだしやがった。ラブレターを何だと思っているのだろうか。


 それなりに長い時間をかけてラブレターは完成。ただし、奴らの文才があまりにもなさ過ぎたため、必然的に俺の添削も入りまくり……ぶっちゃけほとんど俺が書いたに等しい仕上がりになってしまった。


 【月光のように煌めく脚線美に僕の心は奪われた。夜も眠れない】、【誰よりもヴィヴィディナが似合っていると思います】……なんてクソみたいなそれを贈るよりかは百億倍マシだったと自負している。


 なお、肝心の評価は『完成度は高いけど、フィルらしさがまるでないな』、『近所のお兄さんに代わりに書いてもらったって感じ』とのこと。仰る通りですって思った。


 意外なことに、ギルが書いたラブレターは好評。【自分は頭が悪いから、ちゃんとしたラブレターは書けないです。でも、あなたが好きだというこの気持ちは本当で、あの日恋に落ちてから、僕はいつもあなたのことが頭から離れません。あなたのことを愛しています】……みたいな、割とシンプルかつストレート。


 『自分で一生懸命考えて書いたって感じがする』、『純粋ピュアピュア極上モノ』、『この素直さがウチのギルの美徳なの!』って女子たちは上機嫌。ミーシャちゃんはともかく、なぜパレッタちゃんたちまで笑顔だったのかよくわからん。


 『さ、さすがに恥ずかしいな!』ってギルは赤くなりながらポージングしていた。何気にあいつ、こういうのだけは結構いいセンしているから侮れない。


 ちなみに、クーラスが書いたそれは女子たちに回覧された後、『も……貰ってもいいよね!?』って真っ赤になったリアが有無を言わさず確保していた。『へへー……♪ らぶれたぁ……♪』ってすっごく嬉しそうにぎゅってそれを抱きしめていたのを覚えている。


 『い、いや……遊びで書いたやつだからね? それはわかってるよね!?』ってクーラスは焦りまくっていた。内容としては『ありきたりすぎ』、『良くも悪くも印象に残らない』、『定型文引っ張ってきただけなの』……と、ラブレターとしてはつまらないものだったんだけど、リアはそれを宝物のように見つめていたっけ。


 とりあえず、『アレクシスにばれないようにな』って注意だけはしておいた。宛名書きが無いのだけが不幸中の幸いか。差出人はガッツリ書かれているけど。


 さて、そんな感じでラブレターの品評も終わろうかとしていたところ、『あ、あの……』ってステラ先生がもじもじしているのを発見。さっきまではきゃあきゃあ言いながらみんなのラブレターを見ていたのに、なんか真っ赤になって目があちこちに泳いでいる。


 『どうしました?』って聞いてみる。『うー……!』って唸ってた。可愛い。


 で、ステラ先生、意を決したかのようにロザリィちゃんの裾をくいくいと引っ張る。『ん、なぁに?』ってロザリィちゃんが首を傾ければ、お耳に向かってなにやらこしょこしょ。恥ずかしくてたまらないのだろう、この段階で耳までまっかっか。可愛い。


 ややあってから、ロザリィちゃんは赤くなってうつむくステラ先生を慈愛の笑みを浮かべてぎゅっと抱きしめた。『あのねぇ……ステラ先生も、ラブレター欲しくなっちゃったんだって!』って言われたときはもう、マジかよって思ったよね。


 『だ、だってぇ……! 今まで一度も貰ったことなくて、ちょっと憧れていて……! 遊びでもいいから、ほしいって思っちゃったんだもん……!』ってステラ先生はロザリィちゃんの胸に顔を埋めながら呟いていた。そんな姿もマジプリティ。


 ステラ先生からのオーダーとあっては応えないわけにはいかない。男子一同、再びペンを握る。というか普通に女子もペンを握ってラブレターを書き始めた。『だって私たちもステラ先生好きだし』、『今まで誰からも貰ったことが無い分、たくさんあってもいいでしょ!』、『同性からも貰えるんだもん、そりゃお得で最強だよね』とのこと。言われてみれば確かに。


 書き上げたそれはさっそくステラ先生に贈らせていただいた。『えへへ……! うれしいなぁ……!』ってステラ先生はすごく愛おしそうに俺たちのラブレターを読んでいた。『ホントのじゃないってわかっているんだけど……まるで自分が小説の主人公になったみたいで、すっごくドキドキして……!』って目の端に涙さえ浮かべている。


 『先生も、こんな素敵な青春が……あったの、かな』って呟かれてもう、俺マジで泣きそうになったよ。大なり小なり恋愛なんて誰でもするものなのに、ステラ先生はそんな普通のことが【小説の中の出来事】だって言うんだぜ? もう俺マジでどうすればいいんだよ。


 やはり、ステラ先生は俺が一生をかけてでも幸せにしないといけない。今まで寂しい思いをさせてしまった分、最高にステキで幸せな思い出で埋め合わせなくっちゃいけない。これから先、一生ずっとステラ先生には幸せでいてもらう所存。これはもはやルマルマの意志である。


 夕方の飲み会にて、惨劇が再び。どこかでラブレターのことを嗅ぎつけたテッドが俺達の懐を漁り、意気揚々と音読大会を開催。ピュアな頃の古傷を抉られて俺ってばマジ切れそう。


 が、酔ったあいつは調子に乗りすぎた。ジオルドが書いたそれを別の客のおねーさんに渡そうとしたところでアリア姐さんがブチ切れ。奴は無惨にもサバ折り。ジオルドが逆に心配するほどの有様。


 そしてラブレターを強奪したアリア姐さんは、いとおしそうにそれをぎゅっと抱きしめてにこにこしていた。ジオルドはガチガチ震えていた。


 『乙女心を何だと思ってるのかしら! 当然の報いよ!』ってアレットとかが言ってたけど、弄ばれたのは乙女心じゃなくて俺たちの男心だし、アリア姐さんは単純に合法的にジオルドのラブレターが欲しかっただけだと思う。魔物だから暴力が法だったってだけだ。


 というか、ちゃっぴぃもそうだけど読めもしないラブレター貰ってどうするんだろ?


 だいたいこんなものだろう。最後になるけど、今日は一番最後にとっておきのサプライズがあった。


 なんと、ロザリィちゃんが『……あげるっ!』って俺にラブレターくれたの。うっひょぉぉぉぉ!


 しかも、しかもだ。とても恥ずかしくてここには書けないくらいに情熱的だったってのはもちろん、驚くべきことに……。


 ラブレターにキスマークがあったの。というか、俺の目の前でちゅっ! ってつけてくれたの。


 『は……恥ずかしいから、あんまり見ないで……!』ってロザリィちゃんまっかっか。あの表情はちょっと、俺の文才じゃ表せそうにない。


 手元にロザリィちゃんがキスしたそれがあるあの感覚、わかるか? 妙に艶めかしくて、ロザリィちゃんのくちびるが輝いているように見えて……普通にキスするときもドキドキするけど、また違った感じのドキドキがすごくて、マジでおかしくなりそうだったよ。


 いやはやしかし、こんなにも愛のあるラブレターを貰えるとは。今日は人生でトップファイブに入るほどの日かもしれない。


 宝物がまた一つ増えてしまった。ロザリィちゃんと一緒に過ごしていると、どんどん宝物が増えていく。いったいどれだけ増えるのか、本当に楽しみでならない。


 ちなみにロザリィちゃん、このためだけにわざわざ秘蔵の口紅を塗ったらしい。お高くて量も少ないから、綺麗にキスマークをつけるためにこのタイミングを狙っていたっぽい。『……今度、新しいの一緒に買いに行こうね!』ってデートのお誘いまでされてしまった。最高すぎない?


 ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。なんだかドキドキしすぎてやつのイビキすら気にならない。ちゃっぴぃが俺のベッドを占拠していても、それすら笑って許せてしまう。ああ、やっぱり今日は最高の日だ。


 この最高の気分のまま寝てしまおう。ギルの鼻には無償の喜びを詰めておく。おやすみなさい。









 最後にこれだけ書いておく。


 ロザリィちゃんの真似をしたくなったのか、ちゃっぴぃが『きゅ! きゅ!』ってそこらの紙にキスしたそれを俺に押し付けてきた。夕餉の肉の脂がちゃっぴぃの唇型についている。脂をふき取っただけのゴミにしか見えないんだけど、俺これどうすればいいんだろう?

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― 新着の感想 ―
[一言] ノリだけで始めればそうなるよなぁ…… ただしタイキックの刑は撤回されない 本命:ギルの後ろから嘆きの声が聞こえる 対抗:床から怨嗟の声が聞こえる 大穴:書き手が無垢になる
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