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352日目 おしゃべりな一日

352日目


 ギルの寝汗がミルクっぽい。なぜ?


 ギルを起こして食堂へ。今日も今日とて朝仕事組は勢ぞろい。まだこの時間に起きること自体は辛いものの、『寝ぼけてるのに体が勝手にお着替えしてたの』ってミーシャちゃんは言っていた。順調にすごい宿屋の必須スキルを身に着けてきているのだと思う。


 ちなみにステラ先生はちゃっぴぃと一緒にスヤスヤしているらしい。『起こさないように抜け出すのが今日も大変だった。代わりにちゃっぴぃを抱かせておいたから、たぶん大丈夫だと思うけど……』とはアルテアちゃん。


 冗談抜きに俺、アルテアちゃんに嫉妬したよね。俺も女の子になれば可能性あるか?


 朝の支度は恙なく進む。今回はマジに特筆することが無い。出来ることなら俺のエレガントな働きっぷりをステラ先生に見ていただきたかった……って思ったくらい。ウェイターとかならともかく、客が起き出す前の時間の業務って誰にも褒めてもらえないから困る。


 ぼちぼち時間になったところでいつものメンツの起床。ステラ先生はちゃっぴぃを抱っこしてやってきた。なんかそこはかとない新妻感があって俺の心臓どっきどき。『なんか、まだまだおねむみたいで……』って、にっこり笑いながら俺にちゃっぴぃを受け渡してきたときにはもう、ステラ先生との幸せ新婚生活を思い描いてしまったよね。


 割とどうでもいいけど、今日はジオルドとリアの二人掛かりでアリア姐さんに水を上げていた。頭のてっぺんから水をかけるのが好きなのか、リアはジオルドに肩車してもらっていたっけ。


 『パパが……パパがいるだろ……!?』ってアレクシスは呆然。『ジオルドおにーちゃんのほうが……こう、アリア姐さんのツボってものがわかってるから、水やりの時にはぴったりなの。あとパパの肩車、ちょっと安定感に欠ける』ってリアはあまりにも残酷な事実を告げる。アレクシスは泣き崩れていた。


 まぁぶっちゃけると、あいつ弓使いだから右肩だけ妙に盛り上がっていてシルエット崩れてんだよね。そりゃ肩車されたときも傾くってもんだよ。


 そしてアレクシスは知らないだろうけど、あいつの服はいちいち俺とマデラさんがそれ用に仕立て直している。右の所だけちょっと余裕を持たせて、腕の可動域を気持ち広げている感じ。それまであいつ、微妙にサイズがデカい服を着ていたからマジでダサかった。


 アレットは『結婚してから、ますますカッコよくなったの……♪』って嬉しそうだったけど、その裏では俺たちの努力があったということに気づいてほしいものだ。


 一応書いておく。ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。もちろんあいつは均等に筋トレしているから、プロポーションもシルエットも美しい見事な体つきをしている。筋肉のキレもそこらじゃ金を払っても見られないくらいにシャープ。ギル登りにも最適だし、肩車した時の迫力もヤバい。ただし座り心地はゴツゴツしてあまりよろしくないらしいけど。


 今日も仕事はぼちぼち。ステラ先生が来ているからか、『今日はほどほどで構わない』とマデラさんよりお達しがあった。とはいえ、俺の働いているカッコいい姿を見せるべく、宿帳の確認や掃除、食材の在庫管理や手配などなど……それはもう、デキる宿屋のおにーさんとしての姿を見せつけていく。


 が、悲しいことにステラ先生は女子たちとおしゃべりに夢中になっていた。泣きそう。


 なんとなく聞き耳を立ててみる。『みんなは久しぶりの実家、どうだったー?』って割と普通な滑り出し。ステラ先生は俺たちを見送った後、上級生の卒論の査読や発表会の対応、そして自身の論文やその他先生としてのお仕事が多くて地獄だったらしい。


 『先生用のお風呂だけはかろうじて沸いているんだけどね……。いつもの食堂は閉まっているから、ご飯も冷たいものが多くって……』ってステラ先生は悲しそうに笑っていた。ここにいる時は一杯食べさせなくてはと誓った瞬間だ。


 学校での諸々が(建前上は)片付いたのが二週間前のこと。ステラ先生的には、その段階ですぐにでもこっちに遊びに来たかった……んだけど、実家の方で燻っていた例のお見合い問題が勃発。『パパが本当にガンコなんだもん……っ! もう自立しているのに、あんなにも押し付けてくることなくない!?』ってステラ先生はぷんぷん怒っていた。そんな姿も最高に可愛かった。


 ともあれ、その辺全部なんとかして、ようやっとこっちにこれたらしい。『俺絶対先生にだけはなりたくない。春休みでも全然休めないじゃん!』ってポポルは言っていた。普通の職業だったら春休みどころか長期休暇そのものも無いんだけど、あいつその辺考えて発言しているのだろうか?


 その後はやっぱり例の件……俺がロザリィちゃんの実家に行った件について、『ど、どうだったのっ!? 「お前に娘はやらん!」ってやつ、やっぱりあったのっ!?』ってステラ先生は食いついてきた。書くまでもなく、ステラ先生はこういう話題が大好きだし、気になる年ごろなのだろう。


 ロザリィちゃん、『もう、せんせいったら……小説の読みすぎだよー』ってケラケラ笑う。『ふつーに紹介して、ふつーに一緒に生活して……一緒にお祝いのお酒を飲んだり、一緒に料理をしたりしたくらいで、いつもと同じように過ごしていたよ!』ってにっこり。


 『こ、こう……ドキドキのトラブルとかは……!?』ってステラ先生はワクワクした様子で質問。『んーん。滞在中に畑を荒らすイノシシの退治をお願いされたくらいだったよ』ってロザリィちゃんが言えば、『そっかぁ……』ってちょっと残念そうな顔をしていた。そんな姿もマジ女神。


 『でもねぇ、なんか……パパとママが、別れ際にすごくしんみりした感じで、娘をお願いしますー……とか言っちゃって。あれだけなんかちょっと……こう、おかしい感じだったかなぁ』ってロザリィちゃんはさらに続ける。『……そっか!』ってステラ先生はにっこり笑ってロザリィちゃんを抱きしめていた。


 『え……せんせい、どうしたの?』、『んー……? ちょっと、抱きしめたくなっちゃったの……ダメ?』っていうあの二人のやり取りがまぶしすぎた。お互いにぎゅっと相手を抱きしめる姿がもう、マジで女神と女神が戯れているかのように神々しい。もしかしたら俺は、あの時奇跡を見ていたのかもしれない。


 午後もそんな感じでおしゃべりタイム。暇を持て余した男子連中も一緒。嬉しいことにマデラさんが『みんなで仲良く食べるように』ってクッキーをたくさん焼いてくれた。うっひょう。


 なぜかリアとちゃっぴぃもご相伴にあずかっていたんだけど、まぁ気にするだけ無駄なんだろうな。


 それぞれ互いの実家での出来事について話していたんだけど、なんかの拍子に例のカチコミの時のダンスパーティの話になった。『えっ!? みんなすっごいドレスとかカッコいい奴きてたの……!?』ってリアが興味津々。『いいなぁ……! 見たかったなぁ……! 今日の夜にでも、着てくれたり……しない?』って上目づかいで甘えるというテクニックまで見せつけてきた。


 男子連中は『どうせ家じゃ着ないし、学校に置いてきた』って口をそろえて宣う。ギルだけは『これが俺の正装だ!』って見事な筋肉を見せつけた。さすがはギルである。


 女子は『あるにはあるんだけど……その、今ちょっと体形が』って辞退。ドレスの採寸自体がガチで「仕上げて」いた時のものだから、休み中の今だとかなりの高確率で着られない可能性が高いそうな。


 『見せるだけなら大丈夫だから、今晩はファッションショーをするの!』ってミーシャちゃんが高らかに宣言。……そこはかとなく嫌な予感がするのはなぜだろう?


 夕飯の時もなんだかんだでおしゃべりの時間が多かった。特にステラ先生はみんなでわいわいがやがや食べられるのが好きなので、本当に幸せそうだったと思う。


 で、だ。


 ここで一つ、衝撃の新事実が判明してしまった。


 あれもやっぱり、カチコミについての話だった。冒険者連中もこういうことには興味があるのか、俺たちが語るカチコミの様子を面白おかしく聞いていて、すごく上機嫌だった。酒の勢いもあって、『俺なら魔系のボンボンなんて瞬殺だね!』、『剣を使うまでも無い……ワンパンだな』ってデカい口を叩いたりもしていた。


 その一つとして、アレットとミニリカがダンスパーティに興味を持ち出した。結局のところ腕ブラクソ野郎のせいでろくに踊ることはできなかったとはいえ、『いいなぁ……そういうパーティ、一回は出てみたいわよね……』、『何のしがらみも無しに、一般参加者として参加するダンスも体験してみたいのう……』……なんて、言ってたんだよね。


 で、だ。


 ナターシャが言ったんだ。『それ、ペアで踊るんでしょ? もし誰ともペアを組めなかったらどうなるの?』って。


 その瞬間、クーラスもジオルドも真っ青になっていた。『言われてみれば……その可能性は大いにあった』、『たまたまうちのクラスは男女同じ人数だけど……いや、別クラスとペアを組まれた場合はその前提も崩れ去る……ッ!』って今更ながら、自分たちが如何にヤバい橋を渡ってきていたのかってのを理解したらしい。


 『そりゃお前……ペアを組めなかったなら、みじめに隅っこで飯食ってるだけだろ』ってヴァルのおっさんが笑う。『優しい女子が、代わり番こに相手してくれるんじゃねーの?』ってテッドも笑う。


 あの場はなぁなぁで済ませられたとはいえ、『はい、ペアの人と踊ってください』……なんてこともあり得たのだ。たぶん、クーラスとジオルドは最後まで明確な相手ってのは決まっていなかったんじゃなかろうか?


 そして、それに対するステラ先生の答えは。


 『んー……その場合は、先生と一緒に踊ることになってたかなあ。こんなおばさんでごめんだけど、誰も相手がいないよりかはマシだもん』って言ったんだよね。


 その瞬間、マジで男子みんなが泣き崩れたよ。だって、むしろ何もしないほうが公の場でステラ先生のパートナーになれたんだぜ? あのステラ先生のパートナーだぜ? これを悔しがらずに何を悔しがるってんだ?


 しかもステラ先生、『絶対にありえないけど、もし──くんとか組長の子がペアを見つけられなかった場合は、間違いなく先生と踊っていたかなぁ。組長の子だけは対外的なアレがあるから絶対踊らなきゃいけなかったし……その、学校の先生の中では先生だけが男の子のパートナーになれたから』って恥ずかしそうに言っていた。


 『お相手したかったです……!』って泣きながら告げてみる。『大袈裟過ぎっ!』って頭をぺしんと叩かれた。『アレをみても、本当にそう言えますか?』って泣き崩れるクーラスやジオルド、フィルラドを指してみる。なぜかそれに混じってルフ老も『あんまりじゃあああ!』って泣いていた。あの老害マジでなんなの?


 最終的に、『先生、そんなことしてたらあのアホたちが付けあがるだけだから。次の機会があったら、どっか適当なおっさんの先生を宛がうって告知しておきな。そうすれば、お互いパートナー探しにもっと必死になるからね』ってナターシャが締めくくる。『さ、参考にさせていただきますっ!』ってステラ先生はとっても素直にうなずいていた。可愛い。


 ちなみにナターシャの場合、おっさんを女装させるか、俺たちを女装させるかまで想定しているだろう。あいつはそういう奴だ。


 だいたいこんなものだろう。最後になるけど、アルテアちゃん、パレッタちゃん、ミーシャちゃんが男子を総がかりで締め上げていた。『ステラ先生と踊りたいのはわかるけど、パートナーに誘っておいてアレはないだろう!』、『そもそもステラ先生と踊れるって考えるのが尊大で浅ましい! ヴィヴィディナだって唾棄すべき行いだもん!』って割とガチで切れてる。ちなみにルマルマ女子の代行でもあるらしい。女子って怖い。


 そしてガチギレミーシャちゃんだけど、ギルの首にガジガジ噛みつくもののギルはぴんぴんしていた。むしろちょっと恥ずかしそうに照れるレベル。『悲しそうにくすんと泣くほうがあいつには効くぞ』ってアドヴァイスしたら、『それじゃあたしの気が収まらないの!』ってミーシャちゃんは猛っていた。さすがは勇猛たるミーシャちゃんである。


 ちなみに俺もロザリィちゃんからお仕置きを受けた。『ステラ先生なら浮気も許すって言ったけど、彼女をないがしろにしていいわけじゃないって、何度言ったっけ……?』って静かににこにこガチ笑顔(目は笑っていない)。『お仕置きとして、今から──くんは私のお人形ですっ! 拒否権はありませんっ!』ってめっちゃすーはーすーはーくんかくんかされまくり、そして俺の意志に関係なく熱々のキスをされた。きゃあ。


 ふう。思ったより長くなってしまった。今日はおしゃべりしかしていないのに、まさかこんなに長くなるとは。


 ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいて寝こけている。コイツの寝つきの良さは本当に羨ましい。まさか俺の隣だと安心して安眠できるとか、そんなんじゃないだろうな?


 まぁいい。ギルの鼻には妬みの雫でも詰めておく。おやすみなさい。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひょうたんふくろうさん、コメント消したのに応えてくださってありがとうございます! 本命.ギルの上腕二頭筋が嫉妬に狂う 対抗.ギルの背筋が嫉妬に狂う 大穴.ギルの大腿筋が嫉妬に狂う
[一言] そもそもダンスパーティーなんて行かないから関係無い() 本命:ギルから嫉妬のオーラ 対抗:ギルの涙が黒い 大穴:書き手が全力で嫉妬
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