348日目 肉の鍵と呪
348日目
昨日の日記が全部黒塗りになっている。せっかく頑張って書いたのに。ふぇぇ。
ギルを起こして食堂へ。昨日が昨日だったので『今日くらいは特別に休んでも……』ってダメもとにマデラさんにお願いしてみる。奇跡的なことに、『……朝の支度だけはやってもらおう。それ以外はこっちでやっといてやる』ってマデラさんの承認を頂くことが出来た。
『まぁ、友達が遊びに来ているのに毎日働かせるのもちょっとどうかと思うしね……リアも使えるようになってきたし、少しくらいは良いだろ』とのこと。マデラさんにこんな慈悲の心があっただなんて、世紀の大発見かも知れない。
ちなみにリアは『私もやーすーむーっ!』って全力で抗議。泣いて喚いて手足をじたばたさせるという見事なプレーを見せつけた。相手がミニリカだったら四段アイスも買ってもらえるほどの威力。ナターシャだったら『奢ってもらえるだけありがたいと思え』ってどんなに頑張っても二段が限界だけど。
そしてなぜか俺にゲンコツが。『リアに変なことを教えるんじゃない』ってドスの効いた声。ふぇぇ。
で、リアの方には『わかったからその無様な真似はやめろ。そして二度と私の前でそんなことをするな。もしも言いつけを破ったら……』ってマデラさんは軽く脅しにかかる。『元々上手くいくとは思ってなかったし、一回だけでも通じただけ奇跡的だよね!』ってリアはちょう笑顔。当然のごとくさっきまでのアレ全部演技。『どうして似てほしくないところばかり似るんだか……』ってマデラさんは深いため息をついていた。
そんなわけで、各々朝の仕事はさっさと済ませる。アルテアちゃんは風呂掃除、パレッタちゃんとミーシャちゃんは洗濯、ロザリィちゃんは料理。ギルはひたすら力仕事か単純作業。この辺はもう慣れたもので、俺のサポート無しでも普通の宿屋レベルの仕上がりとなっている。
本音を言えば、ミーシャちゃんかパレッタちゃんのどちらかが裁縫をできれば完璧だったけれど……クーラスを女の子にしてしまうほうが早いか?
朝食時にて、なんか珍しくリアがアレットの膝に座っているのを発見。『なんだ、甘えたい気分なのか?』って煽ったら、『……んもうっ!』ってあいつ真っ赤になって叩いてきやがった。ガキなんだから母親に甘えるのなんて普通だろうに、なぜそうも照れるのか。
『なんか、今朝久しぶりに子供っぽいことをしたからそういう気分になっちゃったみたい?』ってアレットは笑っていた。『けっこうあなたに盗られていたから、これでも軽く嫉妬してるのよ?』ってよくわからん言葉も追加された。
語るまでもなく、アレクシスはさらにしょんぼりしていた。『いつもいつもそうだ……リアが甘えるのはお前かアレットで……もう反抗期なのか? 娘は父親を嫌うって言うけど、まだ大丈夫だよな!?』……などなど、だいぶ情緒が不安定。そう思うならもっと親子の時間を増やせばいいのに。
ギルはやっぱり『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。『たまにはこいつにも食べさせておくの』ってミーシャちゃんがギルのジャガイモをクレイジーリボンに食わせていたのも覚えている。実家に居た時はどういう風に手入れをしていたのか気になるところだ。
今日は休みなので、そのままダラダラ……したかったけれど、昨日の肉の鍵の件がある。『ちょっと用事があるから……ごめんだけど、ちゃっぴぃ頼む』ってロザリィちゃんにちゃっぴぃを渡したら、ロザリィちゃんってば『任せなさい!』って胸を張った。そんな姿もマジプリティ。すごい迫力。可愛い。
で、肉の鍵だけど、やっぱりこれ、挿されている方は痛みとか何にも感じないっぽい。痛みどころか自分の体が開かれているのにも気づかない。実際、何気なくフィルラドに挿してみたんだけど、物理的にこれもう致命傷だろってレベルで体が「開いて」いるのに、あいついつも通りアルテアちゃんの尻から太ももにかけてガン見していたからね。
もちろん、肉の門の中を触っても問題ない。開いて閉じてを繰り返しても大丈夫。然るに、肉体を物理的に開いているのではなく、魔法的・概念的に開いているだけなのだろう。視覚的にだいぶエグいから不安になっちゃうかもだけど、概念そのものに作用しているわけだからまるで危険はない。
まさかこんな呪われたアイテムみたいなものがこんなにも便利だなんて。異界に迷い込んだ時はどうしたもんかと思ったけど、やっぱ筋肉は正義だ。最初の実験体となったあいつもさぞや光栄に思ってくれることだろう。異界に潜む狂人すら役立ててしまう俺ってマジすごい。
そしてクレバーな俺はここで画期的なことを思いついてしまった。
この肉の鍵を使えば、物を安全に隠せるんじゃね? だってこれ、この肉の鍵を使わなきゃ「それ」を開けないし、物理的に開こうとするならそいつをぶっ壊さなきゃいけないし……たぶん、下手すると物理的に壊したところで中身を取り出せない可能性が強い。
正真正銘、鍵の持ち主でないと中身を取り出せない……って言いたいけど、仕組みも原理もわかってないし、何より魔系の世界は不思議なことだらけだ。ここはあえて、「俺の知る限り、鍵の持ち主でないと中身を取り出せる可能性は限りなく低い」と言う表現にさせていただく。例え日記でも学術的知見に基づいた記述にしてしまう俺ってマジすごくね?
ともあれそんなわけで、一年目の日記およびこの日記にも呪をかけておく。ガチガチに呪をかけたのはもちろんとして、攻撃的な魔法をすべて弾かれるという事態を想定し、非殺傷性の危険性はまるでない呪も込めてみた。
【幸せな幻覚、または妄想を現実だと思い込む呪】だから……もしこの日記を盗み見た愚か者がいたとしても、そいつはずっと幸せな夢を現実だと思い続けるってだけ。そして俺は、アホみたいなことを本当のことのように口走っている奴を見つけるだけでいい。
ポイントは【あり得ない幸せを本当だと思い込ませる】ってところ。そいつにとっては幸せな真実でも、周りにとっては狂人の気味の悪い戯言でしかない。
つまり、万が一、俺の日記の内容を口走ったとしても狂人が言ったことだってことで片付く。万が一、俺の日記が露見したとしても、ヤバい奴がヤバい妄念でヤバいものを書きあげたってことで済む。完璧すぎる策に自分で自分が怖くなってくるぜ。
さしあたって、ベースとなる幻覚として【ステラ先生と幸せな新婚生活を送っている】シチュエーションを設定しておいた。数年後にはステラ先生は俺のお嫁さんになるから、こうすれば一発でクロのやつを割り出すことが出来る。人の奥さんを自身の嫁だと吹聴するヤバい奴なら嫌でも目立つし、必然的に俺に連絡が来る。それに、わがクラスメイトなら然るべき対処をしてくれるはずだ。
あとは対象を決めるだけ。なるべくなら、すぐ近くでかつ俺だけしか知らない、行けないような場所が良い。その上で俺と会うのが不自然でない相手……まぁ、自ずと限られる。
これは秘密だ。もし何かあったとしても、俺ならこの記述だけで何を言いたいのかはわかるだろう。もし俺がそういう目的でこれを読んでいるのだとしたら、「直感を信じろ。俺は俺だ」というアドヴァイスを贈らせていただく。
まぁ、昨日のページを見れば嫌でも思い出す。黒く塗りつぶされたせいで逆に印象に残った感があるし。それでいて俺以外には全く伝わらない。最高かよ。
夕方の少し前くらいに、チットゥが悪趣味な魔道具を広げているのを発見。『ちょっと前に古びた遺跡で見つけた。なかなか気に入ってる』とのこと。あんなくしゃみしそうなゴブリンとあくびしそうなトロールのキメラの頭を模した壺のどこがいいのか、俺には一生かかっても理解できそうにない。
ただ、パレッタちゃんだけは『すっごくカッコイイ!』ってチットゥのコレクション(?)を気に入っていた。『混沌……カオス……理解できないことを理解させている……! どう生活していたら人じゃ考えられないこんなおかしなものを作れるんだろ……!』って割と本気で楽しんでいた。芸術はマジでわからん。
気になることが一つ。あいつのコレクションの中の絵巻(?)に、ヴィヴィディナそっくりの化け物が描かれていた。ヴィヴィディナ自身も、その絵を見て全身の毛をぶわって逆立たせて、そして虹色に煌めかせていた。どういう反応なんだろうねアレ。
夕餉はぼちぼち。今日も盛大に冒険者共が飲み始めたのでいろんなところで勝負を仕掛ける。最初は『お前とやっても金を巻き上げられるだけだ』って断るんだけど、ちょっと酔いが回った後に煽りに行ったら簡単に引っ掛かってくれるので楽しい。
『宿屋の店員がアレとか、本当にエグいな……』ってアルテアちゃんに言われたのだけはよくわからん。むしろ潰れるまで酒に付き合ってあげる店員っていい店員じゃないのだろうか?
だいたいこんなものだろう。今日はほとんど肉の鍵及び肉の門の検証をこっそり行っていたから、あんまり書くことが無い。そろそろロザリィちゃんと一回くらいデートしたいんだけど時間とかあるのだろうか。そろそろ寒さも落ち着いてきたし、釣りに行くのもいいかもしれない。行けたらの話だけどね。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。肉の鍵はギルにはちょっと使えそうになかった。いや、こっそり挿してはみたんだけど、肉の門がすんげえ気張っているのに全然開いてくれなかったんだよね。肉の鍵が軋む音が、「自分もうマジ無理っす」……みたいな、そんな哀愁の声のように聞こえたよ。
ギルの鼻にはピーナッツでも詰めておこう。たしかこれヒナたちのおやつ。なんで俺の部屋の床に落ちていたのかは知らん。おやすみにりかちゃんまじいだいなるがんめんぱっくもんすたー。




