35日目 魔法回路実験:実験3 交流魔力制御とマジックヒステリシス防止回路
35日目
安定の異常魔力波。全力でアエルノチュッチュ寮に向かってぶん投げ……たら、結界らしきものに阻まれてチリになった。どういうことなの。
ギルを起こして食堂へ。今日はなんとなく海藻サラダをチョイス。てんこ盛りにしてドレッシングを贅沢にたっぷりと使って食してやった。海藻ってあんまり食べないけれど、あの独特の食感はけっこうクセになる。俺のお膝の上にいたちゃっぴぃも『きゅーっ♪』ってもそもそ食いまくっていた。
不思議なことに、野菜嫌いなおこちゃまポポルでも海藻サラダだけは定期的に結構がっつり食っている。『海藻好きなのか?』って聞いてみたら、『呪われてから食べたんじゃ手遅れになるんだよ!』って涙目で訴えてきた。
『酷い濡れ衣……だったらいっそ……』って呟きながらパレッタちゃんが杖の素振りをし始めたのが超怖い。しかもパレッタちゃん、次の瞬間には何のためらいも無く『あ、そーれっ♪』って若ハゲの呪を放ってきた。
とっさにポポルの首根っこをひっつかんで盾にする。ポポルはジャガイモを掲げてギルを召喚。若ハゲの呪は『うめえうめえ!』とジャガイモを貪るギルの筋肉に弾かれて霧散した。さすがはギルの筋肉だ。
今日の授業は魔法回路実験。いつもどおりティキータの連中と実験室へと赴き、暗い気持ちで始まるその瞬間を待つ。『げ、元気出してっ!』両手をぐって構えて笑うステラ先生に全俺が癒されまくった。あの人なんで何してもあんなに可愛いんだろう?
さて、三回目となる今日は交流魔力制御回路とマジックヒステリシス防止回路とやらについての実験を行う。今まであんまり意識したことないけど、魔力には一方向だけに流れる直流と、周期的に向きや大きさが変化(魔圧が変わったり正負が入れ替わったり)する交流に分けられるらしい。
もちろん、魔法回路において魔力が直流なのか交流なのかってのは結構重要なファクターになってくる。『その辺の違いについてはね、常識的なことだし今更……え? 知らない? あーたね、もう二年生なんだからそれくらい自分で調べようって思わなきゃ、モグリって言われちゃうんですよ』とはポシム先生。肝心なところを端折られた感があるけれど、言ってることは尤もなので強く出れないのが困る所。まぁ、合法的にステラ先生に質問できると考えれば儲けものか。
話はちょっとそれたけど、いろいろ諸々あって今までの直流回路ではなく、交流回路での制御法も学ぶ必要があるのだとか。
で、この制御法ってのが大きく
・抵抗制御
回路に魔法抵抗を挿入し、その抵抗値の大きさで魔圧や魔力の大きさを制御する。単純で簡便な方法ではあるが、魔法抵抗において魔度の上昇といった魔力のロスが生じるのが欠点。
・魔圧制御
マジックトランスといった魔法要素を用いて負荷にかかる魔圧を直接制御する。しかし、往々にしてこの手の魔法要素は大きくて取り回しが悪く、コストも高くなるのが欠点。
・位相制御
マジックトライアックなどを用いて交流魔力波形の一部のみを導通させることで制御する。簡便ではあるがノイズが乗りやすく、元の交流魔源の波形を崩すといった欠点がある。
……の三つに分類されるそうな。
長くなったけど、今回はマジックトライアックを用いて交流魔力の制御を試み、回路の特性について学んでいく。
とりあえずぼちぼち回路を作成。マジックトライアックがなんなのかちんぷんかんぷんだし、マジックトリガーダイオードなるわけわからん部品も使わねばならず何が何だかわからない。そもそもマジックトライアックがどういったものなのかの説明も一切なし。いくらなんでも実践的すぎやしないだろうか。
あと、『今回の魔源は高圧魔源を使いますよ! 絶対! 絶ッ対! 教科書をよく読んで、真剣にやるように! 冗談抜きで下手したらしばらく再起不能ですからね!』ってポシム先生が口酸っぱく言っていた。回路が完成した後もすぐには魔力を流さずに、一度上級生に確認してもらってから実験&測定しろとのこと。
だったらなおさらもっとちゃんとした説明をしろよって思ったのは悪いことだろうか。
ともあれ、なんだかんだで回路は完成。もちろん全部俺一人でやった。キイラムに見てもらったところ、『たぶん大丈夫じゃね?』とのこと。ギルを盾にしつつ魔力を流してみたところ、パッとマジックランプが点灯した。
ちょっと感動。何気に一発でうまく動いてくれたのって初めてかもしれない。
で、今度は回路内に組み込んだ可変魔法抵抗の値を適当に上下してみる。抵抗値がある一点より高くなるとマジックランプは消え、ある一点より低くなるとマジックランプが点灯する……というある意味当然の結果が返ってきたわけだけれど、不思議なことにその挙動がちょっとばかり違った。
点灯するときはパッていきなりつくのに、消灯するときはなんかじんわりゆっくり消えたんだよね。
『こーゆーのをマジックヒステリシスがあるっていうんだよっ!』って胸を張って自慢げに教えてくれるステラ先生がマジ聖母。今日もロリロリしいボディにおっきなお胸がマーベラス。すんごくかわいい。ガン見しそうになるところをチラ見に抑えた俺の精神力ってすごいと思う。
とりあえずこれで最初の測定(確認)は終了。その後はマジックコンデンサを用いてマジックヒステリシスを防止する回路を組む。配線が相変わらず面倒で分かりづらく、組むのに結構な時間がかかってしまったけれど、他の班に比べればだいぶマシ。フィルラドのところは最初の回路すら組めてなかったし、パレッタちゃんも『このクソ回路、呪ってやる』って真顔でつぶやいていたっけ。
すごくどうでもいいけど、ゼクトのところがなんか大変そうだった。『ちょっと悪いんだけど……』ってノエルノ先輩がキイラムに助言を求めてきたレベル。なんか回路的にはあっているはずなのに、なぜかマジックヒステリシスが生じなかったらしい。『防止回路じゃないのに防止されてるってどういうことなの……』ってノエルノ先輩にしては珍しく眉間に皺を寄せていたよ。
さて、マジックヒステリシス防止回路の実験(測定)だけど、マジックスコープを用いて回路のある部分の魔圧波形観察を行った。その結果、交流魔力によって生じていた魔圧が負から正に切り替わる際、なんかガクッと強制的(?)に魔圧がゼロになることを確認。何なのコレ?
魔材研の上級生がブレイクダウン魔圧が云々って言っていたけど正直よくわかんなかった。詳しいことを聞いてみたところ、『安心しろ、俺もわからん』って言われたのがわけわかめ。『それでもお前らよりかはわかってるからセーフ。お前らが間違ってるってことがわかれば俺たちはそれでいいんだよ。あくまで事故が起きたときの備えが仕事だし。教えてやってるのはただのボランティアだ』とのこと。あの人たちアシスタントじゃなかったの?
なんだかんだで測定量そのものは前回と同じくらい。今回は細かい数値じゃなくて魔圧波形の確認が主だったからそういった意味では測定量は少ない方だったのだろう。問題なのは、それでなお回路がうまく動かないトラブルに見舞わられ、ルマルマもティキータもボロボロになっていたことだろうか。
マジックトライアックがボロくて使い物にならなかった班、さっきまで動いていたマジックコンデンサが次の瞬間にぶっ壊れた班、本来は危険はないはずの魔法抵抗から煙が出た班、ブレッドボード自体に不備があったせいで半分以上の時間を無駄にした班……と、数えたらキリがない。
今日もやっぱりステラ先生もピアナ先生も涙目になってそこらを走り回っていて、先生たちが俺の近くを通るたびに良い匂いがしてくらくらしたよ。まったく、これだから先生は最高だ。
で、たいそうな実験をした割には少ないデータ量に不安を抱きつつも、レポートの受け取りに向かう。『おら、その前に今回のレポートの表紙を忘れるなよ』ってキイラムが渡してくれたそれ(黄色)を見て絶望の淵に叩き落とされた。
評価項目が何言ってるのかさっぱりわからねえ。何をどう考察すればいいのか皆目見当がつかない。
【ヒステリシスの生じる理由を考察せよ】、【防止回路によりヒステリシスが防止できる理由を考察せよ】……と、内容そのものはシンプルなだけにもうどうしようもない。いったい今までの実験結果をどう弄れば答えが出てくるというのか。そもそもヒステリシスが何なのかも、防止回路の原理だって全然わからないってのに。
そして、絶望はこれだけにとどまらない。
例の一回目のレポート(水色)、『なんか逆に悪くなったぞ? もう一回な』って突き返された。
あれだけ時間をかけたのに、何の成果も得られなかった。
いやもうマジで、あの瞬間は空いた口が塞がらず、目の前のそれが信じられなかった。
で、気付いたら自分の部屋のベッドに倒れ込んでいた。実験室から戻ってきた記憶も、飯を食った記憶も風呂に入った記憶もない。何度も紐を通してボロボロになった一回目のレポート(水色)と、だいぶ厚くなってきた二回目のレポート(ピンク)、そして今回のレポートの表紙(黄色)だけが無造作に机の上に置かれている。
さすがにこいつぁマズい。レポートの修正が終わる気配がまるでない。その上今回のレポートは今まで以上に何を書けばいいのかわからない。やることばかりがどんどん積み上がっていく。
そして、製図の宿題もある。このまま来週になればいろんな意味で詰んでしまうのは確定的に明らか。
もうなりふり構っていられない。ここまで追い詰められたのはだいぶ久しぶりだ。少しばかり、本気に……ピュアな頃の俺に戻ろうと思う。
まとまりがないけど、今日はこんなものにしておこう。ギルの鼻にはとりあえず悪魔の知恵を詰めておく。
目的のためなら手段を選ぶな。最終的に達成できればそれでいいんだ。あの頃のことを思い出せ。