340日目 筋肉とリボン(寄生と変化)
340日目
微妙に寝つきが悪かった。ベッドが広すぎて逆に落ち着かないとはこれ如何に。
いつもの時間に食堂へ。ロザリィちゃん、およびリアと共に今日の予定などをマデラさんに聞いたところ、『いつも通り、ロザリィは朝の仕込みの手伝いで、リアは風呂掃除からだ』とのコメントを頂いた。
『俺は?』って聞いたら、『言わなくても動けるだろ?』と肩ポンされた。これ絶対ミスったらヤバい奴じゃん?
ともあれ普通にリアと一緒に朝の仕事。男風呂は泥だの血だの、あとなんかのゴミクズなんかで物理的に汚いし、女風呂はその手のものは少ないけど、よくわからん小物の忘れ物は多いしやっぱりよくわからん化粧品(?)の空瓶が放置されていたりで辟易とする。あとあっちは魔力汚れがひどい。
朝食の支度の時にロザリィちゃんとイチャイチャ。『今日はママリィスープじゃないよー』ってロザリィちゃんが俺の脇腹を突いてきて、『代わりじゃないけど、直に愛をこめてやろう!』ってそのままキス。完全なる不意打ちに俺ってば完全にフリーズ(ただし皮むきの手は本能的に動いたまま)。朝からあんなに幸せだなんていいのだろうか?
『リアの教育に悪い』ってマデラさんにケツビンタ(俺もロザリィちゃんも)されたのがわけわかめ。ロザリィちゃんの方はめちゃくちゃ加減するのなら、何故その分もっと俺のケツの方を強く叩いてくれないのか。ロザリィちゃんがつらい思いをするのなんて俺には耐えられない。
あ、でも、『ひぃん……!』って涙目になりながらロザリィちゃんが抱き着いてきてくれたので、それだけはよかった。『痛いよぅ……! 痛いよぅ……! これはもう、ぎゅって抱きしめてくれないと治らないよぅ……!』って涙声だったので、思わず抱きしめちゃったよね。
『全然懲りてないよ、マデラさん』ってリアは言っていた。『……こっちはかなり特殊な例だって、リアに教育するほうがはるかに楽か』ってマデラさんは言っていた。『俺たちみたいに愛情たっぷりであることが円満の秘訣だって教えるほうがよっぽど有意義では?』って意見を具申させていただいたところ、『……最近もう、自分が耄碌してきたのだとつくづく思い知らされるよ』ってマデラさんは盛大にため息をついていた。どういうこっちゃ?
朝飯はみんなで取る。『母さんには悪いけど、単純な味だけならやっぱりここのが一番だな……!』ってアルテアちゃんはにっこりして焼きたてのパンをかじっていた。『大好きな落ち着く味ではあるんだけど……やっぱり、な』ってなんか恥ずかしそう(?)。
フィルラドの方は『うめえうめえ!』ってギルのように朝飯をがっつきまくる。『食えるだけありがたいのはわかってるんだけど、実家じゃ毎日毎日ずっと同じメニューで……正直食い飽きたんだよね』って言っていた。まぁ、学校での朝食に慣れてしまえば、そう思うのも無理はないのか?
割とどうでもいいけど、ちゃっぴぃがアルテアちゃんに『あーん♪』してもらっていた。その隣ではパレッタちゃんが口を開けて『あーん♪』の構えを取っていた。パレッタちゃんに『あーん♪』したアルテアちゃんは、ごくごく自然な動作でその隣に座っていたリアにも『あーん♪』していた。
あまりにも自然過ぎる動作故に、リアも受け入れた後で『……!?』って目を白黒させていた。『な……なんか、普通にママと同じ感覚だった……!?』とのこと。アルテアちゃんの方も、『いや……つい、いつもの流れのノリで……!』ってちょっと恥ずかしがっていたっけ。
『女子ってずるい』、『まったくだ』ってルフ老とヴァルのおっさんが言っていた。もうこいつら救いようが無いと思う。
午前中はぼちぼちと仕事。掃除や店番、宿帳の確認などをメインに過ごす。買い出しや仕入れはマデラさんが行ってくれた他、最近はヴィヴィディナがそこらを這い廻ってくれるからほとんど汚れも無いのがグッド。リアの方も思ったより使えるし、去年に比べれば仕事の負担はずいぶんと減ったと言っていい。
店番しつつぼんやりしていたところ、リアがアレットに髪を結ってもらっているのを発見。『ママ、可愛い奴ね!』ってリアはアレットのお膝の上でなかなか無茶なリクエスト。アレットも『どうしましょう、すでに世界で一番あなたは可愛いのに!』って親ばかを発揮。
『ママ、そういうのいいから』ってリアの冷めきった声、あれにはマジにビビった。
結局リアは、『プロに任せるに限る』ってミニリカにお願いしていたっけ。ミニリカはミニリカで何を思ったか、『じゃあ、せっかくだし私も……のう?』って自ら髪留めをしゅるしゅる外してなぜか俺の方へ。『たまには大胆なアレンジをお願いしたいお年ごろなのじゃ』って変に甘えてきやがった。
老い先短いババアロリの頼みなのでしょうがなく引き受ける。リアの髪を結うミニリカ、ミニリカの髪を結う俺、そして『きゅーっ♪』って俺の髪を上機嫌でひっぱりまくるちゃっぴぃという謎の図式が発生。クソ痛かった。
あと、泣き崩れるアレットに、アリア姐さんが「そう言うこともあるわよ……きっと、今は難しいお年ごろなのよ」って言わんばかりに背中をポンポン叩いて、優しくぎゅっと抱きしめて慰めていた。
『うわぁぁん……!』ってアレットは抱きしめ返していたけれど、いい年して「うわぁぁん」は無いんじゃないかと思わなくもない。
最終的にアリア姐さんの髪を結うアレット、アレットの髪を結うロザリィちゃん、ロザリィちゃんの髪を盛るパレッタちゃんと言う謎の図式が発生していたんだけど、マジでアレはなんでそうなったのか意味が解らん。ちなみに、パレッタちゃん自身は『アゲアゲで行く』と自身の髪をヴィヴィディナで盛っていたことをここに記す。
さて、そんな感じで過ごしていたところ、やっぱり頃合いになったところで外に異様な魔力の気配が。扉を開けて確認するまでもなく、外からは『くぉんくぉん!』って鳴き声が聞こえ、そして肌にピリピリと感じる筋肉の波動。
『お世話になります!』、『遊びに来たの!』ってギルとミーシャちゃん、そしてグッドビールの登場。この一か月でさらに磨いてきたのか、ギルの筋肉は最後に見た時よりもはるかにキレが良く、全体的にツヤツヤと輝いていた。
『久しぶりだなぁ、親友!』ってギルはすぐさま再会のポージング。ビシィッ! っと決まっていて、その場にいた全員が思わず『おお……!』ってため息を漏らし、拍手をしてしまうレベル。『これがうちの自慢のギルなの!』ってミーシャちゃんもたいそう誇らしげであった。
そしてやっぱり、ギルは『これ、手土産っす!』ってちょう笑顔でマデラさんにジャガイモの大袋をプレゼント。ギルの中ではこれ以上に無い最上位の敬意の現れである。珍しいことにそれ以外にもミーシャちゃんの地元の銘菓(?)的なものも渡していて、『あと、よくわかんないけどウチの親父とお袋からの手紙っす!』って便箋も渡していたっけ。
ちなみに手紙の内容は『よくある普通の挨拶と、良かったら今度こっちにも遊びに来てみませんか……ってやつだった』とのこと。どうもギルママ、去年もお世話になった【親友の実家の宿屋】があまりにも高級なそれだったってことに今になって気づいたらしい。で、ちゃんと筋を通すべく一筆認めたってところだろう。
前から思ってたけど、ギルの両親とは思えないくらいにギルママってその辺けっこうしっかりしてる。ギルも筋肉が絡みさえしなければその片鱗があるというか、気配りだとか気づかいだとか悪くないんだけど。脳ミソまで筋肉に魅入られているからあんまりそう見えない。
そうそう、俺たちが再会を喜び合っている間、リアをはじめとした宿屋連中はグッドビールに夢中だった。『おっきいワンちゃん! すっごい!』ってリアはグッドビールを思いっきりぎゅーっ! って抱きしめていたし、ナターシャやミニリカも『夏の時はいなかったよね』、『ずいぶんと人馴れしてるのう』ってびっくりしていた。
グッドビールも初めて来る場所に興奮しているのか、それとも遊び相手がたくさんいて嬉しいのか、『へっへっへっへっ!』って舌出してアホ面してたいそう嬉しそうに走り回っていた。まずテッドの股座に突っ込んで、その次にルフ老を押し倒してそのルフ老ヘッドを嘗め回してレロレロにし、チットゥの股座に飛び込んだのちにアレットに突撃していたっけ。
押し倒されて顔面をレロレロにされたアレットは、『げ、元気なのはいいことね……!』ってちょっと複雑そうであった。一応こう言うのにわずかばかりの憧れがあったものの、実際やられてみるとそれなりの恐怖と言うか、思った以上にハードだったらしい。まぁあいつデカいもんな。
ともあれこれで全員集合。宿の中もだいぶ賑やか。去年に比べてアリア姐さんと言うそこで日光浴しているだけで金になる使い魔に、グッドビールと言う人懐っこさだけは人一倍で人に好かれやすそうな使い魔が追加され、そこにウチのちゃっぴぃとヒナたちも合わせれば、更なる集客効果を狙えることは間違いない。
夕餉の時間にて、ギルはひたすらポージングしまくっていた。どうもこの一か月、その大半を山籠もりして過ごしていたらしい。『良い機会だし基礎から鍛え直したかったのと、手土産用の金を稼ぎたかったんだよ。筋トレもできて金にもなるって最高じゃね!?』ってギルはちょう笑顔。一応親孝行になるのだろうか?
ミーシャちゃんは割と気ままにのんびり過ごしていたらしい。『朝起きて、二度寝して、おひさまが昇ってきたころにこの子のお散歩に出て……いつものところで釣りをして、夕方に戻ってきてそのままスヤスヤだったの』とのこと。散歩とご飯の調達(釣り)と言う名目があったため思った以上に休むことができたらしい。
ただ、『ちゃんと役目を果たしているのに、二週間程度で「遊んでないで働け」ってうるさいの!』ってミーシャちゃんは憤っていた。どこの家も似たようなものらしい。
宴会時もグッドビールははしゃぎまわっていろんな人に構ってもらっていた。意外なことにナターシャが結構ノリノリ(?)で、『ほーれほれ、ここか、ここがいいのかぁ……?』ってグッドビールの顎のあたりをずっとわしわしと撫でていたっけ。『小さい頃、大きな犬を飼うのにちょっと憧れていた』とのこと。ヴァルのおっさんもそれは初めて聞いたらしく、『……ちょっと本格的に考えとくかな』って珍しくまじめな表情をしていたっけ。
『ま、憧れが大きくなる前に、もっとデカくて面倒見のかかるイヌができたからそれで満足しちゃったんだけどね』ってナターシャはこっちを見てニヤニヤ。しかもあろうことか、『ほれ、久しぶりに撫でてやろう。嬉しかったら「わん」って言ってみな』って絡んでくるし。酒臭いわ息苦しいわで大変だったよ。
でも、『そのわんわん、私のなんですけど?』ってロザリィちゃんが助けてくれて本当に良かった。『ほら、「わん」はどうしたの?』って首元をくすぐられて、思わず『わん!』って言っちゃったよね。
『……そういや、もう取られちゃったんだっけか』ってナターシャはケラケラ笑っていた。『ヴァルぅ、ちょっとあんたイヌになってよ』って今度はおっさんにも絡みだした。『やべェ、なんかドキドキする』、『同じく』ってなぜかジオルドとクーラスの方が赤くなっていたっけ。
だいたいこんなものだろうか。みんなそろったこともあって、今日の宴会はいつも以上の盛り上がりだった。ミーシャちゃんもその小さな体のどこに入るんだってくらいに飲み食いしていたし、ギルも『うめえうめえ!』って盛大にジャガイモを食いまくっていた。手土産がそのまま流用されたの、気づいてんのかな?
そんなギルはやっぱり俺の部屋にベッドを持ち込み、スヤスヤとクソうるさいイビキをかいている。ポポルたちが『やっぱ親友同士一緒の部屋で寝るべきだろ!』って煽ってきたのもそうだけど、ギルのやつも『やっぱ親友と同じ部屋じゃないと妙に寝つきが悪くてすっきりしなくてな!』ってアホなことを言ってきたためである。
まぁいい。どうせこうなるなんて最初からわかっていたことだ。今では逆に、このイビキが懐かしく感じさえする。決して慣れたとは言わないが、お客様の安眠のためならこれくらい引き受けて見せるのがすごい宿屋の倅ってものである。いいか、それだけだ。
ギルの鼻には……ちょっと奮発してヴィヴィディナの複眼でも詰めておこう。この複眼、瞳の中にさらに瞳があってぐるぐる動いているっていう優れモノ。そのうえ物理的に単体でカサカサ動くって言うスペシャルな機能付き。すげえ。
ヒナたちが突いて遊んでいたんだけど、当のヴィヴィディナの目玉は今日は普通に単眼だった。たぶんうっかりポロっと零れ落ちちゃった奴だろう。みすやお。




