338日目 罠と具現
338日目
朝起きたらヴィヴィディナが天井でカサカサしていた。これが俗に聞く夜這いってやつか。
いつもよりほんのちょっぴり遅い時間に食堂へ。一応は休みの日だからか、やっぱりロザリィちゃんはまだ起きていない。そしてこっちにやってきたばかりのポポルやパレッタちゃんも同様。珍しく遠出するのであろうナターシャとおっさんだけが食堂にいたっけ。
とりあえず暇だったのでナターシャ用の毒杯を作ってみる。ちょうどヴィヴィディナが足元をカサカサしていたので、適当にちぎってなんかよくわからん……粘液(?)のようなものを混ぜてみた。毒性があるのかしらんけど、何らかの劇物であることは間違いないという至高の一品。これぞ究極。
『遠慮せずに飲んでいいんだぞ』ってナターシャに差し出したら、『あんたが飲め』って問答無用で口に突っ込まれた。事前に吸収魔法を展開しておかなかったらだいぶヤバかったかもしれない。
しょうがないのでその後は普通に毒杯を作る。『今日のはのど越しは良いけど後味がなんかやだ』とのこと。後味の良い毒があってたまるかって思った。
割とどうでもいいけど、おっさんのくせに寝ぼけ眼で水浴びしているアリア姐さんに見とれていなかった。『少し前に、マデラさんに頼まれて大量の薪をへし折っているところを見てしまってな……』とのこと。何気にアリア姐さんもそれなりにお手伝いしていたらしい。ちょっとびっくり。
ぼちぼちしたところで、『ふぎゃああああ!?』って悲鳴が遠くから。ややあった後、やたらすっきりした顔のパレッタちゃんとちゃっぴぃ、そして普通の表情のロザリィちゃんとミニリカ、割とガチで涙目になっているポポルがやってきた。
リア曰く、『フライングボディプレスってあんなに飛べるんだね』とのこと。あまりにベッドがふかふかなものだから、ついついパレッタちゃんが(ポポルを実験体として)試してみたくなったらしい。その様子を見ていて堪らなくなったちゃっぴぃが第二波として追加攻撃を行ったようだ。
『……でもポポルくん、なんだかんだで受ける直前に結界張ってたんだよね』ってロザリィちゃんがこっそり教えてくれた。あいつも成長したということか。
午前中はゆったりと過ごす。ポポルもパレッタちゃんもそのつもりのようで、適当なところで我が家のようにダラダラしていたっけ。普通に暖炉の前に陣取って、ヒナたちを適当に膝の上にのせて……奴らの適応力は見習うべきかもしれない。
なんとなく今まで家でどう過ごしていたのかを聞いてみる。『最初のうちはよく帰ってきたーってチヤホヤしてくれたし、ダラダラしていても許してくれたんだけど、最近はダラけてないで仕事の一つでも手伝えってうるさかった』とはポポル。『せっかくの休みなのに働けとか意味わかんね』って文句タラタラ。
同じことを俺が口にしたら、きっとマデラさんに死よりも恐ろしいお仕置きをされることだろう。考えただけでもケツが痛くなってきた。
パレッタちゃんの方はもっと殺伐(?)としていたようで、『ほぼ毎日、ママと一緒にクソババアと戦っていた。あれほどしぶとく狡い、生き永らえてしまった生き物を私はしらない』って真顔で呟くパレッタちゃんが怖い。パレッタちゃんのおばあちゃんって人がどんななのか非常に気にかかる。ちゃっぴぃの躾に使えないかな?
俺たちのことを話している間にもお昼の時間に。マデラさんがでっかいピザを焼いてくれたのでみんなで頂く。残念ながらケーキ奉行のジオルドがいないので俺が切り分けさせていただいた。男子だけだったら真っ先にサラミが一番乗ってる美味い奴をかっさらっていくポポルだけど、さすがにリアやちゃっぴぃがいる手前、普通に譲っていたのが印象的。偉かったので奴にはちょっと大きめに切ったそれをわたしておいた。
午後の時間、例の四人組のパーティが宿を発つことに。『居心地が良すぎて、お仕事したくなくなっちゃうから……』、『あと、さすがにこれ以上の連泊は金銭的に無理だ』とのこと。『今度は一年と言わず、半年くらいでまた訪ねてくれると嬉しいですね』って笑顔を返せば、『その時はぜひとも友達価格で……!』って四人ともに懇願された。一度でいいから最上級のグレードの部屋で過ごしてみたいらしい。目標があるのは良いことだって思った。
……なーんてやり取りをしていたところ、例によって例のごとくいつもの魔力の気配が。あ、と思った瞬間には宿屋の前にジオルドとクーラスがいた。どうやらこいつらも例の招待状を使ったらしい。
奴ら、俺が宿屋の人間としてそれなりに有能そうなパーティ(の中のおねーさん二人)と話しているのを見て、色々諸々勘違いしたのだろう。なんかすげえきりっ! っとした表情と強者のオーラを醸し出しつつ、『よう、旦那……また世話になるぜ?』、『おっと、俺たちと旦那の中だろ? いつもの部屋、ツケで頼むわ』……などなど、それっぽいムーブメントをかましてきやがった。
一応見てくれだけはそれなりだったからか、おねーさんの一人が『え……あの、知り合いだったりするんですか?』ってカッコつけてるクーラスに質問。『まぁ、旦那とはちょっと……浅からぬ縁が合って……ね?』ってクーラスは決め顔。『常連ってことか……!? その若さで……!?』って財布が驚けば、『隠してもしょうがないが……昔ァ、旦那と文字通りの死線をくぐったもんだ』ってジオルドもカッコを着けていた。
死線をくぐったのはまちがいないけど、昔といってもせいぜいがこの一、二年くらいの話である。なのになんであいつらはあんなにも大物ぶって見せたのか。あとあいつらに旦那呼ばわりされるほど俺旦那してなくない?
なお、奴らの【小さい頃から凄腕のため若いのに熟練が集うすごい宿屋の常連である】ムーブメントは、『おにいいちゃああああああん!』ってリアが盛大にクーラスに飛びついたことと、そしてルマルマ壱號で爆走したアリア姐さんが「あいたかった……!」と言わんばかりにジオルドに抱き着いたことであっけなく崩れ去った。
『おにいちゃああああん! あいたかったああああああ!』ってリアに抱き着かれてしりもちをついたクーラス。『…………そっか、そういう趣味かあ。そこまで懐かれるって、いったい何したんだろうね』っておねーさんに三歩くらい引かれていた。
「会いたかった……! ホントのホントに、会いたかったんだからぁ……!」とでも言わんばかりに全力でアリア姐さんにハグされるジオルド。『う、ぐ、ああ……!?』って顔面蒼白……というか、うっ血して赤黒い感じ。体中からミシミシメキメキとヤバそげな音。『……じょ、情熱的ですね!』っておねーさんに二歩くらい引かれていた。
そして『よーう、お前ら久しぶり! おやつめっちゃあるぞ!』ってクッキーの袋を持ったポポルがやってきた。『ねーちゃんたち、おやついるだろ? マデラさんが特別に焼いてくれたから遠慮せずもってけよ!』ってポポルはめっちゃ笑顔でおねーさんたちにおやつセットを渡す。
で、『これめっちゃ美味いよ! 俺いつもこいつらと一緒におやつ食うけど、こいつらもめっちゃ好きな奴の本家だもん!』ってとどめの一撃を。『……カッコつけてるだけの子供か』って財布がなんかホッとした顔でおやつを受け取っていたっけ。
なんだかんだで四人を見送り、そしてジオルドたちを引き入れる。『今年こそは……行けると思ったのに……!』って二人は悔しそう。去年よりかは風格が付いたから、上手くいけばチャンスがあるんじゃねって思ったそうな。
『身の丈をわきまえるこったね』ってマデラさんが珍しくケラケラ笑っていた。そりゃまあ、あんな無様な様子を見て面白くないはずがないわな。
あ、そうそう。さすがと言うべきか、ジオルドもクーラスも『これ、手土産です』ってなんか地元の銘菓(?)をマデラさんに捧げていた。『あらまぁ、悪いねぇ』ってマデラさんはにこにこ笑ってそれを受け取り、『……どうせ体で返してもらうから、気にすることないのにね』ってぼそっと呟いていた。やっぱ働かせる気満々らしい。さすがである。
いやはやそれにしても、アリア姐さんとリアの喜びようが凄まじかったね。もうずっと二人にべったりで、こっちのことなんてお構いなしなんだもの。夕飯の時もそれは同じで、アレクシスはマジでブチギレそう……というかブチギレていたし、ルフ老もルフ老ヘッドが真っ赤になるほど歯をぎりぎりしていたっけ。
『あの野郎……! 俺のリアを……ッ!!』、『許せん……! あんなグラマラス美人に抱き着かれるなど、断じて許せん……ッ!!』ってあいつら二人はあまりにも醜かった。アレクシスとはまぁともかくとして、ルフ老は既婚者だって話じゃなかったのか?
ざっくりこんなものだろう……最後になるけど、気になることが一つだけ。夕餉の時、ミニリカが端っこの方でマデラさんと何やらこそこそ話していた。『……例のブツ、あったよ』、『……そいつは僥倖。支払いはいつも通りに……』ってのだけは聞こえたけど、肝心の内容についてはつかめず。
『なんか探してるものでもあったのか?』って何気なく聞いてみれば、ミニリカは『んー? 女の子に必要なものじゃの♪』ってご機嫌ではぐらかしやがった。『楽しみじゃのう、ああ、楽しみじゃのう……! ようやっと長年の夢が叶いそうじゃあ……!』ってすんげえルンルン。あいつがあれほど上機嫌なの、俺が初めて魔法を成功させた時以来か?
きっとまたどうせヤバい顔面パックの材料か何かだろうけど……せめて保管に特別な方法を必要としないものであってほしいものだ。前なんかの呪われた石(を粉末にしたもの)を顔面パックしようとしたときなんて、女風呂の脱衣所全部が呪われて大変なことになったからね。
まぁいい。さっさと寝よう。たぶん流れ的に、俺が安眠できるのは明日が最後だ。旧交を温めるのは明日でいい……明日仕事じゃね? ちくしょう。おやすみ。




