333日目 リアの仕事の監察
333日目
寒い。ゆたんぽのくせにご主人様の傍にいないとはどういうことだ?
普通に起きて食堂へ。すでにリアが起きていて、テーブルの清掃や床の掃除なんかを行っていた……のはいいものの、俺を見るなり『ふんっ!』ってそっぽを向きやがった。昔の事をいつまでも根に持つとか、これだからガキは困る。
朝飯は普通に頂く。が、マデラさんに食器を戻したところで、『明日から普通に働いてもらうから、今日は肩慣らしとしてリアの仕事の監察だ』と言われてしまった。『まだ帰ってきて一週間かそこらじゃない?』って抗議したものの、『春休みが始まって三週間は経っただろ』と言われてしまう。それを出すのは反則だと思った。
ともあれそういうわけで、リアの仕事に付くことに。せっかく起きてきたロザリィちゃんとイチャイチャすることもかなわず。でも、『がんばって!』って朝からキスしてくれてちょう幸せ。ロザリィちゃんはいったいどれだけ俺を幸せにしてくれるというのだろうか?
……よくわからんのは、リアまでもがロザリィちゃんに『がんばってね!』ってほっぺにキスされていたことだろう。あの野郎、すんげえ舐め腐ったドヤ顔でこっちを見下してきやがった。……アレか、ちゃっぴぃの真似か?
最初の仕事はこの時間でも寝こけているクズ共を叩き起こすいつものアレ。『ラスボスは最後に取っておく』ってリアはまず最初にヴァルのおっさんのところへ。去年はまだ遠慮があったのに、今回は割と容赦ない感じで足蹴にして起こしていた。『遠慮するような人間じゃないって、よくよくわかっているから』とのこと。
実際、ヴァルのおっさんはリアの足首を掴んで振り払っていた。俺が受け止めなきゃ大惨事になっていたところだ。
続いてテッドの部屋……に入らせる前に俺が先に行く。子供に見せちゃいけない不健全なものがあったら大変なことになるしね。
小賢しくもあの野郎、秘密の引き出しの所に鍵をつけていやがった。都合よくあいつのピッキングツールがあったので開錠。開錠した瞬間に引き出しが盛大に開いて俺の腹に衝撃。舐めたマネしやがって。
それ以外は割と普通。足蹴にされたテッドは、『このくらいのガキならまだかわいいもんだし、お前の時は殺気があった』ってコメントしていた。失礼過ぎない?
ミニリカの部屋は割と穏やか。普通に服装は整理されているし、ミニリカ自身もきっちり毛布にくるまっている。
こいつがこんな時間まで寝ているのは珍しいと思いきや、枕元に何冊か怪しげな本が。そしてリアが当たり前のようにミニリカのベッドに潜り込んだ。『途中でちょっと休憩するから、夜更かししておいてって頼んだの』とのこと。リアがベッドに入った瞬間にミニリカが幸せそうにリアを抱きしめて、そしてむにゃむにゃと口元をほころばしていたっけ。
宿屋の人間として、客のベッドに潜り込むってどうなんだろう? ……いや、ある意味じゃ究極のサービスなのか? 構いたがりのババアロリにとってはこれ以上ないもののはず。子供ゆえにあったかいリアなら冷え切った手足も温められるだろうし。
しばらくしたところでババアロリの覚醒。『なんじゃ、お前は入ってこなかったのか……昔はよく入ってきたのにのう……』ってまだ寝ぼけていやがった。あいつマジで最近ボケ始めていない?
最後にラスボスのナターシャ。『ヨダレ枕カバーの洗濯はマデラさんがやってくれるんだよね』ってリアは言っていた。さすがのマデラさんも、あの劇物を子供に任せるような悪魔ではないらしい……いや待て、俺リアくらいの頃から普通にやっていなかったか?
今日もナターシャは下着姿でパジャマを着ていない。冬なのに寒くないのかといつも思う。『……男の人って、こーゆーのがいいんでしょ』ってリアが軽蔑しきった目で俺を見てきたので、『こんなの見ても、幻滅するだけだ。だいたいお前、俺が何年こいつの世話をしてきたと思ってる?』って答えておく。
これがロザリィちゃんやステラ先生だったら、俺は間違いなくドキドキしすぎてぶっ倒れていたことだろう。正直今それを想像しただけで心臓の動悸がヤバい。
やっぱりリアが揺さぶってもナターシャは起きなかったので、俺流のやり方で起こした。高確率で起こせるのは良いけれども、その度に片手が犠牲になるのはいただけない。それにこの俺でさえ、うっかりするとナターシャにサバ折りされかねないしね。
『普通の起こし方ってもんができないの……!? リアは優しく起こしてくれるのに!』ってナターシャは怒っていた。そう言うのなら普通の起こし方で普通に起きてほしいものだ。
その後はベッドメイキングの監察。とりあえず俺の部屋のをやらせてみれば、どうしてなかなか悪くはない感じ。さすがに俺レベルには到達していないものの、そこらの宿屋でこのクオリティなら「おっ、やるじゃん?」って思えるレベル。
『いっぱい、一杯練習したんだからねっ!』って言っていたので頭を撫でておいた。このまますくすくと育ってほしいところである。
その後はぼちぼち。洗濯物を処理したり、こまごまとした雑事を片付けたり……特にこれと言って特筆するべきことはない感じ。まだまだこまごまとしたところの詰めが甘いけれども、リアくらいの年頃ならアレで十分だろう。
宿屋のサービスについても、ちゃんと男の冒険者からはお駄賃をせしめていた。新規客にサービスのレモン水を渡した時だって、『おつかれさまです! こちら、サービスです!』ってぱぁっと笑ってキラキラした瞳で見つめて……その後、あからさまんしょんぼりすれば、まぁ大体の奴は心が折れる。
『はい、少ないけど取っておきな』ってにこやかに渡すやつもいれば、『ちょっと、気が利かないわね!』って隣の相棒にケツを叩かれて金を出す奴もいる。ただし、『金なら払うから、あとでもっとすごいサービスを……!』って言ってくるクズだけは……まぁ、ルフ老だったんだけどね。
まったく、ちょっと感情豊かに笑ったりしょんぼりしたりするだけで金が貰えるってんだから子供は羨ましい。俺の時はもう一工夫しないとお駄賃までもらえなかったし、貰えたとしてもほぼ全額【マデラさん銀行】に徴収されてしまった。
ああやってちまちま稼ぐことで、コイン一枚の重みを知ることになったとはいえ、マジでアレ本当に引き出せるんだよな?
夕方になる前くらいにはリアの仕事は終わり。『後は遊んだりしていていいの!』とのこと。とはいえ普段は遊び相手もいないので、適当に酒瓶の素振りとかをしているらしい。
『ひゃっはぁ! ひゃっはぁ!』って久しぶりに見せてもらったあいつの酒瓶ストライクは、去年よりも手首のキレが増して全体的な完成度が挙がっていたことをここに記す。
その後はちゃっぴぃ、ヒナたちと遊ばせていた気がする。やっぱ同年代や使い魔と遊べる機会ってのはこの時期には必要だろう。思えば俺も、子供遊びよりも前に金勘定やナイフの握り方の方をマスターしていた気がする。この街ではそれが正しいとはいえ、いつか社会に出た時に困らないよう、子供の時間と言うのも大切にしてほしいところだ。
というかこれ、本来はアレットとアレクシスが考えることだよな?
ざっくりこんなもんだろう。最後にマデラさんに軽く報告して終了。『ウチの宿屋としてはまだまだだけど、他の宿屋だったらエリートってところくらいかな』って言えば、『私も概ね同じ意見だ。あとはマナーと帳簿、客じゃないクズ共の相手の仕方を覚えさせておきたいね』ってマデラさんは言っていた。そういやリアが宿帳を開いたところを見ていない気がする。
夕飯後、ロザリィちゃんから『おつかれさまっ!』ってご褒美のキスが。おまけになんかぎゅーっ! って抱きしめてきて、俺の胸元ですーはーすーはーくんかくんかしまくっていた。いつになく積極的で甘えん坊。これが至福の時か。
『明日からお仕事再開するって話だし……今のうちに堪能してかなきゃって……!』ってロザリィちゃんは恥ずかしそうに言っていた。ロザリィちゃんが望むのなら、俺は仕事中であろうと応える所存。この世にそれ以上大事なことなんてないのだから。
今日もちゃっぴぃが俺のベッドに潜り込んでいる。寝相が悪くて足と尻尾が毛布からはみ出ている。こいつもやっぱなんかデカくなってきているみたいだし、大きめの毛布を申請したほうがいいだろうか。毎日見ていると気づかないけど、明らかに去年より俺のベッド占有しているじゃん。
寝よう。明日は仕事だ。切り替えていかなくては。




