322日目 祝いの酒
322日目
今日もいつもの時間に朝食の支度をしようとしたところ、『おはよっ!』ってまさかの寝巻姿ロザリィちゃんが。『ママがうるさいし、ここらでちょっと本気をみせてあげようかなって?』っておめめをぱちぱち。寝巻の上にエプロンを着用するという、新婚さんでもなければ見られない超レアな姿に。かわいい。
『……ホントのところは?』って聞いてみる。『──くんと一緒に料理するママがずるいって思ったからですぅ……!』ってぎゅて抱きしめられた。そんなところも本当に可愛い。
そうやって二人で朝餉の支度及びリゼルスさんのお弁当の準備を進めていたところ、『な、なにやってるの……!?』ってシルフィアさんがやってきた。『ロザリィが自分からお料理をするだなんて……! ママは今、夢を見ているのかしら……!?』って驚いたりも。ロザリィちゃん、『大袈裟過ぎっ!』ってぷんぷんしてたっけ。
ともあれ、今日は三人掛かりで準備。まさかこんな至福の時が訪れるとはいったい誰が想像したことだろう。もしかしたら、俺は世界で一番幸せなのかもしれない。
あ、スープについては今日もダメだった。『んー……美味しいけど、ママの味じゃないよね』ってロザリィちゃんからコメントを頂く。しかも驚くべきことに、試しにロザリィちゃんが作ってみたところ、普通にシルフィアさんと同じ味になった。いったいどういうこっちゃ?
『私にできて──くんにできないことって、無いと思うんだけど……もっと根本的な何かなのかなあ?』ってロザリィちゃんも首をかしげていた。というか、ロザリィちゃんに手取り足取り腰取り丁寧に作り方をレクチャーしたのはほかならぬ俺自身だ。マジでいったいどうなってやがる?
そんな感じで頭を悩ませていたところ、リゼルスさんの起床。『ロザリィがエプロンを着けてる……!?』ってめっちゃ驚いていた。『まさかこんな日が来るなんて……! これも──くんの影響なのかな?』って若干涙ぐんだりも。『パパも大袈裟過ぎっ!』ってやっぱりロザリィちゃんはぷんぷんしていたっけ。
朝食は普通に和やかな感じ。あ、アリア姐さんが「ちょっと飲んでみたいかも……」とでも言わんばかりにスープを見ていたので、『はい、あーん♪』ってシルフィアさんが飲ませてあげていた。いつのまにやら結構仲が良くなっていてちょっとびっくり……日中、俺たちと話していないときはアリア姐さんと一緒に過ごしているんだっけか?
朝食の後はリゼルスさんのお見送り。『今日は早く帰ってくるから、そのつもりで』とのこと。なんかシルフィアさんと顔を合わせてリゼルスさんはくすくす笑っていた。茶目っ気たっぷりであったことをここに記す。
あと、『今日のお弁当は本当に楽しみだ……! 今までに一番楽しみかもしれない……!』ってリゼルスさんは笑顔を隠せないでいた。そりゃあ、奥さんと娘の合作だって言うなら楽しみじゃないわけないか。せっかくだしちゃっぴぃにも少し手伝わせた方が良かったかな?
その後はお家の中でゆっくり。今日はこの季節にしては珍しいぽかぽか陽気だったからか、シルフィアさんは『アリアちゃんとヒナちゃんたちと一緒にお散歩がてら日光浴してくるね!』ってルマルマ壱號に乗って外に出かけた。『ママ、わかってるから! ちゃんと気も使える賢いママだからっ!』ってちょっと興奮気味に話していたっけ。
できればちゃっぴぃも連れて行ってほしかったけれども、まぁそれは望みすぎってものだろう。
で、俺たちはどうしようかと考える。シルフィアさんが気を利かせてくれた以上、お家デートとしゃれこみたいところ。未だ寝巻エプロン姿だったロザリィちゃんは、『とりあえず着替えてくるね』って自分の部屋にいったん引っ込んだ。
さてさて、俺も何かステキなプランを考えなくては、ここは一つお菓子作りデートでもしてみようか……とちゃっぴぃのほっぺをむにむにしながら考えていたところ、衝撃的な出来事が。
『おまたせ!』ってロザリィちゃんが来たの。珍しくお気に入りのタオルケットを持っていたけれども、それ自体は問題なかったの。
だけどロザリィちゃん、薄くて小さくてゆるゆるなシャツ一枚の……うん、めちゃくちゃ防御力の低い恰好だったの。マジで心臓止まるかと思った。
その姿を目に焼き付けてから慌てて後ろを向く。『き、着替えは!?』って声を上げるも、『……着替え? 何のこと?』って不思議そうに声を上げたロザリィちゃんがまるで当然とばかりに俺の隣に。
『や、その……すごく見えそうなんだけど』って声を絞り出したところで、『あ゛』って声にならない悲鳴が。『ち、ちち、違うの! これは誤解なの!』ってロザリィちゃんは必死に弁明。とりあえず、『風邪をひいちゃうからちゃんとしたのに着替えて……』って声をかけさせていただいた。俺ってばマジ紳士。
落ち着いたところで理由を聞いてみる。『そのぉ……普段はちょっと、ちょーっとだけルーズな格好してるんですぅ……──くんが馴染みすぎていて、ついうっかりしちゃったんですぅ……』とのこと。ロザリィちゃん、お家の中では割と肌を晒したい派らしく、家族だけしかいないときはちょっとドキッとするほど薄着であることが多いのだとか。
『今日は天気も良くてあったかいから、つい……! ふ、普段は人前であんな格好してないからね!? それは知ってるよね!?』ってロザリィちゃんは真っ赤っか。『むしろ俺の前でなら存分にああいう格好してほしいんだけど』って意地悪したら、『ばかーっ!』って思いっきり抱き着かれてすーはーすーはーくんかくんかされた。わぁい。
あと、『良かった……! 夏場じゃなくて……!』ともロザリィちゃんは言っていた。夏場だったらもっとかげ……じゃない、ルーズでだらしない恰好をしていたらしい。『ウチのアバズレに比べたら全然問題ないでしょ?』って聞いたら、『あ、あはは……』ってそのまま目を逸らされた。
……マジなの? なんかすんげえドキドキしてきたんですけど。
その後はまぁ、普通にお家でゆっくり。ロザリィちゃんのお部屋でファッションショー(残念ながらその大半がちゃっぴぃの、である)を開いたり、あるいはみんなでお昼寝したり。すごく充実して楽しい時間だったというのに、文章に起こすと大したことしてないようにしか見えないのが不思議なところ。文才の無さが恨めしいぜ。
夕方ごろにリゼルスさんとシルフィアさんが揃って帰還。『実はねえ、今日は二人で一緒に帰ろうねって約束してたの!』ってシルフィアさんはにこにこ。朝のアレはそういうことだったのだろう。
それだけだったら今日もお熱いですね……で済んだのだけれども、驚くべきことにリゼルスさんの手には上等なお酒が。『成人のお祝いのお酒はまだだっただろう? だいぶ遅いが、付き合ってもらえるかな?』ってぱっちりウィンク。めっちゃダンディ。
なお、お酒は何本かあった。『どれくらい飲めるかわからないし、お高めのを一本だけのつもりだったんだが……「礼と詫び」とやらで貰ったのだよ』ってリゼルスさんは言っていた。ルマルマ壱號には昨日のイノシシの肉も。まず間違いなく、お店のおっちゃんたちの誠意とかの現れだろう。スジを通すその姿勢、嫌いじゃない。
そんなわけで夕飯はイノシシ肉を豪快に焼き、全体としてメニューもお酒に合わせたものに。『かんぱーい!』ってみんなでグラスをごっつんこさせれば、そりゃもうびっくりするくらいに酒が進む進む。『そ、そんなペースで飲んで大丈夫なの……?』ってシルフィアさんが(ロザリィちゃんのことを)心配するレベル。
『全然大丈夫だもーん!』ってロザリィちゃんは結構な勢いで飲み、そして俺に甘えまくってきた。『ロザリィも弱い方だったか』ってリゼルスさんは苦笑い。お祝いのお酒だから抑えめにしているけれども、シルフィアさんも割とすぐに酔って上機嫌になってしまうらしい。
『む、息子の前で恥ずかしい姿は見せられないから……!』ってシルフィアさんは言っていた。以前ちょっと「やらかした」ことがあるって恥ずかしそうに言ってたっけ。
一方でリゼルスさんはそこそこ飲める感じ。普通に顔は赤くなるけれども、ちょっと笑顔が増えるくらいで酔っぱらって正体を失うって感じじゃない。
『実はだね……息子とこうして酒を酌み交わすのに、憧れていたのだよ』ってリゼルスさんはにこにこ。僭越ながらお酌させていただき、そしてお酌もされてしまった。『酒を飲むのは好きではある。好きではあるのだが……シフィは弱いし、リティアも強いほうではなかった。ロザリィは……二人に比べれば飲める方だが、しかし飲ませて良いタイプじゃない。愛する家族が家で待っているのに、外で同僚と飲む気にもなれない……わかるかい、この気持ち?』って、今までの分を清算するかのようにめっちゃ注いできたっけ。
その酒がまぁ上等でたいそうビビる。ホントならもっとちびちび楽しまないといけないやつ。『こういう機会でもないと景気よく飲めないから。遠慮せず好きなだけ飲みなさい』ってリゼルスさんはご機嫌。『あーっ! ずーるーいーっ!』ってロザリィちゃんも飲もうとしたけれど、『あなたはここら辺にしておきなさい』ってシルフィアさんがぴしゃりと止めていた。
一応書いておくけど、ちゃっぴぃには普通にジュースね。あいつアレで酒に悪い思い出(?)があるからか、酒そのものを欲しがったりはしないんだよね。
俺の方がリゼルスさんの酒を憚ることなく飲んでいたからか、リゼルスさんも知らず知らずのうちにペースが上がっていた。
『正直ロザリィが魔法学校へ行くと決まった時は本当に心配だった……世間知らずのこの子が親元から離れて生活なんてできるのかって……。ましてや、魔法を学ぶだなんて』
『こういうのを私が言うのもなんだが、ロザリィは家の中ではかなりだらしなくて……だいたいいつも、お気に入りのタオルケットをもって半裸で過ごしていてね。年頃の娘は父親との関係が悪くなると聞かされる中、昔と変わらず接してくれることに嬉しくなる半面、父親としては複雑な限りで……』
『学校で素敵な出会いがあればいいと思わないことも無かった。が、ウチの血はまず間違いなく……世間から見れば「重すぎる」のだ。それが不幸な事態を招かないか、この子が悲しい思いをしないか……最初の手紙が届くまでは夜も眠れなかった』
『いつからだったかな……。仲の良い女の子の友達のほかに、手紙にキミの名前が書かれるようになったのは。父親として気が気でないというのに、ちょうどそのくらいの頃から手紙の間隔が明らかに長くなってきてね……「充実している証拠じゃない!」ってシフィに笑われたけれど、本当にもうやきもきして……』
……と、リゼルスさんは明らかな長広舌。なんか一人でお酒を飲みつつ思い出すように語っている。『いつもはもっと抑えてるし、ここまではいかないんだけど……一緒にお酒に付き合ってもらえたのが相当嬉しかったみたいね』ってシルフィアさんがわらってた。
そしてちょっと……かなり嬉しい言葉も。
『最初はね……ロザリィが恋人を連れてくるって聞いた時、本当に気が気じゃなかったんだよ。いったいどんな奴を連れてくるのか、チンピラ上がりみたいなやつじゃないだろうか……あまりにもひどい奴だったら、玄関の前でぶん殴ってやろうとさえ思っていた』
『ところがどうだ! 実際に連れてきてくれたのは、またとない好青年じゃあないか! 気配りが良くて、優しくて……料理も家事も何でもできる。魔法の勉強はもちろん、畑を荒らした暴れイノシシをあっさりと始末した! ……なにより、ああ、この青年は本当に……本当に、心の底から私の娘を愛してくれて、そして一生をかけて幸せに添い遂げようとしている……』
『わかるかい? それを実感した時、一体どれだけ私が嬉しかったのか……! ああ、ようやく親として一つの責任を果たせたって思えたと同時に、純粋に、唯々……ただ、嬉しかったんだよ……!』
リゼルスさん、なんか目に涙を浮かべていた。もちろん、嬉し涙の方だろう。恥ずかしがって見せないように拭っていたけれども、あんなにポロポロ泣いているのに隠せるわけがない。『パパったら、もぉ……! 酔ってるんだからぁ……!』って冗談っぽくリゼルスさんを小突くロザリィちゃんもまた、なんかポロポロ泣いていた。
そして不思議なことに、俺の眼もなんかぼやけていた。いったいどうしてそんなことになったのか、マジで意味が解らん。嬉しい……とはまたちょっと違う、あの誇らしいようにも思える気持ちで、いったいどうして涙なんかが出てくるんだ?
結局、泣いていないのはシルフィアさんとアリア姐さんだけ。『やっぱり、こーゆーのは先にパパの方が泣くってホントだったんだね!』って優しくリゼルスさんの背中を叩いていたっけ。『ママの涙はもうちょっと後にとっておこうっと!』ってロザリィちゃんにもぱっちりウィンク。
そして、『……リティアも早く良い人連れてきてほしいなあ。まさかロザリィの方が早いとは』って別の意味で泣ける言葉も。『リティアまで男を連れてきたら、私の体は干からびてしまうよ』ってリゼルスさんは泣きながら笑っていたっけ。
……だいたいこんなものだろう。そのあとはもう、みんな照れ隠しをするかのように大いに笑い、そしてお酒をたくさんいただいた。『今夜は無礼講だもん!』、『娘に負けるわけにはいかないな!』って二人ともがケラケラ笑いながら飲んでいたのを覚えている。
『……ママも酔っちゃおうかな!』って辛抱堪らなくなったシルフィアさんも(比較的少なめとはいえ)追加で飲んでいた。滅多にない機会だし、大いに楽しんでほしいって思った。
一応、三人ともなんとか無事に寝室には戻れたけれど……リゼルスさんは俺の肩を貸さないといけないくらいにフラフラだったし、ロザリィちゃんも俺が抱っこしないとダメだった。シルフィアさんは自分で歩けたとはいえ、『眼がぐるぐるするの~!』って足取りがおぼつかない感じ。
まず間違いなく、明日は悲惨なことになるだろう。スープはその辺考えて作らないと。
俺のベッドにはちゃっぴぃが潜り込んでいる。たぶんこいつ、酒臭さとわずかばかりのカタストロフィのリスクを懸念したのだろう。俺的には飲み会明けのこいつがベッドにいる段階で相応の覚悟を決めなければいけないのだけれども。
まぁいい。さっさと寝ることに……一つだけ、リゼルスさんより送られた言葉に不穏なものがあったので、戒めのために書き記しておくことにする。
『わかるかい? わからないだろう……今の君には。そうだねえ……その娘が、どこの誰とも知らない男を捕まえてきて、「パパ、私この人と幸せになります!」って笑顔で告げてきたときのことを想像してごらん?』
……なぜかちゃっぴぃがクーラスを連れている姿を想像してしまった。そしてめちゃくちゃ腹立たしいしなんつーかものすごい勢いでブチ切れそう。次にあいつに会ったらガチめに呪っておくことにする。おやすみ。




