313日目 旅は続く
313日目
馬車の中がちゃっぴぃのヨダレ臭い。おかしい、ホントはロザリィちゃんの匂いでいっぱいのはずだったのに。
日の出とともに馬車は再び街道を走る。並走しているルマルマ壱號を見てみれば、アリア姐さんがなんとも心地よさそうに朝日を浴びていた。近くの川の水もきっちり飲ませた(?)し、久しぶりに大自然の息吹を感じられて嬉しいのだろう。
『……寝顔、見られなかったなぁ』ってロザリィちゃんが頭をぐしぐし押し付けてきてくれてちょう幸せ。『これはもう、埋め合わせしないといけないってことだよね?』って俺の腕に抱き着いてきたり、脇腹を突いてきたり、大胆にも足を絡ませてきたりも。『なんだぁ? いっちょ前にドキドキしてるのかぁ?』って左胸をペタペタされたときはもう、理性が吹っ飛びそうになったよね。
何がヤバいって、そんなことをしているロザリィちゃん自身が真っ赤なんだもの。『その、周りに誰もいないし、ちょっとの音はかき消してくれるし、こういう状況ってなかなかないから今のうちに楽しんでおこうかなーって……』ってはにかんでいたのを覚えている。
『一応、私からは全部見えるんですけどね』って御者のおっさんがぼそっと呟いていた。ロザリィちゃんは気づいていなかったけど。『まぁ、他のお客さんが来たら止めてくれればそれでいいですよ』って俺だけに伝わる様に言ってたっけか。
そんな感じで午前中はずっと二人で馬車の中でイチャイチャ。相も変わらず振動が酷くてケツは痛くなったけど、ロザリィちゃんとイチャイチャしていればそれすら気にならない。指を絡めて手を握り、なんとなくお互いに体を預けあって、とりとめも無いことをずっとずっと話していたっけ。
ああ、本当に幸せだった。たったそれだけのことがどうしてあんなにも幸せに感じたのだろう。あの、世界に俺たちしかいない感じ……懐かしいようにも、ちょっと切ないようにも思えるあの幸せな時間が、ずっとずっと続いていればよかったのになあ。
午後もやっぱり馬車は走る。一応アリア姐さんの葉焼けを気にしたものの、「これくらいなら物足りないくらいよ!」って感じでアリア姐さんはぐっ! って腕をやってた。夏のガチでヤバい日差しでもなければ日傘は必要ないらしい。
なお、エッグ婦人はアリア姐さんの膝の上でスヤスヤと昼寝をしていた。自分の子供はルマルマ壱號を牽かせているのに。何気にエッグ婦人、そういった意味ではかなりの大物である。
午後の割と早い時間にどっかの村に寄り道。どっかの商人(?)とその護衛である冒険者、都合四人ほどが馬車に乗ってきた。
『珍しい馬車もいたもんだなァ』、『あのソリはいったいなんなんだ?』……と、奴らはルマルマ壱號……というよりかはアリア姐さんに興味津々。冒険者の癖にアビス・ハグを知らないとか、きっとあいつらは三流だったのだろう。
実際、アリア姐さんが魔物ってところまでは理解できても、意外とヤバい魔法生物だってことは知らなかったっぽい。『おう、そんなソリじゃなくてこっちへ来いよ!』ってチャラそうなやつがアリア姐さんに声をかけていた。
アリア姐さん、にっこり笑ってそこらにあった樹を抱きしめてへし折っていた。『安物の鎧なら、何の苦も無く砕いてしまいますよ。それに彼女、気に食わない相手には容赦しないタイプですから』って俺が優しくアドヴァイス。馬車の中が血塗れになったらロザリィちゃんが安眠できなくなっちゃうし、処理も結構面倒くさいからね。
ただ、腹立たしいことに今度はそいつ、ロザリィちゃんの方をジロジロみてきた。なんかこう、明らかに下心満載の視線って感じ。最初は無視していたロザリィちゃんも、居心地が悪くなってきたのか俺の脇腹を肘でつんつんしてきた。もっとやってほしかった。
とりあえずメンチを切る。まさか年下相手に露骨にガンつけられるとは思ってもいなかったのか、そいつは明らかにビビっていた。
畳みかけるように『ちょっと魔法の練習しますね』って断りを入れてそいつの頬のスレスレに風魔法(見えない刃のアレ)をぶっ放す。『すみません、まだまだ若輩者で……コントロールが甘いから、こうして練習しているんですよ』って反対側の頬にもぶっ放してやった。
で、血を拭ってやるふりをして『てめェ、次に粗相をしたら二度とフォークを持てない体にしてやるぞ』って囁いておく。あの程度で竦みあがるとか、マデラさんの街の冒険者だったら笑いものにされているところだ。
幸か不幸か、ここで『……き、君たちもしかして、魔系学生かな?』って商人のほうが聞いてきた。にっこりとうなずいた瞬間に、冒険者連中が真っ青に。『魔法使いじゃなくて、魔系学生……!?』、『先輩がなるべく関わり合いになるなって言っていた……!?』、『魔物の首を千切ってアクセサリにしてたっていう、アレか……!?』って目の前でひそひそ。
先輩方のやらかしのせいで俺たちまで偏見を持たれてしまうとは。『僕なんかは、クラスのみんなや先輩方に振り回されてしまう大人しいほうなんですけどね』って事実を伝えたら、なんかそいつらみんな絶句していた。なぜ?
なんだかんだでそのあとは特にイベント無し。せいぜいが、馬車がちょっと揺れて俺と体が触れそうになった瞬間、連中が大袈裟にびくっ! ってなっていたくらい。あんなに露骨に避けられるとかマジ悲しい。
今日もやっぱりこれを馬車の中で書いている。今日はエッグ婦人にヒナたち、そしてアリア姐さんも一緒だ。ロザリィちゃんは俺の隣で小さな可愛らしい寝息を立てていて、ちゃっぴぃはそんなロザリィちゃんに正面から抱き着くようにしてスヤスヤと寝ている。
ヒナたち? ローストとポワレはアリア姐さんの胸の中で、グリルとソテーとマルヤキは俺の腹の上。ピカタがちゃっぴぃの胸の中に潜り込んでいたような気がする。
昨日は外で寝ていたアリア姐さんだけれども、今日は月に雲がかかっているからあえて外で寝る気分でもなかったらしい。「ちょっと、抱っこしてよ」って寝る間際になって腕を伸ばしてきたんだよね。というか、何気にちゃんと月光浴を普段からしていたことにちょっぴり驚きだ。
なお、例の連中は外。殊勝なことに自分たちから『年下を外で寝かせるわけにはいきませんから』って外で寝ることを申し出てきたんだよね。焚火も毛布もあるし、なんならサービスで結界も張ってあるんだから雨風も魔物も心配ない。問題なかろう。
とっとと寝よう。あんなクソでも机が恋しい。




