311日目 旅立ち
311日目
一輪の花が花束に。鼻の穴の拡張性の成長性に驚きを隠せない。
ギルを起こして食堂へ。今日は出発の日と言うこともあってか、割と珍しく休日(?)なのにみんなちゃんとそろっていた。中には……というか、七割くらいは二日酔いでフラフラだったけれども、それでも一応何とか身支度を整えている。『翌日のことを考えて飲む飲み会なんて、そんなの飲み会って言わないよな?』ってゼクトがストロングなことを言っていたっけか。
朝食はサンドイッチ。みんな問答無用でサンドイッチ。準備が比較的簡単なのと、量の調整の関係である。『余ったらお昼ご飯として持って行ってもらえるしね!』っておばちゃんもにっこり。最後の朝食だからと、ちょっと奮発していつもより豪華な仕様にしたとかなんとか。
せっかくなので、日頃の感謝を込めておばちゃんに花束を贈る。『あらま……! やだね、学生に口説かれちゃったよ!』っておばちゃんは照れていた。『なんだかんだで、こういう形で気にかけてくれたのはアンタが初めてだね……うん、ありがと!』ってにっこり笑顔。さすがにおばちゃんは俺の守備範囲外だけれども、良いことした後は気分がいい。
『う……! どうしよ、先生今まで一回もちゃんとお礼言ってなかったよぅ……!』ってステラ先生があわあわしていたので、『ルマルマ組長の僕から手渡したってことは、即ちステラ先生の意向も含まれているってことですから大丈夫ですよ』って優しく微笑んでおく。おばちゃんも『いいんですよ、気にしなくて! あれだけ美味しそうに食べてくれるだけで、十分な報酬ですから!』って豪快に笑っていたしね。
一応書いておく。ギルは今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。最後まで己の信念を貫き通すあの姿勢、嫌いじゃない。『今日もめっちゃ美味かったよ!』ってギルの眩しい笑顔に、おばちゃんも『お、おう……』って苦笑い。マジで片手間に蒸かしただけのやつだもんなアレ。
あと、ロザリィちゃんが『ずーるーいー……』ってほっぺを真ん丸にして俺に抗議。『私は花束貰ってないんですけど?』って俺の肩にどーん! って当たってきた。朝から最高すぎない?
しょうがないので、『花束はもう無いから、代わりに俺を花束だと思って……』ってこの身を明け渡す。『ならばよし!』って思いっきり抱きしめられ、そしてすーはーすーはーくんかくんかされまくった。『花束の代わりだもん……花束ならその香りを楽しむのは普通だもん……!』ってロザリィちゃんは楽しそう。通りすがりのライラちゃんが、『さすがにちょっとそれは……公の場でやっちゃダメだからね?』ってロザリィちゃんにやんわり注意を入れていたっけ。
その後はみんな最後の身支度を済ませ、トランク等をもって校門のところに集合。普段のローブ姿でもなく、かといって休日の私服姿でもない……旅装の姿がなかなかに新鮮。やっぱこういうのって個人のセンスがでてくるよね。
お見送りには当然ステラ先生(と、他の先生たち)が。『げ、げんっ、元気に過ごすんだよぉ……っ!』ってこの時点でステラ先生からは涙がポロポロ。頑張って頑張って泣かないようにしていたのに、やっぱりどうしてもダメだったらしい。
『うわぁぁぁぁん!』って泣き出されちゃったときはもう、思わず抱きしめに走……りたかったんだけれども、俺よりも前にアルテアちゃん他女子がステラ先生を抱きしめにかかっていた。優しく背中をポンポンと叩いて、『どうせまたすぐに会えますから』って穏やかに囁いていた気がする。ずるい。
んで、名残惜しいとばかりにステラ先生が『お願い、ちょっとだけでいいから……!』って俺たちみんなをひとりひとりぎゅ! って抱きしめてくれた。抱きしめてくれたって言うか、抱き着いてきたって言ったほうがいいかもわからん。
この時ばかりはもう、男子全員父性が刺激されまくって、下心なく普通に抱きしめ返していた気がする。なんとなく、世の中のパパさんって少なからずこういう経験をしているんだなって思った。
一応書いておこう。我がルマルマの心温まるふれあいを見て、ティキータのゼクトは『あいつらマジずるい』って文句を言っていた。というか、ルマルマ以外の全員が似たようなことを言っていた。そしてシューン先生が『みんなも遠慮しないで先生に抱き着いてきてもいいんだぞ! 寂しいのは恥ずかしいことじゃないからな!』って腕を広げたのに、誰もそれに応えない。いくらなんでもあんまりである。
ステラ先生が他の人にぎゅ! って抱き着いている間にルマルマ壱號の準備を整える。『よろしく頼むぞ』ってアルテアちゃんからはエッグ婦人とヒナたち、そして排卵促進剤の周期表を託された。いつぞやに比べてずいぶん落ち着いてきていたけれども、やっぱり手放すことはできないらしい。
ジオルドからはアリア姐さんを託された。アリア姐さん、「離れ離れになるのは……寂しいのよ……」と言わんばかりに涙をポロポロ。(割と珍しく)真っ当な力加減でジオルドの腕にすがり、一秒でも長く一緒に居ようとしていたっけか。
ジオルドの奴、『良い大人なんだし、泣くほどじゃないだろ?』って(割と珍しく)やんわりとアリア姐さんを抱きしめ返す。しばらく会えないから最後のサービスだと言わんばかりに、アリア姐さんをお姫様抱っこ。なんか、何気に結構な頻度でこれを要求されていたらしく、やってあげないとアリア姐さんは不機嫌になってしまうのだとか。
普段なら、それで満足するはずのアリア姐さんだったけれども、なんかいろいろ感極まってしまったのだろう。なんか普通に、「……もう、我慢できない」と言わんばかりにジオルドの頭をがしっと押さえた。『……えっ?』ってジオルドがびっくりしている間にも、アリア姐さんの顔が近づき、ゆっくり眼を瞑って……。
ちゅっ、ってアリア姐さんはジオルドにキスしてた。わーぉ。
『きゃあああああ!?』って女子の悲鳴。なんかとろんとした顔のままにっこり笑うアリア姐さん。『え……えっ?』って未だに何をされたのかわかっていない感じのジオルド。
まさか植物のアリア姐さんがあそこまで肉食系だったとは。名実ともに、ジオルドはまだ俺たちの誰もが踏み出していない領域へと一足先に旅立ってしまった。
そして、そんな様子を見ていたフィルラドが『……あの、その、実は何気に結構楽しみにしていたのですが』ってさりげなくアルテアちゃんにおねだり(?)。アルテアちゃん、ほんの少し顔を赤らめながらも『しょうがないな、まったく……』ってフィルラドに
──ちゅっ、ってキスしてた。わーぉ。
しかもしかも、『気をつけてな……良い旅を』ってさらにもう一回。まさかの連続攻撃にフィルラドは完全にフリーズ。少なくとも公ではめったにイチャイチャしないアルテアちゃんだからか、恋人同士とはいえ結構久々だったのだろう。
『だーいーたーんー!』ってアルテアちゃんはピアナ先生にからかわれていた。『えっ……!? でも、恋人同士ならこれくらい普通じゃ……!? うちにはもっとすごいことを毎日やってるやつらもいるんですよ……!?』ってアルテアちゃんは大慌て。去年は真っ赤になっていたことを考えれば、これも大きな成長と言えるのだろうか。
その後はまぁ、なんか「旅の無事を祈るおまじない」ってノリで女子が男子のほっぺにキスしてあげていたよね。パレッタちゃんは普通にポポルの胸倉を掴んでくちびるにキスしていたし、ミーシャちゃんはギルによじ登って『サービスしてやるの!』って肉食獣も真っ青な感じでそのくちびるを奪っていた。何気にウチの女子、結構積極的なタイプが多いのかも?
ノリのいい女子なんかは、誰にもほっぺにキスされなく不貞腐れている男子に『今までずっと、苦楽を共にしてきた仲だからね! これくらいのご褒美はあってもいいでしょ!』ってキスしてあげていた。『その代わり、休み明けの土産は奮発しろよぉ!』ってカラカラ笑っていたけれども……。
ほんのちょっぴり照れくさそうにしていたというか、なんか赤くなっていたように思えたのは気のせいか。案外、態のいい口実を探していただけかもしれない。男子の方は『実家の牛売り払ってでもすげェの買ってくるわ』って意気込んでいたけどな!
一応書いておく。それなりにたくさんの女子にほっぺにキスされたというのに、クーラスの憤怒の表情は治まるところを知らなかった。『あの野郎……ッ! 裏切者がァ……ッ!』ってブチギレ過ぎて逆にキレられないというなんともよくわからん状態。相手が魔物と言えど、ほっぺとくちびるにはあまりにも大きな差があるということなのだろう。
『い……今のうちに、奪っておくべきかしら……!?』、『で、でもこっちはあんなライバルいないわよ……!?』、『地元で取り返しのつかないことをしちゃってたらどうしよう……!?』ってクーラス派女子が葛藤していたことをここに記す。もう学校生活も半分終わるんだし、そろそろケジメを着けたほうがいいと思うんだけどね。
最後に、『旅のおまじないとして、おねがいできますか?』ってルマルマ代表としてステラ先生にお願いしてみる。ステラ先生、涙をぐしぐしと拭った後、『……うんっ!』って笑って俺たちのほっぺにキスしてくれた。
『げ、元気でねっ!』って言われながらステラ先生にキスされたのだ。これはもう、例え邪竜が百匹襲い掛かってきたとしても無事に切り抜けられる。俺たちにはステラ先生の確かなる加護があるのだから。
そんな感じでとうとう出発。互いに『あばよ』、『またな』って軽く一声だけかけて校門を出た。最後の最後、豆粒よりも小さくなって見えなくなるまで、ずっとずっとステラ先生がぶんぶんと手を振ってお見送りしていたのを覚えている。あの人本当に女神過ぎやしないだろうか?
一つだけちょっとした問題(?)が。町で乗合馬車を待っていたところ、ロザリィちゃんがお口をぷくっと膨らませてちゃっぴぃを抱きしめていた。『お別れしないのは良いんだけど、去年ほどの盛り上がりと言うか、ドキドキがなかったというか……』ってちょっぴり不満そう。俺と離れるのは絶対に嫌だけれども、それはそれとしてああいうシチュエーションでのドキドキは体験したかったらしい。そんなロザリィちゃんもマジプリティ。
『これはもう、家に着くまでの馬車でしっかり埋め合わせしてもらわないといけませんなぁ?』ってロザリィちゃんに問答無用でくちびるを奪われた。『別に今からでも俺としては問題ないよ?』って優しく肩を抱いたら、同じく馬車を待っていた何人かの客に『ちィッ!!』って盛大に舌打ちされた。何か嫌なことでもあったのだろうか?
だいたいこんなものだろう。この日記はとある宿場町の宿の一室で書いている。ロザリィちゃんの地元への直通の馬車が無い故、ここで別の馬車に乗り換える必要があったんだよね。宿の規模としてはお世辞にも良いとは言えないけれど、防犯他細かいところは丁寧だったからこの辺りじゃ一番マシだ。
隣の部屋だし、アリア姐さん、ヒナたち、ちゃっぴぃもいるから俺が向かう時間だけは余裕で稼げる。最悪普通に壁をブチ破ればいい。
ろくな机も無い、クソみたいなベッドの上でよくぞまぁここまで書けたと思う。明日も早いし、今日はもう寝るとしよう。ギルの鼻には……
いやギルいないし。もう癖になってんなコレ。
じゃ、おやすみなさい。




