31日目 魔力学:サイクルについて
31日目
天井から釣り針が垂れている。なにこれすっごく怖い。
釣り針をちょっきんし、トイレに流してからレポートを提出しに学生部へ。アエルノとバルトの連中はみんな頬がこけていて、非常に悲壮感が溢れていた。明らかに目つきがヤバくなっているやつもいるし、表情が死んでいるやつもいる。
『今回のレポートも一回目の再レポもボロクソになって返って来るぞ』って絶望のプレゼントをラフォイドルにあげたところ、『人柱ありがとうよ』ってレポートを奪われた。アエルノチュッチュの卑劣さには驚かされるばかりである。
ともあれ、例の約定があるため優しい俺は奴の行動を黙認すること。『これで……ダメなのかよ……』ってあいつは泣きそうになっていたから、結果的には目的を果たせたと言えるだろう。
なお、上級生たちもかなりお疲れの様子だった。一応、『目の前で互いにチェックしあってるのに注意しなくていいんですか?』って聞いてみたところ、ノエルノ先輩が『……本当はダメだけど、こっちも人間だからね。採点が楽になるならそれに越したことはないかな』って苦笑いしながら語ってくれた。
『この前も言ったけど、君たちのレポートの採点も、各々のレポートに対する解説も、全部全部ボランティアでやってるんだ。自分の研究を抱えている中で君たち全員のチェックをするのはものすごく大変だし、あからさまな不正行為でもなければ私たちはスルーする……というか、むしろ大歓迎』ってノエルノ先輩は疲れたように笑う。
なんか、どの研究室でもレポートのチェックが進むにつれて舌打ちの数が多くなり、雰囲気がギスギスしてくるそうな。『せめてそれ相応のお給料が出ればまだマシなんだけどね……』とのこと。『ごめんね、予算がしょっぱくて……』って大変申し訳なさそうに縮こまるピアナ先生が朝からスウィートにエンジェルでした。
ちなみにだけど、今はまだ忙しく無い部類に入るらしい。『今週に三回目の実験があるだろう? つまり、来週からはここに出されるレポートも三色になる。量もどんどん増えていくし、そうなると仕分けするだけで一苦労』とのこと。追加修正するたびにレポートの厚さも増していくから、そのうち人力じゃ研究室までもっていくことが出来なくなるそうな。
雑談をしてたらあっという間に時間になったため、今回も朝餉を取らずに教室に直行。今日の授業はアラヒム先生の魔力学。相も変わらず教室がカビ臭くて気が滅入る。ついでに腹が減って集中できない。
腹の虫を鳴かせまくる俺たちを見て、アラヒム先生は『朝食は……ああ、レポートの提出があったんですね』って一人で納得していた。そして、『そんな状態で授業を受けられるくらいなら、ちょっとしたつまみ食いくらいは目を瞑ってあげたいんですけどね……』って、意外にも柔軟な意見を述べてくれた。
『今からでもなんとかなりませんか?』ってお願いしたら、『昔、公式に飲食許可が出たのですが、それを逆手に取って授業中に骨付き肉のバーベキューをやりだしたバカどもがいたので……』って懐かしそうにつぶやく。
『本格的な触媒を使った超高精度裂造風魔法陣による消音、遮光、消臭を施しており、【匂いの強くないものに限る】、【授業の妨げにならない】、【片手で軽く食べられる程度のもの】という規定だけはクリアしていました。ですが、さすがにあのジューシーな脂が輝く骨付き肉を見過ごすことは出来ませんでしたよ』ってアラヒム先生は言っていた。
『部屋がカビ臭いからこうでもしないと食欲がわかなかった……というのが、彼らの一応の弁明です。あの時、一本でも貢いでくれていたら少しは考えたんですけどね……』と言葉は続く。魔系には碌なやつがいないと悟った瞬間だ。
さて、今日は前回に引き続き魔力学第一法則について学んでいく。前回は第一法則の概要として、魔力とは様々な形態を取りながらも、独立した系であるのなら変化前後でその総量は変わらないということを学んだから、今回はそこをさらに詰めていくって感じね。
以下に、ざっくりと今日の内容を記していく。
まず、繰り返しになるけど形態変化前後で魔力の総量は変化しない。すなわち、一つの体系の保有する魔力の総和はそれと外部の間に魔力変化のない限り一定不変であり、外部との間に交換がある場合は享受した魔力量だけ減少または増加するということが言える。
この魔力学第一法則(魔力保存の法則)を魔法的力を発生させる魔法陣(魔道具)に当てはめると、魔力を消費しないで継続的に魔法的仕事を発生させられる魔法陣は実現不可能であるということが言える。ちなみに、この魔力を消費しないで動くってやつは(現実的にあり得ないけど)第一種永久魔法運動と呼ばれるらしい。
これを踏まえたうえで、魔力学では以下の言葉は次のように定義される。
・魔法物体
魔力学で対象となるもの。単に物体とも、物質とも呼ばれる。
・系、システム
多くの魔法物体の集合。ぶっちゃけ基礎魔法材料学で学んだ奴とほぼ同じ。
・境界、領域、周囲
物体または系は境界で囲まれた領域内に存在する。境界の外側にある全ての物体を周囲と呼称する。もはや単語の説明になっていない気がしなくもないけど気にしない。
・開いた系
物体と周囲との間で魔力や魔法的仕事が境界を通して授受、かつ物体(魔法的流体)そのものも境界を通して領域内に流入、流出することが出来る系。
・閉じた系
魔力や魔法的仕事が境界を通して周囲と交換されていても、その領域内に同じ物体がいつまでも存在して変化する系。なお、この場合は境界を通して周囲との間に物体の流れが無いので、その変化を【非流れ過程】と呼ぶ。
・変化
物体の状態が変わること。
・過程
変化の連続したもの。
※なお、変化と過程は明確な区別なしに使用されている場合が多いが、過程は変化の起こる経路や状況を限定する条件に使用される。
・サイクル
物体がある初めの状態から変化を初めて、途中で種々の変化をして再び元の状態に完全に戻るとき、この一連の過程をサイクルと呼ぶ。
ここで、ある状態における物体または系の魔力学的状態は、その瞬間における魔浸圧力、魔度、魔容積などの物体の状態量の値が定まると決まる。
うん、難しい言葉がいっぱいでなにがなんだかわけわかめ。ざっくりとかみ砕いて述べるなら、『魔力をいろいろこねくり回すことでいろんな状態にできるよ! そして第一法則から、その状態はいくつかのパラメータより求めることができるよ!』ってことだろうか。
実際、アラヒム先生は『難しく述べましたが、実際の問題としては……例えばある状態の魔力塊に対し、ある条件の下で魔法的熱を加えた場合、その魔法浸圧力はどのくらいになりますか……って感じのものになります。これはサイクルの問題として良く扱うこととなり、魔力学では特に重要な話になりますが、その前提条件を述べたものだと思ってもらえれば』って言っていた。
なんでもこれ、魔導機関の原理に関わって来る話なのだとか。熱魔法の詳しい原理に迫り、極めれば魔力をこねくり回すだけで冷却魔法を再現することができるとも言っていた。よくわからんけど、アラヒム先生がそう言うのならそうなのだろう。
ポポルもミーシャちゃんもみんな涙目。ロザリィちゃんは『うぇぇぇ……!』って俺に抱き付いてすーはーすーはーくんかくんかしてきた。カビ臭さとわけわかんない話で限界を迎えたらしい。アルテアちゃんも眉間の皺が最後まで取れていなかった。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。夕飯はけっこうガッツリ食べた。ちょうど骨付き肉があったので、みんなでワイルドに噛み千切りまくる。ぶちィッ! って肉の繊維を断ち切る瞬間が最高。やっぱアレ、肉を食べてるぞって感じがして最高にグレート。
ギルは『うめえうめえ!』って骨ごとバリバリかみ砕いていた。あいつの顎ってすげーな。あ、もちろんジャガイモも美味そうに食べていたよ。
そんなギルは今日もスヤスヤと大きなイビキをかいている。日記を書くのに妙に気力を使ったせいか俺も眠気が凄まじい。安眠の願いを込めて、奴の鼻にはネムリタケの胞子を鼻に詰めておいた。グッナイ。