306日目 風呂場の暗黒大魔王
306日目
オリハルコンの欠片が究極物質になっている。もしかしたら俺は、踏み入ってはいけない領域にたどり着いてしまったのかもしれない。
究極物質に厳重なる魔法封印を施し、ギルを起こして食堂へ。今日はテストが無い日だからか、割とみんな普通に朝飯を食べていた気がする。何気にちょっと人が少なめだったのは、夜更かししていたせいで寝坊した奴が多かったから……かもしれない。
通りすがりのバルトのシャンテちゃんが『テストとかいうあまりにも強引で力技な方法でしか評価ができない現状に問題がある。普段の授業だけで評価できる方法を考えるべき。学生にとっても先生にとっても負担ばかり強いられる現行のシステムは即刻廃止すべきだ』ってだいぶキマった目でブツブツ呟いていた。疲れてるんだなって思った。
朝飯には海藻サラダをチョイスする。おこちゃまたちによる俺の頭髪へのダメージを少しでも和らげようと思った故である。少しでも毛根を鍛えて対抗しようと思った次第。……海藻サラダを食べるよりも俺の筋肉を鍛えたほうが建設的かもしれないけれど。
あ、ミーシャちゃんもグッドビールに『たーんと食べるの!』って海藻サラダを与えていた。グッドビール、いつも通りのアホ面で「へっへっへっへっ!」って美味そうに食っていた。相も変わらずあいつの抜け毛が激しいところを見ると、この海藻サラダにはあまり効果は無いのかもしれない。
あと、いっつもクラスルームの掃除をしているのは俺だ。グッドビールの抜け毛が少なくなったんじゃあなくて、俺が掃除の頻度を増やしただけだ。ホントはやりたくないんだけど、ああいうのが視界に入るとつい体が動いてしまうから仕方がない。マデラさんの宿であんなの放置してたら、地獄のケツビンタが待ってるしね。
ギルは今日も美味そうにジャガイモを『うめえうめえ!』って食ってた。『脳筋のお供にはこいつが一番だぜ……!』ってほかの奴にもジャガイモを勧めまくっていた。『……案外マジで効果あるかもな。少なくともゲン担ぎにはなるか』って珍しくアルテアちゃんも一緒にジャガイモを食べていた気がする。
さて、創成魔法設計演習は先週の発表で完全に終わったため、今日は予備日と言う名のお休み。なんだかんだで週の真ん中に自由時間があるというのはテスト勉強的にはかなりありがたい。できれば平常時も真ん中を休みにしてほしいけれど、さすがにそれは贅沢が過ぎるか。
ともあれ普通にテスト勉強。『せんせい、よろしくね♪』ってロザリィちゃんが俺の個人指導を所望してきたためそう言うことに。手取り足取り腰取り丁寧にいろんなことを教えさせていただいた。イチャイチャしながら勉強することのなんと楽しいことか。ロザリィちゃん、『もっと近くに来てくれないとやりづらいんですけど?』ってめっちゃ距離詰めてくるし。髪から良い匂いがするし、めっちゃ肩が触れてるし……一体どれだけ俺の心臓をドキドキさせれば気が済むのやら。
いつもならこの辺で舌打ちコンチェルトの大合奏のはずなのに、意外なことに今日は特に何もなかった。『舌打ちする気力も無い』、『と言うかもう何も考えたくない』……などなど、みんな明日の魔導工学のテストに対してだいぶナーバスになっている模様。
あまりにもみんながシケたツラをしていたからか、使い魔たちの方もなんか不安そうな感じであった。いつもならみんなが忙しかろうとちゃっぴぃが遊んでくれとせがんだり、ヒナたちがこれ幸いとみんなの前でケツフリフリをするというのに、今日は一切そういうことはせず。
たしか、ちゃっぴぃは俺の背中に『きゅー……』って抱き着いていて、ヒナたちはアルテアちゃんのローブの中に潜り込んでいた気がする。アリア姐さんはクラスルームの端っこからジオルドをハラハラしながら見つめていて、そしてヴィヴィディナは天井をカサカサ。ちなみに今日はカマドウマのような形態であった。
ただ、グッドビールだけは普通に「へっへっへっへっ!」ってアホ面して舌出してミーシャちゃんにじゃれついていた。ミーシャちゃんが何度もわしわしと顎の下を撫でてやっても満足せず。しょうがないので俺が少しだけ相手をしてやったら、あの野郎それが堪らなくうれしかったのか俺を押し倒して顔面をレロレロにしてきやがった。ちくしょう。
おやつの時間頃、あまりにもみんなの空気が暗かったので、気分転換もかねてハゲプリンを作る。基本的にプリンは材料を混ぜて蒸して冷やすだけだから簡単。『たまには俺も手伝うか……』ってクーラスが罠魔法で氷結罠(激弱)を作ってくれたおかげで冷やすものあっという間。何気に変なところであいつ便利だ。
そして、おやつの匂いに惹かれたのか『……み、みんな頑張ってる?』ってステラ先生がやってきた。うっひょう。
『べ、別にプリンの良い匂いがしたからとか、そういうのじゃないんだよ? ただ、みんなのテスト勉強もそろそろ先生の助けが必要な頃かなって思って……!』ってステラ先生は俺の後ろのハゲプリンをちらちら見ながら言い繕う。
『人数分しか作ってなかったので、僕のをどうぞ』ってちょっとだけ意地悪してみれば、ステラ先生ってば【がーん……!】って感じにあからさまにショックを受けた後、『……そ、それは本来──くんのものなんだから、せ、先生のことは、気に、しなくていいから……!』ってすんげえ必死、ホントに涙目になって俺のお誘いを断ってきた。あの人マジで天使か?
種明かしをしたら、『お、大人をからかうなぁーっ!』って真っ赤になってポカポカ叩いてきた。かわいい。すげえかわいい。出来ればもっと叩いてほしかった。
……なーんて思ったのがいけなかったのか、『ステラ先生の敵は私たちの敵だ』って女子にケツビンタされた。どうせ叩かれるならロザリィちゃんの方が良かった。それだったらむしろ、こっちの方から叩いてくださいってお願いしたのになあ。
ともあれ、その後は和やかにおやつタイム。『なんだかんだで、みんなとこうしておやつを食べるの結構久しぶりかも……!』ってステラ先生も嬉しそう。言われてみれば、俺も最近ステラ先生にハゲプリンを貢いでいなかった気がする。俺としたことが何たる無様な。今後二度とこのようなことが無いように、再発防止策を考えておくこと。
おやつの後はテスト勉強再開。ここでもやっぱりステラ先生が大活躍。『ここはねぇ、こーゆー風に考えるとらくちんだよっ!』、『一見難しそうに見えるけど、今のみんななら絶対に解ける問題だからねっ!』……などなど、あちこちで励ましと的確なアドヴァイスを送りまくっていたのを覚えている。
『めっちゃ近くて……良い匂いがして……!』、『髪の毛くすぐったくって、なんかあったかくて……!』って男子は赤くなってドキドキしている奴が多数。当然ギルもトロールみたいなアホ面晒してデレデレ。これだから男ってやつはよろしくない。
そして無防備で距離感がバグってるステラ先生のことが心配でならない。いつかステラ先生が悪い男に騙されたりとか、勘違い野郎を量産してしまわないか本当に心配だ。やはり、俺が生涯をかけてステラ先生を見守り、そして幸せにして……いいや、一緒に幸せにならなくては。
とりあえず、哀れにも恋人がいなくてその手の耐性が一切ない奴らも含めて男子全員にこむら返りの呪をかけておく。ステラ先生がいかに女神と言えど、それにデレデレするやつを許せるはずもない。
『アンタも同罪だろ』、『むしろ一番タチが悪いのでは?』って女子に呪をかけられたのがわけわかめ。まぁ、『ステラ先生なら浮気してもいいけど、だからと言って私をないがしろにしていいわけじゃないんだからねっ!』ってロザリィちゃんのアツアツのキス(愛魔法たっぷり)であっという間に解呪できたけどな!
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。風呂場にて、『ルマルマはステラ先生と一緒にテスト勉強できるんだぜ?』ってほかのクラスの連中を煽ったら、『お前らマジずるい』、『嫌味かこの野郎』、『それは俺たちに対する侮辱だと受け取った』って第八次くらい風呂場大戦争が始まった。
工作兵のジオルド、遊撃のポポル、陽動のフィルラド、知略のクーラス、カチコミの俺、そして筋肉のギルという英雄候補がそろってもだいぶボロボロにされてしまった。お湯と石鹸水が縦横無尽に飛び交うあの光景は、まさに地獄の戦場と言っていいだろう。あれほどひどい戦場を、俺は今まで見たことが無い。
なお、最終的に戦場を支配したのは暗黒大魔王ラフォイドル。(たしか)バルトの連中が放った流れ弾によってラフォイドルの封印が解かれてしまい、覚醒したあいつがブチ切れて俺たち全員に暗黒魔法ぶっ放してきたんだよね。
杖無しとはいえ、風呂場で魔法をぶっ放すとかあいつヤバい。なんでもうちょっと落ち着きと寛容を持てないのだろう? おっかない人ってやーね。
結局、ルマルマ、ティキータ、バルト連合軍とラフォイドルって図式になったけど、やっぱりお湯とシャボンじゃ暗黒魔法には勝てなかったよ。ギルの筋肉が無ければ、俺たち全滅だったかもしれない。
そんなギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。鼻の穴には今朝の究極物質を詰めておくことにする。きっと明日には、魔法学界の歴史に新たな一ページが加わる……魔法学界の新たなる夜明けが訪れることだろう。これを以て今日の日記の締めの言葉とさせていただく。




