303日目 帰郷計画
303日目
ギルの体が熱いのに冷たい……ん?
ギルを起こして食堂へ。今日も今日とて、最後の追い込みをかけていたらしき連中が食堂で死んだように臥せっていた。広く静かな、それでいて飲み食いできる場所で勉強したい気持ちはわからなくはないけれど、だからといって夜更かしして朝に眠るこの生活習慣が良いものとはとても思えない。
というか、夜の食堂で勉強するよりも、落ち着くクラスルームかすぐに寝れる自室の方がよっぽど勉強は捗ると思うんだけど。何が連中がそうさせているのか、気にな……らないや、全然。
朝食にて焼きたてパンを食す。特に具材が入っていたり、バターやジャムをつけたりするわけでもない普通のパン。たまにはパンそのものの本来の味と、純粋足る「焼き」を楽しみたいと思った故である。やっぱり焼き立てのあの香ばしさって、なんだか堪らなく幸せな気分になれるよね。
が、俺のお膝の上のちゃっぴぃはそうでもなかったらしい。三口目までは普通に『あーん♪』されてくれたのに、以降は『きゅ!』ってそっぽを向いて断固拒否の構え。しょうがないのでジャムを塗ってやったら『きゅ! きゅ!』ってケチらずもっと塗れとせがんできやがった。ガキのくせに贅沢言いやがって。
俺の時は泣いて喚いてジタバタしてもナターシャはジャムを一つのパンに二回までしか塗ってくれなかった。でも俺は優しいから、腹を尻尾で突かれただけで三回も塗ってやった。俺ほどやさしい人間が、果たしてこの世にいるのだろうか?
なお、ギルはやっぱり今日もジャガイモ。『うめえうめえ!』ってたいそう嬉しそう。ギル登りに興じていたミーシャちゃん、ポポル、パレッタちゃんが『なんか変な感覚なの……』、『触ってるとなんとなくヤバい気がするけど、でも普通に触り続けられる』、『混沌の極み。最高』ってそれぞれコメント。熱くて冷たいって結局どっちなんだろうね?
さて、今日は本格的にテスト勉強……の前に、帰り支度を整えることに。直前になってドタバタするのもイヤだし、時間にゆとりはあって困るものじゃないからね。
一応、来年もこの部屋を使うから大きなものは残しておいて問題ない。特に教科書なんてものは実家で開くはずがないし、何よりかさばって重い。わざわざトランクに詰めるもの好きなんていないだろう。
だからちょっとした細々なものを詰めておくだけに留めておいた。普段から整理整頓をしている俺ってばマジ良い子。
問題なのはちゃっぴぃの分の荷物だ。どうせそこらで拾ってきたガラクタしかないというのに、あいつは宝物は譲れないとばかりに俺のトランクの中にぽいぽい入れてくるんだよね。ただでさえあいつの水着だの衣装だので嵩が張っているというのに。こいつ使い魔の自覚あるのかな?
ともかく荷物については割とすぐに終了。あとは来週の俺に任せる。
その後、クラスルームにてみんなと雑談。『意外とゴミがあったな……』、『無くしたと思ったものが変なところから出てきた』ってのは良いとして、『しまった記憶のない下着が、いつもは絶対にしまわないところから出てきた』、『自分のじゃない下着が見つかった』って女子たちが話していたのが気にかかる。一体彼女らはどういう衣服の管理をしているのだろうか?
で、なんだかんだで使い魔たちの春休みにおける処遇の話に。
まず、ちゃっぴぃは普通に俺たちと一緒。今回は俺とロザリィちゃんが一緒に行動するから、それについては悩む必要すらない。
次にグッドビールはミーシャちゃん。家に連れ帰ることに特に問題はないらしく、『みんなに自慢しまくってやるの!』とのこと。念願の使い魔を見せびらかしたくてたまらないのだろう。
ヴィヴィディナは当然のごとくパレッタちゃん。『ヴィヴィディナがいなきゃやってらんねェ。誰が好き好んであのババアと同じ家にいなきゃいけないのか。ヴィヴィディナが一緒じゃなかったら帰りたくもない』ってパレッタちゃんは吐き捨てる。マジでパレッタちゃんの家の闇って深くない?
そしてヒナたちとエッグ婦人は『今年も頼むぜ?』って普通に任された。『ウチの実家に連れ帰ると、エッグ婦人は食われる』ってフィルラドはマジな顔だったし、アルテアちゃんも『ホントは連れ帰りたいのは山々なんだけどな……命には代えられないよ』ってあきらめた顔。
ともあれ、エッグ婦人は卵係として、ヒナたちは客寄せとリアのおもちゃとしてせいぜいこき使ってやろうと思う。面倒を見てやるんだからこれくらいの要求はしてもいいはずだ。
ここまで順調だったけど、問題だったのが最後の一匹。
『……マジでどうしよう』って悩むジオルド。「おねがい……! なんでもするから、捨てないでよぉ……! 悪いところがあったら、直すからぁ……!」……とでも言わんばかりに泣きそうな顔でジオルドに縋りつくアリア姐さん。
言わずもがな、アリア姐さんは移動に適した体をしていない。当然、長旅についていけるはずもない。今でさえ、移動するときは基本的にジオルドがお姫様抱っこしたりおんぶしたりしているのだ。旅の途中でそんなことしていたら、襲ってくれと言っているようなものだろう。
で、ぶっちゃけるとアリア姐さんならルマルマでお留守番も可能。元が植物なので水とお日様さえあればだいたいなんとかなる。この学校も全くの無人ってわけじゃないし。
が、アリア姐さん自身が「そんなの、ぜったいイヤ!」と言わんばかりに断固拒否の構えを崩さない。平日の日中だってちゃっぴぃとかと一緒に遊んですごしているから、もう一人ぼっちは絶対に耐えられないらしい。
一応、ステラ先生はいる。そういう意味では、寂しがりなステラ先生と残るアリア姐さんと言う組み合わせは悪くはない。
悪くは無いんだけど……『変な依存とかしちゃいそう』、『ハマって戻ってこられなくなる方のヤバいやつ』ってみんながそれは「ナシ」だと判断した。ステラ先生、地味に前科もち(?)でもあるらしいしね。
すったもんだの協議の末、『ルマルマ壱號使えるの、お前の所だけだし……すまんが、頼む』ってジオルドが頭を下げてきたのでそういうことに。俺とロザリィちゃんの邪魔をしないことと、ちゃっぴぃの面倒を見てもらうこと、さらには宿屋での客寄せを条件に引き受けることとした。
「捨てないで……! お願いだから、捨てないで……!」ってアリア姐さんはそれでなお悲壮な表情だったけれど、宿屋で何をさせられるつもりだと思っていたのだろうか。最近マジで俺に対する謂れのない風評被害が大きくなっているような気がする。
そんな感じで話がまとまった後は改めてテスト勉強。テスト勉強していくばくもしない間にステラ先生がやってきた。うっひょう。
『あ……そっか、来週のこの時間にはもうみんな帰り支度は終わってるんだよね……』ってステラ先生は寂しそう。まだ一週間は先の事のはずなのに、もうこの段階でちょっと泣きそう。『……また、一人でご飯を食べる日が来るのかぁ』って呟かれたときはもう、なんか居た堪れない気持ちでいっぱいになっちゃったよね。
『従業員権限を使うので、お仕事が片付いたらすぐにウチに遊びに来てくださいよ』って誘っておく。『嬉しいけど……お休みの日まで先生が一緒だと、みんなの気が休まらないだろうし……それに、これ以上甘やかされると先生ホントにダメ人間になっちゃう……!』ってステラ先生は涙目。この娘なんでこんなにいじらしいんだろうか。
最終的に、ロザリィちゃんとアルテアちゃんが『……友達以上の関係だと思ってたの、私だけだったのかな?』、『寂しいときは素直に誰かに甘えて良いんですよ』って両脇から抱きしめにかかることで事態は解決。ステラ先生、なんか目をぐしぐしこすって無言で二人にぎゅーっ! って抱き着いていた。ちゃっぴぃもぱたぱた飛んでステラ先生の背中に抱き着いていた気がする。
『心はいつだって先生と一緒だよ!』、『イヤだと言っても、卒業した後だってずっと俺たちの関係は変わりませんよ!』って男女ともにステラ先生に温かい言葉を投げかけていたけれども、あいつらそういう態で勉強をサボっていただけだと思う。ステラ先生のことを気にかけるのはもちろん大事だけれど、それ以前に再履や留年になってステラ先生を悲しませるようなことだけはしてほしくないものだ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。結局あの後ほとんどテスト勉強をしていたため、あまり書くことが無い。せいぜい風呂場でゼクトが転んでしたたかにケツを打っていたことくらいか。なんか誰かが古びた石鹸(良い匂いがするやつ。お土産って言っていたような?)を蹴って遊んでいたんだけど、それでつるって滑ってやっちゃったんだよね。
なお、そのおかげで床がとっても良い匂いになっていたことをここに記しておく。書いていて思ったけど、本当にどうでもいいことだった。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。明日から二年生最後のテストが始まる。今日はほどほどにしてさっさと切り上げ、明日のための英気を養うこととしよう。
ギルの鼻には小さな鉄くずを詰めておく。箱の隅っこにあったやつね。おやすみなさい。
※燃えるゴミは卒業。魔法廃棄物は卒業できなかった。




