299日目 創成魔法設計演習:最終発表(ルマルマ&バルト)
299日目
ギルの筋肉からサクサク音がする。なんかおなか空いてきちゃった。
ギルを起こして食堂へ。食堂について早々、グッドビールがフィルラドの股座に頭から突っ込んでいるのを発見。何がどうしてそうなったのかはしらんけど、「へっへっへっへっ!」ってあいつはアホ面晒して舌を出してフィルラドにじゃれつきまくっていた。
『いや……たまにはちゃんとエッグ婦人とヒナたちの面倒を見ろってケツを叩いていたら、なんか遊んでもらってると勘違いしたみたいで』とはアルテアちゃん。まず間違いなく、グッドビールはフィルラドのことをアルテアちゃんのおもちゃ、ひいては自分も遊んでいいおもちゃだと勘違いしたのだろう。強ち間違ってはいない。
『おねがい、ズボンだけは勘弁してくれ……!』ってフィルラドは必死だった。『ウチのグッドビールが……そんなのウソなの……!』ってミーシャちゃんはなんかめそめそしていた。うちのちゃっぴぃは俺のお膝の上で大人しくしてくれるから可愛いものである。
なお、グッドビールのもう一人の主であるギルは『うめえうめえ!』って元気にジャガイモを食っていた。『あれ放っておいていいのか?』って聞いてみるも、『遊んでくれてありがとな!』ってフィルラドに笑顔でポージングするばかり。如何にもギルらしい回答だったと言えよう。
さて、今日の授業は創成魔法設計演習。前回と同じく、講堂的なあそこ……なのはいいんだけど、なんか普通に先生たちがいっぱい。
シューン先生、グレイベル先生、ピアナ先生。まぁここまではわからなくもない。シューン先生はかまってちゃんだし、グレイベル先生とピアナ先生は俺たちの応援に駆けつけてくれたって所だろう。そんなところも最高に親しみが持てる。シキラ先生がいるのは前回もそうだったし、それなりに覚悟はできている。
が、ここにまさかのテオキマ先生が。マジかよって思ったよね。
龍王に睨まれたゴブリンの如くみんなでビビり散らしていたところ、『お、おまたせ……!』ってステラ先生がやってきた。今日もいつものストール姿が可愛い。防寒用のひざ掛けも素敵。あったかそうな冬の装いも、どうしてあんなにも魅力的なのだろう? 先生のお気に入りのハイネックの縦セーターがローブの下にちらちら見えて、俺もう授業どころじゃなかったよね。
そんな寒さ対策ばっちりのステラ先生に、『この状況はいったい?』って聞いてみる。『その……前回の授業が、ちょっと職員室で話題になっちゃって。ぜひとも同席させてほしいって要望が出てきて。先生たちのお勉強と言う意味で重要だから……って話が膨らんで、こういうことになっちゃって?』ってステラ先生が今日も可愛かった。最高。
マジな話、同席させてほしいって言ったのは(悪い意味で)テオキマ先生、(ヤバい意味で)シキラ先生、(面白そうだから)シューン先生ってところだろう。兄貴と天使は巻き添え(?)を喰らった感じに違いない。
……いや、もしかしたらキート先生が心配になったからかもしれない。『やべェよ……やべェよ……!』って、キート先生にしては珍しく砕けた口調でなんか汗ダラダラだったからね。
ちなみに、先生だけでなく再履の上級生のみなさんもいっぱい。いつもの魔法材料学でよく見る人たちもいれば、あんまり見たことのない人たちもいる。前者はシキラ先生のお供(?)で、後者は何とテオキマ先生のお供。悲しいことに、あの中にはシキラ先生のお供かつテオキマ先生のお供でもあるという悲しき業を背負った人もいたっぽい。
『俺らはあくまで傍聴者だから、気にしないでいつも通りにしてくれていいぜぇ?』ってシキラ先生はにっこにこ。『……すごく性格の悪い質問してくるから、言葉通りに受け取るな』って上級生の一人が口パクで必死にこっちに訴えかけてきた。
『キミらの質疑応答や発表がなかなかしっかりしたものだと聞いてな。質疑応答の時はいつも黙り込んでいるこの腑抜けたちに、根性を学ばせに』ってテオキマ先生は額に青筋を浮かべながら告げる。再履の上級生(研究室所属の人かも?)は、真っ青になってガクガクブルブルしていた。
ちなみに再履上級生への受難はこれだけにとどまらず、『今回、お前らも必ず一回は質問しろよ』、『二年生より質問が少なかったりしたら再履な』、『当然、二年生よりもヘボい頓珍漢な質問をしても再履な』、『これは警告ではなく、忠告だ。チャンスを与えてやっているんだということを自覚しろ』……と、シキラ先生とテオキマ先生がマジなトーンで再履たちに告げる。なぜか関係ない二年生のほうまでブルっちまってるやつがいっぱい。
『えっ、嘘ですよね……!? この人数で質問とかしたら、逆に二年生たちの時間がなくなっちゃいますよ……?』って勇気ある再履が先生たちに反論。シキラ先生は『俺がこの手のことで嘘をついたことがあったか?』って返し、テオキマ先生は『そんなのわかってる。わかってて言っている。……いつも言っているだろう、周りは待ってくれないし、いつだって競争で早い者勝ちだと』って返す。怖い。
そんな不穏過ぎる一幕の後に発表会の開幕。一番最初はまさかのクーラスのところ。奴らが作ったそれは【嗅覚偽装兵装】なるすさまじい名前の一品。いったいなんのこっちゃ?
『単純に言うと、狩猟時における獲物の追跡、および遁走のための補助具です。常に軽微な風魔法を身に纏うことで自らの体臭を封じ込め、嗅覚的なステルス効果をもたらします』とはクーラス。
実際、なかなかよくできていたとは思う。あくまで目的は体臭をごまかすことだから風魔法そのものとしては出力は大きくなくて問題ないし、それ故に小型化・簡素化も可能。低出力ってことは長時間の稼働にもほとんど制限が無い。
で、司会進行のキート先生が『発表ありがとうございます。それでは、質疑応答のほうを……』って言い終わらないうちに再履の生徒が凄まじい勢いで手を挙げた。『普段からこの意気を見せてくれよ……』ってテオキマ先生のボヤキが妙に会場に響いたことをここに記す。
ともあれ再履の質問。『風魔法を使って匂いを封じ込めるとのことですが、原理として空気の膜のようなものを作るものだと認識しました。……屋外での使用を前提としているのは明白ですが、例えば雨が降った場合、効果は保証できるのですか? 空気が乱れてしまい、原理的にかなり難しいと思いますが、そこについてはどう思いますか?』……と、再履にしては意外としっかりとした言葉での質問。同じことを考えたのであろう再履が、すげえ悔しがって歯をギリギリしていたのを覚えている。
が、『…………悪手だな』ってグレイベル先生のつぶやきと、『……これだから物を考えて発言しないアホは』っていうテオキマ先生のため息が。
『……雨が降ってたら、これに頼るまでもなく匂いなんて届きませんね』ってクーラスの一言で、質問者はぴしりと固まった。「あっぶねええええ!」って感じで他の再履が胸をなでおろしていたのが俺たちからははっきり見えた。
次の質問。『低出力での稼働は魅力的ですが、単純な風魔法じゃないだけにかなり繊細でデリケートなものだとお見受けします。屋外での使用が前提なら、その辺の耐久性も問題になってくるわけで、消耗品的なものと考えるならコスト的にかなり負担が大きくなると思いますが、その辺の見解についてお願いします』……と、今度は普通に真っ当な質問。『……ま、悪くはない』ってテオキマ先生の言葉に、その再履は明らかにホッとした表情をしていた。
対するクーラスは、『ご指摘の通り、通常の風魔法要素を用いたものに比べて耐久性の点では一歩劣ると考えます。しかしながら、嗅覚的な隠蔽は特に敵から逃げる時に関しては絶大なアドバンテージ……いいえ、最後の命綱ともいえましょう。自らの命と目先の金を天秤にかければ、どちらに皿が傾くかは個人の価値観に寄りますが、しかしそれはそれとして今後の課題として捉えております』……と、結局のところ答えているんだがよくわからない感じにはぐらかす。
そして今度はシキラ先生が手を上げる。このまま無難に終わると思ったのにまさかのヤバいやつが来てクーラスほか班員の顔も引きつる。それでなお、『……どうぞ』って声を上げられる当たり、クーラスも肝が据わっていると思う。
『コストについての見解はわかった。量産性もこれなら問題ないだろう。単純な入・切だから操作性も悪くない……』って、シキラ先生はそれを評価して褒めちぎった……ように見せかけて。
『お前らこれ隠蔽のための道具なんだろ? 魔力感知式の敵がいたらモロバレじゃね? つーか、自分から居場所教えてるじゃん』……って、あまりにも無慈悲な突込みが入ってしまった。
さすがのこれには、アルテアちゃん、ジオルドであっても『あ、やべえ』って顔を隠せていなかった。ポポルは露骨にガチガチ歯を鳴らしていたし、パレッタちゃんに至ってはヴィヴィディナにこっそり命令して誰も注目していない床面からシキラ先生を闇討ち。残念ながら、ヴィヴィディナ群体は破壊魔法でぶっ壊されてしまったけど。
一方でクーラスは、『……あくまで嗅覚的ステルスのための道具だとお伝えしておりますが?』って表情を崩さない。『それはわかってるが、現実として魔力感知の敵は腐るほどいるし、そこに嗅覚感知のやつだけしかいない、なんてことはないぜ?』ってシキラ先生はニヤニヤを止めない。『こんな露骨に怪しい魔力を垂れ流していたら、目立つだけでなく引き寄せることにもなるだろうな』って追撃も。
いくらなんでもこれは答えられないだろうと思いきや、クーラスはまさかの『事前確認を怠った使用者の自己責任ですね。我々はあくまで手段を用意するのみで、それをどう活かすかまでは責任持てません』ってごり押し。
『初めから我々は使用用途を明確にしている。そして基本的にこの世は自己責任だ。そんなところまで責任を持つ義理も理由も無いです……が、それでは回答になり得ていないと思うので、説明書の所に【※魔力感知には対応していません】の一文を添えておくことにします。こうしておけば、万が一があっても説明書を読んでいないそいつの責任になります』ってきっぱり言い切るクーラス。「こいつマジか」みたいな顔で再履が唖然としていたよね。
ところがどっこい、意外にもシキラ先生は『そりゃ尤もだな! いや、考えているならそれでいいんだ!』ってその答えに理解を示す。テオキマ先生も『きちんと考えて、物怖じせずに理論的に答えている……お前ら、きっちりあの姿目に焼き付けておけ』ってかんじでかなりの好感触。
その後もいくつか学生側から質問はあったけど、どれも無難な感じでクーラスは返していた。さすがはルマルマの副組長と言ったところだろう。
お次はバルトのところ。が、悲しいことに発表されたのは『その、【雨の日用洗濯物乾燥具】です……』とのこと。言わずもがな、先週のティキータと丸被りである。
その後の質問はエグかった。すでに前知識があるようなものだから、学生側も突っ込んだ質問をすることになるし、それに負けじと再履もさらに突っ込んだ質問を……ここぞとばかりに、『危険共鳴数の観点から云々』だったり『最新の魔法積層の研究では~』みたいな俺たちが知りようのない知識を使って攻めて来たり。
挙句の果てに、『先週も似たような発表があったらしいですが、そちらと比較した際の相違点や新規性についての見解をお願いします』……など、それを言ってもしょうがないだろうよってことをドヤ顔で聞いてきたりも。
『再履のくせに舐めやがってよぉ……ッ!』ってバルトのやつらの顔が凄まじいことになっていた。『そこのところどうなんですか!? ねえ、そこのところは!? お願いですから早く答えてくださいよ!』……って、再履が調子に乗ってヒートアップする度に、あいつらの顔はブチ切れたオーガみたいになっていって、最終的に全員杖を抜くところまで行ったからね。
もちろん、それで終わるはずがない。『質問する側のアホさが露呈したな』ってテオキマ先生は本日何度目かもわからんため息。『怒りを通り越して、情けなさ過ぎて悲しくなってくる』ってその再履をギロッて睨んだ。再履がすくみ上ったのは書くまでも無い。
『返せない質問が上等な質問ってわけじゃない。お前たちは自身の準備、知識不足で結果的に言い返せなくなっているだけで、そもそも全く回答ができない質問がまともな質問なわけないだろ』って割とガチなお叱りが。本来の発表者そっちのけで説教タイム。目立っているはずの発表台のところよりも、傍聴席の方が注目を集めまくりんぐ。公開処刑とはまさにあのことをいうのだろう。
その後はマジでお通夜ムードだったけど、最後にピアナ先生が質問。『質問と言うか、使用者側としての要望みたいなものだけど……室内干しだとどうしても生乾きの匂いがついちゃうから、例えばその機構にアロマオイルなんかを入れて良い匂いがするようにしたり、もっと根本的な魔法清浄要素があると嬉しいかな……そういう工夫は、今後の視野に入れていますか?』ってかわいい質問。かわいい。
発表者は、晴れやかな笑顔で『ぜひとも参考にさせていただきます』って頭を下げていた。どの質問もこれくらい平和だと良いのにね。
その後もルマルマ、バルトで順々に発表。やっぱり前回との被りが多かったけど、大体同じものとはいえそれぞれにクラスの特徴が出ていたのが印象的。どう違いがあったのか……って言われるとちょっと困るけど、まぁそこはフィーリングで感じ取ってもらいたい。
質疑応答の方も、相も変わらず先生方の質問は鬼畜なものの、逆にそれはみんな同じ条件だからあまり気にならない。再履からの質問は、さっきのテオキマ先生のお叱りもあってだいぶ慎重と言うか、結構まともだったからそれなりに応えやすい感じ。そして俺たち側からの質問は事前の仕込み(茶番やサクラ)のおかげで十分に対処できている。
つまるところ、程度の差こそあれおおむね順調だったってことだ。
そして、とうとう俺たちの番。まるで意図されたかのようにまさかの大トリ。長く続く発表でいい加減みんなの集中力も切れてきたと言うのに、『……それでは最後、ルマルマお願いします』ってキート先生が言った瞬間、確かにピリッと空気が引き締まった。
とりあえず颯爽と前に踊りでる俺たち。『いやはや、こうも注目されると緊張しちゃいますね』って爽やかに笑う俺。『ちょっと喉が乾いちゃったんで、水でも飲ませてください』……って、ギルに目配せ。
ホントならここで、あらかじめ仕込んでおいたトレンチ&グラスに対し、ギルが「うっかり」転んでしまい、フィルラドに水をぶっかけ、こんな時こそこの魔道具! ……って感じで進める予定だったのに。
『おっと、良い感じに飲み水あるな! 誰か知らんがピッチャーごと持ってくぜ!』って笑顔でギルがポージングしつつそれを持つところまでは良かった。『待ってろ親友! 今持ってくぜ!』ってこっちに寄ってくるところまでは良かった。
が、しかし。
わざとらしくギルが転ぼうとしたまさにその瞬間、『あーっ! なんか変なゴミついてるっ!』ってロザリィちゃんがフィルラドを突き飛ばす。『なんかいきなりリボンが癇癪起こしたの!』ってミーシャちゃんがトレンチをリボンで打ち上げた。
ばっしゃああ! ってぶちまけられる水。
結果として、『あ、あはは……これは困っちゃったなぁ』、『これじゃ寒くて風邪ひいちゃうの!』って、頭から水浸しになったロザリィちゃんとミーシャちゃんが爆誕することになった。
これには俺も唖然。完全に予定外。しかもどこからどう見ても事故なんかではなく、ロザリィちゃんとミーシャちゃんによる完全なるアドリブ。
俺のロザリィちゃんがこんな目にあって冷静でいられるはずがない。発表なんてクソどうでもいいことは中止して、今すぐにでもロザリィちゃんの体を温めようとタオル代わりに俺のローブを差し出そう……としたところで。
『良いから、予定通りお願いね?』ってロザリィちゃんにウィンクされた。秒速百億万回惚れなおした。
ともあれ、ロザリィちゃんにお願いされたとあっては、その期待を裏切るわけにはいかない。血のにじむような覚悟の末に、『──こんなときこそ、我々が提案した魔道具の出番です!』ってぱっちりウィンク。色々諸々察してくれたステラ先生が、事前に用意していた試作機を(ちょっぴりの演出付きで)俺の目の前に魔法で転送。
『わぁ! 程よく熱くてすぐ髪が乾くな!』、『これで魅惑のふわふわさらさらヘアーなの!』ってロザリィちゃんとミーシャちゃんがいかにもと言った感じで実演。そこでようやく思い当たったけど、つまるところ男でそこまで髪の長いわけではないフィルラドでやるより、髪の長い……さらに言えば、実際にそれを利用するであろう女子たちでやる方がより実感がこもっているとロザリィちゃんたちは考えたのだろう。
まさか女の子に体を張らせるわけにもいかないから、俺もギルもフィルラドも、このシナリオを組んだというのに……一体どこまでロザリィちゃんは最高で可愛いんだ?
ともかく、実演としてはなかなか上々。二人が実際に使いながら、俺が設計的な説明や機能的な説明をこなしていくって感じ。俺とロザリィちゃんは心で繋がっているから、お互いすごくいい感じに実演と説明のコンビネーションが取れていた。ちょうど話しているところの機能を強調して見せつけるように……ああ、文章だと上手く表現できないや。
最初は【説明のためだけに女の子に水をぶっかけたのか】ってマジもんのイカレを見るかのようにこっちを見てきた連中も、俺とロザリィちゃんのラブラブな息の合ったプレゼンにより、【あ、これはそういうことね】って感じの表情に変わっていた。照れるぜ。
一応マジに書くと、特に温風と冷風の切り替えや、カートリッジ形式による魔力の充填についてはそれなりに好感触だった。やっぱあの、がしゃこん! って良い感じに入れられるのは男のロマンだと思う。
『なかなかユニークで面白い……発表会の枠にとらわれないスタイル、さすがです』って司会進行のキート先生にも褒められた。やったね。
んで、一通り説明が終わったところで質疑応答タイム。再履でも先生でもなんでもこい、出来ればステラ先生からの【結婚後の住居の希望と使い魔の有無はどうしよう?】の質問が来てほしいな……なんて願いつつ、迎撃態勢を整えていたら。
アエルノのほうからすっと伸びた手。ざわりとどよめく会場。普通に手を挙げているだけなのに、そこには確かに形容しがたいオーラが漂っていた。
確認するまでもなくラフォイドル。目が合った瞬間、【逃げんじゃねェぞ】って口パクで凄まれた。怖い。
『家庭用にしてはコストが高そうですね』って煽るラフォイドル。
『カートリッジそのものは別売とすることで、本体価格は抑えています』って返す俺。
『それってつまり、全部揃えないと使えないってことですよね。結局高いのでは?』って煽るラフォイドル。
『カートリッジ自体はあくまでこちらの推奨品というだけで、必須ではありません。自前で調達・作成することで本来有り得ないコストカットを達成できます』って返す俺。
『組み立て性については考慮されていますか? 自前調達のカートリッジでは、誤挿入による破損の可能性が高いと思いますが』って煽るラフォイドル。
『挿入口が特殊形状をしているので、誤挿入による破損はあり得ません。また、自前調達のカードリッジについては、アフターサポートによるサービスで新たな利益を見込みつつ解決できます』って返す俺。
『複雑な機構を使っている分、魔力消費が激しそうですが?』って煽るラフォイドル。
『だからこその交換式カートリッジです。ちなみに推奨品を使えば、身近な魔系に魔力を充填してもらうことができます』って返す俺。
『水回りの近くで使うのが前提だと思われますが、水の魔法要素による属性干渉については考慮されていますか?』って煽るラフォイドル。
『あくまで日常生活の範囲での使用を前提としているので、その程度の環境であれば機能に問題ありません』って返す俺。
『女性ともなれば、髪を乾かすのに長時間の使用は避けられないと思うのですが、そうすると発熱過多によりまともにもっていられないのでは?』って煽るラフォイドル。
『先ほど紹介させていただいた通り、特殊な魔法材料を使用しているので完璧に断熱されています』って返す俺。
『家庭でのカートリッジの交換を前提としているとのことですが、部品点数が多く、組み立てが複雑となる印象を受けたのですが』って煽るラフォイドル。
『部品点数が多いのは事実ですが、家庭での使用上においてはカートリッジの挿入部くらいしか触らないので問題はありません』って返す俺。
『音がうるさそうですが?』って煽るラフォイドル。
『健康に害が出るほどではありません』って返す俺。
『発熱要素をいれていますが、何らかの異常があった場合、魔法回路が焼け付くまで魔力を過剰供給したり、あるいは風魔法要素の魔法陣の制御において、異常風量が出力される可能性が大いにあり得るのですが、そちらについての対策をお聞かせください』って煽るラフォイドル。
『ご指摘される異常がどんなものなのか、具体性が無いので明確な回答はできませんが、例えば例に挙げられた魔法回路の問題については、魔力供給に対し、規定時間内に魔力出力が規定値に達しない場合は異常発生により強制停止する……という制御を盛り込むことで過剰供給を防いでいます。また、単純に規定値以上の魔力が検出された場合は強制停止となるリミッターも着けています。魔法回路の焼け付きについては以上により対策しており、異常風量については、そもそもとして設計上暴走したとしても人体に影響を及ぼすほどの出力は出ない他、筐体そのものが頑丈であるため、仮に内部で爆発しようと使用者に被害は及びません』って返す俺。
『そもそもとして髪を乾かすのにこんな大仰な魔道具必要ですか? タオルがあれば十分だし、最悪自分で魔法を使えばこれと同じことできますよね?』って煽るラフォイドル。
『私たちがどれだけ普段苦労してるかわかってんの!?』、『男子に私たちのなにがわかるっていうの!?』、『男子みたいに適当な奴と一緒にしないでくれる!?』、『あんたたちとは違うのよ! ろくに知りもしないくせに適当なこと言わないで!』って、猛烈な勢いで反論しまくる女子たち。関係ないはずの俺までビビった。
さすがのこれにはラフォイドルも、『お、おう……なんか、ごめん……』って気勢を削がれていた。あいつのねちっこくて厭味ったらしい陰険な質問もなんだかんだでこれにより終了。
いや、マジでいい加減しつこいって思ったからね。女子の乱入がなかったら、いったいどれだけ続いていたのか……やはりアエルノチュッチュの卑劣さは極まっている。
『は、はは……実に白熱した質疑応答、ありがとうございました』ってキート先生は苦笑い。あのネチネチした質問を上手くフォローするだなんて、キート先生は優しいんだなって思った。
そして、ドキドキの先生の質問タイム。まずはテオキマ先生が、『お前のその根性、本当にこいつらに見習わせたいくらいのものだった。冗談でも比喩でも何でもなく、プレゼンにおいては今ここにいる再履のはるか上を行ってるよ』って誉めてくれた上で、『発表にあった使用材料、ちょっと前にはぐれ魔物が産地の鉱山に住み着いたせいで高騰してるぞ。これじゃコスト達成できないな』っていう地獄のような突込みが。
『状況なんて刻一刻と変わるぞ。そして、お客様はこっちの都合なんて関係ないからな。……で、どうする?』ってニヤニヤしながら聞いてくるテオキマ先生。『二年生としちゃ十分だが、卒研生としては詰めが甘かったな? 前日までの最新情報は仕入れておくのが基本だぞ』ってなんか嬉しそう。
再履の人、『卒研生でもここまで調べたりしねえよ……!』ってガクガクブルブルしていた。あの人の認識が甘いだけなのか、それともマジでそうなのか……判断に困るところだ。
ともあれ、『生産管理体制として、ある程度の在庫を確保しておくことで急な値上がりは防ぎます。そこで稼いだ時間で代替材料の検討を行うほか、必ずしも高騰しているその状態で売らなくてはいけないというルールはありません。値段が落ち着いてから売ればいいし、逆にプレミアを着けるのもありだとは思います。いずれにせよ、そこは魔系として考えることではなく、本来ならば商人が考えるべきことなので、突発的で瞬間的なこのケースに関しておいていえば、今このプレゼンにおいての主目的からは外れる趣旨だと考えます』……って華麗に返しておく。
『ほぉほぉ。魔系としては逃げだが、プレゼンターとしては十分だ。……お前らも、あれくらいの気概は見せてみろよ』ってテオキマ先生はにこにこ。一応褒められたってことでいいのかな?
次に挙がった手はまさかのグレイベル先生。兄貴的にはあまり興味が無いものだろうと思いつつも、いやはやしかし、兄貴的に簡単な質問で上手く時間を稼いでくれるつもりなのかしらん……と思っていたら。
『…意地悪だとはわかっているが、あえて。リスクアセスメントはやったか?』って言われた。マジかよって思ったよね。
まず、リスクアセスメントなる言葉の意味がわからん。素直に『ちょっと聞き覚えのない言葉ですね。認識違いがあるかもなので、説明をお願いできますか?』って聞いてみる。『…簡単にいえば、想定されるリスクを分析し、その対応を考えることだ』とのこと。
『それは先ほどの質疑応答のようなものと言う認識でよろしいですか? そういった意味では、あらかじめ問題となりそうなところについて検討し、対策はしております』って返す俺。グレイベル先生は、『…本質的には間違っていないが、それだけではあくまで感覚的なもので、記録に残るものでもない。本当の魔道具開発の場合は所定のフォーマットに沿い、記録として残すことを求められる。…覚えておくといいかもな』って柔らかく言って頭を下げた。
ここでステラ先生の補足が。『場合にもよるんだけど、想定されるリスクに対し、その重大性と発生可能性とでそれぞれ評価して、その結果から最終的なリスクが評価されて……ランクがいくつだから対策必要です、対策したからこの項目の評価が良くなって、最終評価も基準内に入りました……っていう、誰が見てもわかるような形式の奴があるんだよ』とのこと。
『まだ二年生がやるような内容ではなくて、ホントはもっと奥深くて細かいことなんだけど……本質的にはみんなもうやってるし、早いうちから実際の現場のやり方に触れるのは良いことだからね! それができる実力をみんなが持ってるって、先生は信じてるから!』ってステラ先生はぱっちりウィンク。既存の知識だけにとどまらず、一歩先のことまで教えてくれるなんてマジでこの人女神じゃないだろうか?
で、そろそろこれで終わりだろ……って安堵した瞬間に、『んじゃ、最後に行かせてもらうぜ!』ってシキラ先生が手を上げる。『うげ……』ってロザリィちゃんが露骨に嫌そうな声。そんな姿もマジプリティ。
『今必死に計算したんだけどよぉ……やっぱ何度計算しても、実用の範囲で考えると寿命がちょっと短いんだよな。ここに書かれていた使用条件、かなり【理想的】な状態の物なんだが……そこんとこ、どう考えてる?』とのこと。なんでこの人そんな細かい所見つけられるの?
とりあえず、意図的に隠しておいた事柄だけに回答自体は用意してある。『仰る通り、少し寿命は短いかもしれませんがそれは現実的に使った場合においてです。きっちり仕様書通りに使う場合は全く問題ありません。それを逸脱した……短時間に何度も起動と停止を繰り返したり、長時間の運転をした場合は、それなりの使用年数となってしまうでしょう。我々としても改善すべきだとは思っていますが、現状では仕様上しょうがない事柄でもあります。なので、そういう意味では、実用上想定される使い方をしていては定期的な買い替えが必要となってしまいます。これは仕様上しょうがないことで、きちんと仕様書にも明記します……が、ろくにそれを読まなかったり、せっかちに適当に使う方のことまではこちらも考えられません……としか、今ここでは言えません。結果として、買い替え頻度が人によっては多くなる可能性もゼロではないですが、意図的ではなく、仕様上しょうがないので、しょうがないことですね』……って、さらっと華麗に返しておいた。
意味を理解した瞬間、聞いていた連中が『こいつカタギじゃないだろ』みたいな顔をしてこっちを見てきたのがわけわかめ。しかもシキラ先生からは、『お前悪徳商人としての才能半端ねえな!』って煽られた。『そうだよな! 仕様上しょうがないことはしょうがないし、きちんと読まないほうが悪いもんな!』ってちょう笑顔。甚だ遺憾である。
とにかくこれで完全に終了。総評としては、
『後半の人たちは、前半の人たちに比べて前知識の面でちょっと不利だったかもだけど……それでも、みんなきちんといろんなことを考えて、しっかりそれを達成するための工夫ができていてとってもよかったよ! 上級生からの質問にもしっかり答えられていて、先生びっくりしちゃった!』
『ユニークなアイディアが思った以上に多かったのに驚きでした。例年、ほぼ全部被っていて面白みがなかったりするのですが……少々基礎的なところが粗削りではありましたが、それを補って余りあるほどのアイディアには素直に脱帽です。あとは、現場の観点をもっと意識した設計ができれば言うことないですね』
『正直なところ、どの班も質疑応答のレベルが思った以上に高くて驚いている。キート先生の仰る通り、基礎的なところはまだまだ詰めが甘く、魔系としての能力はまだ未熟と判断せざるを得ないが、しかしその心構えや気概は十分に感心できるものであった。質問に対してわからないないなりに真摯に答え、そして弱みを決して見せないように不敵にふるまう姿は魔系として必要な素質であり、その根性はこれから重要になるので、常に磨き続けるようにしてほしい』
『例年に比べて、質問されて黙り込む奴が少ないってのがまず印象に残った。突っ込めば簡単にボロがでそうではあったが、それでも取り繕って自信満々にふるまうってのは魔系の戦闘においても求められる能力だし、大いに評価できる。後半の発表で不利だったからこそ、何とかそれを覆そうと努力した結果が実ったってことだろう。欲を言えば、アイディアが被ったとわかった段階で、簡単でいいから設計変更してオリジナリティを出してほしかった。一週間あればなんとでもなっただろうがって社会じゃ言われるからよく覚えておくように』
『…言いたいことの大半はすでに言われてしまったので、簡単に。今回のアイディア検討からプレゼンまでの一連は、社会でも実際に行われている魔道具開発、設計の一連の流れそのものだ。実際はもっと複雑で大掛かりになるが、基本はこれと変わらない。変に恐れず、積極的に関心を抱くようにして、少しずつ設計の経験を積んでいき……ゆくゆくは、当たり前のようにそれをこなせる人間になってほしい』
『私も大体のことは言われてしまったので、簡単に。今回みんなは自分たちの中だけでアイディア出しをしたと思いますが、実際は誰かの「必要」に応える形で魔道具を作る場合がほとんどです。そんな「必要」を見逃さない観察力と、「必要」に応えられる幅広い知識を身に着けるようにしてください。……もちろん、誰もが思いもつかない革新的なアイディアを生み出す想像力も大事だからね!』
……とのお言葉があった。最後の締めくくりだけに、なんかけっこう話も長くなったような気がする。正直グレイベル先生とかピアナ先生とか、言いたいことを言われまくったからか、途中でかなり必死にスピーチの内容考えている節があったからね。
発表についてはこんなもん。最後にサプライズ(?)として、再履が必死になって作ったという各班の発表した試作機が登場。『提出された図面と同等の仕上がりで、簡易モデルではあるが機能としても図面通りであることを確認済みだぜ?』とはシキラ先生。
まさかのサプライズにびっくり……なのは良いとして、各々がそれを実際に使ってみたところ、やっぱりなんかいろいろ仕上がりは微妙であった。『思ってたのとなんか違う……』、『ホントにこれ、図面通りにできてるの?』って誰もがどこかしらで違和感を覚えている様子。『ま、学生が初っ端一発で作ったもんが思い通りにできるわけないわな』ってテオキマ先生は笑っていた。
なお、この試作モデルは再履の人の単位がかかっていたらしい。『図面通りに決まってるだろ! そうじゃなきゃ俺たちマジに留年しかねないんだよ!』って泣きが入ってる人がけっこういたっけ。
ちなみに、クーラスの所のやつは思っていた以上の広範囲の匂いを消してしまい、逆に不自然すぎて匂い的にバレてしまうという結果に。どこぞの洗濯物乾燥のやつは、『あまりに武骨で駆動音もなんか部屋に置いておきたくない感じ』と評価は散々。ゼクトの所の思い出の風発生魔道具は『切なさと甘酸っぱさが足りない』とのこと。そりゃそうだ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。これでようやっと重い案件を終わらせることができた。『よーやく終わったぁ……!』、『発表、マジで疲れたぁ……!』ってみんなが解放されてすっきりした様子。
『発表、おつかれさまっ!』ってロザリィちゃんがぎゅーっ! って抱きしめてくれて本当に幸せ。『ごめんね、アドリブで予定に無いことやっちゃって……それに、質疑応答も任せっきりで』って申し訳なさそうにしていたので、『キミのアドリブのおかげで、説得力を増すことができたから』って優しくキス。『ご褒美と言っちゃなんだけど、おつかれさまのキスが欲しいな』っておねだりしたら、『しょーがないなぁ♪』ってさらにキスしてくれた。わぁい。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。さっきはあえて書かなかったけど、こいつはこいつで質問の合間の沈黙の度に見事なポージングをして、上手い具合に場を保ってくれた。ポージングによりその場の空気をコントロールしていたというか……ギルのポージングが変わることで、次の話題に変わったねって言うのを視覚的に表現してくれてたんだよね。
ふう。さすがに疲れた。まさか実習でもないのにこんなに書くことになるとは。几帳面な自分の性格が恨めしいぜ。
いい加減そろそろマジに寝よう。ギルの鼻には魔石の欠片を詰めておく。カートリッジタイプのそれを取り出すとき、角っこでガリってやっちゃったやつね。決して設計ミスではない。おやすみ。
……今更ながら、シューン先生がマジで話を聞いていただけだったことに気づいた。あの人何しに来たんだろうね? おやすみ。




