30日目 春釣り
30日目
ギルの頭に豆の木が。収穫できるのはいつだろう。
ギルを起こして食堂へ。頭に豆の木が生えているのにあいつはそのことを気にする様子もない。『そういう日があってもいいよな! それより親友、俺いいこと思いついちゃったぜ!』って妙にご機嫌。
どうしたのかと聞いてみたところ、『いい天気だし、釣りに行かないか? 俺たちもうレポートだって終わってるだろ?』って釣りに誘われた。自力で終わらせてないお前が言うのはちょっと違うんじゃないかなって思った。
ともあれ、誘われたのでそういうことに。『どうせミーシャちゃんの機嫌を取るためだろ?』って聞いたら、『……な、なんでわかったんだ?』ってギルは見るからに慌てだす。あいつの考えそうなことくらい、俺には全部お見通しだ。
もちろん、ミーシャちゃんは『行くの!』ってすぐさま飛びついた。ロザリィちゃんも『ここのところデートしてないなあ……!』って目をきらっきらさせて俺のローブをくいくいと引っ張ってくる。そんな仕草に秒速百億万回惚れ直した。
男子の中で最も釣りの上手なポポルも『俺も行く!』って言ったけど、『レポートをこなさずに遊びほうけるその怠惰、ヴィヴィディナの糧に相応しいなり』ってパレッタちゃんにヴィヴィディナをけしかけられてダウン。
フィルラドも『ちょっとくらい息抜きを……!』っていそいそと釣竿の準備をしだしたけど、『それで叩いてほしいのか、フィル?』ってこめかみに青筋を浮かべたアルテアちゃんを見てすごすごと引き下がった。
最終的に、ギル、ミーシャちゃん、俺、ロザリィちゃん、嫌がるちゃっぴぃの四人と一匹で湖に赴くことに。釣りにあまりいい思い出のないちゃっぴぃは直前まで『きゅううううう!』ってロフトから出ようとしなかったけど、おやつのクッキーをちらつかせたら渋々俺のローブに引っ付いてきたんだよね。
で、到着したところで早速釣り開始。『この気候なら大漁を狙えるの!』ってミーシャちゃんはマイ釣竿の二刀流で勝負を仕掛ける。久しぶりの釣りだからか、仕掛けやその他道具もけっこうガチだった。
俺とロザリィちゃんは俺の釣竿を共有してイチャイチャする。二人で肩を寄せ合い、春の気候を楽しんだ。『のどかだねー……』ってこてんって俺の肩に頭を乗せてくるロザリィちゃんが最高にプリティ。またぐらにギリギリ歯ぎしりするちゃっぴぃが座っていなければなおよかったのだけれど。
ギルも珍しくまともに釣糸を垂らしていた。『今日は一日中ハニーに付きあっちゃうぜ!』とのこと。ミーシャちゃん、釣りに夢中でギルのことなんか気にも留めていなかったけど。
さて、暖かな日差し、それに柔らかな風を楽しんでいたところで釣竿にアタリが。ぴぴっと感じたそれは結構軽めだったので、しっかり針を食いこませたうえでちゃっぴぃに代わってやる。
数分の激闘の末、『きゅーっ!』ってちゃっぴぃは小さめの魚を釣り上げた。あ、魔魚じゃなくて普通の奴ね。
どうやらこの辺に結構な群れが来ているらしい。『爆釣なの!』ってミーシャちゃんの竿捌きが火を噴きまくる。なんかクレイジーリボンも水の中に突っ込んでいたように見えたけど気のせいだろうか。
途中でミーシャちゃんから仕掛け(針がいっぱいついているやつ。一匹がかかると、それにつられて別の奴も食いつくっていうアレ)を借りつつ釣りを続ける。今日は珍しくちゃっぴぃにも運が来ているようで、『きゅっ! きゅっ! きゅーっ!』ってあいつも結構な勢いで釣っていた。
『すごいぞっ!』ってちゃっぴぃの頭を撫でてあげているロザリィちゃんが最高に可愛い。『ママも一緒に釣っていいかな?』って後ろから抱き締めるように二人で釣竿を持っている姿がマーヴェラス。俺も抱きしめてほしかった。
しばらくしたところでロザリィちゃんも満足したのか、竿をちゃっぴぃに任せて俺の方に身を預けてきた。『……ぎゅーって、して』って甘えられたので、いつもちゃっぴぃにするように後ろから抱き締める。座った状態でのあの密着感、ちょっとクセになりそう。
あとロザリィちゃんの髪からすんごく甘い匂いがする。おまけにすんごく柔らかくてふっかふか。一生抱き締めていたいと思った俺を、どうか許してほしい。
その体勢のまま、なんとなく二人で無言で過ごす。あの無言の空間の心地よさをなんと表現するべきか。
そんなこんなをしていたところ、遊びに来たらしき学生の集団を対岸に発見。あの初々しさは間違いなく一年生。『私たちも去年、この時期は釣りに来たよねー……』ってロザリィちゃんが懐かしそうにつぶやいた。
言われてみれば確かにそうだ……けど、なんか同時にちょっと悲しくなった。
入学当初はまだ未知の世界が広がっていたというか、何をしても新しい発見があって、わくわく感みたいのが少なからずあった。釣りもそうだし、図書館に行ったり、栽培スペースに行ったり……ギルはポポルたちと虫取りや鉱石の採掘をしていたような気がする。
もちろん、生活に慣れていなくて大変だったこともあるけど、それも含めて毎日がドキドキの連続だった。
けど、今じゃ生活に慣れ過ぎて、みんな悪い意味でスレてきてしまっている。休日だってレポートに追われるばかりで、こうして外に出かけられる機会はグッと減った。あの頃の俺たちには、もうどう頑張っても戻れないのだろう。
なんとなくぎゅって強く抱き締めたところ、ロザリィちゃんは無言で優しく俺の頬を撫でてくれた。心と心が通じ合った感じがしてすごくうれしい。あとロザリィちゃんの指がマジ綺麗で一瞬何もかも忘れてしまった。
さて、そんな感じでちょっとセンチメンタルになっていたところ、ギルが唐突に『なんか違うんだよな……』等と言い出した。で、おもむろに頭の豆の木(なぜか豆が生っていた)から豆をブチって千切り、湖の中に投げ入れる。
途端に水面に大きな水飛沫が。どうやら泳いでいた魚たちが何らかの影響により酷く興奮したらしい。
で、あいつは水面へと近づき、『ジャガイモぉぉぉぉッ!!』ってバカでかい声で叫ぶ。それは衝撃となって水中を伝わり、何匹もの魚がぴくぴくと痙攣して水面に浮かんできた。
信じられないとばかりに驚愕の表情をして浮かんできたムーンフィッシュに、心の底から同情したくなった。
『やっぱこっちのほうが釣りらしくていいな!』ってギルは超笑顔。いそいそと釣果(?)を魚籠に詰め込みだす。ミーシャちゃんは『邪道すぎるの……ッ!』って歯をぎりぎりしていた。
対岸では何事かと杖を抜く一年生がいたので、『いつものことだ、気にするな!』って声をかけておいた。周りに対するフォローもバッチリな当たり、俺ってさすがだと思う。
なんだかんだでそんな感じで釣りは終了。夕方のだいぶ早い時間にルマルマ寮へと戻る。何とも嬉しいことに、『あ、おかえりー! 釣りはどうだった?』って休日スタイルステラ先生がお出迎えしてくれた。ひゃっほう。
何でもステラ先生、午後にクラスルームにやってきたらしい。レポートで困っている人を助けようと思ったとのこと。『昨日はちょっと忙しくて来れなかったからね……それに、この時期は気持ちが沈む子も多いから……』って言っていた。
先生の訪問ってメンタルケア(?)も兼ねているらしい。もちろん、純粋に遊びに来たってのもあるんだろうけれど。そこまで俺たちのことを考えてくれるステラ先生って本当に女神なんじゃあるまいか。
なんとも羨ましいことに、ポポルとフィルラドはほぼマンツーマンでステラ先生にレポートを見てもらったのだとか。アルテアちゃん曰く、『ずっと付きっ切りだった。何発あいつに蹴りを入れたかわからない。これだから男は……』とのこと。
とりあえず、フィルラドはガチめのハゲの呪でもかけておこう。ついでだからポポルにもかけておくか。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。夕飯には俺たちが釣った魚で作ったフィッシュアンドチップスをみんなで食した。結構な量の成果だったからおばちゃんに作ってもらったんだよね。
『おいしーっ♪』って笑うロザリィちゃんが最高。『先生、これ結構好きかも!』って笑うステラ先生がマジ女神。『俺も行きたかったぁぁ!』って喚きながらフィッシュばかり突くポポルはおこちゃまで、ギルはやっぱり『うめえうめえ!』ってチップスばかりを猛烈な勢いで食べていた。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。なんだかんだでミーシャちゃんの機嫌は直ったみたいだから、そういった意味では今日の釣りダブルデート(?)は成功と言っていいだろう。明日から始まる一週間を、これで無事に乗り切りたいものである。
今日は無難に釣り餌を鼻に詰めておくことにする。おやすみらくる。
※燃えるゴミはあの世行き。魔法廃棄物は見逃してやらなくもない。




