292日目 創成魔法設計演習:最終発表(アエルノ&ティキータ)
292日目
ギルの乳首からリンリン音がする。この音色は結構お高い奴だ。
ギルを起こして食堂へ。今日も冷え込みが激しかったからか、ちゃっぴぃが俺のローブに潜り込んできた……のはいいんだけれども、なぜかおまけとしてヒナたちとグッドビールまで俺のローブの中に突っ込んできやがった。
いや、ヒナたちはいいんだよ。六匹もいるとはいえ、所詮はヒナだ。一匹一匹は大したことない。
だけどグッドビールはダメだ。あいつのガタイはこの段階でかなりデカい。普通に押し倒されたし、何なら顔中をレロレロにされたりもした。その上さらに『あたしのグッドビールなの……ッ!』ってミーシャちゃんにメンチ切られるし。朝から散々である。
朝食は何となくゆで卵をチョイス。コツコツと殻を剥いて一口齧ってみれば、中にあったのは良い感じの半熟。さすがはおばちゃんと言ったところだろう。俺、ここで半熟以外のゆで卵を見たことが無いような気がする。
今日は珍しく、クーラスがポポルのゆで卵の殻を剥いてあげていた。『いや……なんか、見ていられなくって』とのこと。女子の方ではアルテアちゃんがミーシャちゃんとパレッタちゃんのために卵の殻を剥いていた。『いや……なんか、当たり前のように口を開けて待ってるから……』とのこと。
せっかくなので俺も意味ありげに口を開けて待ってたら、『それは塞いでほしいって言うお誘いだよねえ?』ってロザリィちゃんにキスされた。『甘えん坊で欲しがりさんな──くんのために、しょうがなくやってあげてるんだからねっ!』ってロザリィちゃん真っ赤っか。『毎度のことなのに、毎回のように赤くなれるって一周回って尊敬するわ』って通りすがりのシャンテちゃんが盛大に舌打ちしながらつぶやいていたのを覚えている。
俺たちがイチャイチャしている間もギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食ってた。たぶんあいつ、皮ごとでも普通に食えると思う。と言うか実際殻付きのゆで卵普通にバリボリ食ってたし。すべてを己が血肉に変えていくあのスタイル、見習っていきたいところだ。
さて、今日の授業は創成魔法設計演習……なんだけど、いつもの教室じゃなくて講堂的なあそこ。今日は発表日だから、二年生の四クラスが全員集合。なんだかんだでみんなが集まる授業ってそんなに多くないんだよね。
一番前に出てきたのはステラ先生とキート先生。どうやらアエルノとティキータの方はキート先生が担当していたらしい。あとはいつも通りアシスタントの上級生が十数人と、そして暇だったのか、シキラ先生とまさかのヨキも一緒にいた。あいつ久しぶりに見たっていう。
全員揃ったところで流れの説明。前の所に投影の魔法陣があるので、そこに作成した図面をかざすと一番前の……魔導鏡に魔法陣にかざしたそれがでっかく写るとのこと。そんな感じで図面や企画書を見せつつ、設計した魔道具のコンセプトや使用用途を説明してくださいって感じ。
まぁ、いわゆるプレゼンってやつなんだろう。『魔系の研究者はこーゆーのやらなくてもいいって思っている人は多いかもだけど、実はとっても重要なことだからねっ!』って杖をコンコンしながら声を上げるステラ先生がとってもかわいかったです。
ちなみに、発表の後は質疑応答の時間があるとのこと。『そのために、わざわざシキラ先生とヨキ先生は時間を割いていらっしゃってくれました』ってキート先生が頬のこけた顔でヤバそげににっこり。『これはしっかり突っ込み入れんとなぁ』ヨキがにやにや。間違いなくただの嫌がらせだろう。シキラ先生については語るまでも無い。
そして、『みんなからも質問はしてね? 少なくとも全体でみんな一回ずつはするように! きちんと話を聞いて、きちんと理解しようとしているって証明だからねっ!』ってステラ先生がぱっちりウィンク。今更ながら、この公の場で将来の理想の家とその立地、使い魔は何にしましょうか……って質問をしとけばよかったと後悔している。
厳正なるくじ引きの結果、今回の発表はティキータとアエルノということに。全部合わせて確か十六班もあったから何気に結構な長丁場。傍聴側も気を抜くことができない雰囲気のまま、発表会が始まる。
まず出てきたのが、【雨の日用洗濯物乾燥具】なるもの。発表者曰く、『雨の日は室内干しにすることが多いですが、それだと生乾きの匂いが洗濯物についてしまいます。この魔道具を用いることで、常に洗濯物に風を当てることができ、洗濯物の短期乾燥および生乾きの匂いの発生を抑制します』とのこと。
一応、形自体はそんな珍しいものじゃない。普通に筐体があって、普通に風魔法陣の設計がされていて……大きさとしては子供でもなんとか持てるくらいのサイズ。
司会進行のステラ先生が『ありがとうございました。……それでは、質疑応答の方を始めます』……の、「質疑」って言葉が出た瞬間にノリノリで挙がる手が二つ。確認するまでもなくヨキとシキラ先生で、発表者のティキータの顔が引きつった。
まずはヨキから。『コストはどんなもんや?』って、意外にも比較的まとも。発表者が企画書を見せつつ、『概算で銀貨六枚程度と考えています』……と答えた瞬間、『私のおこづかいじゃ買えませーん!』ってアホみたいに笑いやがった。マジで知らねえよって思ったよね。
『聞く限りじゃ一般家庭をターゲットにしているようだが、それにしては少々高い。また、例えば仕立て屋といった店舗向けにしては機能があまりにも少なすぎる。そもそも、こいつを使いたいと思うような売りはどこにある? 似たようなのはいくらでも探せばあるが、それらに対する新規性についてはどう思っとる?』……などなど、聞いてもしょうがないことをさも偉そうにネチネチいうって言うね。
結局ティキータのその班は全員黙り込む。『……ま、今後に期待と言うことやな!』ってヨキは一人で納得して『ほな、次行きましょ』とか言いやがった。それはステラ先生の仕事だろうがマジ許さねえぞお前。
で、次のシキラ先生の質問。『お前らよぉ、これいつ使うの想定してんの?』とのこと。『いつって……雨の日、ですけど』って発表者が答えた瞬間、『普通の家は、雨の日は家の中で仕事するよな? でもって、これは室内干しを想定してるんだよな? ……単純にデカくて邪魔だろ。ただでさえ狭くなってる部屋にこんなの置くの?』って割と容赦のない突っ込みが。
『風量足りないからデカくしろっつったのはそっちじゃねえかよ……ッ!』って班員の一人が人間がしちゃいけない顔をしていた。気持ちはよくわかる。
先生二人による質問はそんな感じ。これ以上は進行上時間が無かったってのと、ティキータの連中が黙り込んで泣きそうになってしまった故である。あ、上級生の質問も鋭かったけど、そっちは多少なりとも答えられていたっけ。
『じゃ、その、次はみんなから……!』ってステラ先生が若干目に涙を浮かべなら仕切る。ティキータの連中のことが自分の事のように思えて辛いのだろう。優しすぎる先生も最高に可愛いって思いました。
肝心の質問だけど、ある意味予想通り誰も手を上げない。このままじゃステラ先生の顔が潰れてしまうのと、そしてティキータの連中があまりに不憫だったので俺が挙手。
『自分も実家の宿屋の手伝いをしているので、こういうコンセプトはとても素晴らしいと思いますし、一台は欲しいなと思いました。……もしこれが製品化されるとして、その目指す完成形と言いますか、ゆくゆくはこういう機能を着けてこういう風な物にしたい……と言うビジョンがあればお願いします』……という、一見それっぽいこと言っておいて実は中身はスカスカな質問を発動。さすが俺。
ヤバい質問だと思って身構えていた連中も、意味を理解したところでぱっと明るい顔となり、『ゆくゆくは、例えば物置など小さな個室に取り付けられるようにして、簡易的な乾燥室の機能を家そのものに持たせられるようにしたいです』って回答。下手に色々突っ込まれると面倒くさいので、横やりが入る前に『ありがとうございました』 で締めくくった。
次はアエルノの番。向こうの初手はまさかのラフォイドル。『ウチの班は麦の選別魔道具を設計しました』とのこと。一瞬みんな、何を言われたのかわからなかったよね。
魔導鏡に表示されたのは、割とでっかい……中型のロバくらいの大きさはある筐体。風を吐き出す機構が横向きに取り付けられていて、その風の通り道の上側に漏斗状の投入口が。んで、その下に意味ありげな吐き出し口が二つ横並びにある……という、なかなかエキセントリックな設計。
『実演したほうが早いので、ここに簡易モデルを作っておきました』ってラフォイドルは適当な魔法材料で作ったそれを起動。上から麦を投入すれば、吹き出し口に近いほうの吐き出し口からは大きくて立派な麦が、吹き出し口から遠いほうの吐き出し口からは小さくてあまりよろしくない麦が出てきた。
『見ての通り、良い麦ほど重くて風に吹き飛ばされにくいです。風魔法で適度な風を送ることで、その吹き飛びにくさの違いから麦を選別します』……ってあいつが締めくくった時、会場にちょっとしたざわめきが起きたよね。
上級生は『……初めて見るタイプだな』って言ってたし、ルマルマやバルトも『あんなの想像すらしなかった』、『ちくしょう、アエルノのくせに!』って騒ぎだす。
ともあれ質疑応答。先生が手を上げる前に俺が神速で手を挙げた。ついでにギルに抱っこまでしてもらったから、あの瞬間俺ほど高く素早く手を挙げた人間はいない。
ラフォイドルの奴、露骨にしかめっ面して『……どうぞ』って言ってきやがった。愛想のない人間はこれだから困る。
『まず普通にコスト高そうですよね』って煽る俺。
『一般家庭用ではないので、そこは気にする必要がありません』って返すラフォイドル。
『組み立て性が悪そうですけど?』って煽る俺。
『一見複雑そうですが、風の通り道と投入口、吐き出し口のほかは筐体で覆ってるだけです。誰でも組み立てはできます』って返すラフォイドル。
『風魔法の調整、シビアですよね? 使用による劣化で性能はずいぶんと変わりますよね?』って煽る俺。
『劣化を防ぐための筐体です。そして、調整作業はアフターサポートとして現地に作業員を派遣して行う形態を想定しています』って返すラフォイドル。
『そういくつも手配がかかるような魔道具ではないと思いますが、本当に利益は見込めるのですか?』って煽る俺。
『見ての通り一点物で、先ほど述べた通り一般家庭用ではないです。よって消耗品のように大量に売れることは想定していませんが、先ほどの風魔法調整に類する調整、修理、補修作業が定期的に発生するため、売れた後の利益が確実に発生します』と返すラフォイドル。
『設置がなかなか大変そうですが、それについては?』って煽る俺。
『そもそも頻繁に移動させるようなものでは有りません』って返すラフォイドル。
『音がうるさそうですよね?』って煽る俺。
『基本的に屋外及び作業場での使用が前提であるため、この程度の音については問題ないと判断します』 って返すラフォイドル。
『屋外使用が前提とのことですが、風雨による劣化について考慮されていますか? また、盗まれる危険性については考えましたか?』って煽る俺。
『風雨から機関部を守るための筐体です。それで足りなければ雨具でも何でも使ってカバーすればいいと思います。盗難については、そもそもこの重量のものを盗むことは難しく、それを実行できるような大掛かりな準備をした場合、すぐに気づかれてしまいます』って返すラフォイドル。
『構造が単純とのことでしたが、すぐに模倣品が作られてしまうことは想定していますか? そうするとわざわざこれを購入する理由はないですよね?』って煽る俺。
『先ほど述べた通り、風魔法の調整についてはこちらのノウハウなので、外見だけ真似ても意味はありません』って返すラフォイドル。
『これ一台導入するよりも、日雇いの人間を迎えたほうが対費用効果は高いのでは? その方が新たな雇用の創出にもなりますよね?』って煽る俺。
『効率と利便性はこちらの方が上です。そして日雇いの人間にそこまで信用は無いものと考えます。人間では選別の判断基準が定性的になりますが、こちらは定量的な評価なので、そういった意味でも有効であり、一度買えば人間と違って賃金発生しません。逆に、例えば村でお金を出し合って一台を購入し、繁忙期は公共物として譲り合って使い、繁忙期以外では別の村に貸し出しをすることで利用料とるという、新しい金銭の流れを作ることもできます』って返すラフォイドル。
『そもそも麦の選別にそこまで需要があるとは思えませんし、有ったとしてもわざわざこれを導入するとは考えにくいです。今までのお話は全て、あなたの頭の中だけの考えですよね?』って煽る俺。
『品質のランク分けは、特に大きな商流であるほどどんなものでも厳密に行われます。逆を言えば、商売の手を広げるのなら、品質の安定化、区分けは避けては通れません。良不良の混じった麦はその段階で低品質品として扱われますが、これを明確に良質、そうでないものと分けることができれば、それぞれに適正な価格が着けられるのでランク分け前に比べて利益増加が見込めるほか、安定品質で供給されることで、金銭では手に入れられない信頼と言う大きな成果を得ることができます』って返すラフォイドル。
それじゃあ次は実際の処理能力とメンテナンス性、ついでにその運用形態と選別精度について突っ込んでやろう……としたところで、『き、貴重なご意見とご回答ありがとうございましたーっ!』ってステラ先生が割り込んで強制終了。まだまだ語り足りないと目線で訴えてみれば、『その、先生たちも気になるところ大体聞かれちゃったし、さすがにこれ以上は先生たちもよくわかんない領域になっちゃうから……!』って涙目でお願いされてしまった。
ちなみにラフォイドルの方は、口パクで【性格悪いんだよお前】って言ってきやがった。学生として模範的に学術的興味と好奇心をもって質問したのにあの仕打ち。全く酷いったらない。
その後もぼちぼちそんな感じで発表は続いていく。【落ち葉掃除用風式箒】や【魔導式換気装置】といった割とありきたりなものから、ちょっと意外な【カセット式大部屋用アロマテラピー魔道具】といったもの、さらには【純粋なる風を感じたい ~あの日二人で夕陽を見た山の頂から吹き降ろすちょっぴりの切なさと何かの始まりを感じさせる冷たく甘い風をもう一度~】など、普通に風しか出ないのにプレゼンだけで乗り切ったネタ枠の猛者(ゼクトである)など、いろいろ見どころがあったと言えよう。
大体どの班も先生にボコボコにされて、上級生に細かいところを突っ込まれて、そして俺たち同期からのヘボい質問に適当に返す……って感じではあった。最後の方の奴らはそれまでの発表者がボコボコにされているもんだから、みんなガクガクブルブルしてたよね。
そして、新たな発表があるたびにルマルマ&バルトのどこかで悲鳴が。『被った……ッ!』、『しかも向こうの方が完全上位互換……ッ!』って嘆きの声がチラホラ。もしかしなくともこれ、先に発表したほうが有利だったのでは?
なんだかんだで発表前半の部は終了。総評として、
『学生らしいアイディアを、自分たちの力だけでどう再現するかって工夫をいっぱいしていて、とってもすごいと思ったよ! あとは知識と経験を積み重ねていくしかないかな! 失敗は恥ずかしいかもだけど、それが一番大事なんだから! 何度も何度も失敗して、それ全部自分の力にすれば、みんな立派な設計者になれるからね!』
『実際の現場のそれと比べればまだまだですが、自分たちが一から考え作ったというその経験は大きな糧になります。設計製品の出来栄えそのものよりも、今はその経験こそが一番大事です。初めて自分たちで作ったこの魔道具を、この先も忘れずに、原点として振り返られるようにしてくださいね』
『若い先生は優しいなあ。私からみればみんな詰めが甘くてお客様のことを全然考えとらんようにしか思えん。もっと計画性の重要性の認識についてよく考えて、あとはアウトカムとベネフィットにどうコミットしてフィックスしていくか、そこをどう思っとるのかをはっきりせんとなあ』
『ま、去年に比べりゃだいぶみられるようにはなってるだろ。あとは自分が作ったものを見て、「ホントにこれに金を出せるか?」ってのを常に問いかけるようにしたほうがいいな。自分で作ったのに自分はいらねえ、欲しくねえってのは製品じゃなくてただのゴミだからな? あと個人的には思い出の風発生魔道具が一番好きだわ』
……とのお言葉があった。誰が誰のものかなんて、あえて語るまでも無いだろう。ちょっと気にかかるのが、『前半の部だけなら……ラフォイドルくんのところの麦選別のが、アイディア的にも設計としても一番形になっていたかな?』ってステラ先生の言葉。俺たちの発表で何としてもそれを覆さなくては。
そんな感じで授業終了。とりあえずは大きな厄介ごとが終わったからか、ティキータもアエルノも割とすっきりした表情。『ようやっと……解放されたって感じかな……!』ってゼクトは晴れやかな笑みを浮かべていた。
夕飯食った後の風呂にて、ラフォイドルに絡まれる。『てめえマジふざけんなよ! 嫌がらせかコラァ!』とのこと。
『安心しろ、親友だからあえてやったんだよ。あんなの、親友のお前以外にするわけないだろ?』って爽やかに答えたら、無言で割とガチなケツビンタを四発もやってきやがった。ひどい。
夕飯食って……じゃない、風呂入って雑談して今に至る。雑談中の話題はやっぱり来週のウチの発表について。『今日の様子を見る限り、炎上する未来しか見えない』、『いや、ここは事前に仕込みをして、口裏合わせて質問を決めておこう。何も真面目にその場の質問に答える理由はないだろ?』って話している奴らが多数。どうどうとサクラによる茶番を考えるあたり、こいつらもだいぶ染まってきてるなって思った。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。『あの野郎……ッ! 公共の場で俺を差し置いて親友とあんなにも仲良さげに話しやがってよぉ……ッ!』ってさっきまで憤怒のポージングをしていた。こいつの眼は腐っているのか、それとももっと別の所に問題があるのか、それが問題だ。
まぁいい。ギルの鼻には角砂糖の欠片を詰めておく。これ、ティキータの連中に『簡単な質問してくれてありがとな!』って貰った砂糖菓子の一部ね。残念ながらちゃっぴぃに食われちゃったんだけど、その欠片だけ残っていたのでちょうどいいや。おやすみ。