286日目 魔導工学:不釣り合いについて
286日目
葉っぱが解凍されてた。それだけ。
ギルを起こし、ちゃっぴぃをおんぶして食堂へ。今日はすっきり快晴で昨日に比べたら少し気温も高めだった。それでなお朝の食堂は寒かったけれど、アリア姐さんの谷間にヒナたちは二匹しかいなかった。いつもは三匹は入っているのに。
朝食はあえて昨日と同じオニオンスープを頼んでみる。連日で同じメニューであることに気づいたのか、ちゃっぴぃは『あーん♪』のあと、あからさまに『きゅ……?』って不思議そうな顔をして俺を見上げてきたっけか。食べる前にものを確認する癖をつけてほしいところである。
ちなみにポポルもオニオンスープを頼んでいたんだけど、あいつは『俺アレンジしちゃうし』とか言ってスープにケチャップをぶち込んでいた。『こーゆーのは下手にケチらず贅沢に使ったほうが美味い』などと、わけのわからぬ持論を展開しだす始末。子供の味覚と言うよりか、あいつ自身の味覚がなんかちょっとぶっ飛んでいるのかもしれない。
ちなみにパレッタちゃんはサラダをドレッシング無しでもしゃもしゃ食ってた。『あるがままを受け入れるべきってヴィヴィディナも囁いている。あと、なんか芋虫の気分になりたかった』とのこと。素材の味をそのまま楽しめるのは良いことだと思う。うちのちゃっぴぃにも見習わせたいところだ。
ギルはやっぱり『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。想えばコイツもほとんどジャガイモに味付けしていない。おばちゃんが用意してくれる時に軽く振られる塩コショウ程度。それだって表面のジャガイモだけにしかかからないはずだから、山の真ん中のジャガイモは味付け無しのはずなんだけどな……。
さて、今日の授業はテオキマ先生の魔導工学。何気に冬休み前の最後の授業が学会のため休講だったから、なんだかんだで結構久しぶりな感じ。
俺たち全員が例の冬休みに出された課題を出したところ、『……ま、最低限のやる気はあるってことか』って感慨深そうにテオキマ先生が頷いていた。『期末テストの後は救済しようがないから、こうやって対応しているのに……課題をこなさずいざ単位を落とす通知をすると、研究室前でずっと土下座してなんとかならないかと嘆願するアホが毎年いてな』って眉間にしわを寄せながら語ってくれたっけ。
ちなみにそいつらはマジで単位を貰えなかったらしい。『休講中も遊ぶ、救済措置の課題は提出しない、そのうえテストの結果も悪い……単位を与える理由が無いわな。せめて、まじめにやっているというポーズだけでも取るってんならまだかわいげもあるのに』ってテオキマ先生がだいぶキレそうになりながら語っていたけど……もしかしなくてもこの学校、ヤバい生徒ばかりなのだろうか? 件の生徒のその後が気になるところだ。
さて、肝心の授業内容だけれども、今日は不釣り合いについて学んだ。前回までに、魔法慣性力とかについて学んだわけだけれども、実は回転魔法体に発生するそれをよりよく調べてみると、その対象ごとに微妙にバランスが取れていないというか……まぁ、よくわからんけど発生する変な魔法慣性の類があるらしい。
『当然、設計上では存在しえないものだが、諸君らも重々承知している通り、机上の設計と現実のそれが厳密に合致することはあり得ない。材料の不均一か、加工精度の問題か……必ず、何かがどこかで微妙にズレる』とはテオキマ先生。
そんなわけで、往々にしてその対策として個体ごとの調整作業ってのをやるわけだけれども、これにもまたいろいろあったりする。その最たるものがこの不釣り合いと呼ばれるもので、ぶっちゃけると【静的状態では釣り合いが取れているのに、動的状態になるとダメになっちゃうやつ】のこと。
いわゆる触媒反応学的な考えではバランスが取れてるんだけど、実際の運転状態、すなわち回転魔法体を回転させたときに、位相のどこかで魔法慣性力の偏りみたいなものができてしまうらしい。その結果、回転中心がブレてしまったり、あるいは無駄な振動や共鳴の原因となったり、最悪の場合は不安定でぶっ壊れることもあったり無かったり。
『遠心的に作用する魔法慣性が、対称的に厳密に分布していればこれは発生しないが、まぁ無理な話だ。そして、こいつは出力を上げれば上げるほど……回転数を増やせば増やすほどより顕著なものとなる』ってテオキマ先生は言っていた。
とりあえず、以下にこの不釣り合いが発生する要因をざっと記す。
・設計段階のヘボ
設計時点で構造的に不釣り合いが発生しうる状態になっているパターン。それが要求仕様上しょうがないものなら許せるけど、マジでただのうっかりだった場合は救いようがない。『そんなモグリみたいなことをするやつぁ、この学校にはいないよな?』ってテオキマ先生が凄みを利かせていた。
・材料的なもの
魔法材料学で学んだ通り、厳密に均一な魔法材料は存在しえない。密度や濃度の分布があったり、欠陥などの内部構造的なものまで。いわゆる魔法処理を施した材料の場合、それ自体が不均一の原因になったりもするらしく、残留魔応力も結構効いてきてヤバいのだとか。
・加工段階のもの。
広義での陣造(魔法制作)工程に起因するもの。加工精度自体は基準値内であっても、それが上限値寄りか下限値寄りかでだいぶ変わってきたりもする。魔法陣表面粗さもだいぶ不安定だったり。量産品ともなると、量産初期段階と後期で精度が変わってくることがあるらしく(魔法刃の魔耗や治具の狂いなど。本来ならそれ込みで点検作業をするのが普通)、それが原因でいきなり不釣り合いがデカくなることもあるのだとか。単品の加工だけにとどまらず、たとえば嵌めあいなどの組み立て段階の違いも影響を与えるので、極端な話、図面内寸法であったとしても、【寸法公差上限値限界の魔法陣と、寸法公差下限値ギリギリの魔法陣】で組んだ場合、不釣り合いがヤバくなることが多いのだとか。『公差の話は別途専門の分野があるからここでは詳細は割愛する』ってテオキマ先生は言ってた。
・作動段階のもの
魔道具が作用しているというその状態そのものが、すでに変化要因。上と少し被るけど魔耗が発生したり、魔度上昇による変形、あるいは魔法疲労の発生に残留魔応力の発生……などなど、挙げたらきりがない。どんなに事前に予測を立ててもやってみるまでわからないところがあるほか、単純に経年劣化が要因となり得るので、これについては諦めてある程度妥協したほうがいいんじゃねって思った。
ざっくりこんなもん。だいたいにして、設計段階では想像できない……あるいは、図面を書いただけじゃどうしようもない要因が不釣り合いの原因になるっぽい。元々何もかも全く想定と同じものができるってわけじゃないから、ある程度要因を潰したら残りは諦めるしかないのだと思う。
『この不釣り合いの原因については、ノウハウとして秘匿されていることがほとんどだ。対象の全体的な環境は違うことがほとんどではあるが、より高精度、より高品質なものを作る秘密の一つには違いない。こういうものをいかに多く自分で見つけて抱えることができるのかが、魔系として求められることの一つだろう』とはテオキマ先生。
『とはいえ、今ここで述べたようなことは当たり前の事実として魔系なら誰でも知ってる。逆に、この程度も思いつかないようであれば、魔系として大いに危機感を持った方がいい』……って、脅しの言葉も忘れない。学生ならまだしも、社会に出た後でこの体たらくじゃやっていけないとのこと。『本音を言えば、この段階で予習なりして自発的に覚えていてくれるのが理想だがな』とも言っていたっけ。
もちろん、不釣り合いがあったらヤバいね、大変だね……で終わるはずもない。ある意味予想通り、こいつを何とか潰すための調整作業のやり方ってものが存在する。こいつについては、原理や仕組み、計算なんかが複雑なので来週にやるとのこと。
今日は珍しくほとんど計算をしなかったから、ロザリィちゃんもポポルもミーシャちゃんも顔は晴れやか。『要は誰かのヘマが後々に効いてくるってことだよね!』ってポポルはちょう笑顔だった。強ち間違っていないから、それでよいということにしよう。
一方でフィルラドはヤバそうな表情。『こんなの覚えられるわけないだろ……ッ!』とのこと。あいつ計算は比較的得意だけど、暗記は苦手だもんな。
ちなみに俺とクーラスは楽勝。ノートにドラゴンの落書きを描く余裕すらあった。ちょっと体に対する翼のバランスが悪くなってしまったけど、前足の爪が上手く描けたのでぜひ確認してほしい。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。ノートをとる量が相変わらずだったけど、今日はまだ理解できる言葉が多かったため、いつもに比べて雑談時のみんなの顔も明るかった。『毎回これくらいだと良いんだけど』、『いや、俺たちの実力が上がった証拠だろ?』って冗談を言う余裕もあった。来週がどうなっているか楽しみである。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。『今日はあんまり脳筋鍛えられなかったな……?』ってちょっと不服そうだったけど、授業を筋トレ扱いするのはちょっとどうかと思う。まぁ、ギルらしいと言えばそれまでか。
ギルの鼻には手紙の切れ端を詰めておく。『ちょっとこれ、よろしく』ってパレッタちゃんに渡された奴ね。なんか実家から届いたものらしいんだけど、パレッタちゃん一目見た瞬間にビリビリに破っちゃったんだよね。おやすみにりかちゃんちょうおちゃめ。