283日目 魔法流学:魔法流体摩擦について
283日目
いつもよりだいぶ早めに起きてしまって、そして寝付けなかった。ちくしょう。
ギルを起こして食堂へ。冬休み明け一発目の授業日とあって、みんな気分は陰鬱な感じ。これから到来するであろう修羅場の気配に誰もが恐れ戦いている。『一生冬休みでいいんだけどな……』、『何で朝はくるんだろう。俺はただ、ずっと休んでいたいだけなのに』ってヤバめの顔して呟いている奴がそれなりにいた。
朝飯は無難にハムエッグをチョイス。毎度のことながら、こうもしっかりドンピシャで半熟の良い感じのハムエッグを作るおばちゃんに感謝の念を隠せない。惜しむらくは、その半熟をちゃっぴぃが『きゅーっ♪』って食いつくしてしまったことだろうか。
しかもあの野郎、俺が白身を『あーん♪』しまくってたら『ふーッ!』って怒るしさあ。いろんなものをバランス良く食わせたいという俺の気持ちをなぜわかってくれないのか。
あえて書くまでも無いけど、ギルは『うめえうめえ!』って元気にジャガイモ食ってた。こいつはもう、ジャガイモさえあれば他は何でもいいんだろうな。
食後にて、ロザリィちゃんが『魔力を補充させろーっ!』ってキスしてきた。『……”がんばろうね”のキスがまだなんですけど?』って甘えてきたりも。あまりにも可愛すぎて、俺ってばそのまんま言いなりになっていた気がする。
クソどうでもいいけど、フィルラドもアルテアちゃんに『その……頑張るために何かが欲しいな、なんて……』っておねだり(?)していた。アルテアちゃん、『ケツならいくらでも叩いてやるよ』って冷たかったけどな!
さて、今日の授業はミラジフによる魔法流学。相も変わらずあいつは仏頂面で俺たち以上にシブい顔……なんだけど、『……新年会の時は、助かった』ってすっげえ小さい声で言ってきたのね。ほんとびっくり。
あまりにもびっくりしたので、『すみません、何て言いましたか?』って聞き返してみる。『……チッ』って露骨に舌打ちされた。ひどくない?
新年一発目からあんまりな始まりだったけど、ともかく授業は授業。今日は魔法流体摩擦について学んだ。前回までの授業では、一応魔法的な粘性の影響が無いものとして物事を考えていた(完全魔法流体であるとしていた)けれども、実際はそんなこと有り得ない。
そんなわけで、魔法流体摩擦があったときはどうなるのよってのを考えることに。とりあえず、いかにざっくりとメモを記す。
・内部摩擦
魔法流体が運動した際に粘性によって生じる、魔法流体と魔法流体同士による摩擦。基本的に魔法流体の運動を妨げるものとなるので、できればないほうがいい。
・外部摩擦
魔法流体が運動した際に粘性によって生じる、魔法流体とそれに接する容器(固体)による摩擦。こいつもやっぱり魔法流体の運動を妨げるものなのでないほうがいい。そもそもとして、外部摩擦を考慮しない状況……厳密な意味で容器に相当するそれに入れないで魔法流体を扱うケースってあるのだろうか?
・魔法流体摩擦
内部摩擦と外部摩擦を総称してこう呼ぶ。上でも書いたけど、魔法流体の運動を妨げる抵抗となり、これによる魔力損失をそのまんま摩擦損失と呼ぶ。なんか似たようなのをだいぶ前の授業でやったような気がする。
なお、魔法流体摩擦のメカニズムは層流と乱流とで根本的に異なるのでそこはきっちり抑えておくこと。
ざっくりこんなもん。考え方としてはそんな難しいものじゃない。その魔法流体が何と接して、どこで摩擦が生じるかってだけの話。あとはいつもどおり、魔力のつり合いの式を立てればそれで終了。今回の場合は、そこに摩擦損失という新たなパラメータが追加されただけに過ぎない。
例題をいくつかやったんだけど、そのたびに摩擦損失の出し方が異なっていたので、そこはおいおい対応していくしかない。詳細は俺のノートを確認すること。今回は見事なスライムの落書きがあるからすぐにわかるはず。羽ペンであの透明感とぷるぷる感を出せたことに自分でも驚きだ。生涯最高の出来だったかもしれない。
そうそう、この手の式にはやっぱり摩擦係数が出てくるんだけど、これの解析や検討も昔の偉い人がやってくれたらしい。その結果、層流では【流管の相対粗さとは無関係、その流体のライノルド数の関数としてあらわされる】、乱流では【流管の相対粗さによって決まり、その流体のライノルド数とは無関係】……ということがわかっており、クソ面倒な式でそれを表すことができるとのこと。
ちなみに、層流と乱流の遷移領域ではさらにクソ面倒な式によって摩擦係数を求めることができる。どうせそんなところを使うはずがないのに、なぜわざわざそんなクソ面倒なところまで検討したのか。
『全ては魔法則に則っており、そこに新たなパラメータが追加されただけに過ぎない。本来は教えなくとも感覚で理解できるであろうが、それができないものは基礎能力の不足を大いに反省するがいい』ってミラジフは嫌味たっぷり。物事何でも理想的に進むと思ったら大間違いだ。
『何もかもわかってしまっていたら、先生に会える理由が無くなって寂しいですね』って俺がちょっとした冗談で場を和まそうと試みてみれば、『……これだからクソガキは』ってあいつ露骨に舌打ちしやがった。
『諸君らへの対応のため、私の研究の時間がごっそり削られているというその事実を、もっとよく理解してほしいものだ。尤も、理解できるのなら、今こうしてこんなに時間をかけて物事を説明することも無かったのだろうがね』って更なるネチネチも。事実だったとしてもそういうこと学生の前で言う? 予習復習はてめえを楽させるためにするもんじゃねーぞって思ったよ。
あえて触れるまでも無いけど、今日もポポルやミーシャちゃんは目をぐるぐると回していた。もうあの二人はまともに理解しようとも思っていないのかもしれない。フィルラドはまだなんとかなりそう……というか、意外とこの手の計算問題に強いのが不幸中の幸い。ギルの筋肉の方が賢いけどね。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。休み明け一発目の授業と言うこともあって、お疲れ気味の人がいっぱい。アルテアちゃんの眉間の皺はヤバかったし、ジオルドもいつものお気に入りの場所でだらけていたような。元気なのは勉強なんてする必要が無い使い魔どもだけだ。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。俺もちょっと疲れたので今日はこの辺にしてさっさと寝よう。ギルの鼻には紙やすりの欠片でも詰めておく。なんか教室の机の中にあったんだよね。おやすみ。