281日目 保健室の悪魔
281日目
ギルの脇毛がガーゼ。めっちゃふわふわだった。
ギルを起こして食堂へ。今日も今日とて人が少ない……と思いきや、すでに結構な人数の男子が食堂に集っていた。『俺切り傷にするから被らせるなよ』、『じゃあ俺火傷にするわ』……などなど、いかにして保健室にかかろうかと相談しあっている。実に浅ましいというほかない。
『そんなくだらないことで先生の手を煩わせるな』と組長として一喝。『どうせやるなら脱臼くらいして見せろ』ってその場で肩を外してブラブラ。これならば間違いなく保健室案件。立派に先生の所へ行く理由ができたと言えるだろう。
もちろん、これだけじゃさすがにひねりが無いので、今日も元気にカサカサ天井を這い廻っていたヴィヴィディナをちょちょいと呼んでみる。「ギャアアアア!」って金切り声を上げて寄ってきたヴィヴィディナ(狂おしい芋虫の姿)の一部をちょっと千切りコーヒーに混ぜてみた。
思った通り、飲んだその瞬間に体が呪毒に侵された。ヤな感じにクラクラして寒気と倦怠感と、あと世界が虹に輝いている。ヴィヴィディナのささやきもいつもよりはっきり。あれは間違いなく天元層のヴィヴィディナ界へのゲートが開いていた。
『先生に診てもらうなら、せめてこれくらいはやらないとな?』ってぱっちりイケメンウィンク。『あたまおかしい』ってシンプルに罵倒されたのがわけわかめ。たかだか切り傷や火傷程度で魔系が保健室に行こうって方が頭おかしくない?
あと、ギルは今日も普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。わざわざこのタイミングで書いたのは、ただの義務感のためである。
ともかくそんなわけで、男子一同もうちょいガチめのケガをしてから保健室に向かうことに。大体の人は簡単な弱毒とかを服役していたような。『頼む、ちょっと強めに噛んでくれ』ってエドモンドにお願いしている人もいたんだけど、エドモンドの奴チキったのか怯えて逃げちゃったんだよね。
肝心の保健室だけれども、今日も人がいっぱい。なんかうわさを聞き付けたのか、昨日よりも明らかに人が増えている。『そりゃ、白衣のステラ先生とかロマンだろ?』って並んでいる上級生(小指が二本とも折れていた)に言われた。俺たちのステラ先生なのに。ちくしょう。
ただ、ドキドキワクワクしている俺たちとは対照的に、なぜか保健室からは結構な悲鳴が。ステラ先生に治療してもらって、嬉しさのあまり思わず悲鳴を上げた……にしては、妙にガチすぎる。わざとらしく痛がってステラ先生に更なる献身的な治療をしてもらおう……にしては、尋常じゃない感じが半端ない。
とはいえ、ここでイモを引いたら魔系が廃る。なんだかんだいってもやっぱりステラ先生に治してもらえるのはとっても嬉しい。
そんなルンルン気分で保健室のドアを開けたのに。
『よーう、今日はケガ人がいっぱいだな!』って満面の笑みのシキラ先生(白衣姿)がそこにいた。ウソだろ。
『すみません、急用を思い出しました』って脱出を試みるも、『そんな連れねえこと言うなよな!』って扉が魔導封印された。逃げられない。
『遠慮せずこっち来いよ! 今日は俺が担当なんだからよぉ!』って言われたとき、もう自分の運命を悟っちゃったよね。
まずは脱臼の治療。『こんなもん適当にハメときゃ治るんだよ!』って腕を取られ、おもっくそ力づくでハメられた。ゴリッ! ってヤバそげな音が俺の肩から。クソ痛かった。
『お次は……なんだこれ、毒か?』ってシキラ先生は痛みに悶えてうずくまる俺の体を検分。なんかマジックエコー(?)的なもので俺の体を調べたかと思いきや、意外にも一瞬で原因を突き止める。
『さすがにこればっかりは難しいでしょうし、ピアナ先生のところで薬草を貰ってきます』……って逃げようとした俺の肩(嵌めたばかり)を、あの人はちょう満面の笑みで掴んだ。
『グランウィザード舐めんじゃねえよ! この程度、俺にかかればイチコロよ!』……って、あの人は杖を取り出して。
『なんかよくわからんけど、それっぽいの全部ぶっ壊せば治るだろ!』って俺に破壊魔法をぶち込んできた。ひどい。
いや、まさに悶絶する痛みだったよね。破壊魔法が俺の中の毒をぶっ壊していくのはいいんだけど、それに伴う激痛がヤバい。結果的に治癒行為と言えるだけで、やっていることそのものは紛れもなく破壊行為。そりゃあ痛くないはずがない。
しかもシキラ先生、遠慮の一切が無い。『死ななきゃ別によくね?』って、マジでそう言ってニタニタ笑いながら破壊魔法をずっと注入してきたからね。
今更ながら、保健室の外にまで悲鳴が響いていた理由をもっとよく考えるべきだった。あんな治療とは言えない鬼畜外道行為をされて喜ぶバカがどこにいるというのだろう。治療ってのは原因を取り除けばいいってものじゃない。なぜあの人はそんな簡単なことさえわかってくれないのだろうか。
腹立たしいことに、ヴィヴィディナの呪毒は結構俺の中の深部まで染みわたっていたっぽい。『こいつぁ腕が鳴るぜぇ……!』ってシキラ先生はちょう嬉しそうに破壊魔法の出力を上げた。マジにあの人のことをぶん殴りそうになってしまった俺を、どうか許してほしい。
最終的に、毒の破壊には成功……したものの、俺の体はボロボロ。なんか保健室に来る前よりも傷ついているような気さえする。それでいて、一応はきちんと治療自体はされているというから世の中クソである。
治療の後は一目散にその場を離れる。『なんだよ、遠慮しないでもっと治療させろよ!』ってあの人は言ってきたけど冗談じゃない。俺にそっちの趣味は無いのだ。
すごいわくわくした顔で保健室に並ぶアホどもを見て、あんなにも哀れな気持ちになったことはない。寄生蟲に腕を寄生させてた人とか、手の指全部折ってた人とか、あの後一体どうなったんだろうね?
食堂で一息ついていたところ、ティキータのゼクトやアエルノのラフォイドル、その他ルマルマのメンツも含めて『きょ、今日はどうだったんだ……?』って聞かれたので、『天国に行ってしまいそうなほどの体験だったよ』って爽やかに返しておく。
奴ら嬉々とした顔で自傷していたけれど俺は何も知らない。ウソは言ってない。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。風呂場で連中にしこたま蹴られたケツが未だに痛い。俺は嘘を言っていないし、強要だってしていないのに。このケツの痛みは本来シキラ先生が受けるべきものだと思うと本当にやるせない。こんなのってあるか。
あ、でもいいことが一つだけ。『……自業自得なんですけど?』って寝る間際にロザリィちゃんにキスされた。『恋人をほったらかしにするような人にはおしおきですっ!』って体中弄られてすーはーすーはーくんかくんかされた。止めとばかりに、『──くんは今お人形です。お人形だから何されても文句言えないのです』って、思いっきりぎゅーっ! って抱きしめられた。
ちゃんとしっかり愛魔法で治療してくれるロザリィちゃんが本当に聖母。あれだけ慈愛に満ちた女の子が他にいるだろうか。いや、いない。
ちょっと短いけれどこんなもんにしておこう。ケガを治すために保健室に行ったのに、こうも疲れてしまうとは。なんかいまだにどこか遠くの方で誰かの悲鳴が聞こえるし……ああ、本当にドクター・チートフルの真っ当で普通な治療が恋しい。そうでなくとも、あんなヤバいクレイジーな人がドクターやってるとか終わってる。医者に対して失礼だとは思わないのだろうか。
ギルは今日もぐっすりすやすやと大きなイビキをかいている。あんまりおもしろいものがみつからないので、今日はシンプルに空気を詰めてみた。もうどうにでもなーれ。