276日目 今年最後の日
276日目
ちくしょうあの野郎、勝手に帰りやがった。そして普通にこの時代のギルが寝ている。何勝手に日記書いてやがるんだマジで。
なんだ? あの時俺を抑え込んでいたのはやっぱり魔神だったのか? いきなり不意打ち喰らわせやがって。
ギルを起こして食堂へ。なんか普通にギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってた。俺たちがこの二日間のことを聞こうとするも、『……っ! ……っ!』って喋れない感じ。『未来の親友に色々呪われたんだよ……』とのこと。
どうも、未来の俺が余計なことを話させないようにジャガイモに呪を込めてまでガチガチにギルを呪ったらしい。俺が一体何をそこまで警戒していたのか、自分のことながらよくわからん。
ちなみに、ギルはなんかミーシャちゃんを見て真っ赤になっていた。理由はやっぱり呪われていたため言えず。そしてアルテアちゃんを見て、『おば……いや、お姉さま』とか言って震えていた。未来で何かあったのだろうか。
そんな感じで、せっかく色々諸々問い質そうとしたのにほとんど何も情報を得ることはできず。唯一わかったのは、『色々美味い飯とか沢山食わせてもらってよくしてもらった』というそれだけ。
その証拠として、『未来の親友から、今の親友へのプレゼントだ』ってギルがたった一枚のクッキーをくれた。未来の俺にしてはずいぶんけち臭いなと訝しみつつも食べてみたところ、びっくりするほどめっちゃ美味い。『「来いよ、この高みまで」……って、確かに伝えたからな』とのこと。
やってくれるぜ、俺の奴。ここにきてようやく、俺の到達点の一つが見えたかもしれない。
さて、それはそれとして今日は一年最後の日。課題があったりギルが大人だったりですっかり忘れていたけれども、ルマルマ寮全体の大掃除をしなくっちゃいけないし、年越しのための夜更かしの準備もしなくちゃいけない。
そして、『みんな、大掃除するよーっ!』ってエプロン&バンダナ姿のステラ先生がマジプリティ。あふれ出る新妻感がヤバい。こんな人をお嫁に迎えることができたのなら、きっとそいつは世界で一番幸せなのだろう……それって未来の俺か?
ともあれさっそくお掃除タイム。例年通り、机やキャビネットなどの大物はギルやジオルドと言った男子連中に運び出してもらい、残りで掃き掃除、拭き掃除を実行していく。
ヴィヴィディナが汚れを浸食してくれたほか、「これはもはや大規模な遊びなのでは?」と勘違いしたグッドビールがモップの真似をしてあちこちをずり這い(?)しまくったため、床はあっという間に綺麗になった。汚れた腹のままあちこち動き回らなければ素直にほめてやれたんだけどね。
もちろん、ウチのちゃっぴぃも『きゅーっ!』ってパタパタ飛んで天井とかの手が届かないところを掃除してくれた。すごい宿屋の息子な俺的な観点ではまだまだ甘い仕上がりと評価せざるを得ないけれども、ちゃっぴぃの年齢を考えたらこんなもんだろう。
でも、リアが同じことしたらやり直しを命じると思う。そもそも、仮にもマデラさんの宿で手伝いをしている以上、あんな甘い仕上げなんて恐ろしくてできるはずが無いんだけどな!
そうそう、ロザリィちゃんとステラ先生は台所をやってくれた。『水回りは汚れやすいからちゃんとやっておかないとねー』、『なんだかんだで、一番お世話になってるところかもだからねー』ってきゃあきゃあおしゃべりしながら掃除に勤しむ二人が本当に可愛い。あの間に挟まりたいと思ってしまった俺を、どうか許してほしい。
みんながある程度やってくれた後は、俺直々に仕上げ掃除に入る。みんないくらか手馴れてきたとはいえ、やっぱり気になるものはしょうがない。『お前じゃなきゃ嫌味かって思ってた……いや、やっぱ嫌味か?』、『相手がロザリィ以外でそれやったら、あんた刺されても文句言えないよ』とも言われた気がする。ハイクオリティを求めることの何がいけないのか。
なんだかんだでおやつの時間頃にはお掃除終了。きれいさっぱりぴっかぴか。汚れ一つなく、空気も澄んでいて清々しい気分。さっそくきれいになった暖炉前を使い魔&おこちゃまたちが占拠。ずるい。
大掃除の後はちょっと早めの風呂に。みんな考えることは同じらしく、ティキータの連中とかも来ていた。『何か月か前にメリィに食われたと思ってた隠しおやつ、今になって普通に見つかってヤバかった』ってゼクトは言っていた。いったいどういう意味でヤバかったのか、ちょっと気になるところだ。
風呂の後はクラスルームでささやかながら宴会。この前のクリスマス程じゃないけど、食堂から料理をいくらか運び出し、どんちゃん騒ぎの準備はばっちり。もちろん始まりの挨拶はステラ先生。『今日は無礼講だぞーっ!』って叫びと共にグラスがごっつんこしまくりんぐ。
そしてやっぱりエビフライが美味い。俺の組長権限でエビフライだけは多めに用意させていただいた。やっぱこいつがなきゃ宴会は始まらないじゃん?
今日はもう、年が変わるその瞬間まで起きていることを決めていたため、みんなパジャマ姿。寝落ちしても問題ないように、クラスルームの端には毛布とかクッションとかどっさり。無礼講故に男女関係なく雑魚寝で攻めていくスタイル。『女子の方に紛れ込んだら、呪われるだけで済むと思うなよ』ってパレッタちゃんがにらみを利かせてたけどな!
ともかく、いつ寝ても問題ない体制が整っていることもあり、みんな結構お酒をがっつり飲んでいた。やっぱ酔わなきゃやってられないところもあるのだろう。それ以上に、それなりに酒に慣れてきたというのもおそらくあるはず。
『やっぱチーズとワインが美味い』ってアルテアちゃんがチーズを齧りながらちびちびワインを舐めていた。『そのチーズならこっちのワインの方が合うよ』ってフィルラドが普通にアルテアちゃんにおすすめのワインを紹介していたちょっとびっくり。アルテアちゃんの方も、『ん……悪くない』ってほんのり酔った顔で上機嫌。
なんかあの二人、いつの間にか仲直りしている。まず間違いなく未来のギルの功績だろう。いったいどんな魔法を使ったのか。
珍しいことにアリア姐さんも普通に飲んでいた。植物的に酒ってダメそうな気がするけれども、割とそうでもないらしい。『あっ、アリア姐さんもイケる口なんだね~!』ってステラ先生がぎゅ! ってしてもらいながら色んな酒を飲ませていた気がする。
あと、グッドビールは毛布とクッションの山に興奮し、盛大にそこに飛び込みまくっていた。何が楽しいのか、何度も何度も飛び込んでは近くにいたやつに「ほめてほめて!」と言わんばかりにすり寄っていたのを覚えている。
酔ったジオルドが『お前の力はそんなもんじゃねえだろォ!?』ってお手本を見せていた。『……そういうところも、イイよね!』ってハァハァできるあたり、ウチのクラスのジオルド派女子はだいぶ手遅れだと思う。
盛り上がってきたところでいつものカードゲーム大会を開催。結果はもちろんステラ先生の圧勝。我がルマルマの精鋭を集めてなお、みんなケツの毛まで毟られるといういつも通りの展開。
『残念だなぁ~? 先生に勝てたら、何でも言うこと聞いてあげたんだけどなぁ~♪』って酔っ払いふわふわステラ先生はほにゃほにゃ笑ってた。『具体的に、どの程度まで大丈夫な奴ですか?』って突っ込んだ質問をしたところ、ステラ先生ってば真っ赤になって、『……えっち!』って頭をぺしって叩いてきた。もっと叩いてほしかった。
……それはそれとして、ステラ先生はいったいどの程度のことまで想像したのだろうか。聞くのが怖いような気がしなくもない。
そうそう、ロザリィちゃんが『今年も一年間、おつかれさま!』ってキスしてくれた。『なんだかんだでいろいろあったねえ……』って俺の隣にちょこんと座り、頭をこてんって預けてきたりも。『……先生にばかり構うと、拗ねちゃうよ?』って甘えられた時はもう、気絶しそうになったよね。
そのままなんとなく、二人で乾杯しながら……お酒を注ぎあいながら静かにのんびり語って過ごす。内容としては割と取り留めも無いことばかりだったけれど、周りはみんな騒いでいるのに俺たちだけが穏やかに語り合っているというあの落ち着いた雰囲気は、なんかこう、めっちゃよかった。
で、ロザリィちゃん、『……あれ、やって』ってミーシャちゃんをお姫様抱っこするギルを指さす。『喜んで』って、さっそく実行させてもらう俺。『……最近ちょっと食べすぎ気味だから、重さは考えないように。冬だから栄養貯め込むのは当たり前のことなのです』ってロザリィちゃんはちょっと恥ずかしそう。そんな姿も本当に愛おしい。
あと、『……今年は独り占めしたい気分なの』ってにこって笑いかけられて俺の心臓が止まりそうになった。ロザリィちゃんはどこまで俺のことをドキドキさせれば気が済むのだろうか?
ちょっと残念なこと(?)に、そんな感じでゆったり過ごしていたらいつの間にか年が明けてしまっていた。カウントダウンもしなければ、去年みたいにおふざけもしていない。
というか、酒があったせいか大半の人が普通に寝こけていた。起きていたのなんて、それこそ静かに語っていた俺たちとか、あるいはみんなが寝込んでいるのをいいことに料理をバクバク食いまくっていたポポルやヒナたちくらいだと思う。
ロザリィちゃんと一緒にみんなに毛布を掛けるのはなかなかの作業であった。正確にいえば、部屋の中を多少片付けてきっちり雑魚寝できるスタイルにもっていくのが大変だった。『……男女の境は明確に分けて、間には使い魔たちでも寝かせておけ』……って、七割がた酔ったアルテアちゃんがワイン飲みながら指示してくるし。フィルラドを膝枕しながらだったので全然威厳は無かったけどね。
この日記は例によって例のごとく、クラスルームで書いている。ロザリィちゃんはちょっと前に俺におやすみなさいのキスをして寝てしまった。アルテアちゃんもほろ酔いで寝ちゃったし、酔っていなかったポポルもぽんぽんがいっぱいになって気持ちよくなって寝てしまっている。
ちょっと目を離した隙に、割とがっつりミーシャちゃんが男子エリアまで動いている。やはり彼女のギガントドラゴン級の寝相は侮れない。そんでもって、パレッタちゃんが右腕にポポル、左腕にクーラスを抱いて安らかにスヤスヤしているのはいったいなんでなんだ?
まぁいい。みんな寝てるし俺もそろそろ寝るとしよう。とりあえず腹筋モロ出しのギルに毛布を掛けて、奴の鼻にはジャガイモを詰めて……よく見れば俺の寝るスペースなくない?
上手い具合に男子連中を重ねればなんとかなるか? さすがにアリア姐さんやエッグ婦人も下で寝てるのに、俺だけ自室やロフトで寝るのは寂しい。
……ちゃっぴぃを抱っこして寝ればちょうどロザリィちゃんの隣に潜り込めそう。ややもすればステラ先生のお隣でさえも行けそうなんだけど。
一応書いておくけど、男のど真ん中で寝る趣味は俺にはない。魔系なら、己が望むものを実力で勝ち取るべきだよな?
未来の俺にすべてを託すことにして、今日(?)の日記はここまでにしておく。
そして、(もしかしたら)朝にこれを読んでいるかもしれないステラ先生へ。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。