272日目 アフタークリスマス(地獄)
272日目
希望が絶望に変わっているっぽい? とりあえず困った時のトイレである。
ギルを起こし、ちゃっぴぃをお姫様抱っこして食堂へ。今日も今日とて冷え込みが激しかったので、俺ってば室内なのにマフラーを着けちゃったり。ふわふわもこもこで大変あったかい他、俺と言うただでさえ魅力的なイケメンがさらにイケメンになるという究極のパーフェクトハーモニーを醸し出したりも。こんなにもイケメンな自分が怖いぜ。
なーんか妙にライラちゃんとの距離が近い(というか、ライラちゃんの方が詰め寄っている)ゼクトからも、『おしゃれなマフラーしてるじゃん?』ってコメントを頂いた。あいつはあいつで手作り手袋(ライラちゃんとおそろい)を普通に着用していたので、『お前もな』って返しておく。
朝食にてコンソメスープを頂く。今日は何となく比較的あっさり済ませたかったゆえである。シンプルで素朴な味わいはなんかホッとするし、静かな冬の朝にはまさにうってつけのチョイスだったと言えよう。
最近は重いものが多かったし、年末年始はさらに暴威暴食するのは確定的に明らか。ここらでちょっと胃腸を休めるのも悪くない。若いのに健康にも気を使っちゃう俺ってマジすごい。
お膝の上のちゃっぴぃにコンソメスープを飲ませてやっていたところ、『おはよう!』ってロザリィちゃんが。今日も今日とてマジプリティ。そして俺のマフラーに気づいて『あっ……!』って目をキラキラと輝かせた。
『……朝から誘ってんのかあ?』ってロザリィちゃんはにこにこして俺のマフラーを剥ぎにかかる。『ちゃっぴぃも一緒にね!』ってそのまま俺、ロザリィちゃん、ちゃっぴぃ……と、三人まとめてマフラーをくるくる。『へへー……!』ってすんげえ嬉しそうに俺に寄り添ってきた。最高。
同じマフラーのはずなのに、なんであんなにもあったかく、そして幸せな気分になれたのか。なんか俺もう、一生ロザリィちゃんと一緒にマフラーしていたい。……しょうがないから端っこくらいにはちゃっぴぃも入れてやるか。
一応書いておこう。ギルはやっぱり今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモ食いまくっていた。昨日に引き続き不機嫌マックスなアルテアちゃんとパレッタちゃんにも『……元気出せよな!』ってジャガイモを勧めまくっていたのを覚えている。
『……何気に、気づかいは一番できるんだよな』、『これだけの覇気が奴にもあれば』って二人ともジャガイモを受け取り、各々コショウ、ケチャップを着けて食べていた。ギルの肩車に収まったミーシャちゃんが『……あえて言うけど、ギルはあたしのなの。そこのところ勘違いしないでほしいの』って牽制(?)していたっけか。
『俺も筋肉……つけないとな』ってフィルラドは一筋の涙を流していた。奴が鍛えるべきは肉体ではなく心の方だと思う。『えっマジでこれ俺は悪くなくね?』ってポポルは相変わらずだったけどな!
さて、そんな感じで食堂でゆったりしていたところ、『よーう、アフターメリークリスマス!』って明るい声が。この朝から元気いっぱいな様子は間違いなくシキラ先生。
休み期間中……じゃなくとも、この人がわざわざこっちの食堂に来るなんて珍しいな、さてはまたまたなんかヤバいことでも持ち込んできたのか……と、ルマルマ、ティキータ、バルト、アエルノの全員が杖を構えて身構える。
が、そこにいたシキラ先生はまさかのサンタさんスタイル。そしてプレゼントボックスがどっさり乗ったソリも。ソリを牽いてたの、狂おしい程呪われたハーネスに繋がれた再履だったのが気になるところだ。
『どうよ!? 俺のサンタさんスタイルも捨てたもんじゃないだろ!』ってシキラ先生はにっこにこ。『こいつらがよぉ、あまりにもトナカイをやらせてくれってうるさいから、俺ってば朝から一肌脱いじまったぜ……!?』って狂気溢れる笑みも。『見ての通り、優しい俺からお前らへクリスマスプレゼントの贈呈だ! かぁーっ! 自分で言うのもなんだが、俺ってマジ生徒思いの最高の先生じゃね!?』って一人で腹を抱えてゲラゲラ笑っていたりも。
絶対なんかヤバいことだと思っていたのに、思いのほか普通……というか、驚きのサプライズ。プレゼントと聞いて嬉しくないはずがない。しかもあんなに丁寧にラッピングされているってことは、中身もそれなりに値打ち物のはず。
『うっひょおおおお!』ってポポルをはじめとした男子が歓声を上げていたし、『中身なんだろう!?』、『あの大きさなら、お洋服とかかな!?』って女子もきゃあきゃあ騒いだり。それはもう、休日の朝とは思えないくらいの盛り上がりだったと言えよう。
だけどやっぱり、相手があのシキラ先生だってことを俺たちはしっかり認識しておくべきだった。
食堂にいる全員にプレゼントボックスが配られ、そしてみんなでせーの、で開けてみる。
【マジックフライホイールにおける魔法慣性の釣り合い計算:演習問題】って文字が目に飛び込んできた。ウソだろ。
ざわめく食堂。そんな馬鹿なと思ってその分厚い紙の束をペラペラ捲れば、他にも【レグレンジェの式の導出】、【魔法慣性力を考慮したモデル化の検討】……といった、証明問題や演習問題がびっしり。
どこからどう見ても、魔導工学の課題レポート。それもけっこうガチな重いやつ。体がすでに拒否反応を示しているのか、手足の震えが止まらない奴もいた。
学生を代表して、まだダメージの少ない俺がシキラ先生にこの悪夢のようなプレゼントの意図を聞いてみる。『見ての通り、魔導工学の冬休みの課題だぜ?』ってこともなげに答えられた。そうだけどそうじゃないと思ってしまった俺をどうか許してほしい。
『マジな話、魔導工学は今の段階で単位ヤバい奴がけっこういるんだよ。まっとうに期末テストを受けても、このままじゃ普通にアウトだな。だから、優しいテオキマ先生はこの段階でお前たちに救済のための課題を出してくれたんだ……なぁ、最高のクリスマスプレゼントだろ!?』ってシキラ先生はゲラゲラゲラゲラ笑っていた。
期末テストが終わったら、そのまま普通にみんな実家に戻って春休みとなるから、中間テストと違って救済措置を取ることができない。でもって、中間すら危うかった奴が期末で中間を補えるほど挽回できるはずがない。だから、【どうせ無理なんだからこの段階で救済措置を与える】……って、まぁ理屈だけは通っていると思えなくもない。
タチが悪いのは、『別にこれはあくまでプレゼントだからな? 提出の義務はないし、もちろん強制はしないぜえ? やりたい……いいや、やらせていただきたい奴だけ、勝手にやって勝手に提出しろって、それだけの話だ。必要ないと思うなら、落書き用紙として有効活用してくれよな!』ってシキラ先生がにこにこと笑いながら告げたことだろう。こんなのもう、遠回しに退路を断っているだけである。
ロザリィちゃんはもう泣きそう。ポポルは普通に泣いていた。他のクラスの連中も泣き崩れて、せっかくのクリスマスの余韻が台無し。それどころか、冬休みが一気に地獄になって、顔から表情の一切が抜け落ちている。
ちなみに、この課題が丁寧にラッピングされていたのは、『せっかくだしクリスマス気分を味わいたいじゃん? それに実際、単位救済のための奇跡みたいなプレゼントだろ?』というシキラ先生の独断によるもの。あえてわざわざ、再履を使って一晩かけてこの量をラッピングしたらしい。資材についてはシキラ先生の自腹とのこと。ただの嫌がらせじゃんって思った。
そして確認するまでもなく、テオキマ先生のこの措置を知ったシキラ先生が、自ら配布役をかって出たのだという。『テオキマ先生みたいなお忙しい方に、こんなクソみたいな雑用させるわけにはいかないし?』ってあの人は謙虚ぶっていたけど、立場としてはシキラ先生もテオキマ先生も同じだ。
何よりシキラ先生は、俺たちのこの絶望に叩き落とされる瞬間を眺めたかっただけだろう。あの人はそういう人だし、そうでもなければわざわざ課題を丁寧にラッピングすることも、サンタさんの装いをすることも無い。いくらなんでもえげつなさすぎない?
『それじゃあお前ら、俺はこの後も再履のケツを叩く仕事が残ってるから! 楽しい年末年始を過ごしてくれよ!』ってシキラ先生はゲラゲラ笑いながら帰っていく。『お前らあれだろ? 創成魔法設計演習もヤバいんじゃねえの? ……いやあ、実に魔系らしい最高の冬休みになりそうだな!』って特大級のドラゴンの糞も忘れない。一周回って逆に尊敬できるレベル。
その後はもうみんな完全なお通夜状態。クリスマスの余韻も消え失せたし、恋人的な意味で危機的状況にあるとかそんなの関係なしに、【言葉にできないけどすごくヤバい】という実感だけがその場に満ちている。マジでしばらく誰も一言も発していなかったからね。
結局誰かがのろのろと動き出して、それにつられるようにみんながクラスルームに戻って課題に取り組みだしたけど……動く死体の方がまだ生気があるような有様だった。死んだ顔でろくに理解もできていない課題を解き続けるとか、それもこの冬休みと言うフィーバータイムでそれをするとか、魔系学生の業はどこまで深いのだろう。
午前中も、午後もずっとそんな感じ。何よりヤバいのが、さすがに今回ばかりは本能でマジにヤバいと理解しているゆえに、おこちゃまポポルもヒモクズフィルラドも……誰一人として、それをサボろうとしなかったところだ。
人間、本当に必死になった時って逃げだそうとする意思すら消え失せるのだと初めて知った。逆にいえば、サボろうとする意思があるだけ、今まではそれなりに余力があったってことなのだろう。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。今日はもうずっと課題をしていたから、他に書くことが無い。せいぜいが寝る前に、ロザリィちゃんが『魔力の補給をさせてぇ……!』って俺に抱き着いてすーはーすーはーくんかくんかしてきたくらい。めっちゃこそばゆくてくすぐったかったっていう。
……あとロザリィちゃん、『……その、出来ればなるべく長い時間、そのマフラー付けといてくれると嬉しいなーって』ってもじもじしながら頼んできたんだけど、アレなんだったんだろう? そんなに俺がマフラー使っているところを見たかったのだろうか。変に頼まなくても、もうこれ以外のマフラーを使う気なんて全く無いんだけどね。
ギルは今日もぐっすりすやすやと大きなイビキをかいている。すでにクラスの中でトップクラスの成績を誇る俺とクーラスは課題出さなくても余裕だけど、何気にこいつも(インチキ臭いとはいえ)成績がいいから課題の提出はしなくても大丈夫だったりする。
それでなお、『こいつは脳筋に効くゥ……っ!』ってあいつは脳筋の筋トレとして普通に課題やってたけどね。最近は俺が言わなくても自主的に脳筋の筋トレをしてくれるから、ちょっぴり俺の負担が減っている。この余裕を上手く使わないと。
少しだけ創成魔法設計演習の課題を進めてから寝るとしよう。休み明けには提出だし、企画書と計算書はパーフェクトに仕上げておかなくては。こればっかりは俺が一番の適任なのだから、必ずやり遂げて見せよう。
ギルの鼻には一握の意志を詰めておく。おやすみにりかちゃんまじばばあろり。