269日目 クリスマスイブ
269日目
ギルの筋肉が煌めいている。いつもどおりだ。
ギルを起こして食堂へ。なんとなく癖で普通に起きたけど、一応公式(?)には今日から冬休み。これから約二週間は遊んで暮らせる。学校にいるのに遊んでいいとか、もう毎日が冬休みでもいいんじゃねって思った。
ただ、やっぱり食堂に来ている人は少なめ。『学生がこの調子とは嘆かわしいですね』って何気なくおばちゃんに振ったら、『冬休みなのに日の出前に起きてるアンタの方が珍しいんじゃない?』って返される。俺はいつも通りの行動を心掛けているだけ故に、特別真面目なつもりもないんだけどね。
マジな話、寝坊したらマデラさんにガチギレされるから体が起床時間を覚えてしまっている節がある。宿屋の仕事に日の出とかあんまり関係ないし。連中が起きる前にはあらかた終わってなくっちゃいけないのが辛いところ。
一応おばちゃんに『そういえば、クリスマスの予定とかあるんですか?』って聞いてみる。『あんたらのディナーの準備くらいかな?』とのこと。そのディナーの準備も夕方くらいには終わらせる予定だから、あとは普通に家族水入らずで過ごすのだろう。
……そういや、おばちゃんって住み込みなのかな? 先生たちは住み込みだったり通いだったり、あるいは通いなのに実質住み込みの人がいるみたいだけど……。俺が気にすることでもないか。
朝飯は普通にトーストでシンプルに済ませる。たまには純粋にパンの「焼き」を楽しんでみようと思った次第。食事だけはケチらないこの学校だから、バターも好きなだけ塗り放題ってのが嬉しい。
残念なことがあったとすれば、ちゃっぴぃの分のトーストまで俺がバターを塗らされたことだろう。しかもあいつ、俺が塗ったやつそのまま渡したら、『きゅん!』ってそっぽ向くしさぁ。要はケチらずもっと塗れってことなんだろうけど、あれ以上塗ったら逆に食べられたものじゃなくない?
ギルは普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモ食っていた。『たまには味変でもしておくの』ってせっかくミーシャちゃんがジャガイモにバターを塗ってあげていたのに、それすら気づかず『うめえうめえ!』っていつもの調子だった。
クラスルームに戻った後は本格的なお菓子の仕込みに移る。魔材研、属性研、そして忘れちゃならない我がルマルマの分だ。下準備を済ませておいたとは言え、ハゲプリン、クリスマスクッキー、スコーン、カップケーキ……と準備するのは盛りだくさん。何より煉獄ケーキもある。あれを三つもってのはこの俺をもってしてもなかなかにキツい。
そんなわけでひたすら仕込んでいたんだけど、途中でやっぱりポポル、パレッタちゃん、ミーシャちゃんがつまみ食いしに来やがった。『いいじゃん、ちょっとくらい!』、『明日の分を前借しているだけなり』、『つまみ食いじゃなくて、味見なの!』……などなど、連中は口だけは達者。
そして何よりすばしっこくてちょこまかしている。俺の体は一つしかないのにあいつらは三人で連携を取ってきた。クッキーを数枚持っていかれる。ちくしょう。
ただ、ここにきて意外な増援が。『ふー……ッ!』ってちゃっぴぃがルマルマ壱號と使い魔連合軍を率いてやってきた。ポワレもローストもグリルもソテーもマルヤキもピカタもケツフリフリして戦意が高いし、蠢くヴィヴィディナもいつになく混沌。「これはもしや遊んでもらっているのでは?」と勘違いしたグッドビールは今にも獲物に向かって飛び掛かりそうだったし、「こういうのに付き合うのも悪くないわね!」……とでも言わんばかりにウキウキなアリア姐さんの頭には、すべてを見守るかのようにエッグ婦人が佇んでいる。
そして始まるおこちゃまと使い魔連合軍の戦争。まずは『みぎゃー!?』ってミーシャちゃんがグッドビールに押し倒され、『ふぎゃあああああ!?』ってポポルがヒナたちにケツを突かれまくる。『ひゃあああん!?』ってパレッタちゃんはアリア姐さんとヴィヴィディナに絡みつかれてなんか恍惚の表情。あれは間違いなくヴィヴィディナ界の扉を開いていた。
『きゅ!』ってちゃっぴぃが自慢げに俺に討伐報告をしに来たので、ぎゅって抱きしめて頭を撫でておく。『手間かけさせたな』って使い魔どもにお駄賃としてクッキーを渡すのも忘れない。鳥の鳴き声とちゃっぴぃの歓声、そしてヴィヴィディナの深淵を呼び起こす唸り声が響いたのは書くまでも無い。
『ず、ずるくねそれ……』ってポポルが呟く。『使い魔どもの方がよっぽど賢いってだけじゃん』ってクーラスが笑い、『ウチの子の場合、──に明日のチキンに任命されないように媚売ってただけだぞ』ってアルテアちゃんが補足。ちゃっぴぃの場合もサンタ召喚のために良い子を演じていただけだろう。そうじゃなきゃあいつもつまみ食いに走っている。
そんな一幕があったものの、なんだかんだで準備完了。あとは明日の朝一で納品すればおしまい。さすがは俺。
そんなこんなをしていたところ、『みんな、ただいまーっ!』ってステラ先生の声が。しかも続いて、『ただいまーっ!』、『…ただいま?』ってピアナ先生とグレイベル先生まで。うっひょう。
『買い出しに行ってたんだけど、町でばったり会ったんだよ』、『ちょうど寄り合い馬車から降りるところで、じゃあせっかくだし一緒に買い物しましょうってなった』とはジオルドとフィルラド。こいつら朝から姿を見ないと思ったら、羨ましいことにステラ先生と一緒に明日のディナーのための買い出しに行っていたらしい。
『どうして僕を誘ってくれなかったんでしょうか……?』って恐る恐る聞いてみる。『──くん、今日も忙しそうだったし、これくらいの雑用は先生たちで引き受けないとね?』ってステラ先生はぱっちりウィンク。嫌われたわけではなかったということに安心したとともに、むしろ買い物デートに誘ってくれた方がやる気マックスで効率が爆上がりとも思ったり。
ステラ先生の純粋な善意であるがゆえに、気持ちをはっきり伝えにくいのがちょっぴり困る。でも、「えへん!」って感じで胸を張るステラ先生の姿が最高にステキでかわいかったです。
ちなみにこの買い出しだけれども、エビにハーブにチーズにお酒に……まぁ、いつもの定番のアレ。お酒の肴になりそうなのがちょっと増えていたのが印象的。どの道甘味の類は俺が全部用意するから、味の濃いものやお酒メインで仕入れることにしたっぽい。
当然、大量なのでグレイベル先生たちも荷物運びを手伝った……というか、仕入れ品の中には先生たちからの贈り物も。『…ちょっとベタだが、地酒をいくつかと友人からもらったお菓子の試作品だ』、『私の方もそんな感じかな?』って二人は明らかにジオルドたちが仕入れたものよりも三ランクくらい上のお酒を指さす。
こっちの方じゃ見ない銘柄。俺の見立てではかなりお高い。『けっこうしたんじゃありませんか?』って聞いたら、『こっちで仕入れる分ならそうだけど、地元だからね?』ってピアナ先生はぱっちりウィンク。なんかわけあって、二人とも地元の商工会(?)に顔が効くそうで、この手のものをお安く仕入れることができるとかなんとか。
とりあえず明日に備えて検分。検分しているさなか、『そういや先生たち、帰ってくるの昨晩って話じゃなかったっけ?』ってポポルが何気なくつぶやきやがった。
誰もがあえて気づいていないふりをしていたそれ。途端にピアナ先生がかあって真っ赤になった。もうホントやめてよマジで。
『ど、どうなの……!?』ってステラ先生が意を決してピアナ先生に詰め寄る。『そ、その……ちょっと、盛り上がっちゃって?』ってピアナ先生は明後日の方向を見ながらもじもじ。『あ、う……!』ってなんか逆にステラ先生の方が真っ赤になっちゃって、顔から火が噴き出そうになっていた。
『昨晩帰宅予定なら、本当なら昨日の昼には別れていないといけないはずなのにね』、『この時間に到着ってことは、別れたのは今日の早朝だろうね』、『……そこまで伸びるほど、いったい何がどう盛り上がったんだろうね』……などなど、女子たちはひそひそ。男子たちはめそめそ。
こんなことってあるか? 門限守らせないとかマジでありえねえよ。ちくしょうクソが。
『…………察してやれ。普段会えない分、お互い寂しかったんだろうよ』ってグレイベル先生がピアナ先生……というか、ルマルマ男子にフォローを入れる。『そういうあんたこそ、なんで遅れたんだ?』ってクーラスがきわどい発言。すでに顔は先生を見るというそれではなく、ただ一人の敵を見据えたかのように険しくなっている。
『………………男にはな、腹ァ括らなきゃいけない時があるんだよ』ってグレイベル先生はひどく疲れた様子で呟いた。美人の先輩二人とイチャコラクリスマスデートしたって話のはずなのに、なんであんな悲壮感溢れる感じだったのだろうか?
とりあえず、グレイベル先生の腹にも背中にもナイフは刺さっていなかった。『どうせこのクズ、問題を先送りにしてさらに悪化させただけでしょ』ってピアナ先生は容赦ない言葉。グレイベル先生が全く反論しなかったあたり、あながち間違いじゃないのだろう。
はっきりわかっているのは、あまりに大人で刺激的な会話だったからか、ステラ先生がぐるぐる目を回して倒れてしまったことだ。『は、ふぅ……』ってお顔は真っ赤っか、お熱もすごかったようでしばらくソファで安静にしていたっけ。この可愛い生き物を、一生かけて守らねばと誓った瞬間だ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだかんだでクリスマスパーティの準備はばっちり。段取りもきちんと取ったし、あとは明日実行するだけ。残念なことと言えば、今日はロザリィちゃんとほとんどしゃべれなかったことだけど……。『その、ね……?』ってにこって笑いながらキスされてしまって、抵抗する気力を奪いつくされちゃったんだよね。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。クリスマスイブだってのに、こいつはとうとうプレゼントを用意するそぶりをまるで見せなかった。さすがに何も考えていないってことはないだろうけど……いや、どうなんだ? ミーシャちゃんに泣かれるのはマジで勘弁だぞ。
幸いなことに、俺の手元に結構長めのリボンがある。最悪の場合、こいつをギルに括り付けて『私がプレゼントよ♪』作戦を実行するしかあるまい。ミーシャちゃんならこれで喜んでくれる……と、信じるほかない。
ギル登りもできて防犯機能もある置物で、何より維持費がジャガイモだけと一応は破格の性能を持つ筋肉だ。一家に一台あって損はない。
……ちゃっぴぃもようやっと眠りについたっぽい。今年もまた、あいつはサンタが来る瞬間を捉えようと結構遅くまで頑張っていた。しかも今回は俺の部屋を張るという妙なカンの冴えさえ見せている。
が、所詮はおこちゃま。睡魔には勝てず、ベッドから飛び出ていた尾っぽはだらんと垂れ下がっている。これはもう完全に寝入っているとみていいだろう。
去年よりずいぶん頑張ったせいで無駄に日記が長くなってしまったけど、これでようやっとプレゼントを仕込みに行ける。
俺のサンタさんは熟練だし、かち合うこともバレることも、ちゃっぴぃに気づかれることも心配しなくていい。去年だって届けてくれたんだから、そこは疑わなくていい。強いて言うなら、ギルの筋肉が意外な感知能力を発揮しないかどうかってことくらいだけど、敵でないなら大丈夫だ。
とりあえずギルの鼻にはクリスマスキャンドルを刺し、奴の枕元には極重魔法鋼を仕込んだベルトを置いておく。普段半裸なギルでもベルトだけはつけているし、普段使いの筋トレにはもってこいだ。しかもこのベルト、ジャガイモ専用隠しポケットもあるしね。
クッキーもホットミルクも用意したし、そろそろ行こう。ここはいっちょサンタらしく、クリスマスツリー……アリア姐さんの足元にでもちゃっぴぃのプレゼントは置いておくか。
じゃ、行ってくる。