257日目 創成魔法設計演習:特殊仕様対応
257日目
ギルのおめめがちょうまんまる。今にも飛び出そう。すげえ。
ギルを起こして食堂へ。今日は雪は降っていなかったけれど、昨晩の間に降り積もったのかあたり一面銀世界であるのは変わらず。グッドビールがめっちゃ嬉しそうに外へ駆けていき、『みぎゃーっ!?』ってミーシャちゃんがそれに引っ張られるといういつもの光景が。
あと、パレッタちゃんが『ぬくいのう……!』ってポポルの首筋に手を突っ込んで暖を取っていた。『ふぎゃあああ!?』って悲鳴のあとに、『お前マジふざけんなよ!』ってポポルの声が。パレッタちゃん、『女の子は手先とか冷やしやすいんですけど?』って開き直っていたけどね。
その様子を見ていたジオルドとクーラスが、『うらやましい』、『ごほうびじゃん』ってヤバい顔して呟いていた。ウチの女子だったら、それくらい頼めばいくらでもやってくれそうな気がする……そもそも、アレは頼んでまでやってほしいことなのだろうか。
ギルはやっぱり今日もジャガイモ。蒸かしたてほやほやでアツアツのそれを素手で掴んで『うめえうめえ!』って食っていた。たぶんあいつの近くが一番あったかいと思う。ウチのちゃっぴぃもギルによじ登って『きゅ!』って暖を取っていたしね。
今日の授業は我が麗しの女神ステラ先生による創成魔法設計演習。『ここ最近ずっと寒いよねー』って言いながら手をこすこすするステラ先生が最高にプリティ。『朝とか、ベッドから出るのが本当にもう大変で……!』ってはにかむ姿なんて、もう眩しすぎて直視できないくらい。
『そんなに寒いなら、ぜひとも温めさせてください』ってステラ先生の手を握らせてもらおうとしたんだけど、『そーゆーのはロザリィちゃんに言ってあげるようにっ!』って躱されてしまった。そしてステラ先生の冷たいおてては『もーらいっ!』ってロザリィちゃんが握ってしまう。指を絡めあって暖を取るあそこの間に混じりたいと思う俺を、どうか許してほしい。
なんだかんだで授業開始。今日も前回に引き続き、各班での設計演習。使用する材料が未だに決まっていないという大変ヤバい状況。それでも進めるしかないというのだから魔系の業界の闇は深い。
とりあえず、みんなには理想の材料があるという態で設計を進めてもらう。とりあえず概算をして、簡単なポンチ絵さえ描いてしまえば、清書はギルに任せられる。そこまで持っていくことさえできれば、俺たちの勝ち。企画書や設計計算書なんて俺が徹夜すれば済む話だし。
教室全体に不安が渦巻く中、それでなお進めていたところ暇を持て余したキイラム先輩がふらっとやってきた。なんか意味ありげに俺たちの計算書きとか外形図とか見て、しきりに感心したような様子を見せていた……と思ったら。
『これ、どうやって使うのか考えてやってる?』って言われた。マジかよって思った。
よくわからんので続きを促してみる。『マジックベアリングの寸法自体は設計的に問題なさそうだけど、メンテナンスのこと考えてるの?』とのこと。
なんでも、真球タイプのマジックベアリングも、中に潤滑油の役割を果たす魔法流体(マジックグリス)が使われているらしい。当然こいつにも設計寿命があり、使用していくにつれてどんどん劣化し、やがては使い物にならなくなるのだという。
だから、ある程度のところでメンテナンスとして分解点検を行わなくてはならないらしい。そこで新しいマジックグリスを充填させることで、品質を保つ……というか、そうでもしないとそのまま重大な故障につながるんだって。
『お前たちのそれって、一般向けの量産品だろ? 構造的に組み立て性が悪くてメンテできないじゃん』ってキイラムが突っ込む。『これがどっかの設備かなんかで使う魔道具なら、どのみち専門家がやることになるからそれでもいいけど……一般使用が前提なのに専門家でもなければ対応できない構造ってのはダメだな』ってばっさり。
そんなことを話している間にノエルノ先輩もやってきた。『一応、ちょっと構造を変更して外部から充填可能にするって方法もあるけど……』ってなんか歯切れが悪い。『髪を乾かす道具なのに、そんな明らかに汚れやすくなるような仕様にするのはちょっとね……』とのこと。
この髪を乾かす魔道具の使う場所は基本的に脱衣所や水場が前提となる。なのに、外表面にマジックグリスが付着する可能性が非常に高い状態というのはかなりの問題。『油まみれの道具をそんなところで使いたい?』って言われてしまえば、俺たちも黙らざるを得ない。
さらに聞きたくないニュースは続く。『マジックベアリングの寿命計算はやった? これ、計算要素の一つに運転魔度とかもあるんだけど……』ってノエルノ先輩が明後日の方向を見ながらつぶやく。
『いや、一般環境下での使用が前提だし、これは別に問題ないはず……』って軸回り担当で意外と計算に強いフィルラドが演算魔法触媒でささっと計算。弾き出されたそれは約300万時間。
髪の乾燥だから、どんなに多く見積もっても一日一時間。それを毎日使ったところで一年間に500時間も行かない。一般的な道具の寿命的に5~10年間保たせると考えても余裕でおつりがくるレベル。
が、すでにミーシャちゃんとロザリィちゃんはこの計算の穴に気づいてしまったらしい。
『う、うちの……温風を出すために、魔度上昇のための機構を取り付けることになってるの……!』、『その計算式、室温での奴だよね……?』って震える声。計算して確かめるまでもなく、『ちっくしょおおおお!』ってフィルラドが悲鳴を上げた。
詰まるところ、どうにかしてマジックグリスの寿命の問題をなんとかしないといけない。途中でメンテナンスできるようにするか、あるいは専用の機構を取り付けるか。俺たちの場合はそこにさらに、魔度の問題がついてくる。下手に捻らず普通に風魔法要素だけで勝負しておけばよかったと激しく後悔した瞬間だ。
この段階でミーシャちゃんはすでに拗ねていた。『何でも魔法の力で解決しようとすること自体がおこがましいの。道具なんて作るべきじゃないの』ってなんかヤバい宗派の信徒みたいなことを言い出している。その道の行きつく先は果てしなき筋肉への回帰だということに、彼女は気づいているのだろうか。
さすがの俺らもこればかりはどうしようもない。どうにもこうにも困り果てる。
が、ここにきて女神が顕現なされた。
『困ってるみたいだねー?』って肩をポンポン叩いてくれたあの感触を、俺は生涯忘れることはないだろう。
『実は補給機構なんてなくても大丈夫! ──くんたちのは一般使用が前提でしょう? それくらいだったら、マジックグリス封入式マジックベアリングにすれば解決! 完全に封入して、そもそも補給なんてできない使い捨てのものにしちゃえばいいんだよ!』ってぱっちりウィンクステラ先生。可愛い。
当然、こいつにもマジックグリスの寿命問題はある。普通なら製品寿命より長ければそれで問題ないんだけど、今回について魔度の影響が懸念される。
ところがステラ先生、これもお見通しだった。
『一つで全部解決するのもいい考えだけど……いっそのこと、動力源を別々に確保する機構にしてしまうの。例えばこの持ち手のところを魔石のカートリッジ形式にして、送風用の魔力、魔度上昇のための魔力、そして……全体冷却用の魔力を詰めることができればいいと思わない?』……って言われたとき、もう目の前が広がったかと思ったよね。
この形式を採用すれば、メンテナンス問題も解決。下手に動力を確保するよりも、一般家庭で簡単に新しいそれに交換することができる。内部に直接動力を確保する……すなわちガチガチに組付けた仕様ではないから、組み立て性も悪くない。
想定より少し大きくなって重くなるし、構造も複雑になるとは言え、問題点をきれいに解決できるというのはかなりデカい。しかも冷却機構を備えるということは、温風だけでなく冷風すら対応可能になるということでもある。完璧すぎるだろ。
『えっへん!』って得意そうに胸を張るステラ先生が最高に素敵すぎた。あの人マジで女神なのかもしれない。少なくとも俺にとってはそうだ。
その後はアイディアが暖かいうちに設計に入る。温度上昇機構の所の魔力回路をいくらか操作し、全体の構造を見直すことで対処することとした。温風を吐き出す設定の時は内部で冷却機構も働くように回路を設定し、冷風の時は熱が発生しないようにする。適当なスイッチでもつけて切り替え可能にしておくのが理想……細かいところはまたおいおい。
一番重要なのは魔石(魔源)のカートリッジ機構。とりあえず持ち手のところでがしゃこんっ! って入れられるように設計。『ちょっとカッコ良くね!?』ってフィルラドのテンションも上がっていた。
なんだかんだで結構形になってきたと思う。細かいところはさらに詰めなくっちゃいけないとはいえ、さすがにもう大きない仕様変更はなさそう。『これだけやれば、絶対一番になれるの……ッ!』ってミーシャちゃんも燃えていた。
授業の終わりにて、ノエルノ先輩より『あの、クリスマスのお菓子のお願いをしたいんだけど……』ってお言葉が。量的には去年と同じでいいらしい。『とりあえず煉獄ケーキがあれば大丈夫で、他のはお任せしたいんだけど……いいかな?』とのことだったので快く了承しておく。
なんせ、ノエルノ先輩にはステラ先生をクズから守ってもらったというあまりに大きすぎる恩があるのだから。たかだかケーキ程度でこの恩が返せるとは到底思えないけど、精いっぱい対応させていただく所存である。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、クーラスが『学生レベルの簡単な魔道具でさえ、こんなにも作るのって大変なんだな……』って死んだ顔をしていた。奴らの方もコンセプトややりたい道筋はもうしっかりできているのに、なかなかそれを実現させることができないのだとか。『俺、今度から魔道具職人もっと尊敬することにするよ……』ってあいつは言っていたっけ。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキを書いている。今日はいきなりの仕様変更が多かったから、その分無駄にギルに製図をさせてしまったわけだけれども、『これが俺の仕事だぜ! それに、筋トレになるからな!』ってあいつは嫌な顔一つせず製図しまくってくれた。『むしろもっとやってくれないと物足りないし?』、『お? 親友のアイディアはその程度じゃないだろ? もっと本気出していろいろ言ってくれよ!』って元気づけたり(?)も。あいつのこういうところは本当に見習いたいと思う。
そんなギルの鼻にはアースホーンでも詰めておこう。……ちゃっぴぃがぬいぐるみに毛布をかけてあげているのはいいんだけど、それだと俺の寝るスペースが無い。残念だけどぬいぐるみはギルのベッドに……
いや、さすがにそれはやっちゃいけないか。かなりきついけど普通にベッドに入ろう。おやすみ。