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254日目 ドラゴンテールステーキ(ガチ)

254日目


 ギルがドラゴン臭い。それだけ。


 ギルを起こして食堂へ。なんかほのかに食堂にドラゴン臭さが漂っているような気がしなくもない。みんな昨日のアレを思い出したのか、なんとなく食欲もなさそう。朝もしっかり食べる派のアルテアちゃんでさえ、『今日はちょっと控えめにしておくか……』ってロザリィちゃんとサラダをはんぶんこしていた。


 そんな中でもギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。相も変わらずあいつの食欲はすさまじい。健康な証である。


 さて、早々に朝餉を済ませた後はさっそく厨房にお邪魔する。驚くべきことに、『ふーむ……』っておばちゃんが邪竜の尾を目の前に何やら考え込んでいた。


 『いや、どうにかしてなんとかできないかなって思ってね……。昨日のステーキが美味しくなかったのは、どう考えてもうまく調理できなかったあたしらの責任だろう?』とのこと。どうやら考えることは同じらしい。


 『せっかくあの先生さんがウキウキした顔で差し入れてくれたってのに……あの後、すごい申し訳なさそうに謝りに来て、なんだかこっちも泣きそうになったよ……』っておばちゃんも悲しそうに笑う。そして、『でもまぁ、頭数が揃えば何とかなるだろ!』って頬をぺしんと叩いていた。


 とりあえず、互いに料理人としての知見を交換する。『血抜きの処理はしました?』って一応聞いてみれば、『そのへんはばっちりやった』との回答が。わざわざ専用の魔道具まで使って行ったらしい。この手の魔物食材って、状況的に血抜きとかできないものが多いから、(かなりお高いけれど)血抜き専用の魔道具があるんだって。


 『あとは普通に、スジ切りしたくらいなんだよね』とはおばちゃん。ステーキの処理的には全くもって問題ない。日を置いた方が肉は美味くなるから、一晩おいた今なら美味しいんじゃないか……って一部を切り取って二人で食べてみるも、やはり変わらず硬くて食べられない。


 こうなるともう、普通の調理方法ではどうにかできないことは確定的に明らか。なので、魔法的な処理を試みることに。『ごめん、そっちのことはよくわかんなくて……』っておばちゃんは申し訳なさそうだったけれど、ただの料理人が魔法材料の処理まで知っているほうが驚きである。


 硬いってことは残留魔応力が生じているんだろうってことで、その開放のためにとりあえず魔度を上げてみる。サンプルとして切り分けたそれに魔力を流し、どこまで魔力を通した(魔度を上げた)かでランク分けして試食。


 不思議なことに、五段階評価のうち四段階目(魔度高め)のものがはっきりわかるほどに柔らかくなっていることを確認。『昨日のより全然食べられる……!』っておばちゃんも笑顔。


 ただ、単純に魔度をあげればいいってものじゃないっぽい。三段階目(魔度ふつう)と五段階目(魔度めっちゃ高い)なら、五段階目の方が柔らかくなりそうなものなのに、むしろ五段階目はめっちゃ硬い。


 ということは、単純な残留魔応力が支配的要因ではないらしい、ということになる。もしそうだとしたら、五段階目がめっちゃ柔らかくなっていないと辻褄が合わない。


 ちょっとこいつはガチに調べる必要がありそうだってことで、いったん自室に戻って魔法材料学の教科書を持ち出す。ついでに試食要員として暇そうにしていたポポルと筋トレしていたギルに声をかけた。『つまみ食いしたいか?』って言ったら『そりゃそうでしょ!』ってあいつらホイホイついてきてくれたんだよね。


 が、ポポルの野郎、厨房に広がるサンプルドラゴンステーキを見た瞬間に逃げようとしやがった。もちろんギルに止めてもらったけどね。


 で、魔法材料の教科書にそれっぽい記述が無いか探してみる。まだ習っていないけど、まんま魔度処理って項目があった。なんかこれ、あえて意図的に魔度を操作することで、対象の魔法材料の魔素の結合状態や組成を変え……要は魔晶の組織を変え、同一材料でありながら異なる魔法性を与えるものであるらしい。


 教科書自体が非常に難解で読み進めるのも苦労したけれど、【高魔度まで上げたものを一瞬だけ一気に魔度を下げる】ってやると魔法材料的にかなり丈夫になるっぽい。メカニズムとしては、全体を高魔度にすることで魔靭性(淵性)を増加させ、その後瞬間的に魔度を下げることで表面部分だけ魔硬を増加させるとのこと。


 何が言いたいかって、魔度がどれくらいかでその対象の組成が変わるから、上手い具合に考えて魔度を操作しろって話。


 なんか見覚えのある図だと思ったら、魔平衡状態図だった。最初からそう書いておいてくれよって思った。


 ともかく解決のヒントは得られたので、その後は何枚もサンプルステーキを焼いてベストの物を探す。正直十枚や二十枚ではきかない量。ギルはずっと『うめえうめえ!』って食い続けてくれたけど、ポポルは『まずい』、『無理』、『食えね』、『かたい』としかいわない。もうちょっと語彙のあるやつを選べばよかったと思った瞬間だ。


 最終的に、(たしか)四十枚くらい焼いたところでベストな柔らかさを発見。最終的な仕上がりは第四ランクで良いんだけど、プロセスとして【第六ランクまで魔度を上げる】、【次にゆっくり第三ランクまで魔度を下げる】、【最後に第四ランクをちょっと長めに】……という手順を踏まないと柔らかくならない。魔度操作はもちろん、時間管理もかなり重要。


 もちろん、中でどんな変化が起きているのかは全くわからん。そういうメカニズムを解明するのは料理人じゃなくて学者の仕事だ。


 最適な魔度操作がわかったところでさらに一ひねり。つまるところこの肉は硬くて食えないって言うんだから、その硬い何かを弱らせてやれば壊れやすくなる……つまりは柔らかく食べやすくなる。


 そんなわけで、疲労魔法をかけてみる。シキラ先生ほどのギガサイクルは無理だけど、とりあえずメガサイクルで共鳴を意識してみた。最初は全然見た目上の変化はなかったんだけど、ある一定の点を超えたところで、肉に降りていた文字通りの霜が、ふわっと解けるように消えていく。


 『え……どう頑張っても落ちなかったのに……!?』っておばちゃんもびっくり。やはり魔法的な霜で、普通にこするだけでは落ちなかったらしい。焼いた時には消えていたから、俺もおばちゃんも気にしなかったけれども……。


 もしかして、この霜の方が問題だったのか? 残留魔応力の除去にメガサイクル疲労魔法が想定外にも効いた可能性がある。あるいは単純に、中の組成が魔法疲労で壊れて柔らかくなった……とか?


 よくわからんけど、サンプルで焼いたそれは普通に柔らかい。『こっちは美味い』、『俺的にはミディアムレアが好み』ってポポルもバクバク食いまくっていた。おこちゃまにレアなんか食わせたらぽんぽん痛めるというのに。子供はしっかりウェルダンってのがマデラさんの教えだ。


 ともあれこれで下処理については万全ということに。まだまだ残っている邪竜の尻尾について、僭越ながら俺が疲労魔法をかけさせていただいた。一気にかけるのは大変だったので、邪竜の尾の骨を通して全身に馴染ませていく。邪竜骨という魔法伝導率の良い素材がちょうどいい感じにあるなんて、もしかしてこいつは食われるために生まれてきたのではなかろうか?


 骨を通して全体に疲労魔法が広がったところで(この段階で肉を覆う霜は全部落ちてた)、魔度処理に入る。これはポポルにも手伝わせた。腹ごなしの運動にはちょうどいいだろう。


 で、これで一応全部の魔法的な下処理は終了だけれども、念には念を入れてギルに肉をぶっ叩いてもらう。『遠慮せずやれ。ただしミンチにはするな』ってお願いしたところ、『精密操作の筋トレだな!』ってギルは嬉しそうに邪竜の尾を叩いてくれた。家畜を締める時よりもえぐい音が厨房に響いたけど気にしない。


 『あとは普通にステーキとして処理すればいけるはずですよ』って爽やかに微笑んで残りをおばちゃんに託す。『任せておくれ!』っておばちゃんは胸を叩いた。凄まじい貫禄があったことを記す。


 そしていよいよ夕飯の時間。『今日もドラゴンのテールステーキだよ!』っておばちゃんは高らかに宣言。昨日と同じく、鉄板に輪切りにされたドラゴンの尾を見て、なんかみんなが苦笑い。そしてステラ先生が『ごめんね、ごめんね……! せ、先生ができる限り食べるから、みんなは残していいからね……!』って申し訳なさそう。


 もちろん味はちょうデリシャス。完璧に下処理されているからか、試食で食べたそれとは比べ物にならないほどに美味い。


 まずはギルが『うめえうめえうめえ!』って盛大な勢いでがっつき、そしてポポルも『昼間食った時よりも美味いじゃん!』ってがっつき出す。『食わないならそれ俺予約するからね』ってお行儀悪くフォークで肉を指さし(?)たりも。


 で、おそるおそる食べたみんなも『……おいしい!?』、『めっちゃ柔らかい!』、『ドラゴン臭い後味が無くなってる……!』って大絶賛。分厚い肉なのにすんごく柔らかく、それでいて肉厚だから食べ応えもばっちり。ドラゴンの力強い肉の味とブラッドソースの相性がばっちりで、一口噛み締めるたびに肉汁が弾けまくりんぐ。


 普通のところでさえめっちゃ美味いのに、骨の近くの所なんてもう格別。柔らかいというよりはトロトロしている感じで、お口の中に入れた瞬間にふわっと溶けてなくなるの。濃縮された肉のうまみだけがお口に残って、あとには何も残らない……夢か幻だったんじゃないかって疑うレベル。


 『うめええええ!』、『お代わり!』、『追加持ってこおおおおい!』ってほかのクラスでも大絶賛。鉄板の上にあったあれだけバカでかい肉が次々に切り分けられ、あっという間になくなっていく。残るのはギルの拳ほどもある骨くらい。


 ヒナたちも肉に残像ができるレベルでヘドバンして食いまくっていたし、グッドビールも「くぉんくぉん!」って思いっきり頭から突っ込んで齧りまくっていた。なんかもうずるずる引きずりそうな勢いで、それにヒナたちが乗っかってついばんでいるっていうほうが正しいかもわからん。


 そしてアエルノの所のエドモンドもめっちゃガツガツ食いまくっていた。同じドラゴンの肉なのに、その辺は問題ないのだろうか。普通に一匹で二枚くらい食べていた気がするけれども……。


 俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って大満足。まだ俺が一口サイズに切っている途中だというのに、尾っぽでピシパシ叩いて「早く食わせろ」とせがんでくるし、終始『あーん♪』の構えを崩さない。なんかお口をぱくぱくして催促してきたりも。


 そうやってちゃっぴぃに貢ぎまくっていたら、『パパ、あーん♪』ってロザリィちゃんが俺にステーキを『あーん♪』してくれた。『さっきからずっとちゃっぴぃに食べさせてあげるばかりで、全然食べてないよね?』ってにっこり。俺のことも気にかけてくれるとか、ロザリィちゃんが女神過ぎて俺がヤバい。


 マジな話、試食で食いすぎただけなんだけどね。さすがにアレだけのサンプルともなると、それぞれ一口ずつとはいえかなりおなか一杯。しかもうまく処理できていない奴が大半だったし。


 それでも、ロザリィちゃんの『あーん♪』が格別過ぎて、結構な量を食べてしまった。まったく、ロザリィちゃんの愛はすごすぎるぜ。


 そうそう、ステラ先生も『これ……! この味なの……! 先生がみんなに御馳走したかったのは、これなの……!』って嬉しそうに泣きながら笑っていた。『ありがとね……! 本当に、本当にありがとね……!』ってなぜか俺にお礼を言ってきたりも。


 悪い子な俺は、『何のことかよくわからないですけど、ぎゅってしてくれると嬉しいです』っておねだり。『……今日だけの特別だよ!』ってステラ先生が軽くぎゅ! ってしてくれた。予想外過ぎて完全にフリーズ。


 あったかくて、柔らかくて、良い匂いがしてなんかもうマジで言葉にできない。こんな体験ができる俺は、きっと世界で一番幸せなのだろう。


 そんな感じで夕飯はめちゃくちゃ大盛況となった。昨日のあの雰囲気がウソみたい。誰もかれもがおなかがはち切れるほどに食べて、幸せそうな顔をしていたっけ。


 夕飯食って風呂入った後の雑談中にて、女子の何人かがちょっと深刻そうな顔をしていた。『お……おなかがだいぶ大変なことに……!』、『ふ、冬でよかった……!』とのこと。こっそり聞き耳を立てていたんだけれども、今日はアルテアスペシャル美容液の消費が凄まじいことになってたっぽい。


 ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。おなか一杯肉を食べられてこいつは本当に幸せそうだ。今日も腹筋モロ出しで、なんか寝ぼけながらポリポリ腹筋をかいている。そういやこいつ残った骨まで『うめえうめえ!』ってバリボリ食ってたけど、顎の筋トレでもしてたのだろうか?


 まぁいい。みんなが幸せでおなかいっぱいならもうそれでいいじゃないか。ギルの鼻には邪竜の尾の骨の欠片を詰めておこう。おやすみなさい。


※燃えるごみは邪竜に食われた。魔法廃棄物は食われなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] おかしいな? 料理だと思ったらいつの間にか金属材料工学になってた件 本命:ギルに霜が降ってる 対抗:ギルからドラゴンっぽいオーラ 大穴:めっちゃ寒い
[良い点] いつも更新を楽しみにしています。 [気になる点] 書き手の彼には失望しました。 竜肉という食材の特殊性とリベンジにこだわるあまり、食材の部位の可能性に蓋をしてテールスープやオッソブーコ(オ…
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