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253日目 ドラゴンテールステーキ

253日目


 ギルの筋肉が喜びにあふれている。それだけ。


 ギルを起こして食堂へ。昨日はロザリィちゃんのところで寝泊まりしたからか、朝から普通にステラ先生が食堂にいた。うっひょう。


 『実はねえ、先生もここの休日限定のパフェが大好きなの!』ってにこにこ笑いながらステラ先生は女子たちとそれぞれフレーバーの違うパフェを『あーん♪』しまくっていた。ステラ先生が選んでいたのはチョコパフェで、ロザリィちゃんがハートフルピーチで、アルテアちゃんがホビットレモンで……たしか、パレッタちゃんがミックスなんとかってやつで、ミーシャちゃんがラーヴァベリーだった気がする。


 何気に、ウチの食堂のパフェのレパートリーはすさまじい。下手をしなくても十種類くらいはある。だからこその休日限定、そして数量限定のデザートなのだろうけれども。


 ちなみにこの休日限定デザート、職員用の食堂だと確実に食べることができるらしい。『えーっ、先生ってばずるーいっ!』ってロザリィちゃんがステラ先生に抱き着いて脇腹をこしょこしょしていた。『やんっ、やめてってばぁ……!』ってステラ先生も満更でもなさそげ。たぶん、こういうやり取りにずっと憧れていたのだろう。


 なお、いくら売り切れを気にせずパフェを食べられるとは言え、それはそれで味気ないっぽい。『あっちの食堂でそれを頼むの、先生とピアナ先生以外にはほとんどいないし……それに、こうしてみんなで食べさせあいっこも出来ないから、一つしか楽しめないし……』とのこと。確かに、あの先生連中の中で食事とかだいぶ息が詰まる気がしなくもない。


 一応書いておく。ギルはやっぱり今日も『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。そしてうちのちゃっぴぃは『きゅーっ♪』って女子のみんなから一口ずつパフェを『あーん♪』してもらっていた。実に得する性格をしていると思った。


 午前中はクラスルームでゆったり過ごす。ちょうどステラ先生もクラスルームでのんびりしたい気分だったらしいので、おやつと紅茶を用意しつつ雑談タイム。


 内容はもちろん邪竜討伐について。『やっぱすっげぇカッコいい奴だったの!?』っておこちゃまポポルが目をキラキラさせてステラ先生に質問。


 『えーっと……カッコよくはなかったかなぁ。おなかがパンパンに膨れた、ちょっぴり太っている感じのドラゴンさんだったよ』とはステラ先生。手足のあるタイプの竜とはいえ、前足はほぼ退化しており、逆に後ろ脚は発達している……二足歩行ができるタイプだったっぽい。


 が、どういう理由がその腹がぽんぽんに膨れていて純粋な身体能力での歩行もあまり覚束ない感じだったとか。『翼も大きかったけど、羽ばたいて飛ぶことはできなかったみたい。広げた翼に吹雪を押し当てて、滑空しているような感じだったよ』ってステラ先生は言っていた。


 ともかくそんな感じで吹雪を操るタイプの邪竜だったんだけど、吹雪は凄まじいわ見た目に反して肉弾戦もできるわで結構強かったらしい。遠距離だと吹雪で攻撃されるうえに弓矢が全部吹き飛ばされ、かといって近づくこともできない。仮に近づけたとしても、その巨体で押しつぶしてきたりとなかなか隙の無い敵だったとか。


 もちろん、その程度で俺たちのステラ先生が負けるはずがない。『初手でアラヒム先生が吹雪を燃やし尽くして、丸裸にしたところでみんなで魔法を叩き込んだの。先生と、シキラ先生と、あとテオキマ先生と……それが結構効いたのかな、あとはもう楽勝だったよ!』ってステラ先生はにっこり。


 考えるまでもなく、グランウィザード……それも、破壊に特化しているシキラ先生の魔法に、わが女神ステラ先生の魔法、ついでに何が専門なのか知らないけどテオキマ先生の魔法までぶち込まれたのだ。邪竜程度がそれに耐えられるはずがないわな。


 ちなみに、ある意味予想通りミラジフやノエルノ先輩は他の討伐隊や荷物を守る役割だったらしい。吹雪をそれぞれ流魔法で受け流したり、鏡魔法で跳ね返していたとのこと。『周りを気にせず戦えるのっていいよね!』ってステラ先生は言っていた。


 で、邪竜に大きなダメージを与えた後は冒険者たちが止めを刺すに至ったらしい。だから、ウチの学校としては最初の一撃と防御くらいしかやっていないそうな。『一応、向こうにもメンツってものがあるから……シキラ先生なんかは、暴れ足りなさそうにしてたけどね』ってステラ先生は苦笑。


 やはりというか、行きの道中でも結構シキラ先生はいろいろアレだったようだ。『子供相手に教科書読んでやるだけの学校の先生さまが、邪竜討伐の役に立つとは思えないよなぁ?』ってイキってる冒険者に絡まれたらしいんだけど、ちょう笑顔のまま返り討ちにして『最近の若者は元気がありますなあ! いや、感心感心!』って冒険者連中に突き返したそうな。


 それだけならまだしも、『夜とか積極的に向こうの焚火に絡みに行ってね……延々とタダ酒飲んで、誰よりも飲み騒いでいたのに、翌日は普通にぴんぴんしているんだもん……』とのこと。当然、煽られて酒に付き合わされた冒険者は大変グロッキー……ではあったんだけど、最低限動ける程度まで加減されていたのは、シキラ先生なりのプロ意識だろうか。


 不思議なことに、それだけのことをやらかしてなお、帰り道では普通に飲み友達として友情を育んでいたのだとか。あの人はいったい何をしに遠征にいったのか、かなり気になるところだ。


 ともあれ、後処理なんかはゴタゴタしたものの、邪竜討伐そのものはマジで何のトラブルもなく終わったとのこと。『移動時間の方がずっと長かったよ……戦った時間なんて、本当にあっという間だったんだから』ってステラ先生は言っていた。


 で、そろそろ場も盛り上がってきたところで、『そういえば、お土産って何なんですか?』ってフィルラドがソワソワしながら聞いた。ルマルマ一同、誰もが気にしてはいたけれど、いきなりせびるのもがっついている感じがしたから止めておいた奴だ。


 ステラ先生、にっこり笑って『それは……夕ご飯の時のお楽しみだよ!』ってウィンク。秒速百億万回惚れなおした。


 待ちきれなかったので、夕飯はかなり早めに食堂へ行く。『ちょっと覗いてみようぜ!』ってポポルに誘われたので、男子一同、しょうがなく厨房をこっそり覗いてみることに。


 でっけぇドラゴンの尻尾があった。マジビビった。


 間違いなく例の邪竜のものだろう。すでに鱗や棘、皮なんかは綺麗に剥がされている。邪龍の魔力の残滓が少しだけ漂っていて、一応は室内なのにその肉には文字通りの霜が降りていた。


 何より、長い。厨房をぐるっと一回り……はいかないと思うけど、あまりに長いってんで食材とかを吊るすアレをいくつも使って上から吊るされていた。食材置き場に普通におくことができなかったのだろう。というか、そもそもどうやってあの状態で厨房に入れたのか……。


 いや、マジにデカかったからね。ギルの抱き枕にできそうなくらいの太さ……ミーシャちゃんやポポルが跨っても問題なさそうな太さのそれで、たぶんルマルマクラスルームの端から端くらいの長さがあったんじゃね?


 夕飯だけれども、『今日は臨時の限定スペシャルメニューだよ!』っておばちゃんが高らかに宣言。その名もまさかのドラゴンのテールステーキ。邪竜の尾を豪快に輪切りにし、ブラッドソース(こっちは普通のやつ)で味付けしためったに食べられない逸品である。


 もちろん、輪切りにしてもドラゴンの尾は太い。だから、一人一皿鉄板に乗せる……という普通のステーキスタイルではなく、一机に一つバカでかい鉄板が置かれ、それをピザみたいに各々で切り分けて食べるって言うスタイル。


 『やっべ……! これ、すっげぇ……!』ってティキータのゼクトも歓声を上げていたし、『こんなの実家でも食べたことない……!』ってバルトのシャンテちゃんも嬉しそう。『エドモンドには悪いが……これはテンション上がるな……!』ってアエルノのラフォイドルもエプロンを装着し準備万端。


 いやはや、マジで迫力が凄まじかったね。普通のピザよりも二回りはデカい肉ってだけでもすごいのに、それが本当に分厚いの。もう肉だけでおなか一杯になるんじゃないかってくらいに。鉄板一枚でも、男子五人で食べきれるかどうかってくらいのボリューム。


 さっそくケーキ奉行のジオルドがピザカッターでカットにかかる……も、肉が分厚過ぎてピザカッターでは歯が立たず。『こいつぁ期待できるぜ……!』ってジオルドはナイフで切り分けたけれども、これでさえかなり時間がかかっていた。


 そして切るたびに弾ける肉汁。鉄板にじゅわああああ! ってなって否が応でも期待が高まる。『早く切ってよ!』っておこちゃまポポルが癇癪を起したくらい。


 『すごいでしょ!』ってステラ先生がえへん! って胸を張る。男子一同、それに見とれてしまったことをどうか許してほしい。


 んで、切り分けたところで実食タイム。みんなでせーの、で食べてみる。


 クソ硬かった。


 マジで硬くて噛み千切れなかった。ずっとずっとモゴモゴモゴモゴ噛んでいたんだけど、一向に噛み切れる様子が無い。肉厚すぎるのと、弾力がありすぎるのと、あと単純に奴自身の肉質として硬い。


 『かってぇ!』ってポポルは悲鳴。『クソが……!』ってクーラスは憤怒の形相。フィルラドはちょっとお下品に噛み千切ろうとしていたけれども、肉が伸びるばかりで千切ることはできず。


 味の方は悪くはない……んだけど、いかんせん硬くて飲み込めないので、途中で肉がふやけて味がしなくなる。あと、なんか特有のドラゴン臭さが妙に気にかかる。血の気が強い感じもするし、獣臭いってのとはちょっと違うけど……なんとなく爬虫類の味がした。


 俺たちの所だけハズレを引いたのかと思いきや、周りはどこもそんな感じ。『お口が疲れたの』、『ちょ、ちょっとこいつは食べにくいかもな……』ってミーシャちゃんとアルテアちゃんは呟いていたし、果敢にもパレッタちゃんが飲みこもうとするも、『げっほ!? げっほ!?』ってのどに詰まらせかけていた。


 そして、ステラ先生のお顔が真っ青。『え……うそ……』って冷や汗がダラダラ。『ドラゴンのテールステーキって美味しいって話じゃ……昔食べたのは、こんなやつじゃ……。せ、先生こんなつもりじゃ……!』ってみるみるおめめに涙が溜まっていく。


 一応弁明するけど、味そのものは決して悪くはない。悪くは無いんだけど、硬くて食べられないのと、なんか気になる風味と後味がある。肉が食べられるだけありがたいのに、そのうえでその質に文句を言うのは贅沢を通りこして横暴ってものだろう。


 とりあえず、『もしかしたら、先生が昔食べたのは邪竜じゃなくて、もっと別の竜のものだったのかもしれませんね』って優しく肩を叩く。ついでに、『真ん中の、骨のすぐ近くの方は柔らかくて食べやすいですよ』ってわざとらしく大きな声で告げる。


 よく考えなくても、ドラゴンの丈夫な体なのだ。生半可な剣や矢を弾くのだから、そりゃ表面の筋肉は硬いに決まってるわな。


 一応そんな感じで食事は終了。元よりかなりバカでかいものだったから、食べやすい骨付近の肉だけでも腹を満たすことはできた。単純に、顎を動かしすぎて疲れただけってやつも多いだろうけれど。


 まともにあのテールステーキを食えたのは、それこそギルくらい。あいつ、『うめえうめえ!』ってめっちゃ食ってたし、『こいつは顎の筋トレになるぜ……!』ってすごい嬉しそう。残ったステーキも、ティキータとかのを含めて『食べないなら俺が食っちゃうよ!』、『筋トレするからよこしやがれ!』って食らいつくしてたっけ。


 しかも、『先生、すっげえめっちゃ美味かったっす! 大満足だし、また食べたいっす!』って笑顔でステラ先生にも報告していたし。先生、涙目で泣き笑いしながら『ギルくん……! ありがとぉ……! あと、ごめんねぇ……!』ってギルの頭をぽんぽんしていたっけ。


 ゆうめ……じゃない、風呂入って雑談して今に至る。風呂場にて、『ステラ先生には悪いけど、正直食えたもんじゃなかったな……』って男子の中で話が。なまじ食べる前の期待が大きかった分、育ち盛り的にはショックがデカかったらしい。『冒険者の物語でさ、よく出てくるからいつか食ってみたいと思ってたんだけど……やっぱ物語は物語なんだな』ってあきらめの境地にいるやつも。


 雑談の時も、ステラ先生は最後までしょんぼりしていた。『ごめんね、ごめんね……変に期待させちゃって……。みんな、全然楽しめなかったよね……』って終始泣きそう。というか、女子がぎゅっ! ってしてあげてなければ泣いていたと思う。


 俺たち的には気にしてほしくないのに、厄介なことに『報酬の取り分で揉めたときね、「じゃあ、尻尾は全部うちにください!」って……先生が、そう言っちゃったの……』ってステラ先生はさらに自分を責める。


 魔法学校的にお金なんかを受け取ると帳簿が面倒くさくなるし、かといって今回のドラゴンについてはこの場でしか手に入らない材料って程でもなかったから、じゃあみんなで分かち合える美味しい尻尾を貰えればみんなハッピーだ……って思ってしまったらしい。


 そして悲しいことに、邪竜の尻尾はまだまだ残っている。みんな一皿で満足したんだから、そりゃそうだ。察するに、まだ全体の三分の二以上は残っていると思う。


 ギルは今日も大きなイビキをかいている……のはいいとして、やっぱりなんか気にかかる。ステラ先生も言っていた通り、ドラゴンのテールステーキってもっとびっくりするくらいに美味いものであるはずだ。


 『ギガントドラゴンを八つ裂きにしてギタギタにして、尻尾を輪切りにしてステーキにして食ってやった。あの味を知らないなんてお前はまだまだ子供だな』……って、俺何度もヴァルのおっさんに煽られたもん。『特に真ん中の方の骨の近くの肉が柔らかくて一番美味い』って自慢されたからこそ、そのことを知っていたわけだし。


 俺がマデラさんの宿屋に来る前……相当昔の話だろうけど、ヴァルのおっさんがドラゴンのテールステーキを食べたことは間違いないはず。でもって、あのときテッドもミニリカも『あれは美味かった……! もう一回食いてえなあ……!』、『ちょっとお口が疲れるのが難点じゃが……ナターシャが消し炭にしなければ、何度かチャンスはあったのに』ってそれに賛同していたから、俺をからかったってことも無いはずだ。


 なんだ? 何が違う? よわよわなミニリカの年寄り顎でも「顎が疲れた」程度で食えるんだから、若い俺たちが噛み千切れないほどの硬さだったってことはないはずだ。そして同じドラゴンと言う種類である以上、肉質にそこまで違いがあるとは思えない。


 ましてや、奴は自分じゃ満足に動けないくらいの巨体だったという。だとしたら、同じドラゴン種の中でも、筋肉は未発達で柔らかいほう……少なくとも、ガチガチの物理派であるギガントドラゴンよりは柔らかくないとおかしい。


 調理法か? ドラゴンなんて珍しい生き物に、一般化された調理法が通用するのか? 普通の料理人には知られていない、特別なやり方があるのか? 考えられるのはそれくらいだ。


 明日はどうにか頑張って最適な調理法を見つけてみよう。どうせあの肉を分けてほしいだなんて物好きはこの学年にはいないだろう。材料だけは存分にある。


 ギルの鼻にはドラゴンテールステーキの欠片を詰めておく。おやすみにりかちゃんまじくいしんぼう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 調理法が特徴的な可能性があるか。まあ、そういうのは普通にあるし ちなみにマグロの尾は脂が少なくて、割と硬めだった。美味しいけど 本命:ギルがいつも以上にムキムキ 対抗:ギルの皮膚に鱗 大穴…
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