252日目 悪性魔法生物学:自習(女神の帰還)
252日目
【ごめんなさいもうゆるして】って天井にキノコの胞子で文字が書かれていた。どういうこっちゃ?
ギルを起こして食堂へ。早いものでなんだかんだでもう週末。長期休暇でもないのにこんなにも長い休みがあるなんて、逆に何かの陰謀ではないかと疑わずにはいられない。昔のピュアな俺だったらありのままの事実を受け入れて喜んでいたというのに。大人になるというのは実に悲しいものである。
朝飯はペッパーサラダをチョイス。なんとなく塩気のあるものが食べたくなったためである。あのぴりりとしたアクセントと瑞々しい野菜のシャキシャキ感が堪らない。サラダにはドレッシングもいいけれど、たまにはこういうシンプルなのも悪くない。
が、ちゃっぴぃにとってはそうでもなかったらしい。あの野郎、俺のお膝から脱走してロザリィちゃんのところに逃げやがった。しかもついでとばかりに逃げる途中でパレッタちゃんから一口チーズパンを『あーん♪』してもらっていて、ミーシャちゃんからおっきいジャムパンを『あーん♪』してもらっていた。止めとばかりにジオルドがせっせと殻を剥いた半熟トロトロゆで卵まで『きゅーっ♪』って美味そうに食う始末。
『ウチの妹も……自分じゃ絶対にゆで卵の殻剥こうとしなかったんだよな……』ってジオルドがちょっとセンチメンタルな気分になっていたことをここに記す。前々から思っていたけど、あいつあれで少しシスコンの気があるような気がしなくもない。ま、キイラムと違って常識的な範囲内だけれども。
ギルは普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。余ったゆで卵も、殻を剥かずに『うめえうめえ!』ってバリバリ食ってた。その傍らではヴィヴィディナ(トンボみたいなすがた)も「ギャアアア!」って悲鳴を上げながら卵を丸のみにしていた。怖い。
さてさて、今日も暇だな、軽くなんか面白いベントでも起きないかな……と頭を巡らせていたところ、『ね、ね、ちょっと!』って麗しのロザリィちゃんからお声がかかる。
これはもしやサプライズデートのお誘いなのではと期待する俺。実際、ロザリィちゃんってばなんか赤くなっていて、自分で『きゃー!』とか『わー!』とか『ドキドキするぅ……!』ってはにかみながらつぶやいていたんだよね。
その手元には一通の手紙。まだ白紙で何も書かれていない。ははぁ、これはもしかしなくとも俺へのラブレターだなって確信した。
次の瞬間、衝撃の一言が。
『ま、まだだいぶ先の話なんだけど……次の春休みにね、私の実家に一緒に行かない?』とのこと。
いや、言われたときはマジで信じられなかったよね。ロザリィちゃんも赤くなって『うー……!』ってうつむいていて、目を合わせようともしない。俺の聞き間違えかと思ってあたりを見たら、『こっちみるな』、『てめえでなんとかしろ』って男子からの舌打ちと、『こういうの、すっごく大好き!』、『ちょっとちゃんと答えてあげなさいよ!』ってきゃあきゃあと嬉しそうな女子の声。
『べ、別にね? 深い意味は……ちょっとはあるけど、普通に気軽に遊びに来るって感じで! 私だけ──くんの実家に遊びに行ってるのに、その逆はないなんておかしいでしょ!?』ってロザリィちゃんが慌てて説明。
深い意味が多少なりともあるというだけで、俺としてはもう心臓が破裂しそうなくらいの心持であった。
まぁ、普通に考えてロザリィちゃんパパとロザリィちゃんママに俺を紹介したいってことなんだろう。今回のそれがどの程度までの重みをもつのかは置いておくとして、めちゃくちゃ重要なイベントであることは間違いない。
だって、そういうことだろ? 普通に考えて自分の娘が男連れて戻ってきたって言ったら、そういう意味でとらえるだろ?
いや、でもマジにあの心臓のドキドキをなんと表現するべきか。なんかもう頭の中が真っ白になっちゃって、起きてるんだかヴィヴィディナが紡ぎし偽りのまどろみの中にいるのかまるで分らなかったよ。
もちろん、断るなんて選択肢があるはずもない。『マデラさんにはその旨を伝える手紙を書くから、こっちのスケジュールは別に気にしなくていいよ』って言っておく。『あの……私の家、ここから馬車で五日か六日くらいかかって、一週間くらいは向こうに滞在したいなって考えているんだけど……』ってロザリィちゃんは言ってたけど、誇張抜きにそれくらいなら俺がいなくても十分問題ない。
というか、前もなんだかんだでそれなりに休みはもらえていたし。それがそっくりそのままロザリィちゃんのお家で滞在するってことに代わるだけだ。
むしろ、家族水入らずをたったの一週間程度で済ませて良いのかってこっちが心配になるレベル。でもロザリィちゃんは、『それだけあれば十分だもんっ!』ってにっこり。秒速百億万回惚れなおした。
そんなわけで、俺はマデラさん宛てに寄り道してから帰るので帰郷が遅れる旨を認める。ロザリィちゃんはロザリィちゃんで俺を連れていくことを認める。『マデラさんからの返事を待たなくていいの……?』って聞かれたけど、マデラさんだからこそそんな野暮を言うはずがない。俺はマデラさんを信じているし、仮にダメって言われても無視するまでだ。
午前中はそんな感じでぼちぼち過ごす。手紙を書き終わって学生部に出してから、よく考えてみれば二人きりじゃなくてちゃっぴぃも必然的に一緒だということに気が付いた。一人でガチガチに緊張した状態で面会するよりはいい……のか?
おやつの時間頃、にわかに外が騒がしくなった。なんだなんだと気にしていたところ、『みんな、ただいまぁーっ!』って大きな声が。
紛れもなくステラ先生。ちょっと髪がくしゃってなってたけどにっこり笑ったステラ先生がそこにいる。嬉しいことに傷一つない無傷の帰還。うっひょうおおおお!
『疲れたぁ……っ!』ってステラ先生はソファにダイブ。『やっぱりルマルマが一番だよぉ……!』ってほっぺがゆるゆる。辛抱堪らなくなったパレッタちゃんが『抱かせろ』ってステラ先生を有無を言わさずぎゅーっ! って抱きしめていた。
一応、無事に邪竜は討伐することができたらしい。幸いにして周辺への被害もほとんどなく、完全勝利と言っていいくらいの成果だったのだとか。
『ただ、邪竜の素材だとか、報酬の分配とか……誰がどれだけ成果を上げたのかって言う、後処理でゴタゴタしちゃって……』ってステラ先生は涙目。そういう大人の話し合いは、おそらくステラ先生の苦手とするところだろう。
『遠征中に悪い男やどうしようもないクズが言い寄ってきませんでしたか?』って確認してみる。『あの、その……しょっちゅういろんな人から声をかけられたけど、ずっとノエルノちゃんが傍にいて追い払ってくれたの!』ってステラ先生はぱぁっと笑顔。『とっても頼りになって、すっごくカッコ良かったんだから!』とのこと。
今度ノエルノ先輩にルマルマの総力を挙げてお礼をしなくては。というか、普通にノエルノ先輩もメンバーに選ばれていたってこと自体がちょっと驚き……でもないか。選ばれた理由はたぶんミラジフと同じような感じだろう。
さらにさらに嬉しいことに、『実は……みんなにお土産もありますっ!』ってステラ先生は素敵な宣言も。ただし、内容は明日のお楽しみとのこと。
ステラ先生があそこまで言い切るのだから、きっと素晴らしいものに違いない。みんなにぎゅっ! ってしてくれるとか、そういうのだろうか? あるいは……まさか暖炉の前で膝枕とか? いや、さすがにそれはないか。
ホントはもっとおしゃべりしたかったんだけど、ステラ先生もお疲れ(邪竜そのものよりも、その道中のせいで)だったため、早々にお風呂に行って早々に寝ることに。『きょ、今日はこっちで寝てもいいよね……? せ、先生すごく頑張ったんだから……!』って泣きそうな顔でロザリィちゃんたちにおねだりするステラ先生が最高に可愛かったです。
どれくらい可愛かったかって言うと、『俺今だけ女子になりたい』、『俺も』って男子のみんなの意志が統一されたくらい。女子は女子ってだけでステラ先生とイチャイチャできるから不公平だ。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだかんだでこれでようやく普通の日常に戻れたと思う。おそらくこの学校のことだし、先生のコンディションなんて無視して次の休み明けから普通に授業が始まるだろう。そう言った意味では、帰還がこのタイミングになったのは悪くないのかもしれない。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。こいつは一日中筋トレしていたけれども、次の春休みのこととか考えているのかな? ちょっとくらいミーシャちゃんのことを気にかけてあげるべきだと思うし……なにより、グッドビールはどうするんだろ? 普通に考えたらミーシャちゃんが実家に連れ帰るのだろうけれども。
まぁいいや。ギルの鼻には喜びの花を詰めておく。言わずもがな、ステラ先生が無事に帰ってきた記念である。おやすみなさい。