245日目 悪性魔法生物学:超ひっつき蟲の生態について
245日目
ギルの瞳がロリポップ。さすがにこいつは舐められないや。
ギルを起こして食堂へ。なんか今日は今年一番の冷え込みっぽく、食堂がすんげえ寒い。外に出ると普通に息が白いし、微妙に氷も張っていたような。
うちのちゃっぴぃも寒かったのか、『きゅーっ!』って俺のローブにもぐりこんで抱き着いてきた……のはいいんだけど、背中に妙な違和感。いつもならちゃっぴぃの胸が押し当てられていい感じのクッションと思えなくもないのに、そこがなんかもぞもぞ動いている。
で、ぐいっと持ち上げて確認してみたら、ポワレがそこで暖を取っているのを発見。ちゃっぴぃのほうもゆたんぽ代わりに入れていたのだろう。俺がポワレの首根っこを掴んで放そうとしたら、『きゅ! きゅ!』ってあいつすんげえ抗議してきたんだよね。
まさかと思ってあたりを見てみれば、アリア姐さんがローストとピカタとグリルをひっつかんで胸の下に入れているところをばっちり見てしまった。『だ、だって……! あったかいんだもん……!』とでも言わんばかりにアリア姐さんは照れて恥ずかしがっていたっけ。いい加減、ジオルドはアリア姐さんにセーターを編んでやるべきだと思う。
ちなみに、ソテーとマルヤキはアルテアちゃんの懐にいたらしい。なんかアルテアちゃんの胸のあたりが動いているなと思ったら、『……あんまりじろじろ見るな。こっちだって恥ずかしいんだ』ってアルテアちゃんが聞いてもいないのに真っ赤になって弁明してきたんだよね。
『それでなおロザリィの方が「ある」ってんだから、やってらんねェ』ってなぜかパレッタちゃんの方が愚痴っていたことをここに記す。アルテアちゃん、女の子がしちゃいけない顔してフィルラドほか数人の男子にケツビンタして、パレッタちゃんとロザリィちゃんにアイアンクローを決めていたっけ。
『いたいいたいたいぃぃぃ!』ってパレッタちゃんは悲鳴を上げ、『と、とばっちり……!』ってロザリィちゃんは涙目。『痛くて泣きそうだから慰めてください』って甘えられたので僭越ながらキスさせていただいた。
『……この程度じゃ全然足りないんですけど?』ってさらに甘えられた時はもう、どんだけロザリィちゃん可愛いんだよって思ったよね。アルテアちゃんには盛大に舌打ちされたけれども。
俺たちがイチャイチャしている間もギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪っていた。このクソ寒いのに男の正装。さすがギルだと思った。
さて、今日の授業は我らが偉大なる兄貴グレベル先生と、我らがおみ足の天使ピアナ先生。どうせ今日ものっけからヤバい生物だろう、何があっても油断しないようにしなきゃ……なんて思いながらいつもの場所に行ってみれば。
グレイベル先生とピアナ先生が抱き合っていた。ウソだろ。
『えっ……!?』って女子たちのどよめき。『ウソだろ……ッ!?』って男子たちの嗚咽。かくいう俺もその一人である。
『そ、そういう仲だったの……!?』ってロザリィちゃん。『もしかしなくとも浮気なのでは……!?』って真っ青になるアルテアちゃん。『前々から、ちょっと親密すぎるとは思っていたの……』ってミーシャちゃん。『愛があるなら突き進めばいいんじゃない?』ってパレッタちゃん。
ところが意外にも、先生たちに動揺は見られず……というか、俺たちが周りにいるのに抱き合ったまま。それどころか、『えー……先生だって、こんな不愛想で気の利かない人はちょっと……』、『…俺だってこんなちんちくりん、興味はない』などと言い出した。
しかもグレイベル先生、『…ちんちくりんはともかく、まな板はな』ってあまりにも迂闊すぎる発言。『このクソ野郎』ってピアナ先生が女の子がしちゃいけない顔してドスの効いた低い声。密着状態であることをいいことに、あまりにもキレのありすぎる右フックがグレイベル先生の脇腹に炸裂。
……したのはいいんだけど、その右手がグレイベル先生にひっついたまま離れない。『ひーん……!』ってピアナ先生は涙目で、『…お前、本当に学習しないな……』ってグレイベル先生はあきれ顔。モロに入ったはずなのに顔色一つ変えていない。さすが兄貴。
で、なんやかんやあって『…そこに置いてある薬、くっついてるところにかけてくれ』ってグレイベル先生に頼まれたのでそうしてみる。さっきまで引っ付いて離れなかったピアナ先生の右手があっという間に取れた。その他いろんなところにかけまくった結果、抱き合っていた二人がいつも通り(?)に離れる。
結局何だったんだコレ……と思ったところで、『実際に体験してもらったほうが早いかな?』ってピアナ先生がにっこり。なんかちゃっぴぃを手招きして、ぽんぽんと頭を撫でた。『きゅん!』ってあいつも嬉しそう。
で、ピアナ先生は右手に魔力を纏い、『えいっ♪』ってちゃっぴぃを俺に向かって押し出してきた。当然、突然のことに不意を突かれたちゃっぴぃはよろけて、俺がそれを受け止める……形になったのは良いのだけれど。
『……きゅん?』ってあいつは不思議そう。いつもどおりぎゅーっ! って抱き着いてくるのは良いとして、いつまで経っても離れようとしない。それどころか、なんかほおずりした形で止まってしまった。
『甘えんぼは夜にしろ』って言って奴を抱っこして引き離そうとしてみれば、あいつの脇腹に差し込んだ俺の手がそこから離れない。どういうことなの。
『追加、行ってみよー!』ってさらにピアナ先生がロザリィちゃんを押す。『きゃあ♪』ってロザリィちゃんが俺の背中にひっついてきた。
背中に感じる至福の感覚。もうなんかありとあらゆる幸せがそこに存在していると言っていいくらい。あんなにも柔らかくて大きなものを、俺は他に知らない。
そしてやっぱり(?)ロザリィちゃんが俺から離れない。接触した面が強力な接着剤でくっついてしまったかのよう。『ううむ……離れないならしょうがないですなぁ……!』ってロザリィちゃんは夢見心地で俺の背中にほおずりして、『ほ、ほっぺも離れない……!?』ってあわあわしていた。
『ええい、授業中にイチャイチャするんじゃない!』ってアルテアちゃんがロザリィちゃんを引き離しにかかる。が、『……あれっ?』って固まった。ロザリィちゃんの腰を掴んだその手がぴったりくっついて離れないらしい。『……アルテアのえっち』ってロザリィちゃんがからかうように囁いていたのを覚えている。ずるい。
ここにきてようやくネタ晴らし。『…うすうすわかっているだろうが、今日はこのめっちゃくっつくやつだな』ってグレイベル先生。魔法生物なんてどこにもいないじゃないですか……って誰かが質問してみれば、『実はここにいるよー』ってピアナ先生がちゃっぴぃの頭を指さした。
よくよく見たら、なんかチクチクした小さな緑の丸っこいのがついている。そしてチクチクの先端が妙にマジカル。『迂闊に触んないように注意してね』ってピアナ先生に注意されていたのに、『これ引っ付き虫じゃん!』ってポポルがそれに触ってちゃっぴぃの頭から指が離れなくなった。
なんでもこの引っ付き虫、れっきとした魔法植物らしい。その名もそのまま【超ひっつき蟲】と呼ばれるものらしく、いわゆる普通の引っ付き虫はいつのまにか服に引っ付いていてそのままにするとマデラさんにブチギレられる……ってだけのものなのに、こいつは【自身がひっついた相手自身にさらにひっつく特性を与える】という能力を持っているのだとか。
以下に、超引っ付き蟲の概要を記す。
・超引っ付き蟲は魔法植物の一種である。通常の植物である引っ付き虫とその生態は似通っており、その種子(いわゆる引っ付き虫)がいくらかマジカルであることのほかには、全体として大きな違いは無い。
・超引っ付き蟲は通常の引っ付き虫同様に何らかの拍子に人々の衣服などに引っ付く。また、超引っ付き虫に引っ付かれた人は、自身に超引っ付くという特性が付与される。
・上記の超引っ付くという特性は生物間においてのみ有効である。例えば超引っ付き虫に引っ付かれた人が別の人に触れた場合、触れた場所が引っ付いて離れなくなる。
・また、超引っ付き蟲に引っ付かれた人に引っ付かれた人も、同じように超引っ付く特性が転写され、その人に触ると触った部位が超引っ付いて離れなくなる。
・超引っ付き蟲に引っ付かれた人が、例えば自身の右手で左腕を触った場合、やはり触った場所が超引っ付いて離れなくなる。
・超引っ付き蟲の超引っ付く効果はあくまで魔法的なものであるため、水やお湯など、通常の接着剤をはがす手段などは一切効果が無い。また、【触れる】の範囲はかなり広く、例えば衣服の上からであっても超引っ付き蟲の効果は発生するので注意が必要である。引っ付く効果範囲はその超引っ付き蟲の個体にもよるが、最低でも通常の触れ合う範囲(相手の衣服の上から素手で触る)であれば問題なく発揮される。
・超引っ付き蟲の引っ付きを解除するには、引っ付いた個所に引っ付き状態にある人の唾液をかければよい。また、特殊な魔法水も効果があることが知られている。
・まごころを込めて育てる。
・収穫は愛情を込めて行う。
・魔物は敵。慈悲は無い。
『…名前通り、引っ付き虫をさらにすごくしたようなやつだな』とはグレイベル先生。基本的に超引っ付き蟲に引っ付かれるとほぼ身動きが取れなくなるものだから、思いのほか危険度は高いらしい。で、何も知らずにそれを助けようとした誰かも引っ付いて……という悪循環に陥ることも少なくないのだとか。
何が恐ろしいかって、こいつの解除には引っ付かれた人の唾液……要は、引っ付かれたところを被害者だけで舐めなきゃいけない。右手で左腕を触ったくらいならまだ対応ができるけど、うっかり右ひじを触ってしまったフィルラドは『えっこれ無理じゃね?』って絶望の表情。
『うっかり自分の体を触るだけでも行動不能になるし、超ひっつき蟲にひっつかれていることがわかったとしても、そういう時に限ってどんなに気を付けても誰かに触っちゃったり……』ってピアナ先生も苦笑。
授業前のあの抱き合ってたの、不慮の事故で超引っ付き蟲を引っ付かせてしまったピアナ先生が、やっぱり不慮の事故で転びかけ、そして目の前にいたグレイベル先生に衝突したことでああなってしまったのだとか。『…そういう事故に備えて魔法薬を別に用意していたのが幸いだったが、動くに動けなくてな』ってグレイベル先生は言っていた。
ちなみにこの超引っ付き蟲、それなりに結構使い道があるのだとか。かなり限定的で注意が必要とは言え、相手を無力化することもできるし、そのめっちゃ引っ付くという特性を使って普通の魔法的効果を使えない状況で活躍したりしなかったり。『別のでいいじゃんってなることがほとんどだけど、刺さるときには刺さるって感じかなー』、『…魔系の飲み会で使うと盛り上がったりもするな』って二人は言っていた。
説明の後は実際の体験タイム。男子の数人が『授業だからしょうがないよな!』って超引っ付き蟲を引っ付けたまま女子に迫る。当然女子たちは反射的に顔面ケツビンタでそれを迎え撃ったんだけど、男子の顔の手のひらがくっついたまま離れない。
『いやあああ!?』ってそのままパニックになって引き離そうとして、またその手もひっついて……なんだかんだでもみくちゃになって、まともに動けなくなっていたっけ。くっついた個所を舐めて解除しようにも、『物理的にも精神的にも舐めたくない場所がくっついているから絶対やだ!』って叫んでいたよ。男子の方はご満悦だったけどね。
俺たちの方も、まずはアルテアちゃんがロザリィちゃんの腰を舐めて解除。『……なんか絵面がとても不健全な気がする』って言いながらも、特に舐めるのに困る体勢でもなかったので問題なし。
ただ、その次に(大変名残惜しかったものの)ロザリィちゃんを俺から引き離そうとしたのが失敗だった。『お、お願いしまーす……』、『マジでヤバいことしている気になるから、そこで顔を赤らめるな』ってアルテアちゃんが俺の背中に引っ付いているロザリィちゃんのほっぺを舐めようとして……。
『……うぇ?』って固まった。『ひゃんっ!?』ってロザリィちゃんはくすぐったそう。
『うぇ!? うぇ!?』ってアルテアちゃんが(おそらく)舌を出したままパニック。うっかり俺の脇腹に手が当たり、そしてどうやら自身の体はロザリィちゃんに後ろから抱き着くような(?)感じで密着してしまったらしい。
『アティ……さっきよりもよっぽど不健全でヤバい見た目になってるよ……』ってフィルラドの声が聞こえてきたから間違いない。
なんでさっきは問題なかったのに、今になって引っ付いてしまったか……と言えば、『さっきまでのアルテアちゃんは引っ付き状態の被害者だったけど、もう解除していたから……』ってピアナ先生が苦笑い。言われてみれば、引っ付き状態の解除には引っ付かれている人の唾液が必要なわけで、ロザリィちゃんを俺から引き離そうとしたときのアルテアちゃんはすでに引っ付き状態を脱していた……つまり、再び引っ付かれてしまう状態だった。
『こーゆー何気ないところで意外な凶悪性を発揮するんだよね……』ってピアナ先生が俺たち全員に特製の魔法水をかけてくれたため、窮地は脱出。『これ物理的に舐められない位置がくっついたらどうするんですか』って聞いてみれば、『気合で舐めるか、上手い具合に協力者を作って、舐められるようにくっつくか……かな?』ってピアナ先生が教えてくれた。
『…必要なことだし、服の上からとはいえ、男に舐められるのは思った以上に精神的に来るぞ』ってグレイベル先生。何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
ただ、逆に『…女の方は、こいつを上手く使って……なぁ?』ってグレイベル先生は虚空を見ながらつぶやいた。なにが『なぁ?』なのかはわからないけれど、それを聞いた瞬間にロザリィちゃん、アルテアちゃん、そしてピアナ先生が尋常じゃないくらいに真っ赤になっていたのを覚えている。
『…………えげつない使い方だよ、本当に。初めて聞いた時は……物語の中でさえドン引きしたのに、マジでそれをやったやつがいるんだって、正直畏怖の念すら覚えた』ってグレイベル先生はさらに続ける。いつもなら反撃に出るはずのピアナ先生がどんどん真っ赤になっていくのが本当に不思議。『……お、女の子なら仕方ない部分もあるんです』ってかろうじてアルテアちゃんが小さな声で弁明(?)していたくらい。
あれか、やっぱり【純潔のアルケニー】シリーズか。もはやそれ子供が読んでいい内容の本とはとても思えないんだけど、マジで作中にどれだけのことをやっているのだろうか。次の長期休暇の時にマジでミニリカの蔵書を漁らなくては。
一応書いておく。好奇心が抑えられなかったのか、クーラスは力づくで超引っ付いた自身の手を離せないか頑張ってたんだけど、最終的には引っ付いた手のひらの皮が思いっきりべりって剥がれて血塗れになっていた。奴の腕に手のひらの皮がそっくりそのまま残ってるっていうあまりにも凄惨な光景に、女子の何人かが真っ青になっていたっけ。
当のクーラスは『クソ痛いけど、ホントにヤバいときの最終手段としては使えそう』って言ってた。そしてギルが同じことをやったら、ギルの手のひらの皮ではなく、なぜかギルに引っ付いていた超引っ付き蟲が真っ二つになった。もしかしたら、超引っ付き蟲に対する一番の対策は筋トレすることなのかもしれない。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、当然のようにロザリィちゃんが『なんかまだ超引っ付き蟲の後遺症があるかも!』って俺に引っ付いてきた。『これは超引っ付き蟲のせいです。超引っ付き蟲のせいだからしょうがないんです』って言いながらずっと俺のことをぎゅーっ! って抱きしめてすーはーすーはーくんかくんかしまくっていた気がする。授業中は引っ付いていたせいで思うようにすーはーすーはーくんかくんかできなかった反動だろう。
もちろん、俺もたくさんの愛情をこめて抱きしめ返させていただいた……のはいいんだけど、辛抱堪らなくなったらしいちゃっぴぃが『きゅーっ♪』って俺たちの間にもぐりこんできたのがわけわかめ。正直あれだけ密着していたのに、力づくでグイグイ突っ込まれるとは思わなかった。子供の考えることはよくわかんねえや。
あと、女子の数人が男子を制裁していた。『超引っ付き蟲を理由にしなきゃ行動できないヘタレチキン共が』って盛大に呪いまくっていた気がする。で、女子だけで暖炉の一番あったかいところを占拠して固まって、そのまま女子同士ひっついて暖を取っていたような。
『女子ってずるい』、『ちくしょう』ってクーラスとジオルドは呟いていたけれども、あいつら授業中の超引っ付き蟲を引っ付けて突撃しようとしていた女子が何人もいたことに気づいていなかったのだろうか。こういう機会をモノにできないからこそ、あいつらはいつまでもあのままなのだろう。
また、ミーシャちゃんがギルのロリポップな瞳を見て、『……頑張れば、いけると思うの』ってなんか葛藤していた。どうやら目玉を舐めるべきかどうか悩んでいたらしい。『それはちょっとマニアックでアブノーマルだと思うけど、お互い合意の上ならそういう道も悪くは無いんじゃないかな』ってパレッタちゃんがマジ顔でアドヴァイスしていたっけ。
ギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりと寝ている。なんか今夜もやたらと冷え込みが激しくてけっこう寒い感じ。ちゃっぴぃをベッドに連れ込むべきだったかと微妙に後悔……しなくもないけど、その分ロザリィちゃんがあったかい思いをしているならそれでいいや。
ギルの鼻には超引っ付き蟲の死骸でも詰めておく。死んでなおそれなりに引っ付き効果があるとかなかなか興味深い。おやすみなさい。