244日目 魔導工学:マジックフライホイールについて
244日目
ギルの頭からロリポップがいっぱい生えてる。普通に美味い。すげえなあいつ。
ギルを起こして食堂へ。ギルの頭から生えているロリポップを見て、ポポル、ミーシャちゃん、そしてちゃっぴぃがすんげえを目をきらきらさせていた。『すげえじゃん! 食べ放題じゃん!』、『おっきいのいっぱいあるの!』、『きゅーっ♪』って二人と一匹が我先にとギルによじ登って、各々お眼鏡にかなったそれをぶちィッ! ってもぎ取っている。
『そんなに慌てなくてもいっぱいあるぞ!』ってギルも嬉しそう。『遠慮せずにお前らも好きなだけ取ってけよ!』ってみんなに笑顔とポージングを振りまいている。
実際、ジオルドがちょっとためらいながらもロリポップの一つをもぎ取ったんだけど、『……あっ、マジで美味い』って声を漏らしていた。それを皮切りに、ルマルマ女子が『……これ、意外と高いんだよね』、『売っているところ、あんまりないもんね』、『クリスマスに向けて、おやつ代は節約しておきたいし……』って手を伸ばし始める。
もがれた瞬間に新しいのがにょきにょき生えてくるのがすごく怖い。あいつの体マジでどうなってるんだろ?
なお、このロリポップは使い魔どもにも大人気で、ヒナたちがギルの頭に群がって争奪戦を繰り広げたほか、アリア姐さんも『あら、おいしい!』……と言わんばかりにロリポップをぺろぺろ。当然のごとく甘い匂いを嗅ぎつけたメリィちゃんやエドモンド、そしてブチちゃんもやってきたギルの頭をぺろぺろ。
『おなか壊したらどうするのっ!?』、『得体のしれないもの食べるなって言ってるでしょッ!』ってライラちゃんやロベリアちゃんがそれを止めていたけれども、メリィちゃんもブチちゃんも全力の抵抗をして、とうとう二人の方が根負けして諦めていた。
『これでも食べて落ち着きなよ』ってギルの頭に生っていたロリポップを二人に渡したら、なぜか二人ともに無言でケツビンタされた。女の子の考えることってよくわからねえや。
一応書いておく。みんなからロリポップを採集されている間もギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。そしてライラちゃんとロベリアちゃんに挙げる予定だったロリポップはそれぞれゼクトとラフォイドルの手に。『普通に美味いじゃん!』、『……食べ応えもあって、結構好みなんだが』とのこと。今度からロリポップ屋さんでも開こうかな?
さて、今日の授業はテオキマ先生の魔導工学。テオキマ先生、教科書を開きつつロリポップをぺろぺろしている俺たちを見て、『お、おう……』ってなんか狼狽えていた。
『俺は幻覚を見ているのか……またどこかのバカが新手の悪魔でも召喚したのか……?』って杖を構えだしたので、『大丈夫、正常ですよ。俺たちみんな、俺たちの意志でロリポップをぺろぺろしています。なんなら先生もおひとついかがですか?』ってにこっと笑ってギルの頭からもぎたてほやほやのそれを手渡してみる。
テオキマ先生、ぽかんとした表情のままそれを受け取った。『……授業に影響ないなら別にいいか』って普通に包装を破き、普通にそのままぺろぺろ。もしかしたらあの人も疲れていたのかもしれない。
ともあれ、晴れて先生もロリポップぺろぺろになったところで授業開始。今回はマジックフライホイールについて学んだ。前回は安定化の一つとしてダミーの負荷を与えることによる魔法慣性力の釣り合わせを学んだわけだけど、マジックフライホイールも駆動系にあえて意図的に与える……部品とか抵抗的なアレ。
魔法慣性力の釣り合わせと違うのは、こいつは主に回転する(広義での)魔法陣に取り付けられるものだってところ。
というのも、魔力としての出力を上げて……高出力(特に魔法陣回転数が大きいとき)での運用を前提としたとき、そこでちょっと出力の調整をしようと魔力を流す量を調整すると、思った以上に出力が変化しすぎてしまうことがあるらしい。
『特に我々が求めるような高出力の魔道具の場合、その安定制御が難しいことは今まで何度も言ってきているな。モグリの魔系が設計した魔道具では、定常状態ではまともに動いていても、そこからさらに魔力を変化させて微調整をしようとしたとき、必要以上に出力が変化してまともに思った出力を出すことができないことがままある。マジックフライホイールとは、高出力での出力調整を行いやすくするものだ』……ってテオキマ先生は言っていた。
ただし、これはあくまでマジックフライホイールの効果の一つにすぎないらしい。以下にその概要を記す。
・マジックフライホイール
マジックフライホイールとは主に回転系の魔法陣に組み込まれる魔法要素の一つである。一般に、無負荷状態での回転を行った場合、回転を止めれば(魔力供給を止めれば)魔法慣性に従って魔法陣の回転は停止する。しかし、魔法陣に適切なマジックフライホイールを組み込んだ場合、マジックフライホイールに働く魔法慣性により、マジックフライホイールそのものが疑似的な出力となり、魔法陣回転が止まりにくくなる。このように、自身の魔法慣性を利用して魔法陣回転の補助を行う要素全般をマジックフライホイールと呼ぶ。
マジックフライホイールの効果はいくつかあり、例えば前述したケースで言えば魔法陣回転力の保存と放出となる。また、魔法陣回転速度にムラが出ない、魔力出力の変動に対して魔法陣回転速度への影響が小さくなる(魔法陣回転の安定化、出力調整の易化)などがある。
いずれにしても、本来なら忌避すべき魔法慣性を利用してこちらの意図した目的を達成するのがマジックフライホイールであるが、その魔法的特性より、起動負荷の増加が避けられないため、その注意は必要となる。
難しく書いたけど、要は【魔法慣性力を利用して勢いよく回すよ!】ってだけ。勢い良く回っているから魔力供給を止めてもしばらく回るし、速度のムラもでない。勢い良く回っているから良い意味でも悪い意味でも魔力変動が起きたところでその影響を受けにくい。それを安定化と呼んでいるのは、単純に俺たちの立場から見たらそう映るってだけだ。
でもって、勢い良く回る……魔法慣性力があるってことは、その分動き出しが鈍くて重い。一度勢いづいてしまえばそうそう止まらないってのがマジックフライホイールだけど、逆に言うと勢いづくまでが大変って言うアレ。動かすのは大変だけど、転がりだしたら止まらないで突き進む大岩……ってイメージでいいんだと思う。
『起動負荷が大きくなるというデメリットはあるが、それにしたって安定化につながり調整もしやすくなるというのは大きなメリットだ。逆にいえば、マジックフライホイールが無ければまともに運用できないってことになる。多少起動負荷が軽いってのがそれに勝るメリットだと思うアホは、まぁこのクラスにはいないだろ』ってテオキマ先生はロリポップをぺろぺろ……するのは性に合わなかったのか、一気にかみ砕いてバリバリしながら言っていた。すげえワイルド。
マジな話、たかだか多少起動負荷が大きくなる程度で全体が良くなるというのなら、それを着けない道理はない。動きやすいが暴走してぶっ壊れるのよりも、ちょっと力はいるけど安定してちゃんと使えるやつの方が良いに決まっている。
ただ、やはりというかその魔法学的な計算とかが色々面倒。マジックフライホイールも魔法慣性の釣り合わせとはいえ、こいつは回転系につけるものだから計算が複雑怪奇。
そして恐ろしいことを言うと、さっき俺が書いたマジックフライホイールの説明、教科書には一切書いていなかったりする。先生が軽く口頭で触れた以外は、【以上の式からわかる通り、魔力変動に対して慣性サークリアが大きい程魔法陣回転速度は小さくなる。この目的のために意図的に負荷する大きな慣性サークリアを持つ魔法要素全般をマジックフライホイールと呼ぶ】……という、まるで説明になっていない説明しか載っていない。
いったいどうして、この説明から魔法陣回転の安定化だとかそういう話につながると思っているのだろうか。奴らは原理の説明しているだけで、実際の使い方の説明をしていない。筆の説明をするのに『絵を描いたり文字を記したり、時には脇腹をくすぐったりするのにも最適な素敵グッズ』ではなく、『棒の先端に動物の毛をつけたもの』って説明しているのに等しい。教科書を書いたやつ、読むのが学生……初見のトーシロだってわかっていなかったのだろうか?
なんだかんだで授業はこんな感じ。結局やってることはいつも通りひたすら板書……なんだけど、みんな片手にロリポップを持っていたからちょっとやりづらそうではあった。『ちょっとノートがぺたぺたする……』ってアルテアちゃんはぼやいていたし、クーラスはもはや諦め、『ふがふが』って普通にくわえていたっけか。
なお、ロザリィちゃんは『……ちょっと持ってて』って自分のロリポップを俺の口に突っ込んできた。で、メモを取り終えたところで『ありがと♪』ってそのままとって普通にぺろぺろに戻るって言うね。何気なくナチュラルにドキドキすることされて、俺もう授業に集中できなかったよ。
授業の最後にて、テオキマ先生が『真面目そうなやつまでアホなことしておかしいとおもったが……そういえば、ルマルマはたまに全員が奇行に走るから気をつけろって最初の職員会議で言われてたな……』ってなんか妙に納得していた。
先生たちの間で、ルマルマはいったいどんなヤバい連中に映っているのだろう? 俺とロザリィちゃんがいるから、まだトータルではギリギリ普通のレベルに入っているんだと思ってたんだけどな……。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、最後のストックづくりってことでみんながギルの頭からロリポップを採集していた。『こっちイチゴあるからそっちのオレンジと交換して』、『紫色が好きなんだけど、ちょっと交換しない?』……みたいに、とりあえず取るだけ取ってあとで交換して好きなのを集めるっていうスタイルが確立されていたっけ。
『これでしばらく困らないぜ!』、『一日三本食べても年末まで持つの!』っておこちゃま二人は嬉しそう。『全三十二種類、コンプリートしたぞ!』ってジオルドも嬉しそう。女子たちと何度も交換して、ようやく確認されているすべてのロリポップを集めることができたそうな。
そんなロリポップ供給魔法陣となっていたギルは今日もぐっすりすやすやと大きなイビキをかいている。あの野郎、せっかくのロリポップを寝るのに邪魔だからってオラァッ!! って言いながらボキィッ! って折り砕いていたんだよね。痛覚とかないのかな?
まぁいい。ギルの鼻には砕けたロリポップの欠片でも詰めておこう。みすやお。