242日目 発展魔法材料学:魔法疲労限度について
242日目
ギルの枕がラスクの屑だらけ。こいつ内緒で夜に食いやがったな?
ギルを起こし、枕を窓でぱんぱんしてから食堂へ。今日も今日とてなんか微妙に天気が荒れ気味。全体的に曇っていて薄暗く、風も強め。雨とか雷とかの心配はないんだけど、なーんか不気味な雰囲気と思えなくもない。
だからだろうか、『きゅー……』っていつになくちゃっぴぃがあまえんぼモードで俺に引っ付いてきた。ローブの中にもぐりこんでひしって抱き着いている。動きにくくてかなわなかったけれども、ちょうどいいので湯たんぽ代わりに抱きしめておいた。
朝食にてあったかココアを頂く。何気にちょっと甘すぎるきらいがあるけれども、ココアってのはむしろ甘すぎるくらいがいいとミニリカは豪語していたし、何よりそれこそがココアがココアたる所以なのだから気にしない。時折無性に甘いココアって飲みたくなるんだよね。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って美味そうに飲んでいた。とりあえず甘くてあったかいものを飲ませておけば風邪もひかずになんとかなるだろう。
そうそう、ロザリィちゃんもココアを飲んでいたんだけど、何を思ったかアリア姐さんに『……一口、飲んでみる?』って自らのカップを差し出していた。アリア姐さん、「あら、ありがと」……とでも言わんばかりにツタをしゅるしゅると伸ばして一口。途端に「あら、いいわね!」って感じでにこって笑ってた。
寒いからか、はたまた日光がないからか、アリア姐さんすんごく眠そうにしていたんだよね。アリア姐さんに頭から水をぶっかけていた(水やりしていた)ジオルドが、『普通の飲み物もやったほうがいいのかな……』ってなんか考え込んでたよ。
ちなみにロザリィちゃん、『アリア姐さんには、いつも授業中にちゃっぴぃ見てもらってるからね!』って俺にキスしてきた。なんかもうナチュラルに当たり前のようにキスしてくれて本当に幸せ。俺ロザリィちゃんと出会えて本当に良かった。
ギルは今日もジャガイモ。周りの様子とか関係なしにジャガイモ。『うめえうめえ!』ってちょう嬉しそう。それだけ。
さて、今日の授業はシキラ先生の発展魔法材料学。なんだか妙にご機嫌だと思ったら、『この前の属性処理研のお菓子パーティ、めっちゃよかったぜえ……!』とのこと。やはりというか、ちゃっかり(?)紛れ込んでエンジョイしていたらしい。むしろこの人ならやらないほうがおかしいか。
『魔材研の人たちを賄えるほどの量は無かったと思うんですけど……』って何気なく聞いてみれば、『そらもうお前、それはこれもんよ!』ってシキラ先生はみずらかの腕をぺしんと叩く。どうやらお菓子パーティと並行して魔材研主催の宴会(普通の飲み会)も行ったらしく、お菓子と酒と肴を同時に楽しめるそれに仕立て上げたのだとか。
『あっちがお菓子、こっちが酒と肴を用意する……な、これならいいだろ?』とのこと。俺の特製お菓子と普通の飲み会メニューが同列に語られるのってどうなんだと思わなくもないけれど、双方が納得していたのなら別にいいや。
授業内容だけれども、今日は魔法疲労限度について学んだ。前回までに、魔法疲労の概要やその発生、成長のメカニズムを学んだわけだけれども、そもそもこの発展魔法材料学の大きな目的として、【その魔法材料はどれくらい強いのか】を調べるってのがある。
魔法疲労限度とはその考え方の一つで、簡単に言うと魔法疲労破壊が起きないギリギリの魔応力の強さとその振幅を示したものとなる。厳密にはいろいろ条件とかが……というかまだ明確な評価手法が確立していないわけだけれども、ともかくこの魔法疲労限度の範囲内であれば、理論上魔法疲労破壊は起こらないとされている。
以下に、その概要を記す。
・魔法疲労限度
魔法疲労破壊に及ぼす影響因子としては、主に【繰り返し回数】(どれほど魔力負荷をかけたか)、【魔法共鳴数】(どれくらいの速さ・ペースで魔力負荷をかけたか)、【魔応力振幅】(どのくらいの大きさの魔力負荷をかけたか)の三点があげられる。魔法疲労破壊の考えより、どんな魔法材料でも、繰り返し回数と魔法共鳴数が大きい程魔法疲労破壊が発生しやすいのは自明である。よって、その魔法材料が持つ魔法疲労に対しての強さとして、ある魔応力振幅で繰り返し負荷(通常は千万回ほど)をかけたとしても、破壊されない限界の魔応力振幅が用いられる。この魔応力振幅のことを魔法疲労限度と呼ぶ。
つまるところ魔法疲労限度以内であれば魔法疲労破壊は起きない……んだけど、『前にも言ったが、まだ評価方法が明確に決まっているわけじゃない。例えば魔応力振幅一つとっても、常に同じ負荷とするのか、周期的に負荷の大きさを変えるのか、あるいは負荷そのものは同じだけど正負逆にするのを交互にするのか……で、いろいろ変わってくる』ってシキラ先生。
一方向だけの負荷なら強くとも、例えば左右に引っ張られたり……っていう真逆の負荷を繰り返したらヤバいやつもあったりするわけで、そう言った意味で一概にこれと決められる基準みたいのはないらしい。
何より驚きなのは、その魔法疲労限度の評価に出てきた一千万回繰り返すという言葉。『マジにそんなにやるんですか?』ってポポルが質問してみれば、『この辺を専門のテーマとしている俺の研究室には、料理道具も洗濯板も、冒険者用の野営セットも……生活に必要な道具が一通りそろっている。つまりそういうことだ』ってシキラ先生はちょう笑顔。とんでもないブラックじゃねーか。
マジな話、あまりに超高速で繰り返すのは現実的じゃないとして……通常想定される範囲で一回、二回……って繰り返し負荷していたら、一千万回やりきるのに数日はかかるのではなかろうか。元々そういう長期的なスパンで発生する問題についての取り組みとはいえ、一度の試験でそんなにかかるとか泣けてくる。
……と思っていたところで、『さすがにマジにそれだけやるとなると、試験一つで数か月かかるってことになっちまう。基礎研究のうちならそれでもまだいいが、現実的な運用として評価したいときにはクソだるいのは疑いようがない……ってことで、魔法材料学的にはどの程度まで妥協して評価できるか、いくつかの比較的実用的な試験方法が考案されている』とのこと。
昔の偉い人も定義通りに評価するのは面倒だったらしく、今なお続いているとはいえ、いくらか楽な方法が考案されているらしい。来週はその辺について詳しくやっていくってシキラ先生は言っていた。
『この概念を理解していないと次回以降の授業が全く分からなくなって、晴れてケルピーの背中に乗ることになるから楽しみにしとけよ!』ってさらなる追加情報も。ミーシャちゃんがすんげえ泣きそうになっていた。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、『魔材研に配属されたら徹夜が当たり前になるらしいぞ』、『あそこが宴ばっかやってるのは、徹夜しすぎて頭がおかしくなってるからだ』って話でもちきりに。
最初はなんだかんだ盛って話しているだけだとみんな思ってたんだけど、日常のエピソードに加えて研究内容そのものがあそこまで面倒であることがわかってしまった故に、逆にそれを否定することができなくなってしまったっぽい。かくいう俺もその一人である。
『魔材研になって徹夜で実験なんて……──くんと会えないなんて、そんなの絶対いや……!』ってロザリィちゃんが涙目になって抱き着いてきてくれた。しかもそのまますーはーすーはーくんかくんかしまくっていた。『逆に二人で同じ実験をすることになれば、一晩中一緒にいられるね?』って頭を撫でてみれば、『……それ、けっこうアリかも』ってキスされた。最高かよ。
ちなみにギルは、『試験機の繰り返し負荷に合わせてスクワットすれば……やべぇ、実験もできるし筋トレもできるし、足も脳筋も鍛えられて最高すぎるじゃん……! それが日常的にずっと続くとか天国かよ……!』ってアホでトンチンカンなことを言っていた。
もし俺が魔材研に配属されたら、実験は全部ギルに任せようと思う。ギルも『実験なら任せてくれよ!』ってみんなに言ってたし、たぶんルマルマはみんなそうすると思う。
そんなギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。特に手ごろなものも見つからないので、鼻には蟲水でも垂らしておこう。グッナイ。