240日目 ヴィヴィディナの卵
240日目
ギルのパンツが花柄。ハイカラだなって思った。
ギルを起こし、ちゃっぴぃをお姫様抱っこして食堂へ。やっぱり休みだからか、今日も食堂は人が少なめ。中には寒くてベッドから離れられない奴もいるのだろう。この学校、暖炉があるのはあくまで公共のスペースだけだし。
朝食は休日限定デラックスチョコパフェをチョイス。俺が食べたかったんじゃなくて、ちゃっぴぃが『きゅ! きゅ!』ってせがんできたゆえである。まぁ、優しい俺はあえて奴の思惑にのってあげたわけだけれども。
ちなみに味は普通にデリシャス。クリームとチョコレートの底抜けの甘さが堪らない。最初は食べきるのは結構きついかな……なんて思っていたけれども、全然そんなことはなく終ぞスプーンが止まる気配は見えなかった。
残念なのは、ウエハースだとか大きいチョコレートだとか、そういうのの一切合切をちゃっぴぃに『あーん♪』させられたことだろう。あいつ、俺がそれを取るとすんげえ目をきらっきらさせて、思いっきり大きく口を開けるんだもの。そんな顔されたらもうどうしようもないじゃん?
ちなみにあいつ、ある程度堪能した後は俺のお膝から脱走してロザリィちゃんのところへ。で、ロザリィちゃんが食べていた休日限定デラックスピーチパフェを『あーん♪』してもらっていた。もちろん、『きゅーっ♪』ってすっげえ美味そう。ちゃっぴぃのくせにずるい。
……なんて思っていたら、ロザリィちゃんが『パパ、あーん♪』ってパフェを食べさせてくれた。もう、ハートフルピーチ以上に甘くて幸せな気分。しかも、『パパってば、わたしにはやってくれないのぉ?』ってロザリィちゃんってば俺の脇腹を突いてくるし。もちろん、全力で俺のチョコパフェを『あーん♪』させていただいたとも。
一応書いておく。俺たちがパフェを食べさせあってイチャイチャしている間、ちゃっぴぃは次々に他の人のところを渡り歩いて『あーん♪』してもらっていた。アルテアちゃんからはホビットレモンのパフェを、ミーシャちゃんからはパッションチェリーのパフェを、パレッタちゃんからはラーヴァベリーのパフェだ。しかも女子たちだけに飽き足らず、ジオルドのところでサンドイッチを『あーん♪』してもらっていたし、クーラスのところではクロワッサンを。ポポルのところではミックスジュースで、フィルラドのところではベーコンエッグのカリカリの一番美味いところを強請っていた気がする。
『きゅーっ♪』ってあいつはめっちゃ嬉しそうだった。そして、『うめえうめえ!』ってジャガイモを貪るギルのところにはいかなかった。好き嫌いするなと躾けておくべきだったかもしれない。
午前中はやっぱりぼーっと過ごす。なんだか寒くて外に行く気は起きないし、かといってやることがあるわけでもない。なんとなとくアリア姐さんの日光浴を眺めて、ヒナたちとグッドビールが追いかけっこしているのを眺めていたような気がする。
ぼけーっとしていたところで、天井に何か変なのがくっついているのを発見。蛹のような繭のようなそんな感じの一品。もちろんなんか異常魔力と言うか、邪気的なものまでほんのり感じるし、驚くべきことにその状態でなんか中からカサカサ変な音が聞こえる。
はて、いつの間に化け物でも仕込まれたのか……と杖を出して駆除しようとしたところ、『あ、あれ大丈夫なやつ』ってパレッタちゃんが。『あれね、ヴィヴィディナの卵。この前の試合のせいで、どうも産み癖がついちゃったみたい』とのコメントが。マジかよ。
『ヴィヴィディナの卵って産卵管に入ってるんじゃなかった?』って聞いてみる。『そうだよ? でもヴィヴィディナだよ? だからこそのヴィヴィディナだよ?』って返された。そういわれるとそう思えなくもない。
ちなみに今日はあくまで繭とか蛹みたいな卵だけど、この前みたいに産卵管に入った卵(一般的な昆虫みたいな卵)を産むこともあれば、カエルや魚のように粘膜に包まれたジュルジュルした卵を産むこともあるらしい。
『これ、昨日のやつね』ってパレッタちゃんが俺に差し出してきたのは、エッグ婦人の卵より一回りデカく、そしてなぜかヤバい蟲の眼みたいに七色のグラデーションが絶え間なく蠢いているという見ているだけで呪われそうな逸品。触った感じは普通の卵なのに、なんであんなヤバい見た目をしているのだろうか。
なお、当のヴィヴィディナの姿は見当たらず。『ヴィヴィディナだって女の子だもん!』ってパレッタちゃんがちょっと顔を赤らめていた。意味はよくわかんなかったけど、おそらく「女の子ゆえに産卵する姿を見られるのは恥ずかしい」と言うところだと思う。ヴィヴィディナに羞恥心があったとは驚きだ。
クソどうでもいいけど、ヴィヴィディナの卵は無精卵らしい。故にパレッタちゃんは最近ヴィヴィディナの卵コレクションの充実を趣味にしているのだとか。『天井にあるやつ、なんかカサカサ音がしたけど』って聞いてみれば、『だってヴィヴィディナだよ?』って返された。きっとさぞかし貴重な卵なのだろう。
午前中はそんな感じ。午後もやる気が起きなくてぼーっとしていたら、『遊びに来たよーっ!』ってステラ先生が来てくれた。うっひょう。
『最近あんまり遊びにこれなくて……週末の夜も、残件整理ばかりで……』ってステラ先生はちょっと疲れた感じ。言われてみれば、ここ最近ステラ先生とカードゲームをした記憶がほとんどない。こいつは由々しき事態。
そんなわけで、その場にいた俺、ロザリィちゃん、フィルラド、ポポル、パレッタちゃん、ステラ先生でカードゲーム。もちろんお供のおやつの準備は俺がさせていただいた。ステラ先生のおやつのクッキーはこれから全部俺が用意したい次第。だってステラ先生マジプリティなんだもん。
肝心のゲーム内容だけれども、やっぱり今日もステラ先生に全員ケツの毛まで毟られた。あのギャンブルの強さはマジで天下を取れるレベル。ステラ先生のお膝の上で喉をゴロゴロさせていたミーシャちゃんは、先生のそのテクを見て『魔導の深淵を見たの』ってコメントしていた。
いつもならこんな感じで終わるんだけど、せっかくなので今日はもう一歩踏み込んでみる。『ゲームに勝った人が、負けた人に一つだけ何でも命令できるというのはどうでしょう?』って提案。『ええ……!? そそ、それって結構きわどいことも……!?』って先生はお顔を真っ赤にしてあわあわ。そんなところが最高に可愛いと思います。
『いいじゃん、どうせ勝つのステラ先生なんだし!』、『むしろ先生がどんな命令をするのか、ちょっと興味あるかも』ってポポルとフィルラドは乗り気。『命令だったら、何されても文句ないよねえ?』ってロザリィちゃんも乗り気。そのうえで、『私が変な命令されちゃうかもだから……絶対勝たないといけないねえ?』って妖しく笑ってきたり。もう本当にロザリィちゃんが最高に可愛すぎる。
で、さっそくゲーム。負けたら命令を何でも聞く……このプレッシャーのせいか、先生のシャッフルがいつもよりぎこちない。ずっとかあっとお顔が真っ赤で、なんかすんごいもじもじしている。何だこの可愛い生き物。
これはもしかしてもしかするのではないか……と一世一代のサマをしかける。ここらで一つ、ギャンブルが強いところを見せてステラ先生に惚れなおしてもらおうと思った次第。
が、結果はボロクソ。文句なしのブタ。『こ……この程度の修羅場、なんてことないんだからねっ!』って真っ赤になりながらもポーズをびしっ! って決めるステラ先生が最高に可愛かったです。
肝心の命令内容だけれども、『うー……!』ってステラ先生はいつまで経っても決められない。『あの、その、こういうときもあるかもって昔シミュレーションしたことがあるんだけど……でも、それって学生の時で……!』って涙目になりながら言い訳。今の今までそのネタが温存されているという事実そのものに、俺たちみんな泣きそうになった。
最終的に、『ぱ、パレッタちゃんに代わりに命令してもらうって命令で!』ってステラ先生は逃げる。やっぱステラ先生、この手のことはまだまだ経験値不足らしい。
パレッタちゃんだけど、先生から命令権を貰った瞬間、何のためらいもなく、『最下位の人、同性に向かって魔女の吐息やって』とか言い出した。ウソだろ。
もちろん、ゲームの結果が出た時点で俺が最下位なんてわかりきっている。『どうした? 命令だぞ? やれよ。ほら、早く』ってパレッタちゃんの真顔の圧力。こりゃ逃げられねえって思ったよね。
『やられるなら女の子からがよかったぜ……』、『なんで俺──にそんなことされなきゃいけないの?』ってフィルラドとポポルは不満たらたら。それを言いたいのはこっちのほうだ。
ともあれ、命令は絶対なので、ロザリィちゃんにコツを聞きつつやってみる。大変不本意ながら、フィルラドの耳元に『……ふうっ!』ってやったら。
『おひょぇぁっ!?』ってあいつが腰を抜かした。ウソだろオイマジで。
『え……』ってパレッタちゃんがドン引き。『おまえ……』ってポポルもフィルラドから二歩距離を取る。『いや……! 違う、そうじゃなくて……マジなんだよこれ!』って腰ガクガクのまま弁明するフィルラド。マジの方がよっぽどヤバくね?
フィルラドヤバい疑惑は晴れぬまま、とりあえずやることやっちまおうってことで今度はポポル。『お前は冗談でもあんなことするなよ?』って言ったら、『いや……さすがに超えちゃいけないラインは守るでしょ……』ってポポルは耳をこっちに向けてきた。
で、『……ふうっ!』ってやったら。
『わっひょえぁい!?』ってあいつも腰ガクガクになって尻もちついた。ウソだろ。
『え……うそでしょ……!?』ってなぜかパレッタちゃんが絶望顔。『俺だって好きでこんなことしてんじゃねーよ!』ってポポルも逆切れ。『ほら見ろ! やっぱそうなるだろうが!』ってフィルラドが勝ち誇り、そしてロザリィちゃんがなんか固まっていた。
何人かの男子を犠牲に検証してみたところ、どうも俺も普通に魔女の吐息が使えるらしいことが判明。ちょっとステラ先生に見てもらったんだけど、『うわ……女の子しか出せないはずの魔力の震えが出せている……』ってコメントをいただいた。
調べてもらったとき、ぴとってのどぼとけを触ってくれてめっちゃドキドキしたことをここに記しておこう。
……たぶんだけど、小さい頃にミニリカに女の子にされかけたのが原因だと思う。というか、もうそれしか考えられない。スカートをはいて、女の子仕草を覚えて、そして女衣装で女型を……女二人型をミニリカと踊らされたんだ。
あのババアロリ、俺がピュアなことをいいことに誑かしやがって。あともう少しでマジで取返しにつかないことに……女の子として生きていくことになりかねなかった。この屈辱、一生忘れないぞ。
ともあれ、魔女の吐息が男なのに使えるというこの先一生使い道のない特技ができてしまった。ロザリィちゃんは、『ホントに男の子なの……? 実は女の子だったりしない……? 証拠、ある……?』って最後まで不安げだったけど、男である証明ってどうやってすればよかったのだろう。
一応キスしたら納得してくれたけど……ロザリィちゃんがどんな方法を考えていたのか、いつか聞いておきたいところである。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、ミーシャちゃんがステラ先生に『そういえば、先生がこの前──に魔女の吐息をやったとき……先生なのにずいぶん手馴れている感じがしたの』って質問していた。言われてみたらウブな先生にして見事な手際だったように思わなくもない。
ステラ先生、悲しそうに笑いながら『……先生が学生の時も、ちょっと流行っていた時期があったんだよね』ってミーシャちゃんの頭を撫でていた。もうそれだけで、みんないろいろ察しちゃったよね。
ギルは今日もぐっすりと大きなイビキをかいている。たぶんだけど、こいつが男子に魔女の吐息をやったら、やられた人の鼓膜が破けると思う。そう言った意味で、魔女の吐息ギルヴァージョンも相手を男女問わず無効化する強力な武器だと思えなくもない。普通に殴ったほうが早いだろうけどな!
ギルの鼻には……ヴィヴィディナの卵の欠片を詰めておく。『怒りも悲しみも、絶望さえもそこに込めておきました』ってパレッタちゃんが神妙な顔して渡してきたやつね。おやすみなさい。
※燃えるごみは腰ガクガク。でも魔法廃棄物は腰ガクガクにならない。