237日目 魔導工学:魔法慣性力の釣り合わせについて
237日目
魔力片が黄金に輝いている。調べてみたら恐ろしい程有効な魔法的性質を兼ね備えていることを発見。……もっとデカければ設計問題が全部解決したのに。ちくしょう。
ギルを起こして食堂へ。今日も今日とて空気がひんやり。なんかいきなり冬本番って感じがしてちょっとワクワクするような。朝起きて窓を開けた時の空気がもう完全に冬だったんだよね。
今日は暖炉前の争奪戦に敗れたのか、ちゃっぴぃが『きゅーっ!』って俺のローブにもぐりこんできた。そうすること自体は別にいいんだけど、歩いているときはきっちり引っ付いてくれないと動きにくくてかなわない。あれならむしろ、ちゃっぴぃをおんぶしたうえでローブを纏ったほうがマシな気がする。
朝食はミネストローネをチョイス。なんとなくあったかいスープを飲みたかったゆえである。今日の出来栄えは特に可もなく不可もなく。万人受けを狙ったがゆえに逆に特筆するべきことも無いような……いや、ある意味ではここではそれが正解か。
割とどうでもいいけど、アリア姐さんがだいぶウトウトしていたのを覚えている。「寒いといつもこうなのよね……」と言わんばかりに大きなあくびをしていたっけ。それを見たジオルドが、『セーターの一つでも着させたほうがいいのかなぁ』って首をかしげていたけれども、確かに植物的にセーターってどうなんだろうね?
ただ一つはっきりしているのは、『ぜひそうしてくれ!』って熱望したフィルラドが、無言でアルテアちゃんにケツを蹴っ飛ばされた……と言う事実そのものだ。アルテアちゃん、一言も発していなかったし、ついでにケツビンタじゃなかったし……ありゃあ、たぶんマジにキレていると思う。ヒナたちもそそくさとアルテアちゃんから離れてミーシャちゃんの髪とかアリア姐さんの胸の下に逃げ込んでいたしね。
なお、そんな修羅場(?)が発生していてもギルは『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。『そんなにジャガイモが好きなら、ジャガイモと結婚すればいいの!』ってミーシャちゃんが拗ねると、『いや……それはちょっと……違うし』ってなんか赤くなって照れていた。たったこれだけですんげえにっこり笑顔になるミーシャちゃんもだいぶチョロいと思う……これが惚れた弱みってやつか?
クソどうでもいいことは置いておくとして、今日の授業はテオキマ先生の魔導工学。『ここ数日で急に寒くなってきたけど、風邪ひいて休んだからって配慮は一切しないからそのつもりで。子供じゃないんだから、体調管理も能力のうちだってのは当然のことだわな』ってテオキマ先生は言っていた。遠回しな注意喚起のつもりだったのだろうか。
ちなみに、『とはいえ、罹るときは罹るのが風邪と言うものでは?』って質問してみれば、『……まぁ、確かにそういうものだろう。普段から真面目で実直にやっているやつならば、私の授業に限り多少は考慮しないことも無いことも無い』って返答が。
さっきと言ってることが全然違うじゃねえか……と思ったところで、『普段から夜更かししてバカ騒ぎしたり、「寒中水泳だ!」ってアホみたいなことしておいて「風邪ひいたのでレポート書けません」……ってふざけたことを抜かすバカが例年それなりにいてな』ってテオキマ先生が疲れ切ったようにつぶやく。そりゃキレるわ。
肝心の授業内容だけれども、今日は魔法慣性力の釣り合わせについて学んだ。だいぶ前に魔法慣性力の定義について学んだわけだけれども、実際問題において魔法慣性力とは常に一定の値を示すものではなく、その時々によって(多くの場合は)周期的に変化する。
これは魔法陣、ひいては魔道具の根本的動作に関わる部分なんだけど、常に魔力供給によって魔法的に動作している場合、ある一方向だけに作用するような構造だと、【使い続ける】ことができない。例えば戦闘において火魔法をぶっ放すとかならその場限りの一瞬だけ使えればいいからそれで問題ないんだけど、結界など【常にそこで発動し続ける】場合において同じようにやったら、一瞬結界が展開されてすぐ切れる……なんてことになってしまう。
故に、この手魔法陣、魔道具、広義で言えば魔法回路はその場で【廻り続ける】構造になっている。一連の動作が周期的にループして……概念的な円運動とでも言うべき状態になっているわけだ。こうすれば、どれだけ魔力を注いでもその場にとどまり続けてくれるって言う寸法ね。
が、もちろんここでも問題が。『以前教えた通り、魔法慣性力とは状態を保とうとする魔力と言ってもいいものだ。一方向だけを考慮している場合は、その影響も一瞬なので実作動に大した問題はない。だが、魔道具の類としての作動を考えると……魔法慣性力自体が永続的に動作を妨げる反魔力として作用することになる』ってテオキマ先生。
言われてみれば、そもそも魔法慣性力の定義そのものが反作用状態の魔力に等しい。円運動、往復運動のそれに近しい魔法的ループを作れば、どこかの切り替わり次点……あるいは永続的に、こちらの想定した作用を阻害する半魔力として魔法慣性力が生じてしまうのは当然っちゃ当然だ。
もちろん、ただ動作の妨げになる……すなわち、効率が著しく落ちる程度で終わるわけじゃない。『余分な魔力が周期的にかかっているわけだから、有害な共鳴や魔法振動の原因になる。発動自体はできてもまともに制御はできないだろうな』とのこと。昨日のアレも、意外と魔法慣性力の影響があったりするのかな?
さて、それじゃあどうしましょう……って所で出てくるのが魔法慣性力の釣り合わせ。ここまで小難しいことを書き連ねてきたけれど、やることは【全体としてのつり合いを取るために、あえてフェイクの魔法的な錘、負荷、抵抗の類を適切な場所に設置する】というもの。
実作動的にはマジで何の意味も無いんだけど、すっぴんの状態で発生する魔法慣性力を打ち消すような魔法慣性力を加えてやることで、最終的な全体としての魔法慣性力を限りなくゼロに近づける……という、悪魔もびっくりな所業である。
『このフェイクの魔法抵抗に発生する魔法慣性力をもって、本来のモデルに発生する魔法慣性力を打ち消す。当然、フェイクを入れた分全体としてのモデルもまた変わるわけだから……細部の修正がひつようになったりすることもあるだろう。だが、使い勝手や全体としての安定性は間違いなく向上する。むしろ、これができていない魔系はモグリと言ってもいい』ってテオキマ先生は言っていた。
なんでも昔、モグリの魔系(実際は独学で魔法を学んだ野良冒険者)が、格安魔道具としてガワだけ正規品に似せた欠陥魔道具を売りさばいたという事件があったらしい。当然、この魔法慣性力をはじめとして設計に関する大事な点がまるで考慮されていなかったから、すぐに暴発だのなんだのが起きて大変なことになったのだとか。
『気づいた時にはそいつは姿をくらましていて……なぜかウチの学校に大量のクレームが、な』ってテオキマ先生は額に青筋を浮かべながら語る。その欠陥品は見せしめ(?)としてミジンコゴブリン以下のクソポンコツな例として教材にされたほか、『件のクソを我々が満足できるほどにとっちめたやつには好きな単位を進呈するというお触れを全学生に出した』とのこと。結末を聞くのが怖いところだ。
ちなみに、件の欠陥魔道具については『今の君たちが見ても欠陥品だとわかるくらいに杜撰なものだった。むしろ数回とはいえ機能したのが奇跡と言っていいくらい』といった出来栄えだったらしい。入学したばかりの一年生が頑張って作ったんじゃねってくらいのレベル。使い捨て品なら意外とアリ……なわけないか。
授業についてはこんなもん。ホントはもっとわけのわからん式でいっぱいで、教科書を見ても何が何だかちんぷんかんぷんだったゆえ、俺の感じたことをそのまま記載させていただいた。表や図は物事の本質を理解しやすくするためにあるはずなのに、見ても意味が解らんってある意味すごいよね。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。さすがにみんなお疲れなのか、雑談中も結構ぐったりしている人が多数。『テオキマ先生も悪魔じゃないし、最悪土下座すればいけんだろ……』、『クッキーかケーキか、あとはオーソドックスにワインのボトルでも……』って早くも進んじゃいけない方向に進みそうなやつがいたけれども、俺は組長としてどうすればいいのだろうか。
ギルは今日も大きなイビキをかいてぐっすりと寝ている。相も変わらずまともに毛布がかかってないんだけど、こいつに限って言えば風邪をひく姿がまるで想像できない。まぁ、優しい俺は無駄とわかりつつもかけてやるんだけどね。
ギルの鼻には氷蠍の氷柱針でも詰めておく。チョイスに深い意味はない。みすやお。