236日目 創成魔法設計演習:詳細設計
236日目
薄力粉が真っ黒になってる。なぜ?
ギルを起こして食堂へ。なんか今日もうすら寒く、ローブをしっかり纏ってないと震えちゃう感じ。さすがに霜柱が降りるほどではないけれど、もうすっかり冬なのだろう。
食堂の方も暖炉が解禁されていて、女子たちがそこに群がっていた。男子が『俺たちも当たらせてくれよ!』って文句を言うも、『女子はスカートで寒いんですぅーっ!』、『女の子は体冷やしちゃいけないって、ママに教わらなかったのぉ?』、『生足見せてあげてるんだから、むしろお金貰ってもいいくらいだってわかってるの?』って女子たちはまるで譲るそぶりを見せず。奴らは鬼だ。
なお、使い魔たちの姿が見えないな……って思っていたら、奴らはさらに女子の真ん中、暖炉真正面の一番あったかくて気持ちいいところを占拠していた。メリィちゃんもパタパタ尻尾を振って喜んでいたし、ウチのちゃっぴぃもロザリィちゃんに抱っこされて『きゅーっ♪』ってご満悦。ちゃっぴぃのくせにずるい。
そんなわけで、朝食は不貞腐れた男子一同でデラックスピザを食す。朝に食すにはあまりにも豪華すぎる堕落の極みみたいなピザね。いつも通りケーキ奉行のジオルドが切り分けて、俺、ポポル、ジオルド、クーラス、フィルラドの五人で女子たちに見せつけるようにして食ってやったっけ。
ギル? あいつはいつも通り『うめえうめえ!』ってジャガイモ食ってたよ。『そんなに寒いの? じゃあジャガイモ食おうぜ! めっちゃ体温まるもん!』って女子たちへの気遣いも忘れないという紳士っぷり。女子たちも少しはギルみたいな気づかいの心を持つべきだと思う。
なお、ジャガイモを食べていたのはアルテアちゃんだけだった。『いや……その、せっかくくれたのを断るのは……一人くらいはマナー的に食べないと……』とのこと。そういうところが実にアルテアちゃんらしいと思った。
さて、今日の授業はステラ先生による創成魔法設計演習。当然のようにアシスタントとして上級生……というか、ノエルノ先輩もいるので、ちょうどいいやということで注文の品を納品すべくありったけ持ち込んでみる。
『え……なにこれ、パーティでもするの?』って事情を知らないバルトのシャンテちゃんがびっくり。『えっ、マジ宴?』って誰かがそれを勘違いし、すっかりお祭りムードに。そりゃあ、教室一杯にクッキーだのハゲプリンだの……挙句、煉獄ケーキまで用意されていたら、勘違いしちゃうよな。
が、もちろん普通にネタ晴らし。『残念だったなぁ! お前らは指くわえてみてることしかできねーんだよ!』ってポポルが半ば八つ当たり気味に高笑い。地味に奴自身も涙目。その様子を見ただけで、『あっ……うん、元気出せよ』ってバルトの優しい男子がポポルの肩をぽんぽんしていた。
ともあれそんなわけで、授業前のあの時間にてお菓子を納品。『いやはや……実物を見るとわくわくするね……!』ってノエルノ先輩もにっこにこ。受領のサインのところに、【ありがとね♪】ってコメントまで添えられた。しかも猫さん(?)のマーク付き。なんかちょっと意外だ。
一応書いておく。教室にやってきたステラ先生も、『わぁっ!』って目をきらっきら輝かせた後、『た……楽しみな気持ちはわかるけど、じゅ、授業はちゃんとやらなきゃだめだよ……!』ってちょっぴり涙目で『めっ!』ってみんなを叱ってくれた。
あとでこっそりクッキーをプレゼントしようと心に固く誓った。あんな顔見せられたら、俺もうどうすればいいかわかんねえよ。
肝心の授業内容だけれども、前回までに各パラメータの概算はできたので、今回は小細部の決定および実際出力の検討なんかを行うことに。
実際問題として、髪を乾かすのにそこまで大きな風力は必要ない。かといってそよ風程度ではあまりに力不足。じゃあどの程度の風ならいいのか……ってことでロザリィちゃんに聞いてみれば、『うーん……人にもよるかなあ? 私は少し髪が長めだから、しっかり風はあったほうがいいし……ミーシャみたいにふわってなりやすい髪質の人もそうだし……』とのこと。
そんなわけで、まずは各々高出力を前提と言うことで設計演算を進める。前回決めた概算値を超えない(下回らない)ことを前提に、どれだけ詰められるかってやつね。
まずはミーシャちゃん(匣担当)と一緒に作業を進める。『あたしのおててはちっちゃいの!』ってミーシャちゃんが考案したのは彼女の手でも持てるくらいの大きさのそれ。ギルレベルのそれに合わせる必要はないとはいえ、これでは少々取り回しが辛いと思わなくもない。
が、使用者自身が使えない魔道具なんてもってのほか。デカくて持てないよりかは、小さくて扱いづらいほうがまだ救いようがある。
で、それを見ていたロザリィちゃん(羽根車担当)も匣に合わせて風魔法陣の径を小さくしていく。『けっこうギリギリだけど、これならなんとかなりそう!』ってにっこり。魔力量計算的にも問題なさそうで、そして強度計算もギリギリなんとか規定値内だったらしい。安全率はちょっと甘めだったけれども、『人命にかかわる要素でもないし、規模が小さいから緩くても大丈夫だよ』ってノエルノ先輩も言ってたから大丈夫だろう。
そして軸回りのフィルラドも『じゃあ、こっちはこれくらいかな……』って魔法便覧とにらめっこしながらその辺の設計を進めていく。軸回りそのものは汎用魔法要素じゃないんだけど、それに連なる諸々は汎用魔法要素であるため、やっぱり公式規格に合わせて寸法決定しないといけないらしい。
幸いなことに、『合致する規格、結構広い範囲で大丈夫っぽいぜ』ってコメントが。今の想定なら、ランクにして三つほどの範囲に被るらしい。『これなら多少設計変更で数字が変わっても、そのまま対応できそう』ってフィルラドは言っていた。
しかし、ここにきて問題発生。
うん、なんか順調だな……って思いつつ俺たち作業を進めていたのね。普通に意見を交換しながら、各々決定したパラメータを共有しつつ設計計算していたんだよ。俺も全体のバックアップとして全部チェックしていたから、無茶な設計も、計算ミスも無いってことは把握していたんだよ。
でも、巡回していたキイラム先輩が何となく俺たちの計算書きを見た瞬間、『これ使いもんになんねえぞ』って言いきった。マジかよ。
『小型化したいって気持ちもわかるし、その意図もわかる。高出力が必要ってのもよくあることだけど……これは攻めすぎ。現実的に無理だ』とのこと。
物自体を小型化したせいで、目標値を達成させるためにかなりの高出力になってしまい、実際にそれを使おうとすると『クソうるさいし、めっちゃ振れる。魔度上昇と排熱がヤバくて触ってられるのはせいぜい二十秒くらいじゃね?』……と言う有様なのだとか。
さすがの俺もこれには唖然。設計的には問題ないのに、実用上で問題があるとは。『設計計算ってのは、あくまで壊れないですよってのを保証するだけだからな。壊れないってだけで、他のことは一切考慮されてないから』って、キイラム先輩はミーシャちゃんの肩をぽんぽんしようとしてノエルノ先輩にケツを蹴っ飛ばされていた。
一応、今までの計算書きをステラ先生に見せてみる。先生、『あちゃあ……さっそく最初の洗礼を受けたね……』って苦笑い。簡易的に、俺たちの設計したそれを魔力のみで構築した模型を作って動かしてくれたんだけど、『ヴヴヴヴヴ!』ってヴィヴィディナの歯ぎしりみたいにクソうるさかったし、キイラム先輩が言っていた通りめっちゃブルブルしている。
試しにジオルド(偵察に来ていた)に掴ませたところ、『あばばばば!?』ってやつが悲鳴を上げた。『体全身が震えるのと、ヤバい魔力振動が……触ってられなくもないけど、十秒も握ってたら体壊すし火傷もするぞ』とのコメントをいただく。
結論として、俺たちの設計したそれはルフ老でもなければ実用できないというガラクタだということが判明。あんまりだ。
しょうがないので、気を取り直して物自体を大きめにし、そして出力もギリギリまで下げてみる。『これじゃ使いづらいのー……』ってミーシャちゃんは不満そうだったけど、こればっかりはどうしようもない。『最悪ギルに乾かしてもらえばいいよ』ってなだめつつ、ざっくり修正を行っていく。
しかし、今度は『何の材料使うか知らないけど、ここまでくると重くて持てなくね?』、『高温対策と魔度対策、騒音対策はできている……ように見えるけど、単純に効率悪くしているだけだね……』って上級生からの容赦ないダメ出しが。
さらにさらに、『うーん……考え方は悪くないけど、これ、たぶん……』ってステラ先生が困ったような顔をして俺たちが考えたそれを再び構築。明らかにさっきに比べて出力が悪いうえ……なんか、発動してすぐにヤバい魔力共鳴が起きて派手にぶっ壊れた。
『設計寸法を変えたせいで、起動状態のところに危険共鳴数が移っちゃったんだね……』とのこと。あんまりだ。
『じゃあどうしろってんだよ!』ってフィルラドがキイラム先輩に逆切れ。『お前ら、魔導工学取ってるだろ。教科書読めよ』ってあまりにもあんまりな返しが。確かに取ってはいるけれど、実際の安定化についてはまだまだ学んでいる途中でとても実践に使えるレベルじゃないのに。
そんな感じで、その後はずっとギリギリを攻めつつ再計算を繰り返しまくった。最後の方なんてもう、ロザリィちゃんもミーシャちゃんも泣きそうだった。高出力にすれば材料がそれに耐えきれずに壊れそうになるし、低出力にすればちょうど俺たちの想定したそれの危険共鳴数に被って壊れる。そもそもとして、求める出力が出せる設計自体が手のひらサイズだと結構難しい。ちくしょう。
ほかの班も似たような感じらしく、俺たちと同じく上級生の総突っ込みが入っているところもあれば、やっぱりステラ先生が模擬的に試験して盛大にぶっ壊れて……なんてところが多数。『クソの役にも立たない式ばかり……ッ!』ってシャンテちゃんが女の子がしちゃいけない顔で歯をぎりぎりしていたのを覚えている。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。なんだかんだでみんなかなり沈痛な面持ちで、雑談中もけっこう暗い感じ。『とりあえず設計条件は満たせたけど、これ後で絶対別の問題が発生するやつ……』、『わかんねえよ……教科書に載ってる知識だけじゃ絶対無理だよ……』って嘆いている人がいっぱい。
『みんな元気出せよ! 最悪製図は全部俺がやってやるからさ! ……へへ、指と脳筋のトレーニングに最高だから、むしろ限界ギリギリまで悩んでくれた方が高負荷になって俺的には嬉しい感じだし?』ってギルがみんなを慰めまわっていた。何気に俺たちの班だけでなくルマルマ全体の製図をやる……と言うようにしか聞こえなかったんだけど、まぁギルならそれができるだけのスペックがあるから問題ない。今は奴の力を温存しておいて、来るべき時に馬車馬の如く働いてもらうとしよう。
とりあえず、なんとかかんとかギリギリとはいえ設計の折り合いをつけることはできた。実用的かどうかは置いておくとして、少なくとも使えないことはない。細かいことは未来の俺に任せようと思う。
ギルは今日も腹を出してスヤスヤと大きなイビキをかいている。今更だけど、なんだかんだ俺たちにつき合わせてしまい、上級生たちの用事(進捗報告会と打ち上げ)にだいぶ食い込んでしまったのが申し訳ない。キイラム先輩は『むしろ適度にサボる言い訳ができてうれしいんだけど』って言ってたけどね。学究の徒としてそれはどうなんだろう。
まぁいいや。ギルの鼻には……よくわからん魔力片でも詰めておこう。授業中にどっかから吹っ飛んできたやつね。おやすみなさい。