235日目 発展魔法材料学:魔法疲労破壊のメカニズム
235日目
ギルの乳首がクリーム塗れ。拭っても拭っても染み出てくる。なんなのもう。
ギルを起こして食堂へ。ギルの乳首に塗れているクリームを見て、ちゃっぴぃは『きゅ……!』ってすんげえ目をキラキラ。一応俺のローブの先をくいくいと引っ張って、なんかにこにこ笑いながら期待を込めた眼差しで俺を見てきた。
まさかとは思いつつも、『好きにしろ』って言ってみる。『きゅーっ♪』ってあの野郎ギルの乳首にむしゃぶりつき出した。そのまま何とも美味そうにギルのクリームをぺろぺろ。ギルは気にせず普通に『うめえうめえ!』ってジャガイモを食っていた。
子供があんなにも幸せそうな顔をしているのに、全体でみるとたいそう不健全……というか、説明ができないほどにヤバいから困る。もし誰かに、ここ最近で一番嬉しかったことは何ですかって聞かれたら、俺は『クリームが噴き出す筋肉な親友の乳首に吸い付く娘の顔を見た時です』って言わなくっちゃならない。字面があまりにひどすぎる。
ちなみに、なんか今日はルマルマ全体の食欲が旺盛な感じであった。普段は朝は控えめなクーラスも割とガッツリ。『いや……昨日の夜、めっちゃ美味そうな匂いしてたし……』とのこと。ジオルドも『あの良い匂いがする中で夜食を我慢するのは大変だったんだぞ』ってコメント。気にせず食えばいいじゃんって思った俺をどうか許してほしい。
意外なこと(?)に、アルテアちゃんにも『他所のクラスにはハゲプリンを作るのに、自分のクラスには作ってくれないのか……』ってしょんぼりされた。あの気高きアルテアちゃんがそんな表情をするなんて……って焦ったところで『冗談だ』と返される。なんかイタズラしたい気分だったらしい。珍しいこともあるもんだ。
さて、今日の授業はシキラ先生の発展魔法材料学。シキラ先生、教室に入ってくるなり『なーんか美味そうな匂いしねえ?』って鼻をひくひく。『俺のカン的に、これはクッキーだな?』との鋭い洞察力も。
軽く経緯を説明したところ、『ああ……そういや去年、そんなことやったっけ……あの野郎、今年の手配忘れてやがったな……!』って不穏なつぶやきが。先手を取って『さすがに今から追加発注は無理ですからね』って告げれば、『俺もそこまで悪魔じゃねえよ。すでにできてる分をなんとか巻き上げさせるさ』って肩を叩かれた。あとはもう研究室間で話し合ってもらうほかない。
今日は魔法疲労のメカニズム……より正確にいえば、魔法疲労の亀裂伝播について学んだ。前回までにこの授業の最大のテーマである魔法疲労破壊の概要を学んだわけだけれども、じゃあ結局その魔法疲労破壊ってなんなのっていう問題が出てくる。
『魔法疲労破壊とは、魔法材料が疲労したことで、本来なら耐久限界以内で問題なく使えるはずなのにぶっ壊れる……って話したけど、その材料毎に決まっている浸食魔力以下の魔力でぶっ壊れるって絶対にあっちゃいけねえんだよ。もしそんなのがあったのだとしたら、物性値そのものを定義し直さなきゃいけねえ』ってシキラ先生。
現実として問題が起きているのは間違いないんだけど、それはそれとして理論は理論として確立されているわけで、なのにその通りに行かないってことは、どこかで想定から外れた何かが存在するってことになる。【実は物性値をミスってました】で話を終わりにしちゃいけないのが魔系の辛いところだ。
で、その想定から外れた何か──というのがまさに魔法疲労破壊のメカニズムそのもの。『この授業でもそうだし、他の授業でも聞いてるだろうけど、魔法材料ってのは厳密には均質なものは存在しない。どこかしらに必ず魔法的な微小欠陥が存在する。曲者はそいつだ』ってシキラ先生が割とガチな顔で語ってくれた。
そんなのマジに今更の話じゃないか……と思いながら聞いていたら、『普通に魔力を負荷するだけなら問題ない。だけど、この微小欠陥の部分に魔力が負荷されると、そこに魔力集中が起きる。魔力集中が起きてるってことはこっちの想定以上の過負荷がかかっている……もう、わかるな?』って衝撃の事実が。
うん、魔法材料中にわずかに存在する欠陥に、何度も何度も過負荷がかかることで……それがどんどん成長(伝播)していくらしい。当然、欠陥なんてものは材料中の微小要素だから外観から目視で確認することはできず、負荷している魔力そのものは通常の取り扱い範囲内だからその存在に気づかず何度も過負荷を与えてしまい……そうしてどんどん欠陥が成長、伝播して立派な亀裂となり、やがてぶっ壊れるのだとか。
とりあえず、ざっくりまとめたものを以下に記す。
・魔法疲労亀裂伝播(魔法疲労破壊のメカニズム)
一般に、魔法材料は厳密には均質でないため、材料中には必ず弱い部分(多くは欠陥。他には介在物や転位)が存在する。このため、巨視的に見た時は耐久限度内の魔力しか負荷していなくとも、弱い部分の近傍では魔応力集中により局所的に高い魔力が負荷されることになる。これにより魔法的変形が生じるが、あくまで欠陥(微小要素)であるため一度当たりの影響量は限りなく小さく、直ちに影響を及ぼすものではない。しかし、繰り返し負荷、特に双方向に対する負荷が行われた場合、この変形は次第に大きくなって伝播していくほか、双方向魔応力に対する裂界的な変形が生じ、新たなる魔応力集中源が発生する。このように、微小魔力の負荷により内部亀裂が成長していき、やがて最終的な破壊に至る一連の流れが魔法疲労破壊の正体である。
・寸法効果
同じ魔法材料であっても、魔法的・物理的に大きい対象の方が小さい対象よりも魔法疲労には弱いことが知られている。これは魔応力の勾配に関連した魔法学的(触媒反応学的)要因のほか、【単純にデカいもののほうが魔法欠陥を内在する可能性が大きい】ことによるものである。そのため、魔法疲労の評価をする際は材質を考慮することはもちろん、単純な大きさも考慮しなくては厳密な評価はできない。
結局のところ、欠陥に魔力集中が生じ、それが何度も繰り返されることでぶっ壊れるってだけ。最初聞いたイメージだと魔法疲労破壊ってわけのわからん謎の現象って感じだったけれど、そのメカニズムを紐解いてみればあまりにあっけないというか、俺たちの既存の知識で説明できるものだった。
『わかっちまえば楽なんだけどよぉ……わかるまでが本当に大変なんだよ。魔法材料のミジンコよりも小さい欠陥が原因でバカでかい事故が起きるなんて、そりゃあ最初は想像できないよな……』ってシキラ先生のコメントに、クラスの大半が頷いていたのを覚えている。
今でこそ材料が均質でないのなんて当たり前の前提だし、現実としてそうであることを知っていたとしても、まさかその【ほんのちょっと】の違いが原因だなんて夢にも思うはずがない。だからこそ、近年になるまでそのメカニズムも解き明かされていなかったのだろう。
ただし、わかってしまえばこっちのもの。『仕組みがわかったら、評価手法も対策も立てられる。ありがたいことに、昔の偉い人たちがその辺もある程度は固めてくれた。来週からはそっちをやっていく』ってシキラ先生は言っていた。
ちなみに、その評価手法で使っていくのが今までに学んだ魔硬や触媒反応学的な知識らしい。『どの授業でもそうだろうけど、基本的に他分野も含めて今まで習った知識をベースに次の知識を学んでいくからな。むしろ今までは勉強じゃなくて、勉強のためにペンの握り方を覚えているようなもんだったから』ってシキラ先生はニヤニヤ笑いながら語る。
『でも、ペンの握り方すらわかってねえのに、偉そうに学生面している再履って言う連中がいるんだよなあ?』って煽るのも忘れない。『そんなお前らが俺は大好きだぜ?』ってフォロー(?)を入れていたけれども、あれもたぶんフォローじゃなくてただの煽りだろう。
授業についてはこんなもん。いつもの勉強苦手組にはあとでまとめて教えておこうと思う。概念的にはそこまで難しそうじゃないから何とかなるだろう。ギルについても『脳筋……効いてるゥ……!』ってちゃんと勉強してたしね。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談の時間にて、明日納品予定のカップケーキを大量に焼きまくった。混ぜて焼くだけ、短時間でたくさん作れる……とはいえ、あの時間で仕上げるとなるとなかなかの重労働。『よくがんばりましたっ!』ってロザリィちゃんのご褒美キスが無ければこうして日記を書くことはできなかっただろう。
あと、やっぱりミーシャちゃんをはじめとした女子たちに恨みがましい目で見られてしまった。俺ってば気を利かせて、『少しくらいなら夜のおやつにまわせるけど』って言ったんだけど、『こんな時間に食べたらどうなるか……!』、『匂いだけでも拷問でしょ……!』って彼女らは泣いてるような怒ってるような何とも言えない表情。パレッタちゃんは『難しいことは後で考えればよくない? ストレス抱えるのもだいぶヤバいなり』って普通に食ってたけどね。
まぁいいや。とにかく今日で全部の仕込みが終わったから、明日渡せばそれで依頼完了。突発的なものだったとはいえ、我ながらよくぞまぁ完璧にこなせたものだと思う。あとでロザリィちゃんとステラ先生に褒めてもらおうっと。
ギルは今日も大きなイビキをかいている。今日は薄力粉でも詰めておこう。さすがにちょっと疲れたし適当なものを探す気力が無い。みすやお。